商売をしていて、想定通りの売上を上げられないときに、あなたならどんな手を講じるだろうか。多くの人は「値段をもっと下げよう」、つまり安売りを考えるはずだ。
確かに、消費者にとって安売りは魅力的。一時的に客は集まるだろう。しかし、安易に安売りに走ってしまうと、本当のお客も手放すことになるかもしれない。
そう警鐘を鳴らすのが“なにわのマーケティングコーチ”高橋健三さんだ。
著書『もう安売りしかないと思う前に読む本』(セルバ出版刊)には、安易に価格(プライス)に走らず、商品(プロダクト)、販路(プレイス)、販促(プロモーション)という「4P」でビジネスを考える思考法が書かれている。
ここでは高橋さんに「安易な安売り」のデメリットや、マーケティングの基本を教えてもらった。
(新刊JP編集部)
■「安易な安売り」は百害あって一利なし。その理由とは?
――「安売り」は売上をあげるための常套手段と考えている経営者は多いと思います。しかし、高橋さんは安易な安売りに対して警鐘を鳴らしていますが、それは一体なぜなのですか?
高橋:
安売りで来店されるお客さまは、その安さに魅力を感じています。ですから、もっと安いお店があればすぐにそちらの店へと逃げてしまいます。つまり安売りで獲得したお客さまはお店にとって本物のお客さまにはならないということです。
――おそらく、それは多くのお店の方が実感されていると思います。それでも安売りを選んでしまうのはなぜなのでしょう。
高橋:
構造的に言うと、世の中が相対的にデフレ化している中で、ユニクロ、ニトリ、無印良品など大手も含めて、価格のラインを下げないとお客さまが来店してくれないという大きな前提があります。
その中で、価格以外で勝負をするならば、プロダクト(商品)の魅力をあげる方法もあるのですが、多くのお店は独自のプロダクトでの大きな差別化は難しい。そうすると、価格しかいじりやすいところがないんですよね。
また、消費税がもうすぐ上がるという話もありますが、それが近付くにつれて財布の紐が固くなっていきます。消費者は、自分が好きなものにお金を出すけれど、それ以外は安さと実用性があれば良いという感覚になっているという側面もあります。
――ただ、高橋さんは「安易な安売り」に対して警鐘を鳴らしているだけで、安売り全体を否定しているわけではありません。
高橋:
そうです。安易な安売りと攻撃的な安売りというのがありまして、安易な安売りとは3%オフ、5%オフなど、まわりに同調しただけで、あまり反応を得られないもの。攻撃的な安売りというのは、「70%オフ!ただし先着10名様限り」みたいな、話題性があり引きのあるものです。これは新商品を体験してもらうための話題作りの値下げと割り切れば、後々に本物のお客さんになってくれる可能性も出てきます。
つまり、目的なき安売りはNGということです。ほとんどの安売りが実は安易なタイプで、みんなが安売りしているから自分たちも、という大きな波に巻き込まれている形ですよね。
――では、本物のお客さんとはどんな存在なんですか?
高橋:
本物のお客さんは、そのお店が提供している商品やサービスのファンですね。また、店員、店主やオーナーのファンでも良いです。その店や商品にロイヤリティを感じてくれる人は本物のお客さんと言えますね。このようなお客さんは用事がないときでも、ふらりと立ち寄ってくれることがひとつの特徴です。
――「安易な安売り」のメリット、デメリットを教えて下さい。
高橋:
実は「安易な安売り」のメリットって特にないんですよ。一方のデメリットは利益が減る、もしくは出なくなること。また、それ以上に問題なのが、安易な安売りを続けると、商品に対する信用がなくなるとともに、それを売っているお店に対する信用もなくなっていきます。だから「百害あって一利なし」なんです。
――そんなデメリットだらけの「安易な安売り」に代わる打ち手を説明しているのが『もう安売りしかないと思う前に読む本』です。本書では「なにわ製パン」という架空のパン屋をモデルにしつつ、マーケティングの4Pを学べる一冊になっていますね。
高橋:
そうですね。「なにわ製パン」に特定のモデルはないのですが、商店街の小売店によくある売上げが落ち込んで悩んでいる場面を想定しています。
この「なにわ製パン」は私がセミナーでマーケティングの4Pを教える際に、面白く分かりやすい方法は何かないかというところで、身近な事例として作ったものです。10年以上、このお店の生き残りアイデアをセミナーの入り口として使っています。
――その4Pとは「プロダクト(商品)」「プレイス(販路)」「プロモーション(販促)」「プライス(価格)」ですよね。この4Pを駆使すればマーケティングは上手くいく、と。
高橋:
売上を伸ばそうとしたときに、どんなアイデアであっても必ず4Pの枠に当てはまります。この本は、小さな企業向けの4P戦略の実践ガイドのような気持ちで書いたのですが、そう言うと「マーケティングとか4Pなんか俺には関係ない」と敬遠する経営者もいますから、このような分かりやすいタイトルにしました。
――この手の話でいうと、近年はインターネットでの販路拡大やプロモーションが非常に伸びていますよね。ただ、ウェブの使い方に疎いままネットに手を出そうとして失敗する例も多いと思うのですが、中小企業がウェブを使う上で気をつけるべきことは何ですか?
高橋:
詳しくないからといって業者任せにしないことです。先ずは入門講座などに参加して自分自身が、何ができて何が出来ないのかという構造を理解することが重要です。全体像が分かった上で、自社が活用すべき範囲をきちんと想定した上で取り組めば、大きな失敗はしないと思います。
■「『炎上』を『注目』という言葉に置き換えればいいんです」
――SNSが広まった際に、猫も杓子も「SNSでファン作り」という風潮になった印象がありまして、実際にはじめるけれど手一杯になり、途中で更新しなくなるというケースも多いと思います。新しいものが出てくる度に手を出して失敗という悪循環にならないために、どのようにすればいいのでしょうか。
高橋:
中小企業の多くはSNSにまで手が回っていなくて、とりあえず他にプロモーションの方法もないから「藁にもすがる」感じで始めようとしている方もいると思います。でもそういうすがりかたはダメです。
SNSはあくまでファン作りの手法の一つです。「自分らしさ」「自社らしさ」を打ち出す媒体としてトライアルするのは良いと思いますが、大企業のやり方を真似しても上手くいかないでしょうね。
――つまり、独自の情報なり色を作ることができれば、効果はあると。
高橋:
そうです。インスタグラムで写真をアップしてもなかなかフォロワーが集まらず、ウソの友達を集めてみても意味ないじゃないですか。見せることが目的ではなく、パーソナリティや人間性、価値観を伝えることがSNSの醍醐味です。格好良く見せるのではなく、等身大の素直な姿を通して興味を持ってもらうことがファンを作る一歩だと思いますね。
――その場合、ファンとなりそうなターゲットをしぼるべきですか?
高橋:
むしろガチガチにしぼるべきでしょう。私は研修の際に「ペルソナの設定をしましょう」という話をするんですが、「30代女性」というようなおおまかなものではなく、「34歳、御堂筋線で通勤している銀行勤務のOL。犬を一匹飼っており、好きなブランドはコーチ。赤ワインより白ワイン派」というように設定していきます。
また、単に商品を買ってくれる人というよりは、自分たちが提供しているプロダクトやサービスを最も高く評価してくれる人をペルソナとすべきでしょうね。
――なるほど。
高橋:
ターゲットがしぼりきれていない企業がよくつけがちなキャッチフレーズが「こだわりの逸品をお届けします」とかありますよね。ライバルも含めてみんなが「こだわり」という言葉を使うので、結果的に没個性になってしまいます。
――ブログを執筆する経営者もいますが、ブログはどう思いますか?
高橋:
良いと思います。注目度の高い会社って社長自らメッセージを発信しますよね。ユニクロの柳井さん、ソフトバンクの孫さん、星野リゾートの星野さん。大きな規模の会社でも社長が前にどんどん出てくるわけですから、小さな会社の社長もそれとは違う自分自身のキャラを打ち出せばよいと思います。
――炎上のリスクもありませんか?
高橋:
それはいい格好をしようとするからです。また、炎上という言葉は「注目」と言い換えることもできます。注目されてラッキーと思えばいいんですよ。炎上も1年、2年続くものではないですしね。
もちろん人を中傷したりするのはダメですが、社会的に悪影響を与えることでなければ、一時的に注目度が上がったとポジティブに評価しておきましょう。
――これから中小企業が知っておくべき安売り以外の方法はどのようなものがありますか?
高橋:
4Pでいうところのプライスは各業界ともに企業努力で際限なく低価格になっていますし、プロモーションはSNSの活用など各社ともに類似の手法しかなくなっています。
伸びしろがあるのは販路(プレイス)で、この本で「カイシャナカ」という事例を紹介していますが、例えば「オフィスグリコ」のようにオフィスの中に専用ボックスを設置してそこでお菓子を売るとか、ローソンが「プチローソン」という名前で無人コンビニを導入したり、会社の中は今後注目すべき販路のひとつです。
また星野リゾートがスキーゲレンデの中に食事や買い物を楽しめる施設を作るというニュースなど、想定外の場所に販路を求めるケースは面白いですよね。
――クリエイティビティがありますよね。新しい視点を持ったマーケティングの重要性が高まっていることを感じます。
高橋:
研修で経営者の変化についてお話していますが、今、マーケティング専門家が社長になっているケースが多いんです。例えば、日本コカ・コーラでマーケティングを担当していた魚谷雅彦さんが資生堂の社長になったり、ローソンの社長だった新浪剛史さんがサントリーの社長になったりしています。
大企業でもマーケティングの重要性が分かっている人がトップに立っている。それは、これまでの製造部、営業部、総務部という、作る人、売る人、管理する人という組織体制だけでは会社がまわらなくなっているということでもあると思います。中小企業の場合、社長がマーケティング部長の役割を兼ねることが多いので、本人がいろんなところに顔を出しながら、マーケティング発想力を高めることが大事ですね。
――本書をどのような方に読んでほしいとお考えですか?
高橋:
この本には日頃のセミナーで話している、具体的な「打ち手」をたくさん紹介しています。そういう意味では、お客さんを増やすために日々知恵をしぼっている人に読んでもらえると、新たなヒントになること間違いありません。
また、本書の最後に「顧客創造力を鍛える『発想虎の巻』」という120個のアイデアリストを付けました。セミナーではこれをヒント集として、自社の4P戦略を考えてもらっていて、「レトロデザインに取り組んでみよう」とか「期間限定ショップを出してみよう」など新しい発想がどんどん生み出されています。ぜひ活用してほしいですね。
(了)