学生の「やる気」の見分け方 経済学者が教える教育論
著者:中村 勝之
出版:幻冬舎
価格:880円(税込)
著者:中村 勝之
出版:幻冬舎
価格:880円(税込)
スタートは皆しっかり講義に出席しているが、時間を追うごとにだんだんと空席が目立ちはじめ、途中脱落者が続出する……。大学の講義でよく見られる光景だ。
教育者としては、学生が意欲を持って授業や講義を受けているのか気になるところだろう。しかし、それを測ることはなかなか難しい。モチベーションが高いかどうかを直で聞くわけにはいかない。
では、どのようにすれば、意欲を測ることができるのか。
桃山学院大学経済学部教授の中村勝之氏が執筆した『学生の「やる気」の見分け方 経済学者が教える教育論 文庫改訂版』(幻冬舎刊)は、「学生・生徒の意欲等をどこで見るか」から始まり、中村氏が授業で使用している小レポート「レスポンスシート」を通した学生との向き合い方について論じた一冊である。
モチベーションを失った学生が行き着く先が「中途退学」だろう。
中村氏は、「どんなカリキュラムシステムやイベントなどの仕掛けを導入しても、そこから抜け落ちる学生は必ず存在する」(本書p.137より)と述べた上で、抜け落ちる可能性のある学生を早期発見し、必要な対策を講じることが重要だと指摘する。
そこで本書では、除籍や中途退学をしてしまう学生たちを「除退者」と呼び、除退予備軍をどのようにあぶりだすのかを論じている。
せっかく大学に入学しても、さまざまな理由から除退する学生が必ず存在する。中村氏は日本中退予防研究所の調査結果を参考にする。
入学早々に顕在化するのがこの初期型だ。偏差値の低い高校出身者だったり、高校在学中の評定平均が低い「典型的初期(落ちこぼれ)型」や、安易に進路先を決めた「学科ミスマッチ型」が典型的な例となる。
また、大学に通い始めてから生活リズムを崩してしまう「生活リズム不安定型」、人間関係の構築につまずき、そのままフェードアウトする「人間関係苦手型」、さらには学習する上でのハンデを持った学生が除退を余儀なくされる「福祉対応必要型」も初期型に分類される。
続いては「失速型」だ。「典型的失速型」は何らかのきっかけで突然学習意欲がなくなり、それが習得単位数やGPA(Grade Point Average)の急速な低下にあらわれる。前述の「福祉対応必要型」はこの類型にも含まれる。学習上のハンデがもとで専門教育についていくのがより困難になることが考えられるからだ。一方、習得単位もGPAも申し分ないのに、突然除退となる「隠れ不満型」も失速型に分類される。これは、所属している大学に対する教育水準に不満を持つことから顕在化すると考えられる。
最後の「突発型」は、家庭の経済状況の急変から除退を余儀なくされるもので、「貧困型」が典型だ。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、このタイプの除退が増えたと思われがちだが、実際はそうなっていないと中村氏。2020年4月から12月の文科省の調査を見ても、前年同時期に比べて除退者は減っているという。
大学の運営上重要なことは、こうした除退者たちが出ることを事前に予測することは可能かどうかということである。
中村氏は、先行研究から「3年生4月時点で除退となる学生の特徴は入学直後から顕在化する」(本書p.143より)という見通しを立て、彼らへの対策を適正に講じれば、除退防止の有効な手段になるのではないかと考える。
では、どのタイミングで除退阻止に向けて動けばいいのか。
先行研究では、講義への出席状況や初年次段階の成績で学習態度が把握される。だが、成績が明らかになったタイミングはもちろんのこと、講義を休みがちになったことに気づいたタイミングで既に手遅れだろう。現場にとって重要なことは、「逃げ出す前」の段階で発するシグナルが何かを見出すことだ。
本書では、レスポンス「シートに書かれた文字情報が重要なシグナルである」(本書p.143より)という仮説を立てた上で、ある講義の受講登録者を対象にレスポンスシートで書かれた自己評価の文章をデータ化。その語彙数と内容が、学生の除退予測に利用可能かを検証している。
教育者向けに書かれている一冊ではあるが、自身が学生であったり、学生の子を持つ親であれば気になる内容であるはず。さらに、レスポンスシートの採点表であるルーブリックを使うことの効果、ある講義を起点にした学生の履修行動の追跡調査、アクティブラーニングの実践など、中村氏の教育現場の様子もうかがうことができる。
教員はどう学生と向き合えばいいのか。そのヒントを提示してくれる一冊だ。
(新刊JP編集部)
■学生の「やる気」は、書いた文章にあらわれる
中村: 本の執筆のお話をいただいた以前から、文科省や産業界から大学教育を改革する必要性が叫ばれていまして、それを受けて全学レベル、学部レベルでも動いていたんですね。ところが、それが僕の思っていることと真逆だったんです。
どういうことかというと、僕が勤めている大学って偏差値帯がちょうど真ん中くらいなんですが、その真ん中の子たちをどうやって教育しようかというときに、ほとんどの先生は「ついて来れない子」に合わせて講義をするんですよ。そうしていると、学生たちは私たち教員をくまなく見ているので、できないレベルをさらに下げてくるわけです。そっちの方が楽に単位が取れるから。教員側も学生たちに嫌われたくないから、さらに講義のレベルを下げる。
それが続いていくと、カリキュラムは無駄に複雑なのに、講義の中身はすごく簡単になってくる。それじゃ教育にならないでしょうというのが僕の意見です。もちろん、締めつけをきつくすれば学生が伸びるかといえばそうではないけれど、本来締めるべきところを緩めて、緩めてもいいでしょうというところを締めている点に問題意識をもっていました。
そういう背景があって、アンチテーゼとまではいかないまでも、もうちょっと学生への目線を変えたらいかがですかという思いがあったので、それを本にまとめようと考えて執筆したのが『学生の「やる気」の見分け方』だったんです。
中村: そうですね。怒りに任せて書いていた部分はあります(笑)。だから、経済学ではなく、教育の本になったということですね。ただ、序章と終章にはデータを使って、ちょっと引いたところから分析をしています。経済学の研究はそういうスタンスでやっているので。
中村: そうですね。このレスポンスシートは今まで集めてきたものすべてのコピーを取って残してあります。僕なりに悪戦苦闘してやってきたことですね。
中村: 学校の先生がどんな風に学生たちにアプローチをしているか、その使ったアプローチの使用例が全部開示されているところが良いという感想は出版社経由でいただきました。
中村: 大学生だけでなく、高校生も含めた9人くらいの実例を第1章で示しています。さらにどのように評価軸を設定し、フィードバックをしているのかというところで、実践したルーブリック評価について第2章で書きました。具体的に書いている専門家の本はたくさんあると思いますが、専門外の人間が書いたというのはあまりないと思います。
中村: まずは序章と終章のデータを最新のものに更新しました。また、メインとなる第4章の学生のサンプル数を約6倍に増やしています。この章では大学を途中で退学してしまう除退者について分析しているのですが、どのタイミングで除退するかといったことも識別して分析しています。他には細かい表現を変えたりしています。
中村: 本書の第1章を読んでいただければ分かると思いますが、一目瞭然ですね。まるで違います。真ん中の偏差値帯では、学習に対して意欲的でなかったり、好奇心が旺盛でない子たちは、10分くらいで講義の感想を書きなさいと言われたときに、だいたい「●●が分かって良かったです」という書き方をするんです。まずはそこに出てくる。
中村: 高校の段階からこういう書き方が許されていて、彼らは「それ以上突っ込みが入らないようにするためのスキル」としてこの書き方を身につけている。そう書いておけば、「そうか、ここが分かったのか」と先生たちは褒めてくれますからね。
僕の場合、こう書いてきた子に対して、返すときに「今後はこういう風に書くな」と釘を刺します。定型文を封じるわけですね。
中村: そうです。ただ、頭のいい子って、そこから早い段階で抜け出していくんです。それに、多くの学生は質問に対して上っ面な回答をすることが多いんですが、賢い学生は薄皮を1枚でも2枚でもめくったところを書いたり、教員が提示した問題からちょっとずれたことを書いたりするんです。彼らはそういう風にして教員を瀬踏みしているんだと思います。だから、決まりきった定型文で感想を書いてくる学生よりも、講義に対するモチベーションは高いということですね。
中村: 8割はできませんが、2割はちょっとだけやる気が上がります。
中村: 的確な答えになってないかもしれません。学生によるんですけど、この子はすぐに声をかけたほうがいいという時には声をかけます。ただ、基本的には学生がSOSを出すまで待ちますね。これは1人ひとりちゃんと見て声かけのタイミングを計っています。
中村: これは僕の問題なんですが、僕が発する言葉って毒や棘が多いんです。それを丸呑みすると、拒絶反応を起こされてしまうんですね。だから、厳しいことを言われるのを我慢してでも、先生の話を聞いてみようという雰囲気に相手がならない限りは、声はかけられないです。一方で、僕と学生の間である程度の信頼関係が構築されていれば、早めに言います。
中村: 多くの人はそう思うでしょうけど、残念ながら幻想です。本書の第5章で、現職の幼小中高の先生を対象にした教員免許状更新講習でのアクティブラーニングの実践を書いていますが、あそこで僕の話がちゃんと通じていたのは3%くらいでしょうか。
3%と聞くとすごく低いと思うかもしれませんが、1人の人間が見ず知らずの100人を相手にして、影響を及ぼすことができるのは3人がMAXだと思います。そういう意味では、教育活動の現実は徒労が多い。でも、その3人が意図通りに育つのを見ることができる。その割り切りが教員には必要なんだと思います。
中村: いえ、同じですね。座学もアクティブラーニングも。
中村: アクティブラーニングって要は「ネタ」だと思うんです。それをやって受講生たちが学習をしたというある種の達成感を得るネタですね。そのネタが斬新であれば、実はなんでもいい。
また、座学とアクティブラーニングの比較でいうと、アクティブラーニングをやるなら、座学がしっかりできることが大前提になると思います。座学は一方通行で良くないという言い方されますけど、一方通行でもその教室を先生が統率できていれば学生たちに影響を与えることができます。
■学生との関係構築、勝負は「最初の1ヶ月」
中村: 予備軍認識の前段階として、まずは、ゼミなどの2~30人単位の授業であれば、開始1ヶ月以内でどれだけ彼らと距離を詰められるかが重要ですね。これは小学校から大学まで一緒です。そのクラスの先生がちゃんと学生たちを統率できるかは、最初の1ヶ月にかかっています。
中村: その1ヶ月の間に、大学に行こうと思わせられなければ、除退予備軍になりえます。4月から講義が始まり、早くてGW明けくらいですかね。大学生に限って言うと、ファッションがごっそり変わったりするんです。髪の毛をいきなり緑にしてきたりね。
そういう学生には「そんなんでもいいから学校においで」と話をするんですけど、だんだんと来なくなる。それはしょうがないので、もう追いかけません。
これは本の中には書けない僕の本音なのですが、教育学ってある種の先入観があるんですよ。それは教師たるもの、特定の子どもを「えこひいき」するなということです。でも、ありえないと思います。えこひいきは絶対にしてしまう。教員だって人間、人の好みはあるし簡単に変えられませんから。
えこひいきされているかどうかは、子どもたちも敏感なんですよね。だから、子どもたちから「えこひいきしてるでしょ」と言われたら、僕は正直に「してるよ」と言います。逆に「君が僕にえこひいきされたければ、えこひいきされるだけのものを見せろ」と。「それを検知できれば、僕はちゃんと君をえこひいきするよ」と正面切って言うわけです。
中村: 頑張りますね。やっぱり、人間ってえこひいきされたいですから。成績評価も上がりますし。それは僕が自分はえこひいきする人間だということを自覚しているからこそ、言えることだと思います。
中村: 少なくとも僕が担当する講義は変わりません。僕は経済学でもベースのベースになる基礎理論を教えていて、極端な話、資料を配って「これを読んでおいて」で終わりなんです。それに簿記3級を教えていますが、これも同じですね。資料を配っておけば。私の講義スタイルはことごとくオンライン授業に合わない(笑)。
中村: オンライン上で書いてもらいましたが、結果は手書きとあまり変わらないですね。
中村: そうですね。また、テキストの内容に関しては、1個1個の設問と回答に対して全部フィードバックをするのですが、それで書き方が変わるのもだいたい2割です。
基本的には教育実践の場で、学生や受講生をどれだけ動かせるかというのは、2割を目安に考えたらいいのではないかと思います。2割がこちらの意図通りに動けばOKと。
中村: これは、たとえば小学校で6年間同じ先生で2割だったら困るんですよ。1年間同じ先生で2割。そこで担任が変わって目線が変わるから、そこでまた2割。これが6年間積み重なったら、1人ひとりの児童が必ず誰かの目に留まるはずです。
これが中学・高校になると、教科担任制になる。生徒数は増えるけど見る先生も増えるから、1人の先生につきしっかり見る生徒は2割で十分なんです。大学になったら、さらに見る人が増えますよね。学校教育って組織でやる部分もありますから、1人ひとりの2割が重なっていけば、だいたいの児童、生徒、学生は網羅できるようになっているんです。
ただ、もちろんそこから抜け落ちる子もいます。大学だとそれが除退者ですよね。それはもうしょうがない。次のステージで見てくれる人とめぐり会えることを願うばかりです。
中村: あえて選ぶとすると、第4章の除退予備軍をあぶり出す章ですね。この章では、学生が作成したシートの記述内容をテキストマイニングでデータ化して、そのデータが中途退学の可能性のある学生を発見できるかどうか検討しています。
この分析の特徴は、通常だと単語同士の繋がり具合、いわゆる共起関係の分析だけで終わるんですけど、僕はさらにテキストデータと、そのテキストを書いた人間の属性データを組み合わせて、新たなことが言えないかを探っています。大風呂敷を広げると、テキストデータの分析の可能性を広げたということですね。
中村: 怒りに任せて書いているので、正直なところ分からないんですよ(笑)。
ただ、たとえば中高生くらいのお子さんを持っている親御さんから、子どもが何を考えているのか分からないという質問があったとしたら、定期的にテストに書かれた字を追いかけなさいとアドバイスしますね。その字に変化があったら、取っ掛かりをつかむことができるはずです。子どもたちの書く字は重要な情報源ですから。
教員を目指そうとしている人たちには、いかにして教室を統率するか。厳格な成績評価基準をつくって、きちっと運用しましょうと。それがそのクラスを統率する手段だと。大学教員ですと、どういう風に講義をしようかという方法で、ルーブリック評価もあるし、アクティブラーニングであれば、この本に実践を書いているので参考にしてもらいたいですね。専門外の人間が単元構成まで書いたアクティブラーニングの報告って、あまりないと思います。
さらに学部長や学長といったレベルの人には、どうやって組織として教育体系を考えるかというヒントがこの中にあると思います。
この本は研究書ではありますが、想定される読者は案外広いと思います。今回は高校と大学が主な考察対象ですが、第5章だけでとらえたら幼稚園の先生や保育士さんも含まれます。各々の授業に落とし込むヒントにしてほしいですね。
(了)
中村 勝之(なかむら・かつゆき)
山口県下関市出身。大阪市立大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。桃山学院大学経済学部教授。専門は理論経済学。著書に『大学院へのミクロ経済学講義』(2009年、現代数学社)『〈新装版〉大学院へのマクロ経済学講義』(2021年、現代数学社)『シリーズ「岡山学」13データで見る岡山』(共著による部分執筆、2016年、吉備人出版)がある。
著者:中村 勝之
出版:幻冬舎
価格:880円(税込)