お客を捨てる勇気
著者:中谷 嘉孝
出版:クロスメディア・パブリッシング
価格:1,738円(税込)
著者:中谷 嘉孝
出版:クロスメディア・パブリッシング
価格:1,738円(税込)
飲食店でも美容室でも、書店や雑貨店でも、大半のお客はそのお店が好きだから来るわけではない。「安いから」「セールをやっているから」「駅から近いから」「いつも空いていて待たせないから」、そんな理由でやってくる。
こうしたお客の「自分都合」な理由を、お店側は「顧客ニーズ」だと勘違いし、彼らを大事にし、すり寄ろうとする。実はこれが間違いの始まりだ。いくらやっても彼らがリピーターとして定着することはない。自分の都合で来たお客は、自分の都合で去っていく。こうした「一見客」に頼る店は、昨今のコロナ禍のような社会の変化に弱く、売上は安定しない。
本当にやるべきことは逆だ。スモールビジネスほどお客を選び、店の商品や方針に共鳴してくれるお客以外は捨てるべきなのだ。
そんな一風変わったマーケティング戦略を物語として提唱しているのが『お客を捨てる勇気』(中谷嘉孝著、クロスメディア・パブリッシング刊)だ。
主人公は美容師として独立したばかりの倉本ソウタ。店を繁盛させたいという意気込みはあるのだが、なかなかビジネスは軌道に乗らず。悩んでいるところに作家風の謎の人物・秋山聡に出会う。この秋山のアドバイスが、前述の「お客は捨てろ」なのだ。
「つまり、ビジネスも恋愛と同じで、おそらく最も重要なのは、いかにわかり合えるお客とだけ付き合うかってことなんじゃないかな?特に店をやる人にとって、ビジネスって人生そのものだと思うから」(P81より)
だからこそ本書では「お客が定着しない、リピート率が上がらないのはお店のせいじゃない、お客のせいなんだ」としている。そもそもリピートなどしないことはわかりきっているお客を呼び込んでいる限り、店側がどんなにがんばってもリピート率は上がらない、というわけだ。
集客サイトやクーポンサイトを利用しても無駄だ。「旗」を立てていない限り、こうしたサービスでお店にやってくる新規客がリピーターになる確率はないに等しい。まずは「旗」を立てること。それがすべての始まりだ。
では「旗」、つまり自分の店だけの売り物や価値、ミッションや想いはどのように打ち立てればいいのか。本書ではその点についても詳しく解説されている。
また、「店の価値観に合わないお客は捨てる」という行動は、やろうと思ってもなかなか踏ん切りがつかない人も多いかもしれない。「お客を大事する」という商売の大原則から外れるような気がするからだろう。ただ、本書は「お客を大事にするな」と言っているわけではない。「大事にするお客を見極めろ」と言っているのだ。
なぜ大事にするお客を選び、それ以外のお客は捨てなければならないのか。それをすることで何が起こるのか。本書を読めばソウタと秋山の会話からそれらがすっきりと腹落ちするに違いない。
(新刊JP編集部)
■「ドタキャンして謝らない客」でも店は大事にすべきか
中谷: これは「スモールビジネスあるある」なのですが、「お客と商人である以前に人間同士」ということが理解できていないタイプのお客も一部にいるんですよ。朝イチからそういう面倒くさいタイプのお客を担当してしまって一日分の気力と体力を持っていかれてしまうということが度々あって、モヤモヤした気持ちを抱えていたんです。
当時ヘアサロンを経営していたのですが、平気で遅刻やドタキャンをして謝りもしない横柄なお客を、いくらお金のためだからといって許してしまっていいのかと。もし友達や恋人だったら、次はないですよね。
こういうお客がいると当然スタッフの士気も下がります。一生懸命やっているのにその愛が通じないとモチベーションが落ちてくる。何より他のいいお客様たちに迷惑がかかるじゃないですか。時間どおり来店して下さったお客様をお待たせすることになったりするので。
中谷: そうです。こんな状況を放置していると店に流れる空気みたいなものがどんどん澱んで、すべての歯車が狂っていくんですよ。
それに、そういうお客って店側よりもお客の方が偉いと勘違いしているので、どんなにサービスしたところで感謝されるどころか、全て当たり前になってしまう。店側がどんなに尽くしても、結果としてそのお客は離れていくんです。それであれば、そういうお客をこの本で書いているように「捨てた」ところで、離れていくのが早いか遅いかの違いじゃないですか。
「ビジネス=価値交換」ですから、お客様とお店側はともにウィンウィン(win-win)であるべきです。こういうことがあって、常に尊重し合える関係を保てる人とだけ気持ち良く付き合っていければいいと思ったんです。
中谷: 会員制にシフトしました。僕が個人的に知り合った方や会員の紹介があった方を新規会員として増やしていく形です。あとは値上げですね。値上げはいいお客さんだけを残すのに一番手っ取り早いんです。
中谷: 当時、ちょうどうちの真向かいに大型美容室がオープンしたので、そこの3倍くらいに設定しました。カットで1万円くらいに。
中谷: ただそれでも残ってくださるお客さんはいたんです。その経験は大きかったです。
中谷: もちろん、これは専門的な戦術論ではなく本質論ですから、スモールビジネスの戦略やマインドセットとしてあらゆる職業に応用可能です。
中谷: そうですね。うちも立地がいいわけではないです。昔は店舗経営は立地が勝負みたいなところがあったんですけど、今はどんな立地でも個性の出し方で勝負できると思います。
中谷: 例えばトレンドを「流行」や「現象」として捉えると、基本的に人間というのは“飽きる動物”です。だからいつか飽きられれば捨てられるという恐怖がお店側の心理としてはあるんですよね。ゆえに無駄に奇をてらったり、新しいお客を集め続けることでその不安を埋めようとするわけです。
ところが実際にはトレンドの根底に息づくのは「流行」でも「現象」でもなく「文化」ですから、多くは取り越し苦労なんです。例えばジーンズの色やデザインに飽きたとしてもデニムそのものに飽きたわけじゃないし、パエリアやドリアに飽きたとしてもお米そのものに飽きたわけではないわけです。
ましてや毎年新しいトレンドを追っかける先行的な人たちというのは、実をいうとかなりの少数派です。特に日本人の多くは大きな変化を嫌う保守的な人たち。いつもの居酒屋のいつもの席でいつものメニューを注文するルーティンに安らぎを感じている人だって結構いるはずです。リーバイスの501だけを繰り返し履き続ける人、晩酌のビールはキリンラガーオンリーと決めている人、同じ銘柄のお米やお味噌、同じブランドの服を一生涯愛し続ける人だっています。
要するに僕たちお店側は、こうした常連の人たちを裏切らない努力のほうに目を向けながら、自店の「文化」を育んでいくことの方が大切だと思うんですよね。
中谷: 苦手なことを無理にやる必要はありません。自分が得意なものを打ち出して、そこに合ったお客様だけ集めていくのが、結果としてお店を繁盛させる一番の近道だとは思いますね。
たとえばラーメン屋さんであれば、あっさりもこってりも両方作る必要はなくて、自分がこってりが好きなら、そっちを作ればいいんです。オーナー自らが理想とする味に共感するお客さんが集まってくるお店の方が、少なくともやりやすいと思いますよ。
■「明確なニーズを持っているお客は多くない」
中谷: 本の中でも書いていますが、まずは、ありきたりでファジーな旗にならないこと。たとえば「アットホームなお店です」と打ち出している居酒屋があるじゃないですか。
中谷: アットホームなことしか売りがないなら、お客さんは家に帰って飲みますよ。家が一番アットホームなんですから。こういう旗だと意味がないんです。
上手くいっている店の真似ごとではなく、自分自身が本当に追求したいことなのかどうか、その情熱や想いがしっかりこめられた旗を打ち出すのが大切です。
中谷: これから出店や商品発売を予定しているのなら、そのまま屋号や商品名に反映させる。弊社の例でいえば、若返りに特化したサロンと決めたから店の屋号を『A・NO・KO・RO・NO・KI・MI』(あの頃のキミ)にして、そこで販売する化粧品のラインナップを『タイムスリップシリーズ』と命名しました。
既存の店舗の場合は、自店の想いをキャッチフレーズやエレベーターメッセージに落として、名刺やHP、ニュースレターや店頭のメッセージボード等、至るところに散りばめる。
ちなみにエレベーターメッセージは、口コミを広めていくのにも有効なツールです。
これは文字通り、1階からエレベーターに乗り込んで2階につくまでの間に自店の特色を簡潔に語れるところまで研ぎ澄ますことが重要です。そのくらい短くて強いメッセージがないと口コミは発生しないので。
中谷: ビジネスにおける大きな括りとして、時代に応じての大まかな顧客ニーズは確かに存在するんです。
たとえば戦後のギブミーチョコレートな時代と今のような飽食の時代では人々の求める甘さは違います。老舗和菓子屋の二代目や三代目がそのことに気付かず、何かとヘルシー志向が求められる現代に砂糖の塊みたいなお菓子ばかり作っていたら、それは市民権を得られずに店を潰すわけですよね。おそらくこれが長く絶対視されてきた顧客ニーズという言葉の正体です。
中谷: そうです。でもそのことと、その道のプロフェッショナルとしてお金をいただいている僕らが、素人であるお客様たちの要望を全て受け入れて「御用聞き」に落ち着こうというのは話の次元が違います。そういう要望をすべて「顧客ニーズ」だと考える必要はない。
実際のところお客の要望に応えてれば楽なんですよね。頭を使わなくていいし、いざとなったらお客の要望のせいにできますから。でも、それはプロじゃないと思うんですよ。プロだったらラクしないでお客に提案しないといけないと思います。
この肉はこのぐらいのロースト加減がベスト、この真鯛ならこのくらいの熟成加減がベストなんだって、僕がお客だったらそんなプロの想いやこだわりを味わわせてほしいです。常にお客様と密接な関係にあるスモールビジネスで生きる僕たちだからこそ、お客様の想像を超える努力を惜しまずにプロを目指し続けたいって思うんです。
中谷: 僕の経験上、立地や戦術にもよりますが、数字として結果が出るのは大体半年後ですね。むかし某有名先生の本を読んで、90日とかを目指しましたが、実際はやはり半年かかりました(笑)。
ただ「やるぞ!」と決めた瞬間から機運が上がるとか、無駄なランニングコストが下がるとか様々な変化があらわれますから、寧ろそのプロセスを楽しんでいただきたいと思います。
中谷: 変わりますよ。その人の決意とか覚悟によると思うんですけど、店を変えるという決意を固めた時点で、色々なものが変わってきます。
多分、大事にするお客さんを選ぶ決心がなかなかつかない人って、たとえば、「旗」のお話であったようにお店のポリシーを打ち出したり、うちのお店のように会員制にしたり値上げをしたりすることで「新規顧客」を獲得しにくくなることが怖いんだと思うんです。
でも実際はそうはならないかもしれません。事実、うちのお店は会員制にしてからも新規顧客の数は変わらないです。会員の方から「うちの娘もお願いできないか」と頼まれたり、僕が飲み屋さんで知り合った人から「私も行ってみたい」と言われたり、会員制にしても一定数新規客は来ます。それに、こういう紹介の形でやってきた新規客の方が絶対的にリピーターにはなりやすいはずです。
中谷: 人生においていちばん大切なものは時間です。限りあるわけですからね。だから大好きな人たちと大切な時間を共有するということはこの上なく素敵で贅沢なことなんです。
特に、小さなお店のオーナーやスモールビジネスを営む僕たちにとって「ビジネス=人生そのもの」。同じ時を過ごしていくならHappyなことが多いほうが絶対いいはずですよね。
もっと言えば、人間なんて所詮は「起きて半畳、寝て一畳」ですから。そりの合わない客なんかと無理に付き合わなくても毎日が幸せなら何とでもなりますよ(笑)
(新刊JP編集部)
中谷 嘉孝(なかたに・よしたか)
1967年香川県小豆島生まれ。ユニークな経営手法で若くから脚光を浴び、Jリーガーやプロ野球選手をはじめとする有名スポーツ選手、元サッカー日本代表監督イビチャ・オシム氏御用達のヘアサロンとして注目を集める。1996年、ヘアコンテストの全国大会で初出場全国優勝の快挙を達成。2006年、環境省チームマイナス6%主催のステージにて、日本初の「クールビズヘア」を発表。2011年「ミラノコレクション 2011-2012秋冬」にMaxmara(SPORTMAX)のヘアメイクアーティストとして参加。2012年には飲食業界に進出し、日夜大行列の店「本気の焼豚 プルプル食堂」をプロデュース。わずか一年で、食べログの浦安ラーメンランキングで一位を記録する。2015年から三年連続で、自ら手掛けた美容商材「美髪伝説PREMIUM」がモンドセレクション金賞を受賞。2016年には、女性専用アパートメント「麗賓館」事業を立ち上げる。2017年、俳優の大場久美子氏とのコラボサロン「リフレクソロジー和萌憂つぼ」浦安店をプロデュース。2022年、若返りに特化したコスメブランド「A・NO・KO・RO・NO・KI・MI」シリーズの製作販売を開始。現在は完全会員制サロン「Le.Patch INTERNATIONAL」を経営する傍ら、サロンブランディングの第一人者としてセミナー、テレビ出演など多数活躍中。著書に『リピート率90%超! あの小さなお店が儲かり続ける理由』『リピート率90%超! 小さなお店ひとり勝ちの秘密』(ともにクロスメディア・パブリッシング)がある。
著者:中谷 嘉孝
出版:クロスメディア・パブリッシング
価格:1,738円(税込)