3カ月に一度歯医者から届くハガキの裏にある社会の大きな変化とは?
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『予防歯科シフト』についてお話を伺っていきます。まずは本書を執筆した経緯についてお聞かせください。
中山:私たちは歯科人材専門の求人サービスを提供していますが、年々、歯科衛生士を求める声が大きくなっています。業界全体の歯科衛生士就業者数が増え続けているにも関わらず、不足の度は増しているんです。
このような現象が生まれる背景の一つに、社会保障費の問題があります。経済発展、生活環境の良化、高齢化が進むと、医療福祉の財政負担が増えていきます。財源に不安がなければ良いですが、人口は減少傾向にあり、今後の大きな成長をあてにできる経済情勢にもありません。社会保障費の膨張を抑制するには、なるべく社会保障施策に頼らずに健康で自立的な生活を送れる人を増やしていくことです。口腔の健康は全身の健康にもつながるという認識を、政府が「骨太の方針」の中で表明しています。予防歯科が政策的に推進されていることは、歯科衛生士の需要を高めていることと結びついているといえます。
同時に、私たちの健康意識そのものの高まりも、影響を与えています。口腔に関するサービスニーズは変わりつつあり、むし歯の罹患率は下がり、口臭、審美、歯周病、全身疾患との関係についての課題意識が高まっています。QOL(quality of life)の価値観が予防歯科需要を生み、予防歯科の中心人物である歯科衛生士が求められているという構造です。
それらを踏まえると、「歯科衛生士が足りない」という現象は、社会の中で歯科機能の再定義が行われていて、その動きの中で生じていることなのだと分かってきます。つまり、この社会に暮らすすべての人にとって重要なことなのだと。
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これは患者側においても知っておくべきことなのだと?
中山:そうですね。最近、掛かり付けの歯科医院から3カ月に一度、「お変わりありませんか? ぜひ来院して歯とお口の検査にいらしてくださいね」とハガキが届いたりしますよね。30年前には見られなかった取り組みです。それで歯科医院に行くと、赤っぽい色で歯に染め出しをされ、続けて歯石を除去してもらう。予防目的の患者さんを増やしたい歯科医院と、口の中をきれいにしておきたいと考える現代人がいて、はじめて呼応するサイクルです。
口腔ケアの広がりについては、コンビニの中でも見られます。レジの前の棚に置いてあるガムのほとんどが、今やキシリトールガムになりました。また、ガム自体が見直されている理由は、唾液の分泌を促進させたいから。ガムを噛むことで唾液が出ますが、唾液は口腔内の健康を保つ上で極めて重要な役割を担っています。これも、予防歯科的な考え方です。
また、「人間は、自分が食べたものでできている」という考え方の浸透も、影響しているように思います。口から悪いものを入れないことが健康維持につながるというエコシステム的価値観は、予防歯科につながる考え方です。口の中の状態が悪いと、体に良くない口内細菌が食べ物と一緒に飲み込まれてしまい、全身の健康維持を脅かす可能性があります。口腔環境をコントロールすることは、効率的な健康マネジメント法でもあります。
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中山さんは2006年にご自身の会社である株式会社クオリア・リレーションズ(現:株式会社クオキャリア)を立ち上げられました。「治療から予防へ」という歯科業界の動きは当時すでに感じられていたのですか?
中山:いえ、開業前に、その言葉を耳にはしていても、さまざま事象との相関関係にまでは考えが及んでいませんでした。
そもそもについてお話ししますと、私は最初から歯科医療の業界にいる人間ではなく、門外漢なんです。当時、起業をするためにテーマを探していて、自分の関心が健康にあったこと、そして自分がもともと社会人教育や人材ビジネスについて多少の経験があったということから、「それらが活かせて、敵が少なく、成長性のあるフィールドはないか」というアイデアを探していたんですね。
そんな中、前職のつながりで、とある歯医者さんと名刺交換をした際に「歯科衛生士を紹介してくれない?」と言われたんです。医療は専門外だったので、その時はお断りしたのですが、何となくこの「歯科衛生士が足りない」という話が引っかかりまして。
厚労省が公表している統計の類を調べていき、歯科衛生士の資格保持者が20万人ほどいて、就業者数は当時8万人台。歯科医院は6万8000事業所あって、年間に新卒の歯科衛生士が7000人ほどいて…「ん?平均しても1事業所あたり1.2人に満たない?足りなくない?」と。ここにきて、やっと「治療から予防へ」の動きが歯科医院の歯科衛生士採用意欲を今後も高め続け、さらに採用を難しくするだろうという予想にたどり着きました。
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そもそも、「歯科衛生士」は「歯科医師」とどのような点が違うのでしょうか?
中山:簡単に説明をしますと、歯科医師は歯を削れます。歯科衛生士は削れません。ただ、どちらも口の中を触ることはできます。歯科医師と歯科衛生士の資格がない人は口の中を触れません。歯石を取るスケーラーという器具がありますが、あれは歯石を取っているだけで歯を削っているわけではありません。スケーラーは、歯科衛生士業務の象徴でもあります。
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歯科衛生士の仕事にはどんなものがありますか?
中山:歯科衛生士の仕事は大きく分けて3つあります。予防処置、保健指導、診療補助です。
診療補助は歯科医師の補助業務なので、口の中を触らなければ歯科助手でもできます。歯科衛生士ならではの仕事といえば、予防処置と保健指導ですね。予防処置は簡単にいうと、歯科衛生士が患者の口の中で何かを処置をすること。保健指導は患者さん自身によるセルフケアを指導することですね。
変わる歯科業界。医科や介護との連携が必須に
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先ほどお話をうかがったように、中山さんはもともと歯科業界の人間ではなく、歯科衛生士の求人サービスで業界に参入しています。歯科業界は専門外の人でも参入しやすいのでしょうか?
中山:結論としては、入りにくい業界だったと振り返っています。浅はかな私は、開業当初、そういった懸念を持っておらず、後々苦労することになりました。また、私たちが参入してからここまで、様々な企業が入ってきては消えていく姿を見てきました。参入障壁の高さってこれのことなんだなあ、と。
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歯科衛生士の求人サービスというのは非常にニッチなビジネスですが、ビジネスの勝ち筋は始めるときからあったのでしょうか?
中山:どの規模のビジネスを狙って始めたのかによって、答えは変わるような気がします。5年で100億円規模を目指そうというのであれば、そもそも参入してませんよね。その規模はこのニッチな領域では望むべくもない。ただ、私自身は先ほど申し上げた通り、健康に対して関心があって、温泉を自分で始められないかなと思っていたくらいで(笑)。大きいことではなく、自分なんかでもできる、でもユニークなことを通して社会を変えていけたらというのが起業の原点。その意味で、事業は小さくも食べていける程度にはという勝ち筋はあったように思います。
このユニークという点については、今でもこだわり続けています。例えば、私たちの歯科衛生士求人サイトですと、各求人ページに事業所の歯科衛生士の人数がデフォルトで表示されています。事業所全体の人数だけでなくそこで働いている歯科衛生士の人数を表示することで、メディアへのエンゲージメントも応募反響力も高められます。ローカライズとか最適化とかいわれる姿勢や取り組みが、ユニークな何かを生んでいる一例です。
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なぜ、歯科衛生士の人数を表示することで人が集まるのですか?
中山:歯科医院の9割の診療所は従業員数が10名以下です。当然人間ですから風邪をひくこともありますよね? でも、その診療所で歯科衛生士が自分しかいなくて、患者の来院予約も入っている。そうなると、風邪を引けない。医療従事者ですから風邪をひいたら出勤できません。そうなると迷惑がかかってしまう。こういうリスクがまず一つあります。
また、新卒で、いきなり先輩の衛生士がいない中で仕事をできるかというと、難しいでしょう。医療の世界でいうと「プリセプター」、いわゆる普通の企業でいうところの「メンター」がいることが求められているわけです。
歯科衛生士のキャリアを考える上でも、歯科衛生士が一つの診療所に複数人いることが重要だということを、私たちが登場するまで業界的に認識されていませんでした。
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それは「クオキャリア」を運営する中で見えてきたことですね。他に歯科業界の中で見えてきた変化はありますか?
中山:大きいところでは、歯科医院が「家業」から「企業」へと変わってきているというところがあげられます。競争市場化した歯科業界。経営規模の大きな歯科医院の方が一般的には競争力が高く、そのため「家族とお手伝いさん」という旧来の家業文化から「経営者と従業員」という企業社会へと変化が進んでいます。一般企業の経営の中で生じる課題は、歯科でも起きるという時代になりつつあります。
また、これも重要な変化ですが、歯科業界自体が、他の業界との相違をきちんと理解できるようになってきていると感じています。
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他の業界との相違とは?
中山:冒頭でお話をした通り、治療から予防へという流れの前提にあるのは、社会の大きな変化です。地域包括ケアシステムの発展には、医科と介護の連携が欠かせませんが、歯科も連携主体の一つです。
高齢者に「歯が痛い」と言われても、看護師や介護士はその歯を処置することはできません。歯科と連携する必要があります。また、摂食嚥下(せっしょくえんげ:食べる・飲み込む)障害は、オーラル・フレイル(高齢とともに多くみられる歯や口の機能の虚弱状態)の中でも大きな問題として注目されていますが、これに単独で対応し得る専門職は存在していません。言語聴覚士と歯科衛生士、そして医師、歯科医師、看護師、管理栄養士、作業療法士らの専門性を結集しなければ対応できないのです。
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歯科が入らざるを得ないわけですね。
中山:そうなんです。例えば、肺炎は高齢者の死因の上位にありますが、その中の誤嚥性肺炎発症の主な原因は、歯周病菌だと指摘されています。歯周病を防げていたならば、死に至らなかった可能性もあるというわけです。となると、高齢者介護や医療に、歯科の専門家は欠かせませんよね。
ご存知ない方もいるかもしれませんが、医科と歯科はそれぞれ別個の業界として経済圏を形成してきました。人の交流も少ないです。今まで歯科医師は、歯科業界の中で通じる知識、用語、表現を使えれば生きていけましたが、今後は医科や介護といった別の高い専門性を有するフィールドの住人との間に信用を築く必要があり、そのためには一般常識や社交性、医科・介護知識、メタ的な歯科表現が求められます。歯科業界という村の中しか見ていなかった歯科医師たちが村の門を開けることは、ある意味で自らの蒙を拓き、歯科の価値と課題を再認識し直す機会となっているようにも思います。
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2017年以降、内閣府が発表する「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)には口腔と全身の健康のつながりについて触れられ、歯科保健医療の充実に取り組むことが明記されています。これは歯科業界にとっては大きい出来事だったのでしょうか。
中山:大きいはずです。新時代における歯科の存在価値が公に認められたということですから。日本の方針を示す重要施策の中に「歯科」という文言が入ったということは、むし歯治療のニーズが低下しても、新しい時代に新しい役割でもって歯科がこれまで以上に必要であると。
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今、歯科業界にはどんなことが求められていると思いますか?
中山:歯科業界にもイノベーションが求められています。しかし、一般性の低いローカルルールばかりを大事にしていると、一般社会では導入が進んでいる発想やテクノロジーを取り込めないまま、時代に取り残されてしまいかねません。医科・介護との連携にも支障が出ます。最適化コストは、その導入マーケットの大きさに応じて損得が判断されるわけで、「これだけ面倒なのに、歯科のためにそこまでできない、元が取れない」と思われてしまったら、さまざまな社会資産から見放されてしまいます。
しかし、「家業」から「企業」への流れの中で、今、歯科業界に新しい感性が育ってきていることは間違いありません。その変化は、指数関数的だと実感しています。
周辺企業の立場から見るならば、「歯科版」サービスの開発難度は以前よりも格段に低く、流用も効く。歯科と医科・介護が業界的にシームレスになっていくのであれば、歯科から参入して地域包括ケアシステム全体のマーケットへと展開できる可能性もある。面白いことが起きていくんじゃないでしょうか。
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中山さんのように、もともと歯科業界の外側にいた方でも参入できるようになってきている。
中山:敵を増やしたくはないですが、おっしゃる通りです(笑)。
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では、『予防歯科シフト』をどんな人に読んでほしいですか?
中山:どんな方にも読んでいただけたならとは思うのですが、これから面白いことが起こりそうな業界を探している方には特に。1か月間に歯科医院に通う人の数は約1200万人。日本の人口の約1割に、歯科医院はたった1か月でリーチします。歯科医院をチャネルに、社会に大きな影響をもたらす事業が可能です。そういうポテンシャルを歯科という領域に認めてくれたなら、書いた甲斐があるなあと思います。