遺産分割によって調停事件になるケースは近年増え続けている。
平成26年までの5年間を見ても、家庭裁判所が新しく受理した調停事件は平成22年に11472件だったのが、平成26年には13101件に増加。「家事相談件数」となると平成24年の段階で174494件にのぼり、これだけの家族が遺産分割で頭を悩ませているということになる。
では、なぜ相続(遺産分割)はモメてしまい、裁判沙汰にまでなってしまうのか? モメるケースから相続対策のイロハを教える『相続はつらいよ』(光文社刊)を上梓した税理士・板倉京さんに、相続に関する疑問についてケースを交えて解説いただいた。
■父親が若い女性と再婚して「財産を全部この女性に」という遺言書を残して死去…。遺言書は無効にできない?
相続には「法定相続」と「指定相続」の2種類あります。このうちの「法定相続」は法律で定められた相続人が、それぞれの取り分を話し合いで決めて相続するというもので、一方の「指定相続」は財産の持ち主が生前に遺言書を使って、誰に何をあげるということを指定する方法です。
「指定相続」は「法定相続」よりも優先されるため、遺言書があれば基本的には遺言書通りに分けることになります。いくら納得がいかない内容だとしても、遺言書として署名、捺印があり、日付も書かれているなど法律上の遺言書としての体をなしていれば、その遺言書は有効なんです。
だから、「再婚したばかりだが妻に全財産を相続させる」と書かれていれば、それは有効ですし、もっといえば「飲み屋のA子ちゃんに全部あげる」と書いていたとしても、それは有効になってしまうんです。
■では、そのような遺言書を書かれた場合、もともとの家族は何ももらえない?
ただ、そういった事態になった場合、もともとの家族が何ももらえないかというと、そういうわけではないんですよ。法定相続人は「遺留分」という、遺産を一定割合取得できる権利があります(兄弟姉妹には遺留分はありません)。だから、「飲み屋のA子ちゃんに全部あげる」と書いてあっても、法定相続人であれば、遺留分は最低限相続できます。
「指定相続」は「法定相続」より優先されるけれど、「遺留分」の権利はそれよりも強いのです。ただ、遺留分をもらいたいときは「私は遺留分をもらいます!」と主張しないといけません。
これは私が担当したケースではないのですが、昔、ある上場企業の社長が自分の子どもよりも若い恋人を作って結婚をしたいと言い出しました。もし結婚してしまうと、籍をいれた瞬間から、配偶者として1/2の法定相続人の権利を持つことになります。だからお子さんたちは「付き合ってもいいけれど、籍は入れないでほしい」と言ったそうです。
結局その社長は結婚してしまうのですが、折衷案として、遺言書に「財産は子どもたちに全額相続させる」と明記したそうです。若いお嫁さんはその時は「それでもいいです」と言ったけれど、結局、その社長が亡くなると遺留分の権利を主張してしっかりと財産を持っていってしまったそうです。
■でも結局、遺言書通りに分けないといけない?
遺留分はさておき、法的に有効な遺言書があれば基本的にはその遺言書に従うことになりますが、法的に有効な遺言書があったとしても、その通りに分けなくても良い場合があります。
それは該当する相続人等全員の意見が「この遺言書通りに分けたくない」と一致するケースです。
ただ遺言書は、相続人等の中の誰かが気に入るようにできている可能性が高いんですね。自分は気に入らないと思っても「この遺言書通りに分けたい」って言う人がいるものなんです。だからだいたいは遺言書通りに進むことが多いですね。
「赤の他人がでしゃばって家族がめちゃくちゃに…」モメる遺産相続の現場
若かろうが年齢を重ねていようが、いずれ人は死ぬもの。そのときに必ず発生するのが「遺産相続」だ。
遺産相続というと「モメるもの」というイメージを持っている人は多いのではないだろうか。
亡くなった人の財産をめぐって家族がいがみあう。遺言状があったとしても「納得いかない」と訴える人が出てきて、家族が決裂してしまうなど、テレビや雑誌などでもそんな話が取り上げられることも多々ある。
とりわけ近年は、相続に関する本もたくさん出版されており、いざ「相続」となる前に知識を得られるようになっている。しかし、赤の他人がそうした知識を振りかざし、自分たちの相続に口を挟んできたらどうなるのか…? モメるケースから相続対策のイロハを教える『相続はつらいよ』(光文社刊)を上梓した税理士・板倉京さんに、解説していただいた。
■相続に直接関係ない人がしゃしゃり出てきた…
これはたびたび見られるケースですね。特に相続人の配偶者が口を挟んでくるということが多々あります。
ある仲が良い姉妹から相続についてのご相談を受けたことがあったのですが、ほとんどトラブルもなく、妹さんが自宅と現預金の3分2、お姉さんが現預金の3分の1の割合で円満分割することになったのですね。
ところが、お姉さんの夫が「納得いかない」と言い始めまして、「法定相続通りに分けろ!」と主張してきたんです。その結果話し合いがこじれてしまい、仲のよかった姉妹はそれっきり決裂してしまいました。
そもそも、この姉妹が法定相続分通りに遺産を分けなかったのには理由がありました。お姉さんは資産家に嫁いで、遠方に引っ越していたため親の面倒をあまり見られなかったんです。だからお姉さん自身は遺産の相続を辞退する意向を示していたのですが、妹さんは「自分が全財産をもらうことはできない」とお姉さんに現預金の3分の1を渡すことにしたのです。
家族のことは家族にしか分かりません。家族しか知らない歴史があるのです。そこをふまえて相続する額に大小が出てくるわけです。ところがそこに赤の他人が乗り出すと、亡くなったときの「点」でものを見てきます。「法定相続分通りに分けるのが当たり前じゃないか」と。
でも、家族の歴史は長い間つづいている「線」なのです。ですから、単に「点」で決めることはできない。とはいえ、「線」だと落とし所を見つけることが難しい。そんな、むずかしい問題をそれまでの経緯を知らない赤の他人が余計な入れ知恵をすることはあまりしてほしくないのです。そんなことをしても「余計なお世話」以上にはならないのではないかと思います。
■相続にまつわる情報が増えたことによる弊害とは?
平成27年に相続税の課税ラインが下げられた前後で、相続に関する書籍がたくさん出版されたり、テレビや雑誌などで大きく取り上げられたりしましたよね。その影響もあってか、相続について個人で勉強をしている人は増えているように思います。
また、その上で権利意識が高まっているということも言えるでしょう。知識を身に付けることで、自分の中で遺産の分け方の「正解」みたいなものを持っていらっしゃる方がいるんです。それがかえって相続でもめることになってしまうことになる。
今までなら「よくわからないし、しょうがない」と思っていたようなことも「自分にはもらう権利があるんだ」とがんばってしまう。それが裁判所に相談する人が増えている背景の一つではないでしょうか。
ただ、自分で勉強をする場合、どうしても自分にとって耳触りの良い知識を拾い上げる傾向にありますし、それが間違えている知識であることも多いのです。自分に都合のよい知識を、さも正解のように扱うのは良くないことですよね。
相続でモメめてしまうのは、やはり感情が絡むからです。先ほど言ったように家族の関係は「点」ではなくて「線」。長い時間の積み重ねでできているんですね。だからどうしても感情的になってしまう。その家族の歴史をふまえない部外者が「点」でアドバイスをしても、うまく話がまとまらないのは当然です。
■今、人気の相続税対策「生前贈与」 でもそこには思わぬ落とし穴が…
数ある相続税対策において、人気のある対策の一つが「生前贈与」だ。簡単に言えば「生きているうちに財産を贈与する」こと。通常は贈与で財産をもらうと贈与税がかかるが、年間110万円の基礎控除が設けられている。
つまり、年間110万円までの贈与であれば、税金はかからない。その非課税枠を利用し、こつこつ財産を減らしていけば、相続財産を減らすことになるので、相続税対策になるわけだ。
ところがこの生前贈与によって、老後の生活の中で思わぬ落とし穴にはまってしまうというケースもあるという。その「落とし穴」とは一体どのようなものなのか? モメるケースから相続対策のイロハを教えてくれる『相続はつらいよ』(光文社刊)を上梓した税理士・板倉京さんに解説していただいた。
■「贈与したつもり」でも「生前贈与」にならないケースがある
生前贈与は相続税対策の中でも特に人気の対策です。その理由は、「手軽にはじめられること」と「あげたいものを確実にあげたい人に渡せること」です。しかも、もらった方は喜んでくれる。
あげる方ももらった人の喜ぶす顔が見たいと思いますし、あげる甲斐もありますよね。
この生前贈与、あげたい人に財産を渡すだけなので、ほんとうに手軽に始めることができます。しかし、その手軽さが思わぬ落とし穴を生んでしまうこともあります。
贈与税は1年間にもらった財産の合計額にかかる税金です。110万円までは非課税となるので税金はかかりません。だから、年間110万円ずつ、相続したい相手名義の通帳に積み立てをしている人も珍しくありません。
しかし、ここで認識しておかなければいけないことがあります。
それは「贈与とは契約である」ということ。「あげる人ともらう人の意思疎通」が契約成立の条件となります。相手側に「もらう」という意識がなければ、それは「贈与ではない」とみなされるのです。もらうはずの人が知らない積立預金は贈与になっていないのです。
では、生まれたばかりのお孫さんに生前贈与はできるでしょうか。赤ちゃんは「もらう」という意志を明確に表明できないのですから、生前贈与はできないのでは? となりますよね。
■「生前贈与」の証明を残しておくことが大事
実は、生まれたばかりの赤ちゃんにも生前贈与できるんです。この場合、両親などの親権者が法定代理人となり贈与に同意し、実際に贈与された財産を管理してあげればいいのです。
こういった場合は特に、贈与契約書を作成することで、贈与という契約があったという証明をしておくといいでしょう。
「贈与があったかどうか」ということが問題になるのは、往々にして相続が発生した後です。相続の後ということは贈与の相手側がこの世にいないということ。
贈与を証明するものがなければ、贈与があったことを信用してもらえない可能性があるんです。
こうした事態を避けるためには、現預金の贈与であれば通帳を通して履歴を残す。それも、できれば贈与専用通帳のようなものより、もらう側が通常利用しているような通帳であれば疑われにくくなります。ほかに、先ほど紹介した贈与契約書も有効です。
また、これは当たり前の話ですが、110万円の非課税枠を超える場合は、贈与税の申告をしましょう。
■生前贈与のし過ぎで老後の生活が破綻することに…?
「生前贈与」は今ブームともいえるのですが、私自身は、生前贈与に向いている人と向いていない人がいると思っています。というのも、生前贈与によって自分の老後の生活がうまく立ち行かなくなってしまうケースがあるんですね。
例えば総資産が8000万円で、そのうち持ち家の評価額が5000万円だとします。すると現金は3000万円くらい。そこから相続税対策として生前贈与するとなると、老後に生活を送るためのお金から出すわけで、逆に自分の生活が苦しくなってしまうおそれがあります。
生前贈与しすぎて老後生活が苦しくなるなんて笑えませんよね。
だから、老後資金を確保したうえで、余裕があるなら生前贈与をするという形がベストだと思います。
相続税の節税対策であれば、生命保険を利用するという方法もあります。生命保険は法定相続人一人につき500万円まで非課税です。この非課税を利用して手持ちの現金を生命保険にすることで相続税の節税になるのです。
同じ節税対策でも生命保険であれば、老後資金が足りなくなれば解約することもできます。贈与で一度あげたお金を返してもらうより簡単ですよね。
「ブームだから」とか「子や孫が喜ぶから」と無計画な贈与をしてはいけません。
どのくらい財産を減らしたいのか、減らしても老後の生活は大丈夫なのか、しっかり考えて生前贈与を活用していただきたいと思います。
■今認知症になってからでは遅い! 今急増している「モメる相続」の原因
近年、増加の一途をたどっている認知症。厚生労働省の推計によれば、認知症高齢者の数は2012年で462万人とされ、これが2025年になると700万人を超えるとされている。
こうなると問題が発生するのが、その先にある「相続」だ。実は認知症を患ってしまうと、遺言書を作成することもできないという。それだけではない。老人ホームに入れるために銀行の定期預金の解約に行っても受け付けてくれない、不動産の生前贈与ができないなど、法律行為全般がNGに…。
モメるケースから相続対策のイロハを教えてくれる『相続はつらいよ』(光文社刊)を上梓した税理士・板倉京さんは「認知症に絡む相談は多くなっています」と指摘する。では、その解決方法はあるのだろうか?
■認知症になってしまうと遺言書が作れないって本当?
今、本当に実感しているのが、「認知症」に関する相談の多さです。実は認知症を患ってしまうと、法律行為ができなくなるとされています。意思決定能力がないとされるため、契約は無効となってしまうんですね。遺言書の作成は法律行為ですから、例えば認知症を患っている状態で書かれた遺言状は効力を発しません。もしかしたら、誰かが呆けてしまったおじいさんに「書かせた」ものかもしれませんから。
認知症は進行度合いによって症状が変わりますが、どこまでが意思決定能力がなく、どこからが意思決定能力があるかと規定するのは難しいですね。例えば、日によって症状の度合いが違う「まだら認知症」の場合、体調が良さそうだから翌日公証役場に連れていって遺言書を作成しようと思ったら、「住所が言えない」ということでアウト、ということもあります。また、節税に関しても、不動産や株の売買をする際に、企業は意思決定能力がない相手に物を売ったり、買うことを勧めたりするのはコンプライアンス上、非常に問題になるのでできません。
逆のパターンで、「まだら認知症」のおじいさんがすごく調子の良い日に公証役場に行ったところ、問題なく遺言書を作れてしまったというケースもあります。でも、認知症を患っていると知っている状態であれば、ほとんどはNGでしょうね。
■生前贈与の準備が順調に進んでいたのに認知症を発症し…
お客様と不動産の生前贈与について相談している案件がありました。
その物件そのものの価値は高くないんですが、毎月90万円の家賃収入があります。年間1000万円の収入、手取りにしても800万円近くの現金を毎年生むことになるのですが、年老いた父の財産が毎年800万も増えてしまうと相続税が心配ですよね。
そのため、私たちはこの物件を贈与することで、この不動産から生まれる収入を子に移し、相続財産が増えるのを止める、という提案をして節税をすすめたんですね。話は順調に進んでいったのですが、贈与契約書ができた時点で、お父さんが認知症を発症してしまったんです。もちろん契約を交わすことはできないので、この話は棚上げ状態です。
また、まだら認知症を患った親が、自分の預金がどうなっているのか心配になって銀行に電話をしてしまうという方の相談を受けたことがあります。こうなると銀行側が、意思決定能力がないと判断した場合、口座を凍結することもあるんです。口座が凍結されると、親もお金を引き出せなくなりますから、子どもたちが援助しないといけなくなる。そのため、子どもたちが電話をさせないように画策したり、成年後見制度を使うという話が出たりするんですね。
■お金を使い込まれないようにするための方法とは
さらにこのケースには続きがあって、隣に住んでいる長女のご主人が「僕が財産管理人になりましょうか」と申し出てきたんですよ。そうしたら、妹さんたちから「義理のお兄さんにお金を使い込まれるのではないか」という声があがったんですね。
実はこういう話から、お金を使い込まれてしまうことはよくあるんです。
成年後見制度という、後見人を家庭裁判所で選任してもらって代わりに法律行為を行うという制度があります。この場合、成年後見人になると、本人の利益を侵害してはいけませんし、定期的に財産の残高を報告しないといけなくなります。お金の使い込みを防ぐ場合はこうした手続きをしっかりと踏むべきでしょうね。
もし、親の口座を管理することになった場合、ノート一冊でもいいので何に使ったのかわかるようにしておくことがマナーではないかと思います。
「死」は誰のもとにも訪れるものであり、まだ親御さんが元気であってもいつかは相続されるときがやってきます。そして、自分もいつかは相続する立場になるわけですね。そのときに関係する人たちが喧嘩しないように、「なぜモメるのか」というケースを知っておくことは大事です。困ってしまう理由の根本を探れば、同じところに行き着きますから、相続に興味がある人も、そうではない人も拙著を参考にしてほしいですね。