マドンナの宝石
著者:ヘンリー 川邉
出版:幻冬舎
価格:880円(税込)
著者:ヘンリー 川邉
出版:幻冬舎
価格:880円(税込)
海外旅行や出張、ふとした外出先で、思いがけず昔の知人にばったり、という経験はないだろうか。それだけならうれしい出会いであり、旧交を温めるきっかけになるかもしれない。しかし、もし相手が二人連れで、それが“一緒にいるはずがない二人”だったとしたら、いらぬ詮索だと知りつつも、事情を探りたくならないだろうか?
『マドンナの宝石』(ヘンリー川邉著、幻冬舎刊)は出張先の空港で偶然見かけたある夫婦の謎を追うミステリー。主人公の「私」は、浅からぬ因縁があるこの夫婦の謎を追い、学生時代の記憶をたどって当時を過ごした街へ舞い戻る。
主人公とこの夫婦は、30年前に同じ大学に通っていたOBOGだった。「私」は出張で訪れた板付空港(現・福岡空港)で二人を見かけたのだったが、厳密には、その時点では夫婦かどうかはわからない。しかし、連れだって歩く二人の所作は、まぎれもなく夫婦のそれであった。「私」は声をかけることができなかった。その二人は夫婦どころか、一緒にいるはずのない男女だったからである。
連れだって歩く女性――副島由布子――は、その突出した美貌から、学生時代「私」をはじめとする文芸部員のマドンナだった。そして、男性――乾隆一郎――は、学生時代の「私」の無二の親友であった。
由布子がある上場製薬会社の経営者一族だったことを思い出した「私」は、企業情報から隆一郎と由布子がまちがいなく夫婦であること。その結婚によって彼は副島姓となり、今ではその製薬会社の社長の座に収まっていることを知る。
驚いた「私」の頭に浮かんだのは、学生時代に起きたある殺人事件のことだった。その事件で殺害されたのは、当時由布子の婚約者と目されていた男であり、容疑者としてリストアップされていたのは隆一郎その人だった。
殺人事件の直後、由布子は隆一郎を厳しい言葉でなじり、激しく取り乱していた。結果的に不起訴になったからといって、隆一郎と結婚するはずがない。まして、事件の前から由布子は隆一郎を毛嫌いしていた…。「私」は不可解な結婚と殺人事件を繋ぐ謎を追い、調査に深入りしていく。端正な筆致が深まる謎を美しく際立たせるミステリーである。
『マドンナの宝石』には表題作の本作に加えて、友人の定年退職を祝う食事会の席上で、極上の料理とその料理人、そして行方不明になっていた料理人の妻をつなぐ点が一本の線につながる「奇跡の味」、火星に移住した新人類を苦しめる奇病との闘いを描いた「退化器官」など、多彩な短編が揃う。時間を忘れて楽しめる一冊だ。
(新刊JP編集部)
■珠玉の作品集『マドンナの宝石』の宝石はこんな本
川邉: 一番気に入っている作品は懐かしい学生時代をしのびながら書いた「マドンナの宝石」です。ただ、単なる思い出話では小説になりませんので、ミステリ仕立てにしました。事件を入れて、その事件が現在につながっているという設定ですね。
トマス・H・クックの『緋色の記憶』という、過去の事件を巡って、当時と現在を行き来しながらストーリーが進んでいく構造の小説があるのですが、この作品を読んで触発されたところがあります。
川邉: そうですね。大学に5年通って、その後就職した会社で福岡の営業所に7、8年いましたから、思えばずいぶん長く福岡にいたことになります。
川邉: 乾にはモデルがいます。学生時代、何もせず遊び惚けていたのは作中と同じですね。
川邉: ミステリとしては「奇跡の味」が最も完成度が高いと思っています。最初の短編に選んだのもそれが理由です。中華料理について書いているところはもう少し圧縮してもよかったと思っていますが、つい筆が滑りました。
中華料理については、携わったことはないのですが一通りの知識はあります。なんといってもこの作品はフランス料理や日本料理ではだめで、中華料理でないと成立しませんので。
川邉: もともとSFは好きだったのですが『退化器官』については深く考えて書いたわけではないんです。人工知能についてと、人類が汚染し尽くした地球の未来についての小説を書きたいと漠然と考えていたところでたまたま思いついたから書き始めた、というところです。
川邉: そうですね。ミステリとSFしか書きたいものはありません。難しい小説は書きたくないし、私小説は嫌いですしね。今年の目標はミステリの長編を一つ仕上げることです。
川邉: 小説を書く時に心掛けていることは、出だしと結末、特に最後のセンテンスです。出だしで読者をひきつけないと読んでもらえません。そして、最後の一行でストンと胸に落ちて快い読後感に浸れるように書いているつもりです。
立花隆によると、本を書く人はコンテ派と閃き型(コンテなし)に分かれるのだそうです。私自身はコンテなしで、大雑把な流れを数枚書いてあとは直接文章にしていきます。
書いている間は、24時間、起きている時も寝ている時も、潜在意識の中で書き続けることが大事だと思っています。そうすると必要なアイデアが必要な時に無意識に出てきます。
もうひとつ、こだわっているのは登場人物の名前です。自分の語感に合うものでありつつ、その人物にぴったりの名前を探します。見つかるときは何も考えなくても出てきますが、見つからないときは何日もかかります。考えなくても出てきた名前はまるでその人が生まれ持った名前のようにぴったりしていますが、無理をして考えだした名前はどこか違和感があって気に入るまで何度か変更します。自分の語感と字面をなによりも大事にしていますね。
■『マドンナの宝石』の礎となった読書体験とは?
川邉: 好きな作家は、ロス・マクドナルド、レイモンド・チャンドラー、ピーター・ラヴゼイ、J・アーヴィング、井上靖、小林秀雄、萩原朔太郎、宮沢賢治、石川啄木、大江健三郎などです。詩的な文章が好きなのかもしれません。逆に粘着質な文章を書く作家は苦手ですね。谷崎潤一郎的な。
川邉: 学生の頃に『飼育』を読んですっかり好きになってしまいまして、その後の作品も読んでいます。確かに難しい文章ですが『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』などもすごく好きです。
川邉: 『フェルマーの最終定理』(S・シン著)がおもしろかったです。難しい数学の話ではなくて、その定理の解明に辿り着くまでの人間ドラマのおもしろさですね。
あとは、『数学をつくった人びと』(E・T・ベル著)、『ベスト&ブライテスト』(ハルバースタム著)、『ミレニアムIドラゴン・タトゥーの女』(スティーグ・ラーソン著)、『史記』などがおもしろかったです。『ベスト&ブライテスト』は著者が取材旅行中に交通事故で死亡したのを契機に読み直しました。『史記』は昔からの愛読書ですが、文庫本が出たので購入して7巻を一気に読みました。良い本は何度読んでもおもしろいと思います。
川邉: 中学生の頃から「シャーロック・ホームズ」シリーズが好きで、ミステリばっかり読んでいて、大学に入った頃から書きたいなとは思っていたんですけど、それから就職して仕事をしながら、結婚して、子育てしてというところで、なかなか書けずにいました。どちらかというと怠け者で遊び人だという気質もありまして。
その後、会社に入って25周年で長期休暇をもらったので、そこでようやく書き始めたという流れです。
川邉: 短編集を出版して一区切りしましたので、再度昔応募して最終選考に残った江戸川乱歩賞に挑戦しようかなと思っていますが、なかなか筆が進みません。構想はかなり前から練っていますが。
「失敗した人とは、成功しなかった人ではない。あきらめた人のことだ。挑戦しないことこそ失敗だ」という言葉を支えにあきらめずに挑戦したいと思っています。
川邉: 私はエンターテインメントを書いています。エンターテインメントは読者を楽しませるもの、快い読後感を読者に与えるものでなければならないと思っています。甘くなく、さわやかなハッピーエンドで終わり、熟成された芳醇なブランデーのような読後感を目指しています。
作品は作者の人生観の顕れであり、作者自身が投影されたものです。この作品が、そういう作者の人生観を具現化しているかどうかは、読者の皆さんの判断にゆだねるしかありません。
(新刊JP編集部)
ヘンリー 川邉(ヘンリー・カワベ)
1939年 京城(現ソウル)生まれ
1941年~1945年 北京在住
1957年 福岡県立田川東高校(現東鷹高校)卒
1962年 九州大学理学部数学科卒
日本IBM入社後はシステムズエンジニア、プロジェクトマネージャ。
そのかたわら、コンピュータ犯罪をテーマにしたミステリーを執筆。
1993年 『プロトコル』で日本推理サスペンス大賞最終選考、
1995年 『ヒポクラテスの柩』で江戸川乱歩賞最終選考、2003年新風舎出版賞フィクション部門優秀賞。
著書に『ヒポクラテスの柩』、『リスク管理の秘訣』ほか
現在BSIグループジャパン(英国規格協会)において、ISO9000(品質)主任審査員、ISO14000(環境)主任審査員、ISO27000(情報セキュリティ)主任審査員。
著者:ヘンリー 川邉
出版:幻冬舎
価格:880円(税込)