コロナ禍を気に、病院との付き合い方を変えた人は多いはず。
具体的には、これまでは不調が何かあったらとりあえず病院にかかっていたものを、深刻でないなら行かずに済ますようになったり、できるだけ病院に頼らないように生活スタイルを見直したり、といったことだ。
これは「病院でコロナにかかるのが怖い」というのもあるだろうが、医療というリソースは有限である。コロナ禍を通じて思うように医療を利用できなくなることを体感した人も多いのではないだろうか。もともと医療資源が不足している地域もある。自分の身体を守りつつ、医療という資源、医療機関を守ることはこれからの社会に必要なことであり、それは自分のためにもなることなのだ。
患者側が医療機関を支える心構えを持って行動することは、患者側のメリットが大きい、とするのは、『これからの医療 5つの「患者力」が、あなたと医療を守る!: 「患者力」を付けなければ自分を守れない』(ごま書房新社刊)の著者である医師・永井弥生さんだ。永井さんは多くの医療事故対応を経験した中で、医療者と患者のすれ違いを多々経験した。患者にとって安全安心な医療となるためには、高い患者力が助けになると述べる。
医療機関の負担を減らすとは、「なにはなくとも病院へ」という生活スタイルを改めることだけではない。
自分の暮らす地域の医療の状況を把握し、自分自身の管理をすること(備える力)
情報や事実、自分自身について客観的に把握すること(客観視する力)
医師とのコミュニケーション力を高めること(対話力)
受ける治療を自分で納得して決める覚悟を持つこと(自己責任力)
自分軸を持った生き方を考え、自分なりの死生観を持つこと(生きる力・死ぬ力)
一人ひとりの考え方、生き方が重要なのである。
永井さんによると、医師から見た好ましい患者とは「自分でできる自分の管理をきちんとして、状況をしっかり伝えてくれる方」。そういった方は、自分の生き方の軸があるのだ。それは自分が楽になる、満足した生き方でもある。こうした患者に共通するのがこれら5つの力である。
患者自身がこれらの力を身につけることは、医療機関の負担軽減になるだけでなく、最終的に患者自身を守ることになる。
たとえば対話力。医師にとって良い印象を与える、好かれる患者になる方が良いのは間違いない。それだけではなく医師とのコミュニケーション能力がある患者の方が、診察も治療もスムーズに進みやすいということでもある。
体のどこかの痛みで医療機関にかかり、診察を受ける時、思うことを延々と話しても時間ばかりかかって医師が知りたい事実になかなか到達しない。いきなり過去にかかった病気の話を延々としても、それは全く関係のないことかもしれない。
もちろん、今の症状について、自分として考えられる原因を話すのは大切なことだが、その時は「事実」と「推測、自分の考え」を分けて話すことが大切。これだけでも医師への伝わり方は大きく変わるのである。
また、
・アレルギーがある薬、自分に合わない薬の名前を憶えておく
・診察や治療についてわからないことや心配なことはメモしておく
・先の見通しを尋ねる
などの具体的に心がけたい点もあげている。
医師の話も一つの情報として客観的に捉え、傾聴の姿勢を持つことも大事であり、スムーズな診療となり、医療者を助けることにつながる。
高い対話力の根底には、事実と感情や自分の考えを分け全体を見渡す客観視できる力や、自分の人生に責任もって生き方を考えている、といった自己責任力や生きる力もつながるのである。
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本書で永井さんは、これから進化する医療との関わり方として必要な、自分を助ける「5つの患者力」について、そしてそれを身につける意味について語りかける。
いずれの力も、患者である以前に一人の人間として主体的に生きていくために欠かせない人間力である。どんなことでも他人任せにせず、健康や人生についての決断を自分の手に握って生きるための力なのだ。
5つの力を身につけて「賢い患者」を目指すことは、自分軸で生きる人生を目指すこと。医療との関わりは避けて通れない。医療を上手に利用する。本書はそのための手引きとなってくれるはずだ。
(新刊JP編集部)
■医療を守るために今こそ必要とされる「患者力」
永井: 医療の状況は地域によって異なります。地方にはもともと病院や医療者が不足している地域が多くあります。
そういう地域では、医療の現場でスムーズに診療をすすめるためにも、患者さんの協力が必要になってくるんです。現場は大変であっても、自己管理をしっかりしようという意識がある患者さんや、医療従事者への感謝の気持ちを持っていただける患者さんは、こちらとしてもとてもありがたいですし、大きな力をいただけます。
また、社会の問題として、医療費や社会保障費の削減が求められているなかでは、「なんでも医療に頼る」という姿勢ではなく、自分を管理して本当に必要なところで医療を利用するという心構えが必要だと考えています。
永井: 自分の状態や症状など、必要な情報を正確に伝えるように心がけてくださる患者さんは、やはりこちらとしてもありがたいです。診察時間を短縮して、より多くの患者さんを診ることができますからね。
自分の体に異変があって病院にいらっしゃっている以上、不安なのは理解できるのですが、感情的ばかりが先走ってしまう方もやはり中にはいらっしゃいますし、攻撃的に感じられる方もいらっしゃいます。今回の本は患者さんについて書いているのですが、医療者側と患者さん側が互いを理解しあう助けになればと思っています。
永井: たとえば、先ほどお話しした病院や医療者などに余裕がない地域ですと、大きな病院にその地域の救急患者や重症患者が集まります。そういう病院の勤務医は大事にしないといけないですよね。辞めて開業しようか、という人が増えてしまうと大変です。
もちろん、経験を重ねていずれは開業するというのはしかたないことなのですが、救急や当直など負担の大きい業務の担い手が減ってしまうとその地域の医療が立ち行かなくなってしまいます。ですから、そこのところは患者さんにも協力していただいて守るという意識が必要なのではないかと思います。
永井: そうですね。医療者の立場から、こんな力を持っている患者さんはステキだ、こんな人間力を持ちたい、と思うことをまとめました。
永井: 本当に具合が悪くて、苦しくて担ぎ込まれてきたような方は客観的ではいられないでしょうし、命にかかわる病気を宣告されても客観性を失わずにいるのは難しいです。そういう時は、医療者側が情報の伝え方やサポートの仕方について配慮しなければなりません。
それ以外の日常的な病気で医療機関にかかるときは、医療者に対して感情的にならず、客観的にふるまいましょう、ということですね。
永井: これは、病院という場の特殊性もあると思います。どんな状況であってもしっかりとコミュニケーションがとれる、人間力を備えた方もいらっしゃいますが、感情が前面に出てしまい、適切なコミュニケーションが取れない方、「病院が全部なんとかしてくれる」と考えて、よくならないとクレームをつける方もいらっしゃいます。
永井: 「事実」と「自分の思いや感情」を分けて説明することが大切です。どこかが痛むなら、まずは「どんな時にどれくらい痛むのか」という症状(事実)を順序だてて説明したうえで、自分の思うところや心配していること、「こういう病気じゃないか」という自分の解釈を伝える、という。
永井: あります。もちろん、見当違いだったというケースもたくさんあるのですが、そうであったとしても、患者さん自身の解釈はご本人の不安と紐づいているわけですから、見当違いだったとわかれば患者さんの不安が一つ解消されますよね。病気でもケガでも、患者さん自身の解釈を聞くのを嫌がる医師はまれにいるのですが、私はそういったことにも耳を傾けるべきだと考えています。
■最後に「決断」をするのは医師ではなく患者自身
永井: 医療者は患者さんに適切な情報をわかりやすく伝える責務があります。ただ、医療者の「逃げ」と捉えていただきたくないのですが、その情報をもとに自分が受ける治療を最終的に決めるのは患者さん自身です。その選択に対しての責任を持ちましょうということですね。
もちろん、「自分はわからないからお任せします」という方もいますし、それが悪いとは思わないのですが、任せる以上は医療者を信頼して、覚悟を持って任せていただきたいと思っています。
永井: そこは医師と患者さんの事前の信頼関係の問題でもあるんですよ。医師側はきちんと説明したつもりでも、患者さんからしたら難しくて理解できず「わからないからお任せします」というパターンも多いので。
だから、「自己責任力」とは書いていますが、医療者側の伝える努力も必要です。患者さんが理解できていないようなら、わからないなりにも大事なところは押さえられるように噛み砕いてもう一度説明して、そのうえで治療を選択してもらったり、あるいは任せてもらったり、という努力をすることで患者さんとの信頼関係ができていきます。それで万が一治療がうまくいかなかったとしても、患者さんも納得するでしょうし、「ここで診てもらってよかった」と思っていただけるのではないかと思っています。
永井: 医療の現場ではスペシャリストが様々なスキルを提供できます。それは上手に利用していただきたいのですが、それは結局患者さんが生きる「お手伝い」にすぎません。生き方を決める主役は患者さん自身ということです。
永井: 私は皮膚科医なのですが、群馬大学病院にいた頃、点滴が漏れてその部分が潰瘍になってしまったりなど、他の診療科の治療で皮膚のトラブルが出た患者さんがこちらに回ってくることが多かったんです。そういう時、患者さんは病院側のミスで傷つけられたわけですから、きっと不満に思っているだろうと想像がつくじゃないですか。だけど、意外と医師は気にしないんですよ。その皮膚トラブルの原因を作った診療科の医師も「治療しといて」みたいな感じで。
そういうところに疑問を感じて、自分なりに病院内で対策を立てつつ仕事をしていたら、「医療安全管理部の仕事をやりませんか」ということになったのです。それでやってみたら、病院内で起きた患者さんとのいろいろなトラブルを目の当たりにしました。
それまで何も言っていなかった患者さんが突然怒りだしたりとか、治療結果が悪かったといってクレームが来たり、といったことです。だけど、それってそこにいたるまでの伏線が必ずあるはずなんですよ。いきなり怒ったわけではなくて、病院側に対してためこんでいた不満が爆発したんです。こちらが早く気づいていれば何かできたかもしれません。
そういう医療者と患者さんの間のコミュニケーションのへだたりをいかになくすか、病院側に不信を抱いている患者さんにどう対応するかについて学べるものはないかということでコンフリクトマネジメントを学ぶようになりました。
永井: 医療者が患者さんの気持ちを上手に聞き出す対話や質問ができれば、相手がポロっと漏らしたことからこちらへの不満や不信を把握して、対処できるかもしれません。そういうことを私は医療者にずっと伝えてきましたから、今度は患者さんの方にも言わせていただこうということで、今回の本を書きました。
永井: どんな生き方をしたいか、死ぬときに後悔しないか、自分軸を持って考えている人は医療を上手に利用しています。
医療は頼るべきものですが、依存するものではありません。あなたの人生を主体的に考えて活用する、医療者にも力を与える、そんな「自分の人生に責任を持つ」ステキな方が増えてほしいと思っています。それが自分自身も楽に心豊かに生きることにつながるはずです。
(新刊JP編集部)
永井 弥生(ながい・やよい)
医学博士/オフィス風の道代表。群馬県出身。山形大学医学部卒業後、群馬大学病院等に皮膚科医師として勤務。皮膚科准教授となり延べ20万人以上を治療。女性医師としては日本唯一の医療メディエーター協会シニアトレーナーとしても活動。群馬大学病院勤務時の2014年、医療安全管理部長として腹腔鏡下肝切除術における医療事故を指摘。70件を超える遺族対応、マスコミ対応などをこなし、3年半にわたり院内の改革に取り組む。読売新聞の論点スペシャルや、報道記者の著書『大学病院の奈落』でもその軌跡が記されている。群馬大学病院では女性医師支援部門責任者、群馬大学男女共同参画推進室副室長として女性支援に関わる代表も務めた。
著者:永井 弥生
出版:ごま書房新社
価格:1,430円(税込)