朝陽を待ちわびて ~妻の再生物語~
著者:桜木 光一
出版:幻冬舎
価格:1,320円(税込)
著者:桜木 光一
出版:幻冬舎
価格:1,320円(税込)
「人生の伴侶」という言葉があるように、妻や夫、パートナーとは一生を添い遂げたいもの。しかし、病気や事故などさまざまな要因でそれが脅かされることがある。もし、自分のパートナーが精神や肉体に想像を絶するダメージを受けたら、あなたはパートナーのために何ができるだろうか?
『朝陽を待ちわびて~妻の再生物語~』(幻冬舎刊)の著者・桜木光一さんの妻は2021年の10月、自殺を試みて歩道橋から飛び降りた。落下の恐怖を少しでもやわらげようと欄干に後ろ向きに座った。心優しい妻は脳が飛び散って掃除をされる方が苦労されないようにと、頭にはビニール袋をかぶって飛び降りた。
桜木さんの妻は長く義母との関係に苦しんできた。義父もその防波堤になろうとはしなかった。桜木さん自身も結果として妻を守り切れなかったことを後悔した。
事故の3日前、死期が近づいた義父が桜木さん夫妻を呼び寄せた。その際、義父はお礼を言うどころか、桜木さんの妻に対して心を深く傷つける言葉を吐いた。その言葉は心の奥底に深く刻み込まれた。
コンクリート舗装の道に左前頭葉を叩きつけ気絶。その際に頭蓋骨骨折と脳挫傷、左目の内側の骨を骨折、第1腰椎は圧迫骨折、左手は3カ所骨折。骨盤は仙骨・恥骨含む3カ所骨折、嗅覚と味覚消失。全ては一瞬の出来事だった。左脚の痛みとしびれは一生涯残り、気脳症・排泄障害・尻の激痛他感覚障害・左脚の温冷感知機能含め、頭から足先まで全体で16カ所の致命傷を負った。(『朝陽を待ちわびて~妻の再生物語~』より)
歩道橋から落下した桜木さんの妻は奇跡的に一命をとりとめた。しかし、ここからが桜木さん夫妻の本当の闘いだった。死の境界に近付く際に現れる『せん妄』の症状が現れ、三途の川を渡る極限状態まで辿り着いた。圧迫骨折した脊椎に人口脊椎を入れる為の手術は8時間におよんだ。連日の激痛と痺れ、襲い掛かる高熱。もがき苦しむ妻に桜木さんは24時間寄り添った。
思うように動なくなった身体。部分的に治っては壊れる一進一退の攻防。身体機能の喪失と共に、我に返った妻の絶望感。この先の人生への不安。精神的にも押し潰されそうになる妻を、時に戸惑い、一緒にもがき苦しみながらも懸命に励ます夫。
痛ましく苦しい毎日だが、回復を目指す妻に寄り添う過程で、桜木さんは妻との、ふとした会話から、小さな光を探し始めていた。日に日に心を通わせ、幸せと喜びを改めて噛み締め始めていた。妻が生きていることへの感謝。妻を生かしてくれた人への感謝。本書は、ある夫婦が奈落の底から這いあがり、周囲に感謝しながら、改めて夫婦の絆と愛情を育んでいく物語である。
大事な人に何かあったら、あなたはどこまで相手に尽くせますか?本書はパートナーや家族への愛情について改めて考えさせてくれる。
(新刊JP編集部)
■妻の自殺未遂の裏にあった義実家との関係
桜木: まずもって、既に書籍を読んでくださった皆様に感謝を申し上げたいと思います。
書籍を世に出そうと思った理由は主に4つあります。
1つ目は、事故発生当時、私自身の不安定になった精神状態を記録することで、自分を客観視して精神の安定を図ろうと書き始めました。
救急治療室に運び込まれた妻は頭蓋骨が割れて、頭から血が噴き出し、ベッドは血の海でした。私は、本能的に「自分と妻を交代させてほしい」と天に祈りました。その後半年間、妻に24時間付き添ったのですが、痛みやしびれ、高熱の世界に妻を追いやってしまったことへの贖罪の気持ちに毎晩苦しみました。
妻の自殺未遂は2021年10月。コロナで一般的には入院患者への付き添いはできませんでした。妻が病院で再び自殺未遂を起こす可能性があった為、特別に私は介添えを認めらました。病院側からは「自傷行為は医学の世界を飛び越える場合がある。助けるのは夫であるあなた自身だ」とも言われました。私自身が良心の呵責にさいなまされ、精神的に追い詰められる中で、介添人として昼夜立ち続ける為、自分を客観視出来るようにと全てを記録化することにしたのです。
2つ目の理由は、万が一妻に先立たれた場合、生まれてくる孫が、いつの日か、「おばあちゃんはどんな人だったのか?」と悩んだ場合に備え、妻の最期の闘いを書き留めておこうと思ったこともきっかけになりました。もちろん自傷行為はいけないこと。そして、そこに至ったのは私の責任でもあります。しかし、自殺未遂で大けがを負ったところから立ち上がろうとした妻の闘う姿を残したら、この先孫が生きていく上で何らかの参考になるかも知れないと思いました。結果的に妻は一命を取り留めました。全ての方に感謝申し上げます。
3つ目の理由は、自分の周囲にいる同世代の方々と話してみると、50歳前後で自殺を意識している方が何人かいらっしゃったことが挙げられます。実際に知人が亡くなったという方もいました。それを聞いた時、もしかしたら妻だけではないのかなと思ったのです。自分が記録したことを本として発表することで、そういう方々が踏みとどまるきっかけになればと願い、良いことも悪いことも含めて世に出してみようと考えるようになりました。
4つ目の理由としては、妻の再生に向けご尽力いただいた方々に感謝を申し上げ、その心を世に残したかったことが挙げられます。
桜木: 多くの医師から起き上がることや歩くことは生涯不可能かも知れないと言われました。しかし、全てを振り切るように、2022年1月から自宅で本格的にリハビリを始め、その後、妻は厳しい訓練を乗り越え、2023年4月の時点で順調に回復しています。2022年4月に肉体的回復を願い、北海道を旅しました。その際は全行程、車椅子でした。2023年4月には、リベンジのため、再び北海道へ行きました。その時、妻は自分の足で北の大地を歩むことに成功しました。
しかし、2023年6月から精神不安に陥り鬱状態になりました。肉体と並行して必ずしも精神は回復しない。そんな難しさを痛感しながら、現在、課題克服に向けて闘っています。
症状としては喜怒哀楽が無くなり、笑うことも、涙を流すことも出来なくなりました。これは鬱の特徴でもありますが、前頭葉にダメージを負った影響も懸念されます。
脳神経外科医からは自殺未遂の時に負った頭蓋骨骨折と脳挫傷の影響もあり、若年性アルツハイマーと、てんかんのリスクがあると指摘を受けました。それはいつ現実に起きるかまだ分かりません。現状は精神的鬱の状態か、外傷を起因とする精神的不安かは判別できず、苦しんでいます。
桜木: 不安定な部分は全くないと思っていました。よって事故発生日は私自身衝撃を受けました。ただ、妻は母子家庭で育ったということもあって、私と結婚してからは近くに親族がおらず、私以外に相談出来る方はいない状態でした。
妻は私の両親に、よく尽くしてくれました。昭和一桁生まれの私の両親は封建的な人間で、妻に対して時に差別的な物言いをすることがありました。それでも「昔の人だから仕方ない」と我慢してくれていました。
妻のお母さんは亡くなる直前、「死んだ事は伏せてほしい、ひっそりと去りたい」という唯一の遺言を残しました。それに従って妻は私以外の誰にも母の死について語らず、葬式も密葬で行い、私の両親にも伝えませんでした。それを知った臨終の間際の私の父が非常識者だと妻をなじったのです。私の両親が妻のお母さんに何かしてくれたことは一度もありません。価値観は様々ですが、私は、それは筋違いだと死に逝く父に言いました。
妻からすると唯一の肉親の死を冒涜されたように受け取ったのでしょう。気にするなと私は妻に言いましたが、父の最期に吐いた言葉は、静かに、そして深く、妻の心に刺さりました。その件の3日後に妻は自殺未遂を起こしました。
桜木: 自傷行為は原則保険適応外です。健康保険組合も同じです。
自傷行為を起こした場合、当人も周囲も含めて不幸になります。
■「自分のような人生を歩んではいけない」
桜木: 最初に感じたのは自責の念でした。入院中、ベッドに横たわることしかできない妻を見て、自分と結婚したせいで、こんな身体にさせてしまった。全て自分の責任だと、まるで自分が妻をナイフで刺してしまったかのような気持ちになりました。自分の命と引き換えに妻を助けてほしいと毎晩天に向かって祈りました。
退院してからは、車椅子生活でしたが、少しずつ歩けるようになり、その喜びを妻と共有しました。一方で身体の回復は一進一退の世界。治った所がまた崩壊していく恐怖との闘いでした。
桜木: 1つ目は息子たちが事故直後に激励の手紙を書いて壁に貼ってくれたことでした。
「今はお母さんが生きていることだけに感謝しよう。未来のことや余計なことを親父は一切考えるな。生きてさえいてくれればそれで良い。」と書いてありました。
不安に押しつぶされると人間はどうしても余計なことを考えて、結果自滅します。まずは「生きてさえいてくれれば」という原点。毎日ここに戻ることの大切さを教えてくれたのは息子たちでした。
2つ目は、勤め先の会社の社長の言葉にも救われました。妻のことで休職させていただいていたので、経過についてメッセージを送っていたのですが、それに対していつも温かいお返事をくださいました。
3つ目は医療機関の方々に大変助けていただけたことです。主治医はもとより全ての医師や看護師さんに感謝しています。特に薬剤師の先生に感謝しています。私は薬に関する知識は全くないため、副作用は詳細が分からないことが多く悩みました。公開されていない微少な副作用の事例を克明に調査して私に教えていただいた先生には、今も感謝しています。そのお陰で副作用から脱出し神経系の一部を再生できました。妻の再生に向け、共に涙を流していただいたリハビリの先生にも感謝しています。
桜木: 私の両親と妻の関係において、私は口では両親に対してバリアを張っていたつもりでしたが、実際には妻を守ることができませんでした。夫婦であればもっと妻の心の奥底の声を聞かなければならなかったと振り返ります。事故が起きてからそれに気がついても遅いのです。
そして夫婦のスキンシップが少なかったことも反省しています。皮肉なことに、事故以降、リハビリと並行して行うマッサージを通じて、私は妻の身体に毎日触れています。ここが痛いとか、この部分が張っているとか、妻の身体に起きている異常を一つ一つ捉えることで、改善のヒントをさぐりますが、マッサージを通じて真の愛を紡ぎ合うことができるようになったと思います。
マッサージを受けた妻は「ありがとう」と言ってくれます。私は妻がお風呂を沸かしてくれたら「ありがとう」と返します。こういうことは、世間一般では当たり前のことなのでしょうが、私にはあまりできていなかったので反省しています。こんな人生を歩んでほしくないと本書には正直に書きました。
桜木: 事故前は一緒に食事をとる機会が少なかったこともあって、一日何も話さないことも珍しくありませんでした。今は会話が増えて、自分の心の暗い部分もストレートに話すことができていると思います。
桜木: 桜木:4点あります。
1つ目は、妻の再生に向けご尽力いただいた皆様への感謝の気持ちです。
2つ目は、自分の至らなさから妻を苦しめたことに対する贖罪の気持ちです。
3つ目は、再生を願い地獄の底から這いあがる妻の歩み。妻は本当に凄い人です。
4つ目は、本書を読んでいただいた全ての方に対する感謝の気持ちです。本当にありがとうございます。
桜木: 私の目線で書いた本ですが、正直、過去も現在も私は何もできていません。世の中の皆様に偉そうに胸を張って語れることは何一つありません。
唯一語るとしたら、
心を痛めた方が正常な判断が出来るタイミングには、一定の時限があるように感じます。その時限を超過すると、他者の声は心に届かなくなってしまうように思われます。
そして、心と身体が分離すると自傷に走る場合があります。更に両親から授かった奇跡の身体を自ら破壊してしまった場合、取り返しのつかない世界に一人取り残されてしまいます。
よって、正常な判断が出来るうちに誰かに助けを求めていただきたいと切に願います。自らの辛さを誰かに発信してほしいと願います。そうすれば、周りにいる誰かがSOSに気づいてくれるはずです。少なくとも、私は人様の痛みに対して配慮できる人間になりたいと願っています。
「暗い夜は続かない。待ちわびる朝陽は必ず昇る」そのように私は信じています。
桜木 光一(さくらぎ・こういち)
メガバンクの支店長や本部勤務等を経験後、自動車部品製造業や不動産管理業など各業態で部長職を歴任。
家族の介護経験を機に、それまでの家庭への関わり方を反省し、水彩画や旅行、ペット飼育など家族中心の生活に戻り現在に至る。
著者:桜木 光一
出版:幻冬舎
価格:1,320円(税込)