フリーランスがインボイスで損をしない本
著者:原 尚美
出版:日本実業出版社
価格:1,540円(税込)
著者:原 尚美
出版:日本実業出版社
価格:1,540円(税込)
かねてからフリーランスで働く人を不安に陥れていた「インボイス制度」が、ついに来年の10月に始まる。
フリーランスにとっては収入減に直結する問題で、反対運動も起こっているが、どんな制度なのかわかっていない人も依然として多い。それは売り手であるフリーランサーも、買い手である企業も同様だ。
「インボイスが、フリーランスにとって不利な制度なのは否定できない事実です」とするのが『フリーランスがインボイスで損をしない本』(日本実業出版社刊)の著者で税理士の原尚美さんだ。
原さんは本書の中でインボイス制度とはどんな制度なのか。そしてフリーランスがこの制度によって「損」をしないためにどんな選択をすべきなのかを明かしている。
そもそも、この制度はどんな制度なのか。
「インボイス」とは、「消費税を支払ったことを証明する書類」のことで、消費税の申告をする時に必要になる。ただ、フリーランスの中でも免税事業者(課税期間の前々年度における課税売上高が1000万円以下の事業者。消費税の申告と納税が免除されている)は、このインボイスを発行できないのが問題だ。
となると、そのフリーランスに仕事を依頼している取引先は消費税の「仕入税額控除」を受けられなくなるため、納税額が増えてしまう。だから今後は「フリーランスに消費税分を支払わない」「免税業者との取引をやめて(インボイスを発行できる)登録事業者と取引する」という方向にシフトする取引先が出てくると考えられるのだ。
ただ、「インボイスを発行できないこと」は、「取引先に消費税を請求できないこと」とイコールではない。インボイス発行事業者以外の者が、「インボイスと誤認される恐れのある請求書や領収書を発行してはいけない」と規定されているが、「免税事業者が消費税を請求してはいけない」という条文の構成にはなっていないのだ。
その結果、免税事業者が消費税を請求できるかという命題は、あいまいなまま残されてしまったのが現状だ。消費税を請求するか、しないかは自己責任で判断するしかなく、顧客の大半が仕入税額控除を必要としない消費者であるかなど顧客の属性や、取引先との関係性によっても違ってくるだろう。インボイスは発行しないが、消費税は請求するとなると前述の通り相手先の納税額増につながったり、ネガティブな印象を与える可能性もあり、大事な取引先とトラブルにならないためにも、慎重に判断しなければならない。
では、インボイス制度によって具体的にどのような「損」が生じる可能性があるのか。
ほんの一例だが、本書では大手結婚式場との取引があるフリーランスの動画編集者のケースを紹介している。
この動画編集者は結婚式1組につき10万円の報酬を結婚式場から受け取っていて、売上は年間770万円(消費税70万円含む)。ただ免税事業者なので、消費税分の70万円は実質的に生活費となっている。
ただ、インボイス制度導入によって結婚式場から「インボイスの登録番号を教えてほしい」と連絡がきた。この登録番号がないと、今後動画編集者は結婚式場に消費税を請求できず、これまで770万円あった売上が700万円に減ってしまう可能性がある。これは多くのフリーランスにとって結構なダメージであるはずだ。
一方で、フリーランスである以上、カメラなどの機材は自分で買いそろえる必要があり、その際には消費税がかかっている。必要経費には消費税がかかるのに、自分は取引先に消費税を請求できないという事態になりえる。これがインボイス制度によってフリーランスが影響を受ける代表例である。
◇
もちろん、このほかにもインボイス制度でフリーランスが受ける影響には様々なものがある。しかしフリーランスと取引する会社にとっても、フリーランスは他に替えがたい人材というケースは少なくない。そのためインボイス制度から受ける不利益をフリーランスだけの問題ととらえることなく、自分ごととして一緒に考えようという会社も多い。いま、フリーランスがやるべきことは、ただ不安を感じたり、愚痴を言ったりすることではなく、自分の身を守るための行動を起こすことだ。
フリーランスは仕事の内容も、取引先も、売上も多岐にわたり、当然インボイス制度への備え方もそれぞれに異なる。本書では、フリーランスにありがちな事例が数多く紹介されるとともに、フリーランスそれぞれがどんな対策をとるべきかについてアドバイスがなされている。一人一人が自分にとっての「正解」を見つけるために、一役買ってくれるはずだ。
(新刊JP編集部)
■インボイス導入は免税事業者の収入を直撃する
原: まず一番大きな点は、インボイス制度が始まると免税事業者と取引をする会社は「仕入税額控除」が受けられなくなります。この控除がなくなるとその会社の消費税の納税額が増えてしまうわけで、前と同じようにフリーランスに消費税込の金額を支払っていると、会社側の負担が大きくなってしまいます。
だから、インボイス制度が始まったら、免税事業者には消費税は払わないと考えるのは、ある意味当然と言えます。そうなるとフリーランスは10万円の仕事で税込11万円もらっていたのに、10万円しかもらえなくなってしまいます。10%の減収になるというのが最悪のパターンですね。
原: 正直それは否定できないのですが、免税事業者の方々は、平成元年の消費税導入以来30年以上、消費税分の免税があたりまえという環境で生計をたててきているので、急に収入が1割減るというのは大変なことだと思います。それと、免税事業者の方々も仕事に必要なものを買う時に消費税を支払っているわけですよね。インボイス制度によって消費税分がもらえなくなっても、自分は消費税を支払い続けなければいけません。払うだけで受け取れないという意味で二重に損失なんです。
原: 免税事業者ができる対策はいくつかあるのですが、まずは自分の取引先がインボイスを必要としているかどうかを見極めることです。かならずしもすべての会社がインボイスを必要とするわけではないので。
たとえば小売業など、「取引先は消費者」というビジネスをしている人であれば、インボイスを発行する必要はありません。また取引先も免税事業者である場合もインボイスは不要ですし、相手が簡易課税を導入しているケースもインボイスは不要です。
ただ、取引先が大手企業であるなど、相手がインボイスを必要としている場合も多いはずです。そうなると、取引先との関係が大事になってきます。取引先から見てものすごく大事なフリーランスだったり、業界的に人手不足で辞められたら困る状態だったりしたら、価格交渉の余地があるんです。交渉次第で消費税分だった金額を本体価格に上乗せしてもらえる可能性もありますし、消費税分の10%全額は無理でも5%は本体価格に乗せてくれるかもしれません。
原: そうなりますね。IT業界などは「その人じゃないとダメ」という仕事が少なからずあったりしますし、そもそも人手不足なので免税事業者に交渉の余地はかなりあると思います。個人でコンサルタントをされている方なども同様ですね。
原: これは取引先の業界やその会社との関係性次第でしょうね。たとえば、慢性的に人材不足だったり、フリーランスが特別なスキルをもっていて、その人がいないと業務が回らなくなるかなど。もちろん取引先の経営状況や、取引先社長の人柄によっても変わってきます。「無条件にこれまで支払っていた消費税分を全額本体価格に上乗せする」という社長もいますし、「インボイス制度が始まったら免税事業者とは取引しない」という人もいます。
■フリーランスがインボイスのダメージを最小にとどめるために
原: 先ほどのお話にもありましたが、免税事業者は今まで少し恵まれすぎていたというのは確かで、インボイス制度によって収入が減るのはある程度仕方がないと思います。ただ、そのなかで被害をいかに最小限に抑えるかということが大事になってきます。
免税事業者から課税事業者になる選択肢もあるでしょうし、簡易課税を使う選択肢もあります。免税事業者のまま取引先と交渉して報酬を値上げしてもらう選択肢がベストの人もいるでしょう。
何が自分にとってベストなのかをシミュレーションして知りましょう、というのが今回の本のコンセプトなのです。
原: 影響を受けにくい人は先ほどのお話にもあったようにIT技術者のように特別なスキルをもっていたり、コンサルタントのように独自のノウハウを持っている人でしょうね。「この人だから頼みたい」ということで仕事をしている人は、取引先と交渉がしやすいのですが、取引先の方もまだインボイス制度をよくわかっていないところが多いんですよね。
原: これは現状だれもはっきり答えられない課題ですし、これからも明確になるのは難しいでしょう。法律には「登録業者以外がインボイスを発行してはいけません」と記載されているだけで、「登録業者以外が消費税を請求してはいけません」とはなっていないんです。
原: そうなんです。来年の10月1日以降、免税事業者はインボイスを発行できなくなるだけで、消費税を請求できなくなるとは、少なくとも法的には示されていません。
原: そうですね。ただそうなると取引先が仕入税額控除を受けられませんから、「事実上消費税を請求するのは難しい」ということになります。
原: これは、納税地を管轄する「インボイス登録センター」に申請書を出すだけなので簡単です。インボイス登録センターは、国税庁のホームページで調べることができます。申請してから登録されるまで今だと二ヶ月くらいでしょうか。
登録されたら登録番号が国税庁の「適格請求書発行事業者公表サイト」で確認できますし、登録通知書も届きます。この通知書にインボイスの登録番号が記載されていて、その番号を自分が発行するインボイスに記載します。
原: 税理士に頼んだ方が確実ではありますが、個人でもできるとは思います。
原: まず現状把握です。登録業者になったらどのくらいの消費税を支払うことになるのかを把握することと、取引先の状況を分析し予測することです。取引先はインボイスの発行を必要としているか、自分が免税事業者のままだとどの程度の影響受けるのか、課税事業者にならないと取引してもらえなくなるのかなどをシミュレーションしたうえで、交渉に臨むのが大切だと思います。
もちろん交渉してみたけれど、これまで消費税分だった金額を報酬に上乗せしてもらえないというケースや、はなから交渉のテーブルにつけないというケースもあると思います。その場合は登録事業者になって消費税に課税されるのと、免税事業者のままでいて消費分報酬が減るのとどれだけ違いがあるのかを計算し比較してから、登録するかどうかを決めることをおすすめします。
原: そうなんです。じつは免税事業者に払った消費税の全額が、令和5年10月1日からいきなり仕入税額控除できなくなるわけではないのです。令和11年9月30日までは、インボイスの発行がなくても課税事業者に支払ったものとみなして、80%(令和8年9月まで)または50%(令和11年9月まで)の金額の仕入税額控除を認めましょうというものです。免税事業者と取引する会社の負担を軽減する制度なので、フリーランスは、取引先と価格交渉するための猶予期間として有効に使ってほしいですね。
原: はい、これは免税事業者が登録事業者になったら、支払う消費税は2割でよいというものです。インボイス発行事業者にならなければ、免税事業者のメリットが受けられたはずの人が対象で、令和8年9月30日までの経過措置ですが、フリーランスはこれらの特例をうまく使って、もっとも損をしない方法を考えていきたいですね。
(新刊JP編集部)
原 尚美(はら・なおみ)
税理士。東京外国語大学英米語学科卒業。7人家族に嫁いだが、社会との接点を求めて税理士を目指す。TACの全日本答練「財務諸表論」「法人税法」を全国1位の成績で税理士試験に合格。事業計画書の作成や資金調達など地に足のついた経営支援を通じて、クライアントの9割が黒字の実績を誇る。2012年からミャンマーに事務所を開設し、中小企業の海外進出を支援している。主な著書に『51の質問に答えるだけですぐできる「事業計画書」のつくり方』(日本実業出版社)、『マンガでわかる管理会計』(オーム社)、『人事・経理・労務の仕事が全部できる本』『会社のつくり方がよくわかる本』(ソーテック)、『世界一ラクにできる確定申告』(技術評論社)などがある。
著者:原 尚美
出版:日本実業出版社
価格:1,540円(税込)