INTERVIEW
“ロジック”と“思い”の両立を可能にする「伝え方の“型”」
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『相手を巻き込む伝え方』では、ストーリー形式でわかりやすく「巻き込み力」や「伝える力」の正体が解説されています。まず、本書を書いたきっかけについて教えていただければと思います。
鵜川:以前から私は、自分が心からやりたいと思うことをして、かつそれが周りから求められることも重なり、深い喜びや意味を感じながら仕事をしている人を増やしたいという思いがあり、そうなるために役にたつ本を書きたいと思っていたんです。
そういう仕事のことを私は「ビジョナリーワーク」と呼んでいるのですが、企画当初はその言葉を全面に出した本をつくりたいと思っていたんです。ただそれだと、読者の方と距離が遠いんじゃないかという声があったんですね。この言葉自体が私の作った言葉で、広く知られているわけではないですし。
では、少し形を変えて、自分が心からやりたいと思えることを実現するために、周囲の人をどう巻き込んでいくか、自分の思いをどう伝えるかをテーマにたらどうか?という提案を頂きしました。「ビジョナリーワーク」にしても、周囲の人を巻き込んでいけないとなかなか形にならないところがありますし、逆にこういう働き方ができている人は、人を巻き込むのがすごくうまいので。そして、この本が生まれることになったんです。
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「仕事を通じて自己実現を」ということはよく言われますが、私たちはどうしても「自分の夢と仕事は別物」と考えてしまいがちです。これを一致させることには意義がありますね。
鵜川:「夢」というと壮大なもののように感じますが、自分がそれをやることに意味が見いだせて、周囲の人や世の中にとっていいことにつながるという思いがあると、人はその実現を強く望むのではないかと私は思っています。そういうことも含めて「夢」と呼んでもいいのではないでしょうか。
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「ビジョナリーワーク」に必要な「巻き込み力」や「伝える力」ですが、鵜川さんご自身は、自分の思いを誰かに伝えることが得意だったのでしょうか。
鵜川:全然そんなことはありません。失敗だらけですよ(笑)。以前は会社勤めをしていたのですが、当時はなかなかうまくいきませんでした。
「会社がこれからやろうとしていること」や「事業部の方向性」のようなものを説明するのは得意だったのですが、「自分がこうしたい」ということを語るのは苦手だったんです。否定されたら嫌だな、とかバカにされたらどうしよう、と考えてしまって。今思うと、周囲を巻き込んで仕事をしていくということをやりたくてもできないことにモヤモヤしていた気がしますね。まさに本の中の創太と同じ心境です(笑)
ただ、2012年にこの本でも紹介している、伝え方の「型」のベースになる考え方に出会ったんですよ。これを自分なりにアレンジしてブラッシュアップしていたら、これまで伝えるのが苦手だった自分の思いや気持ちを語れるようになった。そこから変わった気がします。
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人を巻き込むための伝え方に「型」があるというのはユニークだと思いました。この「型」を使うことのメリットはどんな点にあるのでしょうか。
鵜川:「自分の思い」と「ロジック」を両立させられる点です。プレゼンテーションや発表、提案などでよくあるのが、「思いは溢れているけど何を言っているかわからない」というパターンと「ロジカルだけど面白くない」というパターンです。ほとんどの人はこのどちらかに入ります。ただ、「型」をうまくつかうことで、ロジカルな説明に自分の思いを乗せることができる。
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「思い」と「ロジック」は両立可能だと頭ではわかっているけど、どう両立させていいかわからない、という人は多いかもしれません。特に「ロジカルに語る」というのは実はあいまいな言葉で、「どうすればロジカルなのか」についてはよくわからないところがあります。
鵜川:そうですよね。「ロジカルに話せ」と言われても、具体的にどういうことなのかよくわからない。「型」はそういうあいまいさを解消することができます。型に沿って順番に語っていくだけで、意識しなくてもロジカルに語れるというのが、この本で紹介している型のいいところです。もちろん「思い」と両立する形で。
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本書では「自分の思い」から発生した「インサイドアウト」の提案・企画こそが人を巻き込んでいくとされています。ただ私たちはどうしても市場調査をし、データ収集をしたうえで「うまくいきそうなこと」を企画してしまいます。このやり方のデメリットはどんな点にあるのでしょうか。
鵜川:市場を知ることは大事なことだと思います。ただそこを分析し合理性を追求した先に出てくる答えはどうしても「どこかで聞いたことある何か」になってしまうなと感じています。今は情報があふれていて、多くの人が同じ情報や同じテクノロジーにアクセスできる時代です。そうなると、どうしても知識が似通ってきますし、ある課題に対して「合理的」だと感じる解決策も同じようなものになりやすい。
そうなると、差別化をはかろうとしてもコストや納期の話にならざるをえなくなってしまう。体力勝負になってしまうんです。これは大きなデメリットだと思いますね。
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では、いかに人と違った情報を持ち、人と違った提案をするか、というところで、「インサイドアウト」の話になってきます。つまり、データではなく自分の感情や偏愛、疑問こそが人とは違った情報を持つことにつながり、人とは違った提案を生むと。
鵜川:そうですね。本の中では「感情」「疑問」「偏愛」の三つをあげましたが、特に「疑問」はビジネスの種になりやすいと思います。同じ市場というか世の中を観るにしても、このフィルターを通して見ることが大事なんだよなって思うんです。
「なぜこれはこうならないのか?」「もっとこうなればいいのに」という疑問や不満点は仕事の場面でも日常でもあるはずで、そういうものをリストアップしておくのが大事だということを前職の会社の創業者に言われていたのですが、これは本当にそうだと思います。
「感情」や「偏愛」については、自分の感覚や感性を信じて、「これをやりたい」という気持ちを大事にしていただきたいです。人を巻き込めるかどうかというのは、その人が心からやりたいと思っているかどうかがとても大事で、そのバロメーターは感情や偏愛度(笑)なんじゃないかって思うんです。
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「心からこれを実現したい」という思いは、実際の提案のどのあたりにあらわれるのでしょうか。
鵜川:一番は「なぜやりたいのか」という理由づけのところです。「型」を使って提案するときには「未来(自分が創り出したいと思っている状態)」「今なぜ(つくる必然性)」「価値(誰がどう喜び、どんな問題が解決し、何がどうよくなるのか)」「どうする(その未来の実現のために何をするのか)」の4つの要素が入るのですが、「未来」の中にもあらわれますし「今なぜ」の部分にもあらわれます。
「感情」や「偏愛」からスタートして「心から実現したいこと」を求めていくと、自分の原体験に行きつくケースが多くあります。こういう原体験をバックボーンになっている提案は人を動かしやすいと言えます。
パワフルに人を巻き込む人が共通して持つ「思いの強さ」
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たとえば、会社の中で新規事業を立ち上げたり、社内で何か提案を通したい時に、周囲のメンバーを巻き込みたいと思っても、みな自分の業務で忙しいなかで巻き込まれるのを嫌がるケースがあるかもしれません。こういう時はどうすればいいのでしょうか。
鵜川:小さい範囲でまずはじめて、形にしてみることは有効だと思います。小さなものでもいいので実績や現物を作って見せることは大きなインパクトがあるので。人は言葉だけを聞いていてもピンと来ないものですが、実績や現物を見せられるとイメージが湧くので。
たとえば10人くらい仲間を作りたいけど、3人しか巻き込めなかったら、その3人でとりあえず小さく始めて、何らかの成果が出たら残りの7人に見せる。「こんなことができたんだけど、一緒にやりませんか?」というように説得すれば、参加したいという人はだんだん増えていくはずです。多数派になればしめたもので、「あそこに乗っからないと」という空気ができていくと思います。
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温めているアイデアがあっても「みな忙しそうだから」と提案することをためらっている人にメッセージをいただきたいです。
鵜川:そこは超えないといけないところですね(笑)。しかし、勇気を出して言ってみても、「忙しいから無理」とか「へえ、いいじゃん頑張って(自分は手伝えないけどね)」と返ってくることはもう避けられません。ある意味、お店に入ったらいらっしゃいませと言われるくらい当然なものだと思ってください(笑)
でもそこからなんですよね、スタートって。一度言って断られたら、今度は別の人に言ってみる。同じ人であっても、何日か続けて話しかけていれば、昨日は断られたけど今日は興味を持ってくれるかもしれない。だからあきらめないことが大事です。そして、あきらめないためには、「それは自分が本当にやりたいことなのか」という問いに何度も立ち返る必要があります。
これまでやっていなかったこと、新しいことをやろうとしたら、面倒くさがって巻き込まれたくない人はやはり抵抗します。そこで折れてしまうかどうかは、本人がどれだけそれを実現したいかにかかっているんです。
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やはり「インサイドアウト」に行きつく。
鵜川:そうですね。極端な話、物事が成功したり、事業がうまくいったりというのは、やり方がすばらしかったりとか市場のニーズにマッチしていたという要素もあるのでしょうが、それよりも、やっている当人たちがどれだけそれを実現したいと考えているか、そのためにいかに必死で考えたかの方が大きいと思います。「これ、うまくいくかわからないけど、当たったらいいよね」くらいの気持ちだと、壁にぶつかったときに早々にあきらめてしまう。思いの大きさの違いはすごく大きいんです。
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それはそうかもしれませんね。
鵜川:私はファンケルという化粧品や健康食品のメーカーに勤めていたのですが、その会社が1995年に初めて直営店舗を出したんですね。
化粧品も食品も賞味期限・使用期限があるものなので、店舗を出してしまうと鮮度のコントロールと在庫のコントロールが難しくなるということで、通販が主体だったんです。
今でこそネット通販で化粧品を買うことが一般的になりましたが、当時はまだ店舗に行って買うのが主流でした。それもあってやはり店舗が必要だと創業者とその事業の立ち上げリーダーの二人は思っていたのですが、周りは役員含めて大反対だったそうです。
でも、そのリーダーはあきらめずに実現の道を探りました。そこからブレイクするアイデアを出しながら結果的に直営店舗を形にしたのですが、それが今ではファンケルの基幹事業になっています。これは実現したいという思いの強さが成功を生んだ例だといえます。
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「意味のイノベーション」についての個所が印象的でした。これは既存の物事を別の視点から見ることで、これまでになかった価値を生み出していくということですが、こうした視点を磨くためにどのような鍛錬が必要なのでしょうか。
鵜川:やはり、自分の内なる疑問や感情の動きを無視しないことでしょうね。「これは何だろう」とか「これはおもしろそう」とか「これはちょっとつらいな」といったものを自分の中にとどめて、どうなったらより良くなるのか、どうして違和感や疑問を持ったのか問い続ける。これを続けることが物事を別の視点で眺めるトレーニングになります。
ただ、かならずしも自分だけの力でやる必要はありません。他社、他業界で「意味のイノベーション」に成功した事例があったら、それを自分たちの会社や自分の業界に置き換えて考えてみるのもトレーニングだと思います。
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最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いいたします。
鵜川:この本をきっかけに、読んでくださった方がビジョナリーワーカーになってくれたらこれほど嬉しいことはありません。
新規事業をしたい人、自分でビジネスをやってみたい人など、何かやりたいことを形にしたいという思いが少しでもある人すべてに読んでいただきたいです。
それから「こうあってほしい」「もっとこうだったらいいのに」という思いやアイデアを持っていて、その価値を誰かと分かち合いたいんだけど、うまく伝えられないという人にとっても役立つと思うので、ぜひ手に取ってみていただきたいと思っています。
(新刊JP編集部)