リスキリングが最強チームをつくる
組織をアップデートし続けるDX人材育成のすべて
著者:柿内 秀賢
出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン
価格:1,760円(税込)
著者:柿内 秀賢
出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン
価格:1,760円(税込)
個人としてキャリアの可能性を広げるために慣れ親しんだ分野から離れた新たなスキルを習得すること、企業としては変化の激しい時代への対応のために、その時々で必要となるスキルを従業員に身につけてもらうことの重要性が指摘されるようになっている。いわゆる「リスキリング」である。
2019年に日本IBM社が発表した調査報告では、リスキリングはこのように定義されている。
市場ニーズに適合するため、保有している専門性に、新しい取り組みにも順応できるスキルを意図的に獲得し、自身の専門性を太く、変化に対応できるようにする取り組みをリスキリング=Re-Skillingという。
日本のリスキリングの課題として、そもそも日本人は業務外での学習に積極的ではないという事実がある。パーソル総合研究所が2019年に調査した「APAG(アジア太平洋地域)職業実態・成長意識調査」によると、業務以外に自主的な学びを行っている人の割合が日本は最下位。「日本人は長時間労働だから学ぶ時間がないのでは?」という疑問も浮かぶが、日本の週あたりの平均労働時間は39時間。こちらもアジア太平洋地域で最短だった。
「日本人は勤勉」というステレオタイプがあるが、こと仕事以外の時間の自己鍛錬では、とても「勤勉」とは言えないのだ。
ただし、これは必ずしも「日本人が怠け者」ということではない。というのも、日本では「学び」は必ずしも評価されていないからである。
たとえば、日本の新卒一括採用では、「実務経験はないがポテンシャルのある人材」が採用され、ポテンシャルを測るものさしとして長年「学歴」が重視されてきた。そして入社後は実務で評価され、転職市場でも「実務外の自主的な学び」は評価されず、学歴と実務で評価される。新卒採用でも社内評価でも転職でも、主体的な学びが評価の対象になっていない以上、いくらリスキリングを奨励しても真剣に取り組む人は限られてしまう。これが日本のリスキリングの問題点なのだ。
そんな環境でも、企業側は変化の激しい時代を生き抜くために、常に学び続け、進化しつづける必要がある。テクノロジーの進歩が著しい現代では、やはりテクノロジーにまつわる組織的能力を高めていくのが不可欠。その方法こそがリスキリングである。
組織におけるリスキリングを推進するためにカギになるのは現場のリーダーである。そして、新しいテクノロジーをいかに自分のチームに活用するかという点で、リーダーたちはマネジメントに対する考え方を変える必要があると、本書は指摘している。
「ChatGPTのような生成AIをいかに職場で活用するか」といったことを想像するとわかりやすいが、新しいテクノロジーはリーダー自身も未知であることが多い。そのため、リーダーたちには「知っていることを実行させるマネジメント」から「自分も未経験かつ学んだこともないことを、チームのメンバーと一緒に学び、実践していくマネジメント」への転換が求められるのである。
こうした考え方の転換したうえで、リスキリングを進めるリーダーに必要な行動と能力について、本書では
・テクノロジーへのアンテナと、仕事で活かそうとする行動力
・業務における課題の特定と、具体的な活用方法の設定
・学ぶべき内容の明確化と、学ぶプロセスの運用
・業務活用の促進と、成果に対する考察
の4つを挙げている。
◇
業界、業種、職種、業務内容もさまざまというなかで、リーダーたちは「自分のチームのリスキリングをどう進めればいいのか。本書では具体例を交えてその道筋を見せてくれる。
変化が速く、予想がつきにくい時代を組織が生き抜くためには、常に変わり続けることが求められる。「生存戦略としてのリスキリング」について網羅的に解説されている良書である。
(了)
■DXで現場のリーダーに求められる3つの資質とは
柿内: 一般的に「リスキリング」というと、「シニア社員の学びなおし」という捉え方をされがちなのが問題意識としてありました。
というのも、今後会社が競争に勝っていくためにデジタル技術を使いこなすことが必須で、そのために従業員はテクノロジーの進化に追いついていかないといけない。そのために従業員に従来の仕事とは違ったことを学んでもらおう、という種類の「リスキリング」もあるためです。この本で取り上げているのは後者のリスキリングです。
柿内: これは「育成できる種類の人材もいるし、そうでない種類の人材もいる」というのが答えです。というのも、情報処理推進機構のデジタルスキル標準では、データサイエンティストは3つに分かれています。
1つは「データビジネスストラテジスト」という、データを使って企画を考える人で、2つ目は「データサイエンスプロフェッショナル」。こちらは文字通りの「データ分析のプロ」で統計学の専門家です。3つ目は「データエンジニア」で、データ活用の基盤を作るエンジニアです。
一般的には「データサイエンティスト」というと2つ目の「データサイエンスプロフェッショナル」をイメージすると思うのですが、ビジネスの現場では「データビジネスストラテジスト」も重要です。というのも、「売上を増やすために顧客データをどう使うか」とか「ビジネス課題の洗い出し」というところの仮説があってはじめて統計学の専門家はデータの分析ができるためです。
「データサイエンスプロフェッショナル」については、一種マニアの世界なので、社内の人をリスキリングして育成するのは難しいですが、「データビジネスストラテジスト」は社内の人材を鍛えることで育成できます。
柿内: データの活用がDXの本質だとすると、DXを推進する際にはデータを分析する基盤を作らないといけません。案件毎に要件を決めて専門ベンダーと環境構築していくのがデータエンジニアです。これはリスキリングで育成できるとは思いますが、専門性の高い分野ではあるので、非IT系の職種の人をリスキリングするよりも、元々IT系の職種にいた人をリスキリングする方がいいと思います。
柿内: そうですね。経営者の立場から見た組織風土改革における問題点は、多くの場合「現場のマネジャー」です。DXの場合、経営者がチーフ・デジタル・オフィサーを置きましょうとか、デジタルに強い人を採用しましょうとか、そこに投資をしていこうというような旗振りをした時に、一旦は、その意思決定が水が流れるように組織の末端に流れます。そして、事業に反映され、お客さんに届き、付加価値になって、会社の競争力が上がるという結果に至るまでには、現場の部署含め多くの人を通らざるを得ません。そこで意思決定の実現が停滞しがち、というのが経営者の感覚としてはあると思います。
たとえば営業なら、営業パーソンが集めてきたお客様の名刺情報や商談の情報をデータ化して、それをもとにリピート率を高める工夫をしたり、新しい提案をしたりといったことが考えられると思います。ところが、それを現実にやろうとすると現場では商談情報の入力を面倒くさがってやらなかったり、マネジャーにデータを活用する発想がなかったりして、なかなか経営側の旗振りだけでは現場に浸透しなかったりするのです。そして最終的に「DXへの投資は意味がなかったね」という結論になってしまう。でも、それはDXへの投資というより、現場の問題なんですよね。
柿内: これは3つ挙げられると思います。「ビジョンを描ける」、「グロース・マインドセットである」、「ダイバーシティを尊重できる」の3つです。
「ビジョンを描ける」は「こうやったら、もっとうまくいくんじゃないか」という発想をすることです。というのもDXはトップが旗を振って推進するだけでなく、ボトムアップで推進されることも珍しくありません。分かりやすくいうと現場のことをより解像度高く見ることができているのは現場にいる人じゃないですか。だから現場のリーダーのビジョンはすごく重要なんです。
「グロース・マインドセットである」はとにかく新しいものにキャッチアップして、取り入れていこうというマインドセットです。「俺は営業で成果を出してきてリーダーになったから、俺のやり方でやればうまくいく」というマインドだと、新しいものを取り入れることは難しいですよね。特にDXの場合、ほとんどのリーダーは自分の成功体験の外にあるものに触れざるを得ないわけで、自分の経験に固執するよりも、「もっといいものがあるかもしれない」と常に探し続けるマインドが必要です。
「ダイバーシティを尊重できる」という資質も重要です。DXを推進するとなると、どうしてもチームにこれまでとは異質な人間が入ってきます。「足で稼ぐ営業で成果を出してきたから」といって「体育会系の若い男性を」みたいな採用基準を持ってしまうと、結局は自分と似たような人ばかりのチームになってしまう。新しいテクノロジーに柔軟に対応していくには、極端な例ですが「エンジニアとして優秀なら、どんな格好をしても、寡黙に研究熱心」等々、多様な価値観があるといいと思います。
■DXが叫ばれる現代で管理職が感じる「孤独」
柿内: 組織の中の利害を調整する時に、DXならDXのための権限者を設けて、予算をつけているかはすごく重要です。
もう一つは経営者自身が各部署にきちんと要求することですね。DX推進でIT系の部署の負荷が上がる。人が足りないから採用したい。でも人事はそこに協力する気がなくてエンジニア採用がうまくいかないままほったらかしにしてある。という状態があるなら、経営者は管理部門の責任者に「自分の庭を守ろうとするんじゃなくて、組織として決めた方向に進むようにやってくれ」と直接言うべきです。
柿内: OJTも重要ですが、外部の会社の研修を利用するのも重要です。というのも、以前さまざまな企業を対象にリスキリングについての調査を行ったことがあるのですが、OJTはリスキリングの成果が出ているかどうかの差が出やすかったんです。逆に、外部に発注している会社は、リスキリングの成果にあまり差がありませんでした。
ただ、外部の研修も、研修を受けて現場に戻った時に、自分の業務が研修内容に合ってないとなると「勉強しても意味ないじゃん」となりやすいんですよね。これが一番良くない。リスキリングは実務とつながないと意味がないためです。
柿内: 一番シンプルなのは、現場で「これがあった方がいいよね」と思えることを一つテーマに挙げて、それをとにかくやってみることです。そのテーマに沿って「何を学ぶか」を決めていけばいい。
この本の中で、生成AIを営業活動に活用する事例があるのですが、これってそんなに大したことではなくて、「生成AIをどうにか営業に使えないか」っていうことをあれこれ試していっただけなんですよ。
それをやろうとすると、既存の業務プロセスを分解しないといけないと気づくはずで、その結果「お客さんのヒアリングに使ってみよう」とか「提案書を作るのに試してみよう」とか「見込み客探しに使ってみよう」とか模索しているうちに、業務プロセスのどこで使うかが決まり、そうするとどんな使い方をして、そのために何を勉強しなければいけないのか、というのが自ずと定まってくる。
そこが決まったらYouTubeで「生成AIの使い方Tips集」をひたすら見る、などでいいので使い方を勉強して、業務に反映させて、最終的に「ヒアリングから提案書までのリードタイムが短くなった」とか、何らかの成果が出ればいいわけです。
小さなことでいいので、現場のリーダーが「こんなことができたらいいよね」っていうビジョンを持って、「俺の言うことを聞け」ではなくみんなの知恵や意見を集めて試行錯誤を繰り返してっていう運営ができれば、業務にデジタル技術を入れ込むことが、そのチームにとって「自分事」になります。これが、DXでリスキリングを実務と接続する一番シンプルな方法だと考えています。
柿内: この本を書くにあたって、リーダーの方々に思いを馳せた時に、まず浮かんだのは彼らの「孤独」だったんです。業種や部署や会社が置かれている状況によってデジタルの活用方法は異なるのに、一様にDXと言われてもどうすればいいのかわからないっていうのがリーダーたちの本音としてあるはずで、かといって誰かに相談できるわけでもない。
そんな状況で会社のトップや政府は「DX推進」とか「デジタルを活用した新規事業を」と言ってくる。その対応が日常業務にプラスしてのしかかってくるわけです。それは孤独だろうなと。その孤独に対して「自分にも当てはまるな」と親近感を持ってもらえるように、事例をたくさん用いました。
そして、その事例の中では、メンバーや登場人物の心の動きを丁寧に書くように心がけています。というのも、業種や職種が違っても「デジタルに反発するベテランがいる」とか「意識の高い若手がいる」など共通点はあるはずですし、心の機微はそんなに変わらないはずなので。
柿内: 新しいデジタル技術がどんどん出てきて、社会も組織も従業員も変わっていく中で、リーダーは成功イメージを自分の過去の経験の延長線上に描きにくくなっています。ではどう描くかと考えても、千差万別すぎてなかなか参考にするものも見つからない。そんな孤独を感じている人にこの本が届けばいいと思っています。
これからのご自身のリーダーとしての歩み方についてイメージが膨らんだり、孤独が和らいだりすればうれしいですね。
(了)
柿内 秀賢
パーソルイノベーション株式会社 Reskilling Camp Company代表
パーソルイノベーションにてラーニング関連事業の事業開発責任者として法人向けリスキリング支援サービス『Reskilling Camp』を企画/立ち上げを経て現在に至る。自身も人材紹介事業の営業部長から、オープンイノベーション推進部立ち上げやDXプロジェクトの企画推進、新規事業開発を担う過程にてリスキリングを体験。
著者:柿内 秀賢
出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン
価格:1,760円(税込)