INTERVIEW
著者インタビュー
新年度から新しく管理職に就任し、組織を束ねて部下を指導する立場になった人もいるだろう。
しかし、「強い組織をつくろう」「チームの人たちが成長する組織にしよう」という目標を掲げても、「教え方」を学ばないとなかなか上手くいかない。
組織がひとつ上の段階に登るには、ひとつ上の思考法を身につけることが必要だ。
「今までこうやってきたから」に囚われるのでなく、変化する社会に対応し、新たなやり方を考えられるようになるには。そして、チーム全体がその思考を持ち、成長するビジネスパーソンを育てるには。
その方法を伝授する『ひとつ上の思考法』(クロスメディア・パブリッシング刊)の著者であり、事業変革パートナーの安澤武郎さんにお話をうかがった。
「これまでこうやってきたから」では組織は成長しない
――書は組織を一段階上に押し上げるための思考法が書かれています。安澤さんはコンサルタントとして、事業変革パートナーとしてさまざまな企業と一緒に仕事をされてきたと思いますが、本当に強い組織の特徴について教えていただけますか?
安澤:強い組織には、自分で考え行動できる現場リーダーが各所に存在します。経営方針が変わっても、その意を汲んで自分に何ができるかを考えられ、なおかつ自分で学習を続けていく人が沢山いれば会社は揺るぎません。
実は、言われたことを従順にこなす社員が多いと、逆に変化に弱いのです。マニュアルに従っているだけの人と交渉をしても、「そういうルールですから」と議論の余地がないのと同じで、自分の考えがない「受け売り」の人は意固地で、自分で変わることができません。
「自分の考えを持つ」とは自分の意見に固執をして、独りよがりになることでもありません。自分の考えに根拠があれば、自分と違う意見に出会った時に、前提となる情報や考え方に立ち戻って考え直すことができます。そういう人は、組織の他のメンバーと連携する力も高くなります。
企業が効率的な仕組みを確立してしまうと、現場の社員はあまり考えなくても成果を出せるようになります。すると、この自分の考えを持ったリーダーは育ちにくくなります。本当に強い組織では、仕組みを壊し、再構築する仕事をリーダー候補に与えていたりします。
――組織の成員が何を目的として働くかというときに、「上司からの評価」は視野に入ってくると思います。ただ、そうなるとリーダー考えの影響を受けて、自分の考えを持てなくなってしまうことないでしょうか?
安澤:良いポイントですね。人は身近なリーダーの影響を受けるものです。どんなに素晴らしい経営者のいる組織でも、社員の考えは身近なリーダーの影響を色濃く受けています。だから、「リーダー教育」が必要なんですね。
つまり、リーダーとしての期待をかけている人には、教え方を教えるということが必須になります。そうしないと、自分と違う考え方があってもそれを許容できないリーダーになってしまう。逆に、「自主性」という言葉を旗印にして、スタッフに手をかけないリーダーの元で、スタッフが全く育っていないという組織も存在します。
――「教え方を教える」というのはとても難しいことです。教え方を教える際に気を付けることはありますか?
安澤:人間は経験から学び、成功をすれば「正しい」と思うでしょう。しかし、環境が変われば「正しい」ことも変わります。だから「チーム環境や教える相手が変われば、正しい教え方も変わる」ということが最も重要な原則になります。
リーダーとなる人が「自分がこうして育てられて成長できた」ということに囚われないようにすることですね。自分の立場が変わっても教え方は変得ていくべきです。
――逆に経験に囚われたままだと、精度も生産性も落ちていくわけですね。
安澤:そうです。本人が経験から脱しないと、教えた時間は無駄になってしまいます。
――今のお話は本書で言うところの「シングルループ」と「ダブルループ」のお話だと思います。限られた経験に頼って応用が効かなくなる「シングルループ」の外側に、経験を法則化し、その法則を新しい環境で検証し、進化をさせていく「ダブルループ」を回そうという提言は、まさに教える側、指導する側にとって必要な考え方だと思います。
安澤:そういう意味では、本書は新任管理職に読んでほしいです。最初は部下がまったく成長せず「なんでこいつは…」と思ってしまうこともあるかもしれませんが、必要な行動を一つ一つ教えて、できることを増やしていくことが大切ですね。
――「学習の方法を学ぶ学習」はどのように進めるのでしょうか。
安澤:最初に必要なことは「ダブルループ」を見えるようにすることです。仕事のレベルを3段階に表すと、目に見える「形」で仕事をしている段階、モノゴトの「意味合い」に目を向けて仕事ができる段階、さらに人の「感情」にまで目が向けられる段階です。少なくとも、モノゴトの「意味合い」を捉えられるようにならないと「ダブルループ」は扱えません。
ひとつの訓練法ですが、「全ての行動に意図を持つ」という方法があります。参加する会議や、作成する資料など、本来すべての仕事には意味があるんです。
例えば、クライアントに提出する資料でも、なぜこのフォントなのか、なぜこの紙なのか、ということを常に考えると、モノゴトの意味合いが見えるようになっていきます。
――でも、会議にしても実際は「前からやっていたから」というものが多いですよね。長時間労働や生産性の低さについても「前からずっとこうやってきたから」から脱せなければ議論もできないのかもしれません。
安澤:そうでしょうね。私もクライアントの企業に、「何のためにやっているのか」を問うことが多いんです。ただ集まることが目的になっている会議とかはやっぱりあります。
――客観的な視点がないと、無駄かどうかも分からないことは結構あると思います。
安澤:基準がないですからね。一番もったいないと思うことは、「仕事の受け手」から求められている要件を確認していないケースです。良かれと思ってしている仕事が、全く無駄であったというケースはかなり世の中に多い。一度作り上げられた仕組みを引き継いでいるケースなどによく起きていますね。
――そもそも仕組みが目的化してしまうこともあります。
安澤:学生時代に答えだけを教わって終わりという人がいたように、目的に達するための方法を丸暗記している人が意外と多いんですよ。これをすればいい、という。
例えば、数学や物理には公式があるわけですね。その公式を導き出す力を身につけていけば次々にステップアップできます。しかし、目先のテストの点を取るための丸暗記に走ってしまうとすぐに限界がきます。そういう勉強は全くの無駄ですし人生の浪費だと思います。
それはこれまでの話と通じていて、「答え」だけを与えていても応用はできないということです。「教える」立場に立つ時に、気をつけなくてはいけないことは、「解き方」を身につけさせられているか、という本来の目的に目を向けることです。
長時間労働や生産性の低さなどから「働き方改革」が叫ばれる昨今、業務量は減らず、でも「残業時間を減らす」という目標が掲げられ疲弊する現場もあるだろう。
なぜ生産性が低いのか。それを解決する方法とは?
『ひとつ上の思考法』(クロスメディア・パブリッシング刊)の著者で、事業改革パートナーとしてさまざまな企業の現場を見ている安澤武郎さんに、実践的な事例を交え、仕事の精度が上がる組織作りについて、お話をうかがっていく。
生産性をあげるために必要なものとは…?
――最近、「日本人の生産性が低い」という話題がありました。この「生産性」を考える際にどのようなことに気をつければ良いでしょうか?
安澤:本書の中で、V=F/C という公式を紹介しています。
Vは「Value」、仕事の価値のことです。Cは「Cost」、コストです。そしてFは「Function」、はたらきです。つまり、価値は仕事が生み出すはたらきをコストで割ったものと言えます。
例えば、会議には様々な「はたらき」が期待されます。「問題を解決すること」「情報を共有すること」「参加者のモチベーションを高めること」などです。生産性の高い会議とは、その会議に求められている「はたらき」を、短時間で出せた会議ということになります。しかし、どのような「はたらき」が求められているのか? これが定義されていない会議、参加者によってバラバラな会議が多い。つまり目的が曖昧なのです。
――では、定例会がよくなりがちな「そもそもこの会議の目的はなんだっけ?」という会議は生産性がない、ということですね。
安澤:そうです。目的がなければ生産性は0ですね。定義付けはとても大事です。目的が曖昧だと、残業時間削減に取り組んだ結果、もしかしたら必要なものまで削り取られてしまうかもしれない。
残業時間を減らすことが目的化すると、家にパソコンを持ち帰り、業務時間外で仕事をすることになる。それではまったく意味がないですから。
――「目的の設定」が大事になると思うのですが、これを経験したことがないまま社会人になった人は設定の仕方から勉強しないといけないわけですね。
そうです。先ほどの会議の目的に関しても、様々な目的が考えられます。どれが正解というものではなく、その時の環境やステージによって変わるものです。そういう複雑な事象を整理して、「これを目的にしよう」と一つ一つの仕事で意思決定をすることが高いパフォーマンスに繋がります。
この意思決定をするために有効な道具がロジックツリーです。複雑な問題を整理して、自分の中で取り組むべきことを絞り込む上で欠かせません。しかし、これほど多くの本で紹介・解説されているにも関わらず、実務の現場では全くと言っていいほど使われていません。いくら本を読んで勉強しても身につかないのは使わないからです。
なぜ使えないのか?というと、「抜け漏れなく作成しなければいけない」「ちゃんと考えなきゃいけない」と正しさを求めてしまうことにあります。「ロジック」「論理」なんて言葉を聞いた瞬間に、「難しい」と拒否反応を起こしている人もいますが、難しく考えすぎなんです。まずは稚拙でもいいから紙に書き出して使い始めることが大事ですし、実は誰もが生活の中でやっている「場合分け」とかをしているに過ぎません。
そうやって脳みそに汗をかかないと、思考力は手に入りません。筋トレと同じです。そう言った考えることをせずに、安易に「答え」だけを求めている人は、無駄なことをしていても気がつきませんし、生産性の低い仕事をしています。
ある程度考えてやるべきことが整理できたら、意思決定をしてすぐに実行をする。そして、軌道修正をするというサイクルを早く回すことが生産性を高めていきます。
――ここまでのお話の中で、安澤さんがコンサルティングをしてきた企業の話が出てきましたが、「コンサルタント」ではなく「事業変革パートナー」と名乗っていらっしゃいます。それは一体なぜですか?
安澤:私は、硬直化した企業が新しい方向に向けて舵を切れるように支援をしています。クライアントの社内には、「今のままではいけない」という漠然とした不安や「こっちに舵を切るべき」というおぼろげな方向性は存在します。しかし、自分の考えで行動できない現場リーダーが多いと、リスクを恐れたり、プライドを守りたい人間組織をなかなか動かせないのです。
そのような企業を支援する際に、いくら「正しいこと」を言っても変化は起こせません。本人たちに自分でその答えにたどり着いてもらわねばなりません。「コンサルタント」というと世間的にアドバイスをする仕事というイメージがあります。知識が豊富で、何か「答え」を教えてくれる存在です。そのような誤解を与えると仕事がしづらくなります。そこで、「パートナー」という位置付けを強調しています。
実際、企業の中に入って、同じ釜の飯を食うこともしなければいけないですし、その企業の常識に惑わされず客観性を維持しないといけません。企業の外でもない内でもない「縁」に立てた時に最も影響力を発揮できる仕事です。
――今、安澤さんが取り組まれている「営業革新プログラム」という営業の組織力を高めるプログラムもそうした姿勢がベースとなって生まれたものなんですね。
安澤:そうですね。売れないけれども実は売れるはずの商品はたくさんありますし、お客様からの問い合わせが来てチャンスだったはずなのにお断りを入れてしまったというケースもあります。「自社の価値を100%顧客に届けられていますか?」と問えば、向上余地はたくさんあるはずです。そういう課題に組織で向き合って、進化する営業組織を作っていくプログラムが「営業革新プログラム」ですね。
――お聞きしたいのですが、安澤さんがこれまで読んだ本の中で、新任マネジャーにすすめたい本を3冊あげていただけますか?
安澤:まずは山岡荘八の『徳川家康』で、視座の高さを学べる小説です。新任マネジャーは現場目線が強くなりがちですが、経営者目線で考えることを疑似体験できるはずです。実際、現場と経営者は考えている時間軸や範囲が違いますからね。経営者の目線を持てないと、板ばさみになってしまいます。
次に、多様性を理解するという意味で『異文化理解力――相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』という、エリック・マイヤーさんの書籍をおすすめします。自分と違うタイプの人の考えを理解するための一助となるはずです。
最後は、内田樹さんの『修行論』ですね。学ぶということがどういうことなのかを考えるのに良い本です。仕事の目的、生きる目的、内田さんから学べることは多いと思います。
――ありがとうございます。では、読者の皆さまにメッセージをお願いします
安澤:この本の233ページに載っている「ダブルループ」の図表はぜひ見てほしいですね。「体験/成果」→「内省」→「法則化」→「新たな挑戦」というこのサイクルを実際に自分から体験し、身につけることが大事です。
良い戦略があっても実行されないという課題はどの会社にもあります。その問題をどう解決するか、ひいては目的は何なのか、実現したいことは何か、突き詰めて考えることから始めていくといいはずです。
(了)