解説
『生き物にサンキュー』(TBS)、『ペットの王国ワンだランド』(朝日放送)などのテレビ番組で取り上げられ、今、猫好きのあいだで話題になっているお寺が福井県越前市にあります。
その名も御誕生寺、通称「ねこでら」です。
住職や参拝客の目などおかまいなしに境内を歩きまわる猫や、参拝客用のベンチの上で寝転がる猫を一目見ようと、全国各地から大勢の猫好きがやってくるといいます。
住職が捨て猫に餌をやったことがきっかけに
そもそもなぜこのお寺に、猫が居つくようになったのでしょうか。
『ねこでら 猫がご縁をつなぐ寺』(秀和システム)によれば、御誕生寺の住職、板橋興宗さんが猫好きだったことが大きいそう。ある日、境内にいた4匹の捨て猫がニャーニャーと泣いているのを板橋さんが見て不憫に思い、餌をやったのが始まりだといいます。
元々、飼うつもりはなかったようですが、餌をやり続けているうちに猫が居つき、そのうちに噂を聞きつけて猫を捨てに来る人なども出てきて、その数は自然と増えていったようです。
現在、猫たちのごはんやトイレ掃除の世話は、お寺の修行僧が修行の一環としてやっているといいます。
「眠り猫」は平和の象徴
ところで本書の見どころの一つが、「寝顔のニャンコ」という、境内のあちこちで居眠りしている猫たちにスポットを当てたコーナー。
「眠り猫」は平和の象徴とも言われているようですが、たしかに気持よさそうに眠る猫たちの顔を見ていると、日常の様々なことがどうでもよくなるくらい、平和な気持ちになります。
猫と仏教の深ーい関係
ちなみに本書によれば、お寺と猫は元々、切っても切れない関係にあったそう。猫はネズミや小動物を捕るのが得意なこともあって、貴重な仏教の経典を守る役目を担っていたというのです。
実際、お釈迦様をめぐる、いくつかの逸話に猫が登場する他、仏飯を食べて「猫又」(化け猫)になる猫や、和尚さんの袈裟を着て集会をする猫など、全国のお寺には、猫にまつわる逸話が多数あるといいます。
実に多彩な表情を見せてくれる猫の写真を見て癒されるもよし、写真の横に添えられた住職の言葉を味わうもよし。本書は、その時々によって、様々な楽しみ方ができる一冊といえるでしょう。
インタビュー
「ネコは寒さに弱い」はウソ? その意外な生態
『生き物にサンキュー』(TBS)、『ペットの王国ワンだランド』(朝日放送)などのテレビ番組で取り上げられ、話題になっているお寺があります。その名も御誕生寺、通称「ねこでら」です。
今回は、御誕生寺の副住職である猪苗代昭順(いなわしろしょうじゅん)さんに、どのような経緯でお寺に猫がいつくようになったのか、また猫たちとどのような関わりをしてきたのか等を中心にお話をうかがいました。
――まずは、御誕生寺さんに多くの猫が居つくようになった経緯をお話いただけますか。
猪苗代: 御誕生寺は平成になってから建立された、新しいお寺です。その建立中に、段ボールに入った状態で捨てられていた4匹の猫を住職が見つけ、ごはんをあげたのがそもそもの始まりですね。
それ以来、修行僧が猫たちに水や食事を与えるうち、10匹が15匹になり、15匹が20匹になり……という形でだんだん増えていきました。
―― 最も多いときで、何匹ほどいたのですか。
猪苗代: 80匹ほどです。しかし数が増えるにつれ、色々と問題が出てきましてね。猫の食事代がかさむ、猫同士の喧嘩が始まる、病気になったら病院へ連れていかなければならないといった具合に。
これではお寺としても大変ですし、猫も可哀想ということで、お寺のなかにいる猫をすべて捕獲し、去勢手術をしました。
おかげさまで繁殖することはなくなったのですが、インターネット上で「あのお寺には猫が沢山いて、癒される」という情報が拡散されたこともあり、お参りの数だけでなく、捨て猫の数も増えてしまいました。
増え続けるお寺の猫をどうにかすべく、「お寺なんだし、猫1匹1匹にご縁を結んであげるのがいいのでは」ということで、里親の募集を始めたのです。これが功を奏したようで、これまでに270匹ほどの猫が里親さんにもらわれていきました。
―― 里親を募集するにあたって、具体的にはどのような取り組みをなさったのですか。
猪苗代: 「里親募集しています」というだけでは、なかなか里親さんは見つかりません。そこで皆さんにより親しみを感じていただくため、全ての猫に名前をつけ、首輪をつけた上で、facebookやブログを立ち上げ、写真とともに紹介していきました。
―― そうした取り組みを続けていくなかで辛い場面に遭遇することもあったかと思いますが。
猪苗代: いちばん悲しいのは、身ごもった猫を捨てていくケースです。ある年、そういう猫が何匹かいてあまりにも不憫だったので、捕獲して出産させてあげました。しかし、そのなかに1匹だけ警戒心がものすごく強くて捕獲できない、フクという猫がいまして。
しかもフクは少し気まぐれで、年によって、自分が産んだ子を育てたり育てなかったりします。今春も5匹生んだのですが、今年は「育てたくない」気分だったようで、へその緒がついたままの状態で、その5匹が私の部屋の前に置き去りにされていました。
ちょうどそのタイミングで子を産んだ猫が他にいたので、5匹まとめて預けてみると、その母猫がちゃんと育ててくれまして。以来、その母猫は「マリア」と呼ばれています。お寺に「マリア様」がいるんです(笑)。
―― こうしてお話をうかがっていると、1匹1匹の猫のキャラクターがよく伝わってきます。ところで、猫を見ようと御誕生寺さんを訪れた方からよく聞かれるのは、どのようなことですか。
猪苗代: やはりいちばん聞かれるのは「猫は全部で何匹いますか?」です。それと「猫はどこにいるのですか?」ですかね。
以前、御誕生寺がテレビに出たことがあり、お越しくださる方は、その映像のイメージが強いようです。ただ、テレビ取材が入った当時は猫が60匹ほどいました。先ほどもお話したように今は30匹程度なので、当時とは様子が違って見えるようです。
―― 実際、猫はお寺のどこにいるのですか。
猪苗代: 季節によっても異なりますが、夏であれば、アスファルトの照り返しを嫌って、より快適なところ……お寺のなかの構造を熟知している猫は、クーラーのきいた事務所に入ってきます(笑)。
―― 猫は寒さに弱いイメージがありますが、冬はどういう場所を好むのでしょうか。
猪苗代: 御誕生寺は北陸にありますから、12月になればかなり冷え込みますし、1月になれば雪が降ります。
そこで御誕生寺では、12月に入ると、猫小屋に湯たんぽを入れ、電気カーペットを敷いてあげるのですね。その猫小屋は出入り自由なのですが、意外にも外にある段ボールのなかで猫団子になって寝る猫たちが結構います。去年は雪が少なかったこともあり、外で寝る猫は多かったですね。
ネコを捨てると職を失う可能性も いま飼い主に求められる覚悟とは
国内のペット関連市場は、いまや1兆円を超えるまでに成長。「ペットを飼いたい」と思う人は増え続けています。
一方で、ある統計(※)によれば、日本では年間で約15万頭もの犬や猫が保健所に持ち込まれ、そのうち10万頭が殺処分されているそうです。
「かわいい」「癒される」など、ポジティブなイメージだけを持ってペットを飼い始めたものの、実際には面倒なことも多くて嫌になり軽い気持ちで捨ててしまう人も少なくないようです。
「ねこでら」の副住職として、日々、猫に向き合ってきた猪苗代昭順(いなわしろしょうじゅん)さんは、人と猫との関係について、どのようなことを思っているのかを中心にお話をうかがいました。
―― ところで副住職は元々、猫がお好きだったのですか。
猪苗代: いえ、実は犬派です(笑)。このお寺に入るまで、猫と一緒に暮らしたことは一度もありませんでした。でもこの3年間、猫の活動に携わるなかで、いろいろなことを勉強させてもらいましたね。
―― たとえば、どんなことですか。
猪苗代: 時代の流れとして、人間にとって猫や犬が文字どおり「パートナー」になってきているということを、ひしひしと感じるようになりました。
以前は、シャム猫がいいとか、何々猫がいいとか、ファッションのような感覚で猫を飼う人も多かったと思うのです。でもここ数年、明らかに潮目が変わり始めているといいますか、動物と一緒に暮らしている人も、一緒に暮らしていない人も、人と猫という意識の枠が薄くなってきていて、命と命が向かい合うということがどういうことであり、どう対応しなければならないかと考え、実行する人が増えているように感じます。
実際、4年前に動物愛護管理法が改正され、「終生飼養の徹底」が前面に打ち出されるようになりました。つまり、ペットの飼い主は最後まで責任を持って飼うことが求められるようになったのです。
その流れのなかで、ペットの虐待や遺棄に対し、従来よりも重い刑罰が課せられるようになった。つまりこれからは、軽い気持ちで猫や犬を捨てたことで、ひょっとしたら職を失う可能性すらあるのです。それだけ時代が変化し、人の意識も変わってきているということだと思います。
―― いま、「猫と家族の一員として付き合う」というお話をうかがいながら、自分の実家の近所の人のことを思い出しました。その人は、飼っている猫が亡くなったとき、人間と同様、かなり手のかかったお葬式をなさったんです。そのような葬式を目の当たりにしたのは初めてだったので、とても印象に残っていまして。
猪苗代: そのようなお葬式は、今後当たり前になっていくと思います。たとえば、田舎のほうへ行くと「猫と同じ墓に入りたい」という人が多い。実際にはお墓の管理規約上できないケースのほうが多いのですが、このあたりはお寺も変わっていかなければならないでしょう。
御誕生寺の場合でいえば、檀家さんはほとんどいないものの、猫専用の納骨堂があるため、毎月3件ほど、猫の納骨を希望してくださる方がいらっしゃいます。人であれ猫であれ、「ここにお骨を納めれば安心」と思っていただけるのは、お寺冥利に尽きます。
―― 猫専用の納骨堂があるのですね。では、最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。
猪苗代: 先ほども少し触れましたが、今後ますます、人と動物との間の垣根はなくなっていくと思います。中国には無為自然(むいじねん)という言葉がありますが、簡単に説明いたしますと、対立軸がない、比べる物がないということです。アフリカの大草原で生きる野生動物は、人間とかかわることがなく、自然の摂理の中で一生を終えますが、社会問題になっている捨て猫は、人間の行いによって問題化される、いわば犠牲者です。終生一緒に暮らして、幸・不幸を与えず、幸せに暮らしていただきたいですね。
それともう一つ。よく「御誕生寺さんは、猫がいるから人が来る」という言い方をされます。さらには、「猫をどんどん受け入れていったほうがいいんじゃないか」と言ってくださる方もいる。
でも今は基本的に、猫の受け入れはすべて断っています。なぜなら、「いつかお寺のなかから猫がいなくなれば」と思っているからです。
「かつては『ねこでら』と言われていたのに、里親制度により猫が次々と縁を結ばれ、最終的には1匹もいなくなった」となり、100年200年経ったとき、それが由縁となって、縁結びのお寺として静かにお参りいただければいいなと考えています。
※…環境省が平成26年に行なった調査「犬・猫の引取り状況」より
書籍情報
目次
- ねこ写真館 四季のニャンコ
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第1章 人の一生はすべてご縁
- ねこ写真館 寝顔のニャンコ
- いまが臨終、いまが極楽 御誕生寺の由来
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第2章 手を動かすこと働くこと
- お寺さんと猫の切っても切れない関係
- お経をネズミから守るのが仕事
- ねこ写真館 みんなのレオ
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第3章 こころ穏やかに生きる知恵
- 捨てず増やさず愛情を持って
- 最期まで家族の一員に加えてください
御誕生寺(ごたんじょうじ)
福井県越前市にある曹洞宗の禅寺。
曹洞宗の太祖・瑩山紹瑾禅師をお祀りするために、平成10年(1998年)に現住職の板橋興宗禅師が支援者の協力を得て建立に着手、
平成21年(2009年)に本堂落慶法要をした。
猫が多数いることで知られ、「ねこでら」の愛称で親しまれている。
雲水たちが修行の一環として猫の世話をし、寺をあげて猫の保護活動を行っている。