元WHO専門委員の感染予防BOOK
著者:左門 新
出版:三笠書房
価格:1,540円(税込)
著者:左門 新
出版:三笠書房
価格:1,540円(税込)
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大は、私たちに対して様々なものをもたらしている。
この1年間、混乱のさなかで感染症対策が議論されてきた。しかし、その一方で、インフォデミック(情報氾濫)によって、効果が疑わしい対策方法が広がったりといったことも起きている。
今後しばらくはこのコロナ禍が続いていくだろう。しかし、感染症は新型コロナウイルスの他にもたくさんあり、それからも身を守っていかないといけないということだ。
例年だと国内で約1000万人が罹患するインフルエンザをはじめ、結核、はしか、おたふくかぜ、腸管出血性大腸菌感染症(O157)、破傷風。また、日本ではあまり聞かないが、狂犬病、マラリア、デング熱といった感染症もある。さらに、新型コロナウイルスのように未知のウイルスが出てくることもあるだろう。
医学博士で公衆衛生学の専門家である左門氏による『元WHO専門委員の感染症予防BOOK』(三笠書房刊)は、感染症とは一体どういうものなのか、各感染症の特徴、そして対策方法を図とイラストを交えながら分かりやすく解説してくれる一冊だ。
「感染から身を守る日常生活のコツ」では、対策の基本をイチから教えてくれる。
左門氏によると、個人ができる普段の対策の基本は3つあるという。
・食事や運動、睡眠などで免疫力を高める
・ワクチン接種
・掃除などによる除菌
この3つをきちんとやることで、リスクを半分から3分の1に減らすことができるという。
では、新型コロナウイルスの予防対策はどうすればいいだろう。
ほとんどが接触感染と飛沫感染で広がる。前者はドアノブや手すり、吊り革、エレベーターのボタン、スマートフォンなどが感染源となる。後者の場合、飛沫はおおむね1.5メートルしか飛ばないため、それ以上離れるか、面と向かっていなければ防ぐことは可能。
そのため、左門氏は下記の3つの予防対策をあげている。
・自分以外の人が手で触るものに、直接手指を触れない
・触ったらすぐに手洗いをするか、消毒アルコール小瓶スプレーを携帯し、手指を消毒
・面と向かう相手と1.5メートル以上の距離を置き、それ以内ではマスク着用。
また、流行語にもなった「3密」の「密閉」を避けるために、換気を良くしようと思っている人も多いが、左門氏は「間違ったやり方をすれば感染を拡大させます」と訴えている。
日本では窓を開けたり、エアコンを使うことで空気を入れ替えることが「換気」と考えられているが、2020年5月にWHOが出した換気ガイドラインでは、中央換気システムを使って、フィルターを通して空気を濾過して循環させることだという。風流を生じる窓開け換気やエアコンの風が人のいるところに流れることは、感染を広げるため禁止としているという。日本ではこの「換気」の意味を勘違いし、タクシーや電車などの窓開け換気を促すことにつながってしまったのだ。
左門氏は、「三密」の密閉の問題点は湿度にあると述べる。三密状態になると、人の呼気や肌からの水分蒸発で室内は高湿度となり、本来表面の水分が蒸発して感染力をすぐに失う細かい飛沫が、遠くまで長い時間空中を漂流し、感染を広げてしまう。詳細は本書を開いて確認してほしいが、このことから窓開けではなく、空調で適切な湿度(40%~70%)に保つことが大切だ。
また、本書の中では子宮頸がんについても触れている。
子宮頸がん予防接種といえば、副反応として神経障害を大々的にマスコミが取りあげ、政府は予防接種の積極的な推奨をやめてしまったという経緯がある。このため接種率が激減し、WHOは日本政府に早く再開するよう強く勧告している。ところが、政府の副反応調査委員会の「予防接種によるものとは言えない」という報告も、広く公表されていないと左門氏は指摘。予防接種をやめた結果、数年後から子宮頸がんによる死亡者が、現在の年約3000人から、年6000人もプラスして増えてしまうという推定があると警鐘を鳴らす。
本書によれば、子宮頸がんは、ほとんどが男性からウイルスが感染する性行為感染症だという。そのため、欧米では思春期男子全員にこの予防接種を始めているといい、オーストラリアなど一部の国ではその根絶も視野に入ってきているそうだ。
左門氏は,世界から10年以上遅れている予防接種施策、特に子宮頸がんワクチン接種は早急に接種推奨を再開するばかりでなく、男子全員への接種もすぐに始めるべきであると強く訴えている。
基本的なことから、あまり知られていない事実まで、感染症対策について網羅している本書。日本でも6月施行予定の食中毒予防のハサップ、大人がうつべきワクチンや、不妊症や赤ちゃんの形態異常の原因になる感染症、キャンプや海外旅行で気を付けるべき感染症、さらにはペットや家畜からうつる感染症なども説明されており、エビデンスに基づく正しい行動や知識を得ることができる。
これからも感染症との戦いは続いていく。正しく予防をしていくためにも、読んでおきたい一冊だ。
(新刊JP編集部)
■窓開き換気は感染を広げる可能性も? 専門家が指摘する新型コロナ予防の穴
左門: まず一つは、新型コロナウイルスの対策として、誤った対策が取られているところがあって、専門家として正しい予防法を知ってもらわないといけないと思っていました。そこにちょうど、新型コロナを含む感染症予防についての本を書いてほしいという出版社からの依頼がありまして、執筆をすることになりました。
実は日本の感染症対策は、世界にかなり遅れを取っています。具体的に言えば、予防接種であり、その代表例が子宮頸がんワクチンです。日本はもっと感染症に対して関心を持って、正しく対処しないといけないということで、新型コロナと子宮頸がんを中心に、広く感染症対策をカバーした本にしました。
左門: これはテレビを中心としたメディアとの関わり方に気を付けないといけませんね。
新型コロナ禍になって以来、毎日のようにテレビで専門家と言われる人たちが解説されていますよね。ただ、その中には感染症予防の専門家ではない人もいます。病気の診断・診療を行う臨床医と感染症予防の専門家は違うわけで、病気の診断・診療を行う専門家のなかには、予防対策は門外漢という方もいます。
また、テレビのワイドショーやニュース番組にはたいてい一人しか専門家が出てきません。本当はいろんな人を集めて、それぞれの意見を出さないといけないんです。それが科学の本来あるべき姿で、学会のようにいろんな意見をぶつけて正しいところに到達する必要があります。ところが、一人しかいないと、その人の意見がその場において通ってしまい、果たしてそれが正しいのか吟味されません。
左門: まずは公的機関。日本でいうと厚生労働省のホームページに、新型コロナウイルスをはじめとしたさまざまな感染症の対策が書かれています。ほかに国立感染症研究所のホームページもそうですね。日本だったらまずそこを見ることが大事です。
ただ、最初に述べたように日本の感染症対策は遅れていますから、国際基準としてWHO、英語になってしまいますが、アメリカのCDC(米国疾病予防管理センター)や欧州CDCを押さえておくべきでしょう。海外の機関の情報を読んで、日本との違いを確認する必要があります。
左門: この本の帯にも載っていますが、窓開け換気ですね。電車に乗ると窓が開いているでしょう。あれは感染を広める原因になる可能性があります。
WHOが出している「換気ガイドライン」の「換気」というのは、窓開け換気ではなく、フィルターを通して空気を濾過して循環させる中央換気システムのことをいいます。ファンやエアコンを使って室内の空気を回したりするのはNGとも書いてあります。それはなぜかというと、飛沫やエアロゾル粒子が室内に広がってしまい、むしろ感染を広げてしまう可能性があるからです。
中央換気システムがない場合は、室内に人がいないときに窓開け換気をして、人が入ってきたら窓を閉めるといいでしょう。人が複数いる環境では、空気の流れを作るのはNGです。
左門: 日本は窓開け換気を重視する国ですが、実はもともと結核対策なんですよ。空気感染する結核は、換気のよい病棟に比べ、換気の悪い病棟では感染が数倍多いということが分かっています。そこでWHOは以前、結核などの空気感染する患者の医療施設向けに換気のガイドラインを作ったんですね。それがずっと用いられてきた背景があります。
ところが、新型コロナウイルスは空気感染ではありません。それにも関わらず、空気感染対策の換気のガイドラインがそのまま医療施設でない環境にも適用されてしまっているんです。
左門: 皆さん、予防でうがいをしていると思いますが、予防効果はないと言っていいでしょう。ウイルスが喉に付着して10分から15分で感染が成立しますが、たとえば外出先で10分おきにうがいするわけにもいきませんよね。
また、うがいがエアロゾルを発生させる可能性があると私は考えています。ガラガラガラガラで呼気と唾液が混じって発生し、そのエアロゾルが数十分間、遠くまで到達してしまう。沖縄コールセンターでのクラスターはこれが原因と思われます。複数の人がいる場所でうがいをするのはやめた方がいいと思いますね。
左門: まずは相手と面と向かって1.5メートル以内に近づくのであれば、マスクをしましょう。また、極力モノに触らないようにしてください。アルコール消毒は化粧品アトマイザーに入れて常に持ち歩いて、もし触ってしまったらすぐに手を消毒しましょう。これを徹底すれば95%は防げると思います。
なぜすぐに手を消毒しないといけないのかというと、人は一時間に10回から20回は無意識に口周りや鼻先、目を触るんです。そこから粘膜感染が起こります。本来であればこまめに手洗いをすることで防ぐことができるのですが、やはり外出先で何かに触ったらすぐに手を洗うことはできないですよね。
左門: 100%防げるわけではないですが、日常生活で目指すのは95%で良いと思います。100%防ぐ対策と努力は並大抵のことではないですから。
■公衆衛生の専門家が考える「特に注意すべき感染症」とは
左門: まずは風疹ですね。風疹は現在でも流行していて、2019年には30代から50代の成人男性2000人近くが罹患しています。
厚生労働省は現在、昭和37年度(1962年度)から昭和53年度(1978年度)生まれの男性を対象に、風疹の抗体検査と予防接種を進めています。これは、その期間に生まれた男性は風疹の予防接種が義務ではなかったからです。本来は子どもの時と大人になってから、2度接種する必要があり欧米ではそうして撲滅したのですが、日本では予防接種を受けたことがない年代もあるというのが実情です。
なぜ風疹の予防接種を受けないといけないのかというと、妊婦へ感染させないためです。胎児が先天性風疹症候群を発症し、赤ちゃんに白内障や先天性疾患、難聴が残る危険性があります。風疹は世界でも妊婦が感染すべき感染症「TORCH」の一つ「R」(Rubella)に入れられているくらいです。
左門: 性行為感染症は注意してほしいですね。
たとえば、女性の不妊症の3割から4割はクラミジア感染症が原因と考えられています。クラミジア感染症の病原体はクラミジア・トラコマチス菌とよばれる細菌で、子宮入口近くが炎症を起こす子宮頚管炎が起こります。さらにそこから奥に進行して卵管に及ぶと、下腹部痛や性交痛、出欠などが起きます。治っても卵管の癒着が残り不妊症になります。
また、女性は7~8割が無症状、男性では5割が気付かないと言われています。多くの人が感染しながら気づくことの少ない病気で、自然治癒するものの、特に女性は知らないうちに生涯不妊になる可能性があります。
左門: そうですね。あとはB型肝炎も性行為で感染する恐れがあります。日本では2016年から乳児への定期予防接種が始まっています。長い間日本では医療関係者以外は受けていなかったのですが、これからは欧米同様、小児から成人まで全員が任意の予防接種を受けるべきだと思います。
左門: 日本人はリスクに対してのバランス感覚がなくて、0か100かで判断してしまう傾向があるように感じますね。予防接種を受けて得られるメリットの方が大きいから受けましょう、ではなくて、副反応が起こる可能性があるからダメという発想になりやすい。
左門: ワクチン接種が広がり、集団免疫を獲得できれば、いったんは流行が収まると私は思います。
ただ、まだ2つ問題がありまして、1つは世界全体で感染が収まるわけではなくて、先進国では流行が収まっているけれど、他の国では広がっているという状況が出てきます。地球上から根絶できるわけではない。そうなると、またいつ感染が広がるか分からないわけですね。今、接種が進んでいるワクチンがどのくらいの期間有効なのか、今のところは分かっていませんから、長い間、新型コロナウイルスと付き合っていく必要があります。
もう1つ、新型コロナがなくならないであろう理由として、インフルエンザの事例があげられます。インフルエンザは豚や鳥にも感染し、下手をしたら変異をして出てきて、ヒトへの感染が繰り返し起こっています。新型コロナではオランダやデンマークでミンクからヒトに感染したというケースがあると言われています。
今の種はワクチンで集団免疫を獲得して収まっても、ウイルスが他の動物の中で変異して、またヒトに感染するということも起こり得るので、完全に収束させるのは難しい気がしますね。
左門: 実際のところ、感染が拡大し始めた当初、そこまで大した病気ではないと思っていた医師も多かったと思います。もちろん、甘く見ないほうがいいと言っている医師もいました。なぜ色々な見方が出てきたかというと、この新型コロナウイルスがどういうものなのか分からなかったからですよね。
はっきりしないものだから素人も含めていろんな人がいろんなことを言う。専門家も正体を掴み取れていない以上、推測で話すしかない。そして毎日何かしらの進展がある。だからメディアも取り上げるわけです。
新型コロナウイルスももちろん注目しないといけない感染症ですけど、これだけに目線が集中してしまうと、他の感染症の問題がおざなりになってしまう可能性があります。たとえば子宮頸がんですとか、先ほど言った風疹、B型肝炎もそうです。子宮頸がんは男性も予防接種を受ける必要があります。そういう正しい知識を広げていかないといけません。
左門: まずは感染症の感染者って子どもが多いんですよね。ただ子どもが自分自身で感染症を予防するのは難しいでしょうから、母親の皆さんにまず読んでほしいと考えました。また、もちろん父親にも読んでほしい。ということで一家に一冊この本を置いてもらえればと思います。感染症のメニュー本なので、何度も必要に応じて参照できるようになっています。
それと、学校や施設、会社の衛生管理担当者の皆さんに。食中毒などについても解説していますから、感染症の基本的なところを押さえてほしいです。そして最後に海外に渡航する人にも。このご時世、なかなか海外には行けませんが、外国で感染する感染症って結構あるんですよ。しかも、重篤な状態になりやすいものも多いんです。だから、海外に行く前にこの本を読んでみるといいかもしれませんね。
左門: そうですね。意外なところでいうと、先ほど少し名前を出しましたが、子宮頸がんは性行為感染症です。でも、予防接種をすれば防ぐことができます。
子宮頸がんワクチンについては、副反応をマスコミが大々的に取り上げ、政府が予防接種の積極的な推奨をやめてしまったという経緯がありますが、その結果、数年後から子宮頸がんによる死亡者が現在の年約3000人から、年約4000~6000人も増加するという推定があります。WHOは日本政府に早く再開するよう強く勧告していますし、政府の副反応調査委員会の「予防接種によるものとは言えない」という報告もありますから、子宮頸がんは予防接種と検診の二本立てで対策していく必要があると思います。
ぜひ本書を読んで感染症を知っていただいて、予防対策をしてもらえると嬉しいですね。
(了)
左門 新(さもん・あらた)
医学博士・公衆衛生学修士・疫学修士。小児科専門医。認定産業医。元世界保健機関(WHO)専門委員。国立大学医学部卒業後、国内の奨学金を得てハーバード大学院へ留学、全世界の感染症とその予防対策を含む公衆衛生学および疫学を専攻。その後英国奨学金にて英バーミンガム大学医学部へ研究留学、予防接種を含む予防医学の研究を行う。
帰国後、都立産院にて小児医療、神奈川県保健所にて結核などの感染症業務、国立小児医療研究センターにて予防医学に従事。この間、厚生省(当時)にて医療行政にも携わり、また、医療事情調査のため北米、中米、ヨーロッパの医療施設を訪問。自治医科大学講師、産業医科大学教授として小児科、公衆衛生、産業医学領域の教鞭も執る。数多くの国際共同研究にも参画、世界各国の第一線の医学研究者や教育者との関係も深い。著書に『人生が2000%うまくいくハーバードの秘密』(三笠書房≪王様文庫≫)などがある。
著者:左門 新
出版:三笠書房
価格:1,540円(税込)