■ 戦略人事は「リソースマネジメント」と「タレントマネジメント」の両側を抑える
――『稼ぐ人財のつくり方 生産性を2倍にする「攻めの人事」』についてお話をうかがえればと思います。まず、山極さんのキャリアなのですが、日産自動車時代にカルロス・ゴーンさんの経営改革の只中にいらっしゃったんですね。
山極:
ゴーンさんが日産に来たのは1999年で、当時私はエンジンの開発をする部署にいました。そこから商品企画をやったり人事をやったりと、いろいろな部署に異動したのですが、その間ずっと、一緒に仕事をしないまでもゴーンさんのマネジメントを間近で見られる環境にはいました。
――
ゴーンさんが来て最初に感じた変化はどんなことでしたか?
よく憶えているのは、近い将来こういう車を出します、という商品開発の会議です。そこで発表された車をゴーンさんが3分か5分かで却下したんですよ。
それまでの日産自動車は、簡単に言えば「儲からない車」でも作ってしまっていたんです。台数が売れて、値段が上げられて、かつコストが抑えられるというのが「儲かる車」の条件なのですが、この条件を揃えるのはなかなか難しくて、そうでない車もその会議を通ってしまっていた。
ゴーンさんはそういった車に対してきっぱりNOと言ったわけで、これは大丈夫かもしれないな、とその時思ったのを憶えています。
――ゴーンさんが来る前の危機的状況から、日産はV字回復を果たしました。おもしろいのはトップが替わっただけで、社員の顔ぶれはほとんど変わっていないという。これは山極さんが本の中で書かれている「戦略人事」の重要性と関係してきます。
山極:
そうですね。ただ、人事面も含めてさまざまな取り組みがあったのは確かですが、それも結局はトップが替わった効果が大きいと思います。
日産が復活できた一番の要因はゴーンさんが来たことだというのは疑いようがないです。外部から経営の専門家を呼んだことで、これまで変えられなかったところを変えることができました。様々なしがらみから社内の人間ができないことは、やはりあるものなので。
――その日産自動車で様々な部署を経験されて、最終的に人事に行こうと考えたのはなぜですか?
山極:
きっかけになったのは妻を亡くしたことです。当時、娘が中学3年生で、高校受験の直前でした。
何とか受験は乗越えたのですが、今度は高校生になるわけで、親は自分だけです。となると、今までのように朝早くから夜遅くまで働いていてはやっていけません。
そういう事情でワークスタイルを変えたのですが、その時の経験を生かして、同じような人がいたら助けてあげたいという考えから人事に行きたいという希望を会社に伝えました。
――
今は人事の方面で独立されて、企業の人事戦略を手がけるコンサルタントとして活動されている山極さんですが、本書で解説されているように「SWP(Strategic Workforce Planning)」という人事戦略の手法を提唱されています。この「SWP」とはどのようなものなのでしょうか。
山極:
SWPは日本語にすると「戦略的人員計画」で、難しそうな感じがしますが、一言で説明するなら「リソースマネジメント」と「タレントマネジメント」の両方を抑えましょう、ということです。
「リソースマネジメント」は、人員数や人件費といった組織規模の話で、「タレントマネジメント」は個人をどう生かすかという話です。この二つを壁の両側とすると、人事に限らず全ての戦略はこの両サイドの間のどこかにくることになります。だから、この両サイドをしっかり抑えましょうというのが「SWP」の考え方です。
――SWPはもともとアメリカで生まれた考え方です。これを国内の企業が採り入れる難しさについても本の中で触れられていました。起こりうる問題としてはどういったことが挙げられますか?
山極:
アメリカの場合、ある仕事に対して必要な時に必要なだけ人員を募集します。一方で日本は、学校から一定数をまず採用して、会社の中で育てるのが今のところ主流です。この違いがSWPを日本の企業が採り入れる難しさの根本にあります。
たとえば、日本の会社でも、ある事業に人を投入する時に、適任者が社内にいなければ外から採用するということはありえます。ただ、現状日本の会社の多くは「最初からいる人」と「外から来た人」が一緒に成果を出せる仕組みが整っていないケースが多いんです。
だから、入ってきた人は居心地が悪いですし、成果を出しにくい。
――「最初からいる人」と「外から来た人」が一緒に成果を出せる仕組み、というのはどういったものなのでしょうか。
山極:
代表的なのは「このポジションはこういう仕事をする」というのを明確に定義した「職務定義書」です。ほとんどのアメリカの会社はこれがあるので、長く会社にいる人もそうでない人も同じ土俵で話すことができます。
SWPはこうしたアメリカ企業の文化が背景にあるため、日本の会社が採り入れる際は同じ条件を揃えることが必要になってきます。そう考えると面倒なことに思えますし、個人の責任範囲が入り組んでいることの多い日本の会社で、全社員に職務定義書を作るのは実際大変なことです。
ただ、今後まちがいなく職務定義書は必要になってくるはずで、現状大きな問題が起きていないからといって放置していると、いずれ必ず「いい人材が採用できない」「人が定着してくれない」といった大きな問題に結びつくということは伝えたいですね。
■ 「自分がいないと職場が回らない」は勘違い
――SWPを採用する大きなメリットの一つとして「生産性の向上」があります。日本人の生産性の低さはかねてから問題視されているところですが、この原因はどんなところにあるとお考えですか?
山極:
特にサービス業に言えますが、「サービス過剰」ですよね。
「おもてなし」という言葉が有名になりましたが、これは「お客さんが幸せになるように尽くす」ということです。
この「おもてなし」が相手に感動を与えるのは確かだとしても、その対価をきちんともらっているかどうかを考えると過剰でもあります。本来高いサービスに対して、対価を取れていない面はあるのではないでしょうか。
それと、日本人の国民性として、過去からの積み重ねをすごく大事にするところがあって、そのせいか前例のある仕事や実績のある仕事が、今も必要なのかどうか検証されることなく続けられてしまう傾向もあります。これも生産性という面からはマイナスです。
会社の中には必要のない仕事もあります。だからこそ、「この仕事がなぜ必要なのか」という視点は持っていただきたいですね。その必要性についてもし人に説明できないようであれば、その仕事は不要なものなのかもしれません。
――個人としての生産性が下がってしまう働き方についてもお話を伺いたいです。長時間労働は結果として時間あたりの生産性を下げてしまうものですが、「自分がいないとこの職場は回らない」と考えて仕事を抱え込みすぎると、どうしてもこのパターンになってしまいますね。
山極:
「自分がいないと仕事が回らない」は完全に勘違いで、そういう人は一度強制的にでも休ませて、自分がいなくても職場に何も問題は起きないということをわかってもらう必要があります。
もちろん、顧客対応があったり締め切りがあったりといった日に休むのはまずいですが、そこさえ気をつければ、どんなに仕事ができる人が休んでも何も問題は起こらないはずです。
――遅くまで残っている上司の手前、早く帰りにくいという声もよく耳にします。
山極:
本来は上司が真っ先に休んだり、帰ったりするべきなんです。自慢ではないですが、私は日産にいた頃、部長職の人間の中で一番残業が少なかったんです。
――時間内にすべて仕事を終わらせていたということですか?
山極:
いえ、終わらなくても帰るんです。それも、ものすごく中途半端でキリの悪いところであえて帰る。
――なぜですか?
山極:
中途半端で切り上げれば翌朝はその続きから始めるわけで、前日キリのいいところまで終えて、翌朝新しいタスクを1から始めるよりも早く仕事に入っていけます。
人間のパフォーマンスは朝が一番高いことを考えると、全部終わらせて帰るというのは、生産性としてはあまり高くない。「キリのいいところまでがんばろう」などと思わずに、途中だろうと時間がきたら帰るという働き方の方が、個人としての生産性は上がると思います。
――働いている身としましては、海外との生産性の違いは不思議です。労働生産性の高い国の労働者と日本人労働者の働き方はどう違うのでしょうか。
山極:
ひとつ注意していただきたいのは、国としての生産性というのは産業構造にもよります。ルクセンブルクが代表的ですが、金融業の多い国は概して生産性は高い。
ただ、それを差し引いても日本の労働生産性が低いのは確かです。では何が違うのかと考えると、欧米の労働生産性の高い国は家族と過ごす時間をものすごく大切にしますよね。
仕事と家族どっちが大切といったら当然家族でしょう。海外の方がその優先順位がはっきりしていて、家族を第一に考えて一緒に過ごす時間を確保したうえで、残りの時間で仕事に集中して取り組むというスタイルが定着しています。
本来、生産性というのはそういう考え方や生活スタイルで自然に決まるもので、生産性の高い国の労働者にしても「生産性を上げよう」と思って取り組んでいる人はいないはずです。
なにしろ時間が限られていますから、過去の前例になど構っていられませんし、お金にならないものに過剰なサービスはしません。そうなれば生産性は上がりますよね。
――生産性を上げるための企業側の人事的な取り組みについてもお話を伺いたいです。自社の生産性を高めるための人材採用についてご意見をお聞かせ願えますか。
山極:
採用について一つ言えるのは「優秀な大学を出た人は優秀な人材」というのは、経験上まったく正しくないです。
人の資質というのは、メンタリティが20%、スキルや専門性が10%、残りの70%は経験です。つまり、会社の中で有意義な経験を積ませることができれば、人は必ず育ちます。
「優秀な人材」という言葉も考えた方がよくて、企業が欲しいのは正確にいえば「活躍してくれる人材」であり「稼いでくれる人材」ですよね。それならば、見るべきところは必ずしも学歴ではないはずです。
では、採用の時に何を見るべきかというとメンタリティのところで、ポイントになるのは「自己肯定感」です。これがないと、能力は高くても入社してからきびしい。
根本的なところに「自分はできる人間だ」という前提のある人かどうかというのは、面接で話すことである程度わかる部分だと思いますので、参考にしてみていただきたいです。
――特に中小企業の方が、人材集めに苦労する傾向があるようです。
山極:
小さな会社でもいい人材を採用できている会社は、その小ささを利用して上手に採用していますよね。
たとえば、社長や役員が直接採用にかかわったり、入社後に任せる仕事を具体的に示したりすることは大企業では不可能です。インターンに来てもらうのもいいですし、社内の見学ツアーをしたり、「こういう人が欲しい」というメッセージを発信することもできるはずです。
小さくてもできることはたくさんありますし、小さくないとできない採用戦略もあるということは知っておくべきだと思います。
――また、生産性を上げるための人事的な取り組みとして「キャリアコースの多様化」を挙げられていました。このメリットはどんなところにありますか?
山極:
社内のキャリアコースが少ないと、どうしても入ってくる人のタイプが似てきて、組織全体が同質化しやすいんです。
しかし、組織として強く、生産性の高いのはこうした同質集団ではなく、多様な人が集まって協力しあう補完型集団です。
多様なキャリアコースを用意するというのは、多様な人材のための受け皿作りなんです。
――最後になりますが、経営者や人事に携っている方々にアドバイスやメッセージをいただきたいです。
山極:
今回の本は人事の専門家にとってはすごく易しい内容になっています。それには狙いがありまして、もっとたくさんの人に人事について興味をもっていただきたいんです。
SWPによって企業の生産性は確実に上がりますが、実践するには今のほとんどの会社の組織構造では人事部の人員が少なすぎます。
現状、企業の中で人事部の割合は100人に1人ほどです。採算部署の人員が100人増えてようやく人事部が1人増やせる。
これでは人事部は日常のオペレーションをこなすのが精いっぱいで、とてもではないですが戦略人事どころではないでしょう。Googleの採用担当は100人あたり12人いることを考えると差がありすぎます。
この本を読んで人事に興味を持つ人が増えて、企業側も人事部の重要性をわかっていただければうれしいですね。
(新刊JP編集部)