「まんが×教育」から生まれた“どんどん伝わる”ビジネスコミュニケーションとは?
分かりやすく伝えたり、イメージのすれ違いをせず分かりあったりするためにどうすればいいのだろう。
そう悩んでいる人は少なくないはずだ。
言葉ではなかなか伝わらない、共有できない。ならば、ビジュアル化してみてはどうだろう。
『一瞬で心をつかむ 伝わるイラスト思考』(明日香出版社刊)は、まんが教育家の松田純さんが提唱する日本発のビジュアルシンキングメソッド「イラスト思考」を説明する一冊だ。
考えていることをビジュアライズする、フレームワークに落とし込む、ストーリーを立てて伝える。説明やプレゼン、会議などビジネスにおけるさまざまな場面で使えるこの思考法について、松田さんにお話をうかがった。
まんが家としてデビュー、そこからビジネスの道へ
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まず松田さんご自身の話から伺いたいのですが、肩書きに「まんが教育家」というものがあります。具体的にはどのようなご活動をされているのですか?
松田:
現在は「イラスト思考」をはじめとした、イメージやストーリーを使ったコミュニケーションの専門家として、ビジネスや教育の分野で、講座研修やコンサルティングを提供しています。
具体的には、企業のメッセージをビジュアル化とストーリーで分かりやすく伝えたり、イラスト思考を使ったチームビルディング・組織開発のサポートなどですね。
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もともとはまんが家さんでいらっしゃったんですよね。
松田:
そうです。学生時代にまんが家として角川書店からデビューして、それ以来13年ほど、教育系のまんが制作の仕事をしていました。これは大手企業や教育機関から依頼を受け、文章だけだと難しい内容を「まんが」で表現し、小学生にも分かる楽しい教育コンテンツに組み替える仕事です。キャラクターのデザインやストーリー構成も行っていました。
トヨタ自動車などの大手自動車メーカーの企画も担当したりしながら、まんがと教育を組み合わせることで生まれるパワフルな効果をこの目で見ていたんです。
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そのご活動が、どのように「イラスト思考」につながったのですか?
松田:
今回帯にコメントいただいた神田昌典さんの著書『全脳思考』に出会ったのが、大きなきっかけとなりました。神田さんという日本のトップマーケターが提唱される課題解決の思考法が、それまで、まんが家として自分が当たり前に使っていた思考プロセスと、共通する部分が極めて多かったんです。
イメージの見える化やストーリーを考えるまんが家としての頭の使い方がビジネスでの課題解決や自己実現に対しても、強い影響を持っていることが分かってきました。そこで自分のまんが家としてのノウハウをメソッド化し、体系的な思考ツールとして教えはじめました。
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まんが家の発想をそのままビジネスのメソッドに導入する考え方は斬新ですね。
松田:
日本の「まんが」は、今や世界中で読まれていますし、ビジネス書をまんが化して大ヒットするケースもありますよね。それはビジュアル表現の「イメージ」と、感情を動かす「ストーリー」の力があるからだと考えています。
例えば、同じ内容を学ぶにしても、文字ばかりで書かれた難しい文章を読むよりも、分かりやすいイラストやストーリーがあった方が、圧倒的に伝わりますし、相手の感情を動かしやすい。それはビジネスにおいても必要な力ですよね。
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では、松田さんが提唱されている「イラスト思考」とは、どのような思考法なのでしょうか。
松田:
「観察」「デッサン(下書き)」「ディフォルメ(清書)」というイラストの3ステップを学び、誰でも簡単なイラストを使って、言いたいことをシンプルに「見える化」する思考法です。伝える効果が抜群に高まります。
イメージやストーリーを見える化することで、思考をクリエイティブに整理したり、共有しやすくなります。また、言葉だけでないニュアンスや背景も伝わるようになりますし、相手の共感や参加も得やすくなる特徴もあります。今は、マーケティングの分野や組織開発の分野で注目され始めていますね。
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今では、スマホでは「絵文字」や「スタンプ」だけでもコミュニケーションが成立するなど、ビジュアル中心に伝える時代になってきているのは理解できますが、「イラスト思考」はビジネスの分野で応用されている、と。
松田:
そうです。「イラスト思考」を学ぶことで、自分の思考やイメージをサラッと「見える化」したり、相手に効果的に「伝える」ことができるようになるので、コミュニケーションの効率化が図れます。
例えば、実際に私も体験していることなのですが、企画会議やミーティングの場面でも、イラストを使いながらメンバーと対話をすることで、場が和んで意見が出やすくなりますし、他部署のメンバーや外国人など、背景の違う相手からも上手に「共感」を引き出すことができるようになります。
また、新しいアイデアを生み出そうとするときには、言葉で伝える努力に加えて、非言語レベルでのコミュニケーションがとても大切です。そんな言語化できないイメージや感情を、イラストで表現することで、場で生まれた創造性を見える化できるようになる。「イラスト思考」はそのプロセスを強力に促してくれます。
上手さは必要ない!「伝わる」イラストの描き方
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ただ、イラストを描く上では、絵心が問われると思います。絵が苦手な人はどうすればいいのでしょうか。
松田:
大丈夫です。「イラスト思考」の講座に参加される方も、20人いればだいたい16人くらいは苦手と言いますが(笑)、皆さん下手ではないんです。小さな頃に親や先生から「絵が下手だなあ」と言われて、その言葉が残っている人が多い。
でも、(イラスト思考は)ちゃんとした方法で学べば誰でも使えるスキルです。だからまずは「自分は下手だ」という心のブロックを外すところから始めます。
――
どのように外していくんですか?
松田:
そういう方々はどうしても上手く描こうとしてしまうんです。ただ、本質はそこではなく、楽しんで描くことの方が重要です。いくらイラスト思考を身に付けても、やりたくないことをやっていたら前進しませんから(笑)。
直感的に絵を描いたり、色を塗ったりと、まずはイラストが楽しいということを知ってもらえればOK。上手く描くよりも楽しく描くという視点に切り替えた上で、この本に載っているスキルを学ぶと、「イラスト思考」は一気に身に付きます。
自分はイラスト下手だと言っていても、30分ほどでイラストが描けるようになる人もいますよ。
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そんな短時間で! 私が「イラスト思考」を読んで「なるほど」と思ったのも、イラストを描く目的はイメージの共有にあるという部分です。無理に上手く描こうとせず、分かるように描くということならできそうだと思いました。
松田:
どんどん描いていくことが大事です。ちょっと話は進みますが、1対1で話をするときも、何人かでミーティングをするときも、その場にいる人たち全員で少しずつ簡単なイラストを描きあって、それを組み合わせていきます。「描きながら伝える」という方法ですね。
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確かに、言葉だけでは伝わらない場面があります。ところが、お互い認識がズレたまま話が進んでいって、まったくイメージが共有できていない。
松田:
そういうときにもイラストを取り入れることで、「あ、こういうことか!」「そうだよ!こういうこと!」と言いあいながら、自分たちがどこに向かっているのかを共有できるようになります。イメージの見える化ですね。
――
でも、やはり下手だと自覚している人間からすれば、絵は上手いほうがイメージの共有もしやすいのではないかと思ってしまいます…。
松田:
大丈夫です(笑)。描きやすいイラストサンプルをこの本で説明しているので、最初は見ながら数回描いてみてください。そうすれば見なくても描けるようになりますよ。私は「3回描くと自分の絵」と言っていますが、馴染んできます。
――
シンプル化した(ディフォルメした)イラストの描き方は参考になります。
松田:
ここに描く人の個性をまぶす……つまり、自分なりにアレンジすることで一瞬で人の心をひきつけるイラストを描くことができるようになります。
企業マネジメントやマーケティングにも 「まんが」の持つスゴい力
企業マネジメントやマーケティングにも まんがの持つスゴい力
――
イメージの見える化や共有に役立つ「イラスト思考」ですが、これはマネジメント層が会社の成長やビジョンを見せるときにも大いに役立つのではないかと思います。
松田:
それは大いにあるでしょう。ただ、イラストだけで全てを伝えることは難しいので、ストーリー形式にして、経営者が理念と長期的な戦略を伝える際の手助けにすることが可能です。
――
つまり、「まんが」化するわけですね。
松田:
まんがという表現方法は、ほとんどの世代が慣れ親しんできました。その意味では現代に適した伝え方なのかもしれません。
――
ちなみに、まんがをマネジメントに取り入れている会社はあるんですか?
松田:
マーケティングの分野がメインになりますが、会社の歴史をまんが化して事業案内に掲載している会社はあります。「マンガマーケティング」というのですが。まんがが持つビジュアルの力と、ストーリーが持つ人に伝えたり、巻き込んだりする力は大きいと思いますね。
この「イラスト思考」には応用編があるのですが、それは「ストーリーの作り方」のメソッドです。
――
それはどんなメソッドなのでしょうか…?
松田:
人の気持ちを動かすストーリーには法則があります。伝えたいテーマ、キャラクター、そしてストーリーという3つの要素が揃ってはじめて1つの作品になるのですが、さらにその中のキャラクターには4つの役割があります。
その4つの役割をマトリクスに示したときに、左下は主人公がきます。この人が目的や夢を持って行動するところからストーリーは始まります。
右下にくるのは仲間です。悩みを抱える主人公を横から支えるキャラクターですね。
左上にはメンター、つまりは師匠です。このキャラクターは主人公を次のステージに導いてくれる存在です。
右上にくるのはライバルです。主人公は左下から右上を目指して旅をするのですが、それを阻むのがライバルの存在です。そのライバルは主人公を邪魔にしているようにしか見えないけれども、その裏では学びや成長を促してくれる存在です。『ジャンプ』で連載しているまんがは、まさにこのストーリー展開ですよね。
――
確かにそうです!とても分かりやすいですね。
松田:
そして何より重要なのが、主人公の持っている悩みや境遇を読者に似せてあげる。そうなると感情移入できるんです。
この共感を呼びだす仕組みはビジネスでも応用できます。お客様には主人公になっていただき、価値を提供する側の自分はメンターになる。
――
というと…?
松田:
ビジネスの設計の方法は、ストーリーの組み立てと同じなんです。
この本は文章だけではなく、まんがでも「イラスト思考」を説明しています。
まんがはストーリー形式になっていて、主人公は新しく企画の担当になったケンジです。ところが、なかなか企画がうまく進まない。部長からは期待の言葉がかけられますが、その一方で「失敗したら地方に飛ばされる」というプレッシャーもかけられます。ケンジには家族もいるし、マンションもローンで購入したばかり。それは嫌だ、と。
ケンジは同僚や仲間から助言を受けて、イラスト思考を学びに行って師匠と出会い、新しい企画の考案に取りかかるのですが、部長やライバルとなる存在からのプレッシャーがだんだんときつくなっていくんです。
…と、あらすじはここまでで留めておいて、スタートの時は未熟だった主人公が師匠と出会い「イラスト思考」を駆使しながら経験を重ね、リーダーとして成長していく。最後にはライバルと対決するのですが、ケンジと同じような境遇、悩みを抱いている人は数多くいるはずです。
ビジネスを設計する上で、お客様を主人公役、自分たちをメンター役、お客様の悩みをライバル役に見立てて、お客様が悩んでいることを解決するという目的で考える。そうすれば分かりやすいですよね?
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なるほど。確かにストーリー立てて考えれば、ビジネスの設計もしやすくなる。
松田:
まんがのストーリーの作り方は、いろいろな場面で役立ちます。それはぜひ知っておいてほしいですね。
30~40代のリーダー層に身に付けてほしい
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「イラスト思考」を導入する上で、必要なものってありますか? ペンタブとかあったほうがいいのでしょうか。
松田:
まずはホワイトボード、もしくは付箋とペンがあれば大丈夫ですよ(笑)。ミーティングでのイメージの共有くらいならば、その場で絵を描くこともあるでしょう。付箋にイラストを描いて貼りつけたり、ホワイトボードに全員で描き込んでしまう。すぐに消せますし、議論も活性化するはずです。
社内外に公式に出す場合は、上手な人にペンタブで清書してもらったり、外注してもいいでしょうね。
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また、本書では、マインドフルネスについて言及されている部分があります。こちらは「イラスト思考」を実践する上で必要不可欠なものなのでしょうか。
松田:
イメージを使った思考法は、右脳と左脳を高度に連携させていくプロセスです。マインドフルな「状態づくり」がとても重要です。作為や曇りのないニュートラルな意識の状態でいることは、思考の質や非言語コミュニケーションの質に深く関わってくるので、この本でも書かせてもらいました。
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この「イラスト思考」を今一番身に付けるべき年齢層、職業などについて松田さんはどのようにお考えですか?
松田:
30代から40代のリーダー層に学んでいただきたいですね。時代の変化が勢いを増すなかで、チームメンバーをコネクトさせるスキルが重要になっています。「なぜするのか?」「どうなりたいのか?」を見える化して共有することが、自己発見のプロセスにつながるはずです。
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おそらく今後、コミュニケーションにおけるイラストの重要性は増していくと思います。その一方で日本ではまだまだ言葉だけで説明する文化が根強いと思いますが、その点についてはどのようにお考えですか?
松田:
まんが文化を醸成してきた日本人の思考モデルはとても優れています。漢字も視覚的なものですよね。ビジュアルシンキングは海外からの流入が主でしたが、まんが世代が組織の大半を占める現在、広がる素地は熟してきています。グラフィックファシリテーターの方々の活躍もありますし、職業としても一般化していくと思います。
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最後に、読者の皆さんに向けてメッセージをお願いします。
松田:
今は、頭の中のイメージやお互いの気持ちを見える形にして伝え合う力が必要な時代です。だからこそ、「イラスト思考」を当たり前のように使えることは、その人にとっての付加価値になると思います。
人工知能が人間の仕事をとって代わるという話もありますが、言葉とイメージと感情を立体的に組み合わせたコミュニケーションは、人間でしかできないものです。
ビジネスマン、教育者、人と関わる仕事をしている方、クリエイターの皆さんにもぜひ学んでほしい思考ツールですね。