新型コロナウイルスの世界的流行は、私たちに「手洗い」や「手指衛生」の重要性を改めて認識させることになった。
飲食店や商業施設の入り口には、手指消毒用のアルコールが常備されている昨今ではあるが、そもそも日本はかねてから手洗い・うがいの習慣が定着し、衛生への意識が高い国である。世界を見渡すと、これは決して「当たり前」ではない。
ユニセフの「世界子供白書2019」によると、日本で生まれた赤ちゃんのうち5歳未満で死亡するのは0.2%。1000人に2人の割合である。これがアフリカ・ウガンダだと1000人中46人にもなる。その多くは、風邪をこじらせて肺炎になったり、下痢が原因で脱水症状に陥ったりと、日本を含む先進国では予防可能な病気で亡くなっている。
この背景には、衛生環境の差がある。細菌やウイルスが体内に入ることで引き起こされる感染症は、石鹸をつかった手洗いやアルコール消毒で多くは予防できるが、ウガンダやその他の発展途上国では清潔な水や石鹸が不足していることが多いのである。
『情熱のアフリカ大陸 サラヤ「消毒剤普及プロジェクト」の全記録』(田島隆雄著、幻冬舎刊)は、ウガンダの地で手洗いの重要性を啓発し、ビジネスを興して現地の衛生環境の改善に取り組む日本の衛生用品メーカーの物語である。
東京・大阪に本社を置くサラヤ株式会社に、日本ユニセフから「手洗い」の普及啓発のためのプロジェクト、「世界手洗いの日プロジェクト」への資金協力の依頼がきたのは2009年のこと。サラヤは戦後間もない1952年に薬用手洗い石鹸液で起業した衛生用品メーカーである。同社の広告宣伝活動を取り仕切っていた代島裕世氏(だいしまひろつぐ)から見ても、「世界手洗いの日プロジェクト」は参加するのが当然と思えた。
一方で、代島氏はサラヤが「手洗い」を根付かせてきた企業の責任として、他の協賛企業と同じような支援をするだけでは足りないとも考えていた。CSR(企業の社会的責任)の活動が盛んな企業として、サラヤの存在感を示すために、どうすればいいのか?
その答えは、はじめて視察で訪れたウガンダで見つかった。地方に行くと水へのアクセスが悪く、手を洗う習慣が根付かないため、感染症が発生するとすぐに拡がってしまう。もちろん、その状況の改善に手洗いの啓発活動は必要だが、肝心の医療機関でさえ、アルコール消毒剤が満足に手に入らないなど、物資不足も目立った。
しかし、これはただこの地にアルコール消毒剤を寄付すれば解決する問題ではない。与えられたものは、使い切ってしまえばそれでおしまいだからである。ならば、この地でアルコール消毒剤を生産できないか?ウガンダを訪れたサラヤの視察メンバーたちにこんな考えが浮かんだのは自然な流れだった。
とはいえ、これは口で言うほど簡単な問題ではない。ウガンダにサラヤの現地法人を作るにしても、アフリカでの事業立ち上げを誰に任せればいいのか、従業員の確保はどうするのか。肝心のアルコール消毒剤にしても、原材料を日本から送っていたのでは意味がない。現地で調達できるもののなかから、消毒剤の生産に使えるものを探し出さなければいけないし、それを供給してくれる企業との交渉も必要だ。そして、そもそも手洗いの習慣が十分に根づいていないこの地で、アルコール消毒剤を売ることがはたしてビジネスとして成立するのか?
案の定、サラヤのウガンダでのプロジェクトは難航する。現地での法人登記の手続きからスムーズにはいかず、採用した従業員ののんびりとした気質にはやきもきしっぱなし。さらにはエボラ出血熱騒ぎ、そしてやっとアルコール消毒剤の現地生産したはいいがなかなか採算に乗らない…。
「ビジネスを通じた社会貢献」と言えば聞こえはいいが、途上国での社会貢献ビジネスはきれいごとだけでは決して達成できない。次々と立ちはだかる難局に、アフリカで事業をすることの厳しさを嫌というほど味わっていたサラヤのメンバーたちだったが、目的へのあくなき情熱は、やがて事態を動かしていく。
途上国支援というと、公的機関を通した寄付やチャリティが目立つが、寄付やチャリティには継続性の点で限界がある。持続的な支援をしていくためには、やはりビジネスを通して現地に貢献する民間企業の力が欠かせない。
本書は、途上国支援をめぐる現実について、本当に現地の人々のためになる支援について、そして社会貢献ビジネスの意義とその困難さについての、多くの人が知らない貴重な証言である。
(新刊JP編集部)
企業は利潤を追い求めるだけでなく、その活動が社会に与える影響にも責任を持つべきであるとするC S R(Corporate Social Responsibility)の考え方は、日本でも少しずつ浸透し、事業を通した社会貢献を掲げる企業も増えた。
そんななかで、衛生環境が悪く、感染症が蔓延しやすいアフリカの地に、事業を通して「手洗い」と「アルコール消毒」を根づかせようと10年以上取り組んでいる企業がある。
『情熱のアフリカ大陸 サラヤ「消毒剤普及プロジェクト」の全記録』(幻冬舎刊)は、衛生用品メーカーであったサラヤ株式会社がアフリカ・ウガンダで手洗いを啓発し、アルコール消毒剤の現地生産を実現するまでの軌跡を書いた一冊だ。
サラヤはなぜ、このような困難な取り組みを始めたのか。日本から遠く離れたウガンダの地にはどんな困難が待ち受けていたのか。今回は著者の田島隆雄氏と、このプロジェクトに立ち上げから関わってきたサラヤの代島裕世(だいしまひろつぐ)氏にお話をうかがった。
田島: 最初は、出版社の方からこういう本を書いてほしいという依頼が来て、大まかな企画をいただいたことです。ただ、その企画が絶対ということではなくて、私のアイデアも加えて一緒に考えてほしい、とのことでした。
企画を見たら、アフリカのウガンダでソーシャルビジネスをやっている企業の取り組みについての本ということで、すごく興味をそそられたので引き受けました。
田島: 一般論ですが、本を書くにあたって企業の広報部を通して取材をすると、当たり前ですがその企業の「いいこと」しか言わないんですよね。なので、広報を通じて得た情報が事実かどうかをできる限り確認することと、裏に何かネガティブなものがないかどうかを調べることは欠かせません。
また、本を書くにあたって様々な方に取材をするわけですが、取材に協力してくださった方が嫌がるようなことは書かないようにしますし、本にとって必要ない情報は省きますから、感覚的には、取材したり調べたりして得た情報の半分以下しか書いていない感じになりますね。
田島: 行きました。プロジェクトに関わった方々の証言を取るのが一番の目的でしたが、現地の雰囲気を知るという意味もありました。関係者がケニアにもいたので、ケニアにも行っています。こういう話をすると「すごいですね」と言われるんですけど、代島さんも一緒でしたし、アテンドしてくれる方もいたので、特に困ることもなく。どちらかといえば、すごいのは、ここまでの道を切り拓いたサラヤさんですね。
代島: サラヤという会社は、衛生用品メーカーなのですが、もともとは「手洗い」を普及させて戦後の日本を復興しようと起業した会社です。
こうした起業の経緯からいって、ユニセフのプロジェクトには乗り遅れてはいけないと思い、実はこちらからオファーしたんです。広告代理店経由でこういうプロジェクトがあるという話は聞いていたので、こちらからユニセフの方に会いに行きました。
代島: サラヤの場合は、初視察で社長自らが現地に入ったことが大きかったと思います。やはり日本にいたのではわからないことはたくさんあって、現地に行って状況を見ないと、プロジェクトの意義や課題はなかなか理解できません。逆に、オーナーが現地を見ることで、プロジェクトに対しての社内統制が取れました。
代島: そうです。今回の本を読んでくださった方からも宮本氏に会ってみたいとよく言われます。
彼はアメリカの大学を出た後、J I C A(国際協力機構)の青年海外協力隊としてウガンダ農村に入った経験があり、ウガンダのことをよく知っていました。任期終了後に自ら資金調達して、マイクロファイナンスをやるためにウガンダに戻っていました。
彼の生き方を慕って世界中から彼のところでインターンをしたいという学生が集まってきていたようです。
代島: そうだと思います。サラヤのプロジェクトがうまくいったのも、彼の人間的魅力によるところが大きかったと思います。
アルコール消毒剤の現地生産をするにあたって、カキラシュガーというインド系財閥の製糖会社が廃糖蜜からつくるエタノールの供給してくれるだけでなく、生産場所まで用意してくれたのですが、そこまでやってくれたのは「これはウガンダの人たちのためになるんだ」という信念を先方のGMに熱弁してくれた宮本氏の情熱のお陰だと思います。人を巻き込む力があるんです。
向こうにお金のことを聞かれずに協力を引き出すってすごいですよね。私だったら普通にビジネスの話をして「それでいくら払うんだ」と聞かれてそこで話が終わってしまうと思います。
企業は利潤を追い求めるだけでなく、その活動が社会に与える影響にも責任を持つべきであるとするC S R(Corporate Social Responsibility)の考え方は、日本でも少しずつ浸透し、事業を通した社会貢献を掲げる企業も増えた。
そんななかで、衛生環境が悪く、感染症が蔓延しやすいアフリカの地に、事業を通して「手洗い」と「アルコール消毒」を根づかせようと10年以上取り組んでいる企業がある。
『情熱のアフリカ大陸 サラヤ「消毒剤普及プロジェクト」の全記録』(幻冬舎刊)は、衛生用品メーカーであったサラヤ株式会社がアフリカ・ウガンダで手洗いを啓発し、アルコール消毒剤の現地生産を実現するまでの軌跡を書いた一冊だ。
サラヤはなぜ、このような困難な取り組みを始めたのか。日本から遠く離れたウガンダの地にはどんな困難が待ち受けていたのか。今回は著者の田島隆雄氏と、このプロジェクトに立ち上げから関わってきたサラヤの代島裕世(だいしまひろつぐ)氏にお話をうかがった。その後編をお届けする。
代島: 手洗い以前に清潔な水にアクセスできないという問題があります。病院でもそうでした。こういう時は汚れた水で手を洗うよりも、アルコール消毒剤の使用頻度を上げた方が有効かも知れないと考えました。
2012年、現地調査にはJ I C A(国際協力機構)の助成金を受けることが出来ました。日本からアルコール消毒剤をウガンダに運び、病院に設置して院内感染予防の効果が出るのか調査しました。そこでは医療従事者への教育こそ重要でした。熱意のある院長が統率していた水がほとんど出ない、田舎の公立病院で劇的効果が記録されました。その結果はWHO(世界保健機構)からも表彰され認められました。イギリスの植民地時代の医療制度を引き継ぐウガンダは、公立病院の診療が無料なので、貧しい人たちは公立病院に行くしかないのですが、劣悪な衛生環境の中で当たり前に院内感染が起きるんです。だから国の責任で何か対策をしないといけないのですが、そこまで手が回っていないのが現状でした。
ウガンダの保健省は早々とWHOが医療現場でアルコール消毒を推奨する世界キャンペーンに参加する意思表明はしていたのですけどね。
代島: まあ、国家予算までもが海外からの援助だったり、借入金だったりするので、公共サービスも海外の支援頼みというところがあるんですよね。病院のアルコール消毒剤も、海外のNGOなどが寄贈してくれた時はあるけど、使い切ったらまたなくなるという感じです。
代島: そうです。医療現場で使うアルコール消毒剤はアルコール濃度が70~80%ありますから可燃物です。だから原則空輸はできない。それもあって「地産地消」がベストなんです。
だいたい世界のどこでもお酒はありますからね。理屈でいえばお酒があるところならアルコール消毒剤も作れます。
代島: ウガンダはアフリカの中でも相当なお酒の消費国で、国民酒のように飲まれているお酒「UGANDA WARAGI」が綺麗な蒸留酒だったんです。だから現地で製造会社を探し、サトウキビ由来のアルコールも調達できました。
代島: やはり、なかなか目論見通りにはいきませんでした。保健省とも合意を取り、現地生産したアルコール消毒剤を公立病院に配置してもらう約束をとりつけていたのですが、なかなか実行が果たされませんでした。遅々として手続きが進まないのは途上国、アフリカビジネスの「当たり前」だと思います。賄賂も横行しています。
時には政治の力も必要になる場面もあり、様々な関係者を巻き込んで、協力を得ることが不可欠でした。プロジェクトに参加した一人ひとりが、それぞれの役割を全うし、バトンを繋いできました。
代島: 最後はやはりソーシャルビジネスをローカライズ(現地化)することでしょうね。日本人スタッフが誰も常駐していなくても、現地の人たちだけでウガンダ拠点が回る、というのがゴールだと思っています。そしてアフリカの世紀に持続発展していく会社を、日本の本社と一緒につくっていく。
田島: 今回の本を読んでくれたという方は、たとえば国際協力に興味があったり、アフリカに興味があったり、多分この本の何かの要素に引っかかるものがあったということだと思います。
この本を読んで終わりではなく、そういった方々がアフリカ支援のチャリティに参加したり、国際協力やソーシャルビジネスについてもっと深く調べてみたり、あるいは単に友人や知人との間で話題にするだけでもいいので、次の行動につなげてくれればうれしいです。
代島: この10年間、サラヤがやってきたことの軌跡がまとめられているので、社員も読んでいるし、新たに入社希望の人たちも読んで来てくれます。SDGs(Sustainable Developing Goals)ビジネスという言葉も出て来ている中、途上国で持続可能なビジネスをやってみたい人、この世界に問題意識を持っていて、何かを変えたいと思っている人の参考になればうれしいですね。
(新刊J P編集部)
田島 隆雄(たじま・たかお)
1975年生まれ。帰国子女として東京都で育つ。早稲田大学卒業後、一年間の会社員生活を経てフリーライターになる。栄光ゼミナール創業史『不屈』、サンスター創業史『金田邦夫・博夫』などの企業本を多数執筆している。その他の著書に『ドライブで旅するもうひとつのオーストラリア』、『読者の心をつかむWEB小説ヒットの方程式』などがある
著者:田島 隆雄
出版:幻冬舎
価格:1,400円+税