ランドル・ギャレット『魔術師が多すぎる』(早川書房刊)に米澤穂信『折れた竜骨』(東京創元社刊)、マイク・レズニック『一角獣を探せ!』(早川書房刊)。
これらはいずれもミステリ小説だが、もう一つ共通点がある。
それは舞台が異世界であったり、登場人物が魔法を使ったりと、現実では起こりえない「ファンタジー」の要素が入っていることだ。ファンタジー的な過程で謎が生まれ、ファンタジー的に解き明かされていく、と書くと「読者は“何が起きているのかちんぷんかんぷん”にならないの?」という疑問がわくが、そこはしっかりと、読者を謎解きに引き込む工夫がなされている。
『魔法で人は殺せない』(蒲生竜哉著、幻冬舎刊)も、そんなミステリとファンタジーの融合。19世紀のイギリスを思わせる舞台で、王立魔法院の捜査官・ダベンポートが難事件を解決していく連作短編集だ。
魔法がふんだんに使われるが、もちろん読者が置き去りにされることはない。主人公のダペンポート曰く「魔法には厳格なルールがあり、魔法は物理学の法則を曲げられない」。ゆえに、作中では私たちでも論理的に理解可能な魔法しか使われていない。
表題作「魔法で人は殺せない」は、深い森の中の大邸宅で起きた凄惨な殺人事件にダベンポートが挑む作品。殺された伯爵夫人は自身の寝室で爆殺されていた。室内にはバラバラになった内臓と強烈な血糊の匂いが漂っていた。
主人の伯爵は所用で外国に滞在中。屋敷にはメイド達と彼女たちを束ねるメイド長しかいない。警備は万全。犯人はどのように、この残酷な殺人をやってのけたのか?
捜査にあたったダペンポートは伯爵夫人の寝室に奇妙な印象を受ける。夫人は爆殺されたというのに、部屋の中は(死体のパーツが散乱しているほかは)きれいで、家具などが破壊された形跡はない。さらに、夫人の死体を調べると、爆発は部屋の中のどこかで起こったのではなく、夫人の体内で起こったとしか考えられなかったのだ。
「魔法で人は殺せない」
これは、作中における「魔法」の位置づけを端的に表した言葉だ。物理法則から離れられず、一人の力ではごく小さな領域にしか力を及ぼすことができない。とてもではないが、「遠くから人を呪い殺す」ようなことはできないのだ。
では、なぜこの殺人は実行できたのか?
能力を定義された「魔法」がどう使われたのかをダペンポートと一緒に推理していく。それがこの作品の楽しみ方だと言えるだろう。
ダベンポートに加えて騎士団のグラム、遺体修復士の双子・カラドボルグ姉妹、キュートなメイド・リリィなどのサブキャラクターも花を添えるこの作品。新型コロナウイルスで外出がためらわれる今だが、「家ごもり」のお伴にしてみてはいかがだろうか。
(新刊JP編集部)
■ 魔法 ✕ ミステリ ✕ ファンタジー 異色の小説が生まれた背景
蒲生: 今回の本は小説投稿サイトの「カクヨム」で連載していた作品を書籍化したものなのですが、連載するにあたって「カクヨム」の方から「魔法+ミステリ」というお題をいただいたんです。
こういうテーマだとまず頭に浮かぶのが、ライトノベルでよくある「異世界転生」なのですが、僕はあれがあまり好きではなかったので、「異世界転生」はやめようと。どうせなら「19世紀のイギリス」というように、おおまかに舞台を設定して「ファンタジー」の要素を入れて書こうと思いました。それが最初のところですね。
蒲生: ブランクはあったのですが、30年くらい前から書いてはいました。ただ、今のようなミステリではなくて、当時は『ブレードランナー』に代表されるようなサイバーパンクが好きだったので、それに近いものを書いていましたね。
蒲生: 参考にしたということはないのですが、ラリー・ニーヴンの『魔法の国が消えていく』は好きですね。もうずいぶん前の小説ですが。S F的な作品なのですが、魔法の設定がすごくしっかりしていて、読者を白けさせない仕掛けがしてある小説です。
蒲生: 「縛り」を作ることです。いくら魔法だからといっても「なんでもあり」にしてしまうと、ミステリとして成立しません。たとえば魔法が物理法則を無視したものになってしまうと読者がついてこられませんから、魔法を使う作品を書く一方で、自然科学と同列に扱われるようなものでないといけないとは考えていました。
蒲生: 「バックファイヤー」という概念を作って、魔法を定められたルール通りに運用しないと大変なことが起こるという設定にしたんですよね。自分のかけた魔法が跳ね返ってくるという「バックファイヤー」はこの種の小説では新しい概念ではないかと思います。
蒲生: さらっと読めるのは大事ですが、それでも読んでくださった方の中に何か残るものがあればいいなと思っています。そこはこの作品で目指しています。
蒲生: イギリス……風にしていますね。ただはっきりとは明言していません。読めばわかるようには書いています。「隣の国」「南の国」といえばフランスとイタリアだとわかるような書き方をしています。はっきり国名を出してしまうと興が削がれるかなというのがありまして。
■ カクヨムから生まれたデビュー作「魔法で人は殺せない」今後の展開は
蒲生: やはりリリィですかね。“看板娘”なので。それもあって「コミックマーケット98」で販売するようにリリィのクリアファイルを作ったのですが、中止になってしまって……。
蒲生: どうしたものかなと思っていますが、まあそのうち配ったり売る機会はあるかなと思っています。リリィについては今後も活躍すると思うので楽しみにしていていただきたいです。
蒲生: それはまだ秘密です。今回の本には収載されていないのですが、カクヨムの方に彼女のおばあさんが亡くなる話があって、そこで素性が明かされています。気になる方はぜひ読んでみていただきたいですね。
蒲生: そうですね。十九話まで出ていて、今二十話を書いているところです。
蒲生: 元々かなり血なまぐさい話なのですが、カクヨムに連載する過程で読者の方からいただいたコメントを見るとあまり女性に評判が良くなくてですね、ちょっと穏やかにしようかなと思って、バランスを考えて書いています。
「魔法で人は殺せない」というこの本の表題作は相当に血なまぐさいのですが、第二話の「灰は灰に、猫はメイドに」はそんなに凄惨な場面がない話、第三話ではメイドのリリィのほんわかした話になっています。そうやって三つのサイクルを回している感じですね。だから3の倍数の話はリリィの話なんです(笑)。
蒲生: 今は「魔法で人は殺せない」一本なんですけど、元々サイバーパンクのファンだったので、このジャンルの作品もいずれは発表したいなと思っています。
蒲生: 社会人になって初めて勤めたのが激務で知られる会社だったんです。とにかく忙しかったですし、途中5年間は海外駐在していたりもして、なかなか書く時間が取れなかったのですが、転職して少し時間ができたので、昔書いていた小説のデータを引っぱり出して、それをもう一度書き直してみたのがきっかけでしたね。
蒲生: アクションものが好きだったんですよね。名前を出すならA .J .クイネルの『燃える男』がある「元傭兵クリーシィ・シリーズ」は、かなり重い小説なんですけどよく読みました。クイネルが来日した時にサインをもらいに行ったくらい好きですね。
あとは、先ほど話に出たラリー・ニーヴンの「魔法の国が消えていく」のシリーズと「ノウンスペースシリーズ」の二つは好きです。
蒲生: 川原礫さんの『ソードアート・オンライン』は面白かったです。お話だけでなくてヒロインの女の子のキャラクターがすごく人気ですよね。シリーズ全部読みました。
蒲生: ちょっと異色なファンタジーとして楽しんでいただけたら嬉しいです。ミステリとファンタジーが混じっている小説は珍しいと思いますし、ファンタジーだからといってミステリの部分は手を抜いたということもありません。
コアなミステリファンの方が読んでどう感じるかはわからないですが、一般的なミステリ読者なら楽しんでいただけると思っています。ファンタジーのファンの方もミステリのファンの方も、両方のファンの方も、ぜひ読んでいただきたいですね。
(新刊J P編集部)
蒲生竜哉(がもう・たつや)
東京都出身。
暁星学園高校を経て国際基督教大学卒業。
元外資系IT 企業プロジェクトマネージャー。
著者:蒲生竜哉
出版:幻冬舎
価格:1,000円+税