インタビュー
人事のプロが指摘 「長時間労働の常態化」を招く本当の原因
先月発覚し、物議をかもした、電通・新人女性社員の過労自殺。
自殺した女性のtwitterには、日に日に追い込まれていく心境が綴られており、彼女の過酷な勤務状況の一端が明らかになった。
このような悲劇を繰り返さないために、日本企業にはどのような対応が求められるのか。
今回は、『入社1年目からの仕事の流儀』(大和書房刊)の著者であり、人事のプロフェッショナルとして多くの企業の人事改革に携わった経験を持つ柴田励司さんにインタビュー。
多くの日本企業がいまだ抜け出せずにいる「長時間労働の常態化」の真因について、お話をうかがった。
年間の労働時間3000時間は過労死ゾーン
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柴田さんは長年にわたり人事改革のプロとして活動してこられたそうですが、現在、どのような仕事を手がけておられるのでしょうか。
柴田:いま、最も時間を割いているのは、通販事業などを展開するパスという会社の再建です。それとは別に、次世代リーダーを育成するための取り組みとして、インディゴブルーという会社で「体験型ケーススタディ」という研修プログラムの運営も行なっています。この二つが、活動の8、9割を占めていますね。
残りの1割で、全国の学校の先生方に向けた講演活動も行なっています。これは10数年前に、教育関係者の職場環境を目の当たりにする機会があり、「あまりに可哀想な職場だな」と感じたことがきっかけで始めました。
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どのような点が「可哀想」だったのですか。
柴田:長時間労働です。私が見た学校では、年間での労働時間が、平均3,000時間を超えていました。あくまで平均ですから、なかには年4,000時間という人もいたんです。
先日、厚生労働省が出した「過労死等防止対策白書」が話題になりましたが、「年間3,000時間」は過労死ゾーンといわれています。これを見ると「4,000時間」がいかに異常かわかりますよね。
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長時間労働といえば、先月発覚した、電通の社員の過労自殺に関して、お話をうかがいたいです。人事の観点から見て、どのようなことをお感じになりましたか。
柴田:この問題は、日本社会が抱える多くの課題を含んでいると感じました。その一つが、日本の会社組織における「時間を守る」という概念のあり方です。そしてこれが、女性の社会進出がなかなか進まないことにもつながっていると思っています。
多くの企業において、中枢にいるオジ様たちが「時間を守る」といったとき、それはあくまで「始業時間を守る」ことにすぎません。つまり、「*時までに必ず仕事を終える」という考えが完全に抜け落ちているんです。
しかし、終業時間がズレ込むと困る女性は沢山いますよね。子を持つ母親であれば、保育園のお迎えなど、家族のための予定が後ろに控えているわけですから。
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そうした長時間労働の常態化を招いてしまうのには、管理職の時間意識以外にも何か要因はあるのでしょうか。
柴田:近年、あらゆる業界で、「考える前に動ける」人材が急速に減りつつあることも大きな要因の一つだと考えています。
冒頭でお話した次世代リーダー育成のための研修というのは、参加者にロールプレイをしてもらう形をとっています。こうした研修を数多く行なっていると、いま、多くの企業に、「考える前に動ける」人材がいかに不足しているかを肌で感じる瞬間があるんですよ。
たとえば、「クレーム対応」という想定で研修をしてみる。すると、「その場で考え、即決して行動に移す」という有事の対応が求められているにもかかわらず、「いったん社に持ち帰って……」と、悠長に平時の対応をしてしまう人が少なくない。
「あの人に確認をとってから」とやっていては、当然巻き込む人が多ければ多いほど、意思決定までの時間が長くなります。こうした時間のロスが積み重なって長時間労働を招くのです。
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なるほど。いまのようなお話は、組織の末端に行けば行くほど、起きてしまいがちな気もします。
柴田:その通りです。さらにいえば、こうした過労問題について論じるとき、「労働時間の長短」だけで判断するのは、やや短絡的にすぎるようにも感じますね。
たとえば、ベンチャー企業の創業者であれば、年間4,000時間どころか、「休みなんて要らない」という意識で働いているケースは珍しくありません。
私自身にも経験があるのですが、こういう働き方をしていると「疲労」はしても「疲弊」はしません。なぜなら、自らの意思でそういう状況を選び取っているからです。
ではどういうときに人は「疲弊」してしまうのか。「ワケの分からないまま押しつけられた仕事によって、自分の時間を大量に奪われた」ときです。過労問題について考えるなら、こうした「労働の質」にも配慮する必要があると思います。
「プライドだけ高いダメ社員」に必要な荒療治とは
どんな職場にもいるであろう、プライドだけ高く実力の伴わない「残念な新人」。
そんな部下を前にしたとき、上司はどう接するべきか。
また、もし自分がそのような新人になってしまっているかもという自覚があったとして、なかなか最初の一歩を踏み出せずにいたとしたら、何をすればいいのか。
これまでに5000人超を変革してきた人事のプロにして、『入社1年目からの仕事の流儀』(大和書房刊)の著者・柴田励司さんにお話をうかがった。
「プライドの高い」新人の成長を促すために、周囲と本人が意識すべきこと
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どんな仕事でも、社内外での人間関係を良好に保つことは欠かせないと思います。柴田さんは本書のなかで、上司との関係を良いものにし、「育てたい!」と思ってもらうには、「チャーミングな部下であることが必要」と書かれていますが、ここでいうチャーミングさとは、どのようなものなのでしょうか。
柴田:逆に、「チャーミングでない人」をイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。
たとえば、上司からミスを指摘されたとき、「いえ、自分はこういうつもりで……」と自分を守るための言い訳に必死になる人。これは「チャーミングでない」部下です。
言い換えれば、これは人として「閉じてしまっている」ということ。上司との間に距離を作ってしまっている状態にほかなりません。
上司にしてみると、叩くことも触れることもできない。上司も人の子ですから、「じゃあ、勝手にすれば」となってしまいます。結果、その部下は成長が止まり、まわりから相手にされない人になってしまいます。
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いま、「閉じている」という表現が出ましたが、逆に「開いている」状態が「チャーミングさ」につながるということでしょうか。
柴田:その通りです。犬がゴロンと横になり、飼い主に「腹を見せる」ことがありますよね。まさにあのイメージです。部下の側に、何かを学びたい、吸収したいと強烈に思うだけの飢餓感があれば、自ずとこのような接し方になるでしょう。
頭を下げ、教えを乞うことに何の抵抗も感じない。そうした習慣を若いうちに身につけておくと、歳をとって新たな環境に飛び込んだときにも、同じことが苦もなくできるので、必ず役立ちます。
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プライドの高い人ほど、「チャーミングでない部下」になってしまいがちな気がします。そうした部下を持つ上司にアドバイスをするとしたら、何と伝えますか。
柴田:まずはやはり、部下の高くなった鼻を一度へし折ることをお薦めします。もちろん、へし折るだけではモラルハラスメントになってしまうので、部下の自信が回復するまでフォローしてあげるということとセットですが。
日本の教育システムではどうしても、同じような教育水準、同じような経済水準の人に囲まれて育っていくことになります。
そのことに自覚的でない人ほど、社会に出たとき、自分と異なる価値観を持つ人を理解できず、「まわりが見えていない人」になってしまいがちなんです。そして、プライドの高い人ほど、こうなったときに、「自分は間違ってない」と自分の殻に閉じこもり、ますます状況を悪化させます。
だからこそ、そういう「見えていない」人に対して、「あなたがこれまで生きてきた世界がいかに小さいものであったか」を知らしめることは重要です。その部下が賢ければ、「自分を守るのではなく開いていったほうが得だな」と気づきますから。
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では逆に、「自分はプライド高いがために、色々と損しているかも……」と自覚していながらも、変化に向けた一歩を踏み出せない部下がいるとして、何とアドバイスしますか。
柴田:自分に対して当たりがキツい上司との時間をたくさん持つこと。これに尽きますね。上司の当たりがキツいケースというのは、大まかに言って3パターンあるんです。
部下のことが嫌いなケース、部下に期待していて「こいつのことを鍛えてやろう」と思っているケース、あとは単に上司の性格が悪いというケース(笑)。
いずれにしても、こういう人と時間を共有すると、色々と発見があるものです。「自分はプライドが高い」という自覚があるなら、まずはこのアプローチをお薦めしますね。
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最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。
柴田:この本を書くにあたって意識した読者は、「大企業に入社して、自分を見失いそうになっている人」と「中小企業に入社して、『これでいいのか?』と自問している人」でした。
前者の場合、仕組みが整理され、役割分担がはっきりしているため、全力で仕事をしなくとも日々は過ぎていきます。結果、本来持っていたであろう力をだいぶ余したまま歳を重ねてしまうことが少なくありません。
後者の場合は、入社1、2年目でも大きな権限を与えられて仕事をさせてもらえるにもかかわらず、ロールモデルがいないため、気づけば「入社3年目になっても、1年目と同じ仕事をしている」という状況になりがちです。
この本には、どんな環境で働くにしても、自分の成長を加速させるためのノウハウが網羅されています。いずれの人にとっても、読んでみれば、何かしら発見があるでしょう。
また、読んでみて「ふーん」で終わらせるのではなく、少しでも気になったところは実践してもらいたいですね。さらには、実践したものについて、あたかも自分の言葉であるかのように他人に語ってみてほしい。
これだけのことで、現状を打破するための糸口は充分つかめると思います。