解説
「自動車学校に通っていて楽しかった」という思い出はある人はどのくらいいるだろう。
ほとんどの人が淡々と講習と実技をこなしただけで、特別な思い出などないはずだ。
ところが、免許を取った後でも卒業生が教官に会いにくるような、通った人々に長く愛され、劇的に業績を回復させた自動車学校が福岡にある。
南福岡自動車学校では、「かめライダー」という全身タイツのヒーローがいて、学科では脳トレやユニークな語呂合わせで交通法規の暗記ができ、採用試験には謎解きゲームがあるのだ。
この型破りな経営スタイルで、今やミナミは福岡県下でナンバーワンの入校数を誇る自動車教習所になっている。
実は、自動車学校業界は厳しい局面に立たされている。
免許が取得できる18歳人口の減少。自動運転化技術の発展と実現化。将来的に自動車学校に入校社数は目減りしていくのが目に見えているのだ。
そんな業界の状況に危機感を覚えたミナミの若き経営者、江上喜朗氏は四年前から経営改革に乗り出した。江上氏が経営改革のために選んだのは、自らスーツを脱ぎ、全身タイツのヒーロー「かめライダー」となることだった。
なぜ、「経営改革」のための手段が「全身タイツのヒーロー」なのか?
なぜ、「全身タイツのヒーロー」が、実際に教習所の入校者数増加に繋がったのか?
そんな南福岡自動車学校の改革の軌跡から、経営改革に必要な考え方と手法を学べるのが本書だ。
南福岡自動車教習所は、江上氏の祖父の代から60年以上続く会社だ。
しかし、自動車学校業界に限らず、古い価値観のままの経営では、緩やかに倒産や廃業への下り坂を歩むことになる。
そんな状況にあっても経営者が改革に踏み切れないのは、次のような思考を繰り返すからだと、本書では述べられている。
- 1.今日も業界を脅かすようなニュースを目にした。
- 2.なんとなく、変わらないといけない。このままではいけない。
- 3.でも、お客さんには評価されているし、売上もある程度は安定している。
- 4.変えようとするとものすごいパワーがいるし、難しそうだ。
- 5.……まあ、今日はいいか。
- 6.1に戻る。
もし、こんな思考を繰り返しているなら、本書を読んで改革のための考え方と行動を学ぶべきだろう。
「かめライダー」というキャラクターが生み出した波及効果
著者は、自動車学校としての「安く、近くて、早く免許がとれる」「検定試験に合格する技術が滞りなく身につけられる」というニーズに応えるだけではない、新たな価値観を模索した。
行き着いたのは、「安全運転を教えるだけなく、学ぶことの楽しさを知り、感謝の気持ちが生まれる人間教育をしよう。『愛あるおせっかい』で教習生たちの心のドアを開いて、とにかくおもしろがらせる教え方に変えよう」というものだった。
そのためには、中途半端なことをしても始まらない。
江上氏は、顧客の感情を揺さぶり、興味を持ってもらえるような入り口をつくることを考え抜いた。その結果生まれたのが、「かめライダー」という全身タイツのヒーローだった。
この突飛なキャラクターは、実は非常に理に適った方法だ。
イメージトレーニング研究のパイオニアであり、大脳生理学と心理学の泰斗、西田文郎氏の理論に「おや?」「フムフム」「なるほど」の法則というものがある。
感情脳である「右脳」で「おや?」と感じ、分析脳である「左脳」で「フムフム」と考え、 最終的に好き嫌いを判断する「扁桃核」が「なるほど!」と納得すれば、購買につながるという。
「かめライダー」を見れば、多くの人が「おや?」と思う。そこで魅力的なプレゼンや宣伝ができれば「フムフム」と考えさせられ、最終的に「なるほど!」が引き出せれば、顧客が獲得できる。そして、それは実際に入校者数の増加という形で成果が現れたのだ。
また、「かめライダー」の格好でPRを始めてからメディア露出の機会が増えた。テレビ、ラジオ、新聞などに何度となく登場したが、それを広告費用で換算すると、なんと7000万円を超えるという。
「かめライダー」のコスチュームにかけた費用は50万円。費用対効果はかなり高いと言えるだろう。
「かめライダー」としての江上氏の活動は徹底している。イベントや小中学校での講演はもとより、新卒者のための合同会社説明会の場へも「かめライダー」として登場するのだ。
もちろん、「かめライダー」としての活動は、ただの奇をてらったものではない。
交通安全の大切さ、南福岡自動車学校の魅力、自分自身の信念。そうしたコアなメッセージをユーモアも交えつつ真剣に語るのだ。
しかし、もっとも注目すべきは「かめライダー」というキャラクターの意外性や面白さではないだろう。
「スーツ」=「古い常識」から脱却し、「タイツ」=「新たな価値」を生み出していく。この姿勢が、改革に臨む経営者に必要なのだ。
経営者は社員とどう向き合うべきか
南福岡自動車教習所では「かめライダー」というキャラクターの他にも、既成概念にとらわれない新たな価値観でユニークな教習スタイルが生み出されている。
それは社員が「新たな価値」を創造できる風土があるからだ。
その風土も、江上氏自身が社員との向き合い方を改革していった結果生まれたものである。
人を束ねる立場になると「誰よりも敬われてないといけない」「賢くないといけない」「間違ってはいけない」なといったプライドが芽生える。すると、何かを指摘されたり、批判されたりしたときの「痛点」が人より敏感さを増すという。
批判に痛みを感じすぎると、無意味な反論をして部下を打ち負かしたり威圧して部下を黙らせたりして、良い提案を潰してしまう。そうなると部下は二度と自分に本音で話すことはないし、主体的に何かをやろうとは思わなくなる。
だからこそ、社長個人のプライドにかかわる「痛点」をなくすことが重要なのだと著者は述べる。
「社長」「部長」という役職名にはメタメッセージとして相手との上下関係が含まれている。役職名を言ったり聞いたりするだけで、部下としては「上司の言うことに従おう」と思ってしまう。
社長のワンマンチームにしたいのであればそれでも良いかもしれないが、チームとして総力を発揮する経営を目指すのであれば、呼び方には工夫をするべきだ、と著者は述べている。
社員とのコミュニケーションを深めて絆が生まれれば、改革は成し遂げられる。そして、顧客とのコミュニケーションを続ければ、経営は大きく変わっていく。
そのためには経営者自らが、どのように人と向き合うかが大切なのだ。
インタビュー
自ら「ヒーロー」に変身する社長に学ぶ「リーダーとしての振り切り方」
福岡に一風変わった自動車教習所がある。
エンターテインメント性に富んだ教習が人気で、受講者が卒業後に遊びに来ることもあるという。
しかも、その教習所には「かめライダー」なるヒーローがいる。このヒーローに扮するのが、南福岡自動車学校の代表取締役社長・江上喜朗氏だ。
「かめライダー」こと江上氏は、会社に改革を起こし、斜陽産業になりつつある自動車教習所の経営を立て直した。
そんな氏が上梓した『スーツを脱げ、タイツを着ろ! ――非常識な社長が成功させた経営改革』(江上喜朗著、ダイヤモンド社刊)は、南福岡教習所が進めた改革の一部始終が語られている。
オールドカンパニー的な経営で、ジリ貧になっていく会社を改革する経営者がするべきこととは何なのか。江上氏にお話を伺った。
(取材・文:大村佑介)
会社の改革は、「ネジ」を外して踏み込むことが必要
――
江上社長は、お父様から会社を引き継いで、南福岡自動車学校の経営を担うことになったわけですが、当時、会社はどのような状況だったのですか?
江上:
厳しい状況に立たされていましたが、まだ挽回できる余地は残っていました。
ただ、業界的に見ても、成り行きに任せるままでは間違いなく行き詰まる状況ではありましたね。
少子化の波もあって、過去10年の売上実績を見ても数パーセントずつ下がっていました。
さらに、何十年後かに自動運転が実用化されれば、ますます、厳しい状況になることは目に見えていました。
――
そこで、何かを変えなければということ意識が生まれたのですね。そんな状況のなか生まれたの「かめライダー」だったわけですか?
江上:
そうですね。ずっと「何かを変えなくては」という意識がありました。
そんなとき、大脳生理学と心理学の泰斗である西田文郎先生の「おや?」「フムフム」「なるほど」の法則というものを知ったんです。
そのなかに、何かを伝えるときに「おや、何だあれは?」という驚きや違和感とともに伝えるということが大事だ、という話がありました。
それからずっと「何をやったら、一番“おやっ?”となるだろう」と考えていて、あるときひらめいたのが「カメの着ぐるみを着てみよう」ということだったんです。
もともと、南福岡教習所のマスコットキャラクターがカメだったこともあって、言ってしまえばその場の思いつきですね。
でも、自動車学校という古い業界の社長が全身タイツを着て、道行く人に「チャオー!」って声をかけていたら、絶対に驚くでしょう?
――
そうですね。街で出会ったら絶対に「何だろう?」って思いますね(笑)
江上:
そうなんです。そういう意味では「何だろう?」と思ってもらえた時点で勝ちなんです。こちらの話を聞いてもらえる状況が生まれますからね。
ギャップを生んで、「おや?」と思ってもらえるにはコレしかないと考えて。勢いそのままに「かめライダー」の着ぐるみをつくって、まずは街を歩いてみようと思いました。
「キャラクター」と「経営者」の共通点
――
実際に、街を歩いて手応えはあったのですか?
江上:
手応えというか、気づいたことはありました。
こちらが羞恥心を持っていると、「何アレ?」となって、相手も拒否感や警戒する傾向が強くなるんです。でも、「チャオー!」って言いながら、羞恥心を振り切ってやりきると、意外と人は振り向いてくれたんです。
これは、経営でもそうだと思うのですけど、人に対して及び腰になっていると、言いたいことも言えずに負けてしまいますし、伝わらないですよね。
そういう相手には、一歩踏み込むくらいだと踏み込めきれない。そこを三歩くらい踏み込んで、「チャオー!」と言えるくらいまで、完全にネジを外して踏み込んでいかないと。
――
面白いですね。キャラクターでいる事と経営の心構えに相通じるところがあった。
江上:
そういう意味では、何かを変えようと思うなら気後れせずに、「こっちの色に染めてやろう!」というくらいの勢いが必要なんだと思います。
そうやって、振り切って「かめライダー」の活動を続けていくうちにした、徐々にメディアでも取り上げてもらったり、ご当地ヒーローグランプリに出たりするようになりました。その甲斐あって「かめライダー」はもちろん、教習所の名前も知ってもらえるようになりました。
今は、さらに「プーリーさん」と「よりともさん」という脱力系キャラクターも売り出しています。
――
そうやって、「かめライダー」を皮切りに会社の改革を進めていったわけですが、改革をするということは、既存の状態を壊していくことになりますよね。その点は最初から意識されていたのですか?
江上:
それまでのビジネスモデルのままで、合理性を高めるとか集客を効果的にするといったことだけで経営していくことは限界だろうと感じていました。
そこで新たなビジネスモデルや企業理念をつくって、既存の状態を壊すことは必要だろうと考えていました。
退職者は会社の半分以上… 中小企業を継いだ2代目はなぜそこまでして改革を進めたのか?
斜陽産業になりつつある自動車教習所業界において、見事に経営を立て直し、社内風土を一新する改革が成し遂げた「南福岡自動車学校」。
社長自ら「かめライダー」というヒーローに扮し、退屈な講習を面白く楽しく学べるスタイルに変え、今では県下一の業績を誇る教習所に生まれ変わった。
昔ながらの経営を続けるだけでは、企業の存続は難しい時代になっている。それは、自動車教習所業界だけの話ではないだろう。
『スーツを脱げ、タイツを着ろ! ――非常識な社長が成功させた経営改革』(江上喜朗著、ダイヤモンド社刊)は、危機感を抱いて「会社を改革して、経営を立て直したい」と考える経営者の道しるべとなる一冊だ。
同書で改革の模様を語っている南福岡教習所の代表取締役社長・江上氏に、改革を進める上での苦労と、実際に意識してきたことを伺った。
改革は一人では成し遂げられない
――
改革を始めた当初、賛同してくれた人はどのくらいいたのですか?
江上:
全体の一割くらいでしたね。そこには、部署の癖というか考え方の違いが大きかったです。
営業や広報といった全体を見る部署のメンバーは賛同してくれる人がいたのですが、受講者に教習している現場の人たちからの反発は強かったです。
現場の人たちは「厳しく教習するのが、大事だ」「何で今までのやり方を変えなくちゃいけないんだ」という感じだったので、新しいことを始める意味や必要性をなかなか理解してもらえませんでした。
9割の人が、組織全体に根付いている大きな価値観に縛られていたので、一割の人間だけで山を動かすのは、一筋縄ではいかなくて苦労しました。
――
それは多勢に無勢というか、かなり厳しい状況だと思うのですが、最初に賛同してくれた人が辞めてしまうことはなかったのですか?
江上:
それは一人もいませんでした。
ただ、ポーズだけで「私も同じ方向を向いていますよ」と私に取り入ろうとした人や、上辺だけでついてきていた人は、本当に会社が変わっていく段階で辞めていきました。
100人ほどいた社員の半数近くが辞めることになったのですが、その途中の段階で、私は全社員に「この会社は、あなたにとって良い職場ではないかもしれません」というメールを送りました。
私にとっては、会社を改革することは必要だと思っていましたが、そこで働く全員がそれを望んでいるとは限りません。
無理に一緒に働いて幸せになれないなら、お互いにとっても不幸でしかありませんよね。
だから、新たにつくった理念への想いと、素直な本音を綴り、辞めたい人は無理に引き留めず、「退職」という選択肢もあることを伝えました。
結果的に、退職者は半数以上にのぼりましたが、最初に賛同してくれた人は誰一人辞めませんでした。
そのぶん残ってくれたメンバー、一人一人の仕事量は大変なものになりました。
そこで新規採用も進めていきました。新しく入ってくる人は、新しいやり方に賛同してくれた人たちですから、本当に同じ方向を見られる人だけが残っていったんです。
――
多くの退職者が出たことで、残ってくれた社員にも不安やプレッシャーが大きかったと思いますが、ご自身の心が挫けそうになったときに支えになったことはなんですか?
江上:
一番は、同じ方向に進んでいこうと決めてくれたメンバーたちです。
「もし、ここで自分が引いたら彼らは去ってしまう。だから、絶対に引けない」と思いました。それに、新入社員からの励ましも支えになりました。
自分を信じてくれたメンバーのため、というのは大きかったですね。
――
なるほど。改革を進めるにあたって、先陣を切る人には必要なものがいくつもあると思います。そのなかで、「これは備わっていたな」とご自身で思えるものはありますか?
江上:
まず前提として、周囲の人は、自分がやっていることについて深く考えてはいないと思うんです。
つまり、私が考え抜いたことに対して、周囲は表面化しているものだけを見て、「イマ、ココ、ワタシ」=短期的な時間軸、部分最適、今の感情、自分の利害、価値観に照らし合わせて何かを言うんです。それは、批判でもアドバイスでも同じです。それは自分がアドバイスする立場であってもそうでしょう。だから、基本的に「周りの人の言うことを真に受けすぎないほうがいい」という前提を持っていたのは、良かった点ですね。
最初からそういう前提でいれば、反対されても別にそれ自体に意味はないというか、良い意味で聞き流せるというか。それは、ひとつ備わっていた部分ですね。実際に周囲のいうことを聞かずに物事がうまくいった経験を積んだことで、さらに強化されたことかもしれません。もちろん、いったんは耳を傾けますが。
もうひとつは、確信の強さがあったことです。
「上から目線で、厳しく教えていくだけの教育」よりも、「楽しく、面白おかしく、新鮮な人間関係を結びながら学べるほうがいい」というのは、絶対に間違っていないと思っていました。
時代が変わって、「上から目線で、厳しく教えていくだけの教育」という、オールドカンパニー的な教育の合理性は薄れてきているのに、厳しく当たって、「アレをやれ」「コレをやれ」では、良くなりようがないですから。
私たちの親世代には、トップダウンで効率化していくことこそが競争優位を生む、というような成功モデルが焼きついていると思うんです。
「自分はこれで上手くいったのだから、他の人だってこれで上手くいくし、この先の時代も上手くいく」と、思い続けている。実際に親世代はそれで上手くいったけれど、数字を見ると、もはやそのやり方では通用しなくなっている。
自分も気をつけないといけないですが、それを冷静に見られるということも必要なことですね。
傾きかけている会社の経営者は「生きていない」
――
それを自分で意識できれば、改革を進める強い力になりますね。ですが、自分がオールドカンパニー的な経営をしてしまっていることに、自分で気づくにはどうしたらいいのでしょうか?
江上:
それは、みんな気づいていると思います。気づいているけど、そこに蓋をしているんです。
本気で気づいて、本気で問題をとらえたら、本気でやらなくてはいけませんよね?
そうなると、精神的なコストやエネルギーがとても必要になる。だから、差し迫った危機があって「ここで変えないと、来年は潰れます」という状況にならないとやらないだけなんです、おそらくは。
――
では、「今まさに会社を改革したい」「改革したいけれど一歩が踏み出せない」と思っている人たちへのアドバイスはありますか?
江上:
会社を改革していくことはとてもキツかったですけれど、楽しかったんですよ。
信頼が出来る仲間と一緒に「ああでもない」「こうでもない」と知恵を絞って、メンバーを動かして、新しく同じ方向を向いてくれるメンバーを採用して、といったことが全部。それがこれ以上ない喜びで、「生きている!」という実感がありました。
たぶん、少しずつ業績が落ちている会社の経営者って「生きていない」と思うんです。心臓も動いているし息もしているけれど、充実感もなく、目の前に物事に追われて対処だけをしているような。
「生きている」と「死んでいる」の間には、「死んでいない」というもうひとつの状態があって、きっとそこから一歩踏み出せば、「生きている!」という実感を持つことができるはずです。
だから、「生きろ!」と言う言葉を贈りたいですね。
――
シンプルですが、とても胸に響く言葉ですね。ありがとうございました。
江上:
ありがとうございました。