本書の解説
昨今のパワハラの問題が取り沙汰されるなかで、上司と部下のコミュニケーションのあり方も大きく変わりつつあります。
しかし、そのコミュニケーションの急激な変化に、戸惑いを覚えている上司の人も多いのではないでしょうか。
部下をどのように指導したらいいのか分からない、どのような言葉をかければいいのか分からない…。自分が若手の頃に受けてきたコミュニケーションと違う言動が求められています。
そんな中で、まずは今の自分の叱り方が合っているのか、それとも現場の士気を下げる叱り方をしているのかを知る必要があるでしょう。NGな叱り方は百害あって一利なし。自分自身を苦しめるだけになります。
では、それは一体どんな叱り方なのでしょうか。
人材育成コンサルタントの田辺晃さんは、ダメ上司の叱り方として11のパターンをあげます。
1、人前で叱る
これは部下のプライドを深く傷つけてしまいます。叱るなら1対1で、なおかつ他の人には聞かれないところでするのが基本です。
2、決めつける
「お前は〇〇だ」「あなたはいつも怠けている」というように、相手の内面を決めつける言い方もNG。
3、言い訳を封じる
相手が弁解を始めとき、「言い訳をするな」と封じる人がいますが、これもしてはいけない行為で、逆に相手の反感を買うだけ。しっかり相手の話を聞くことが、今の「叱り方」です。
4、他の人と比較する
「同じ課の〇〇を見ろ」「少しは〇〇さんを見習ったら?」など、他の人と比べるのもNG。叱るときは、他人と比べる「相対評価」ではなく「絶対評価」にしましょう。
5、脅迫する
「ボーナスを減らすぞ」「査定が下がるからな」といった言い方は、パワハラで訴えられる可能性もあります。相手にプレッシャーをかけるためでも、脅迫まがいの言葉はNG。
6、蒸し返す
叱っているときに、過去の出来事を蒸し返してたたみかけるのもダメな行為。しつこいと相手の自分に対する印象が悪くなり、人望がなくなります。
7、大きな声を出す、乱暴な言葉遣いをする
絶対してはいけない叱り方。強い言葉で相手を追い詰めても、信頼関係はできません。ましてや、自分のストレス発散のために怒りの感情を表現しているのはもってのほか!
8、あてつけ、皮肉を言う
失敗した部下に「本当に仕事ができるよね」などのあてつけや皮肉を投げかけるのも絶対にNG。相手を傷つけるだけの行為です。
9、茶化しながら叱る
あまり深刻さを出さずに軽く冗談を交えながら叱る人もいますが、これも「よくない」と田辺さん。相手に通じていないことが多く、本気で行動を改めてほしいのであれば、真剣に向き合うことが大切です。
叱る前段階の軽い注意レベルであれば、軽い言い方でもいいでしょう。ここで注意されたことに気づける部下は、行動を改めてくれるはず。
10、酒で誤魔化しながら叱る
部下を飲みに誘って、その場で語らいながら叱る。そうした方が、気が楽だという人もいるでしょう。しかし、やはりオフィスで勤務時間内に叱ることが基本だと田辺さんは述べます。
叱るということは、真摯に相手と向き合うこと。その後に「じゃあ飲みに行こう」ならば良いですが、最初からアルコールの助けを借りないようにしましょう。
11、人を介して間接的に叱る
明らかに叱るケースなのに、気づかないふりをして誰かを介して自分の言葉をその人に届ける。これは叱ることから逃げているだけ。職場全体の士気が下がり、真面目にやっている人たちは呆れてしまうかもしれません。
また、さらに最悪のパターンは「叱られ役」を決めておき、皆の前でその人を叱るというもの。自分が叱りやすい人を見せしめにする「叱り」は、信頼関係を壊すだけです。
こうした「叱り方」に心当たりのある上司は、すぐに自分自身を改めるべきでしょう。部下が委縮し、何も言えない状態になっていたりはしませんか?
田辺さんの著書『嫌われずに人を動かす すごい叱り方』(光文社刊)は、すべての上司の立場のビジネスパーソンに向けて、NLP心理学とコーチングのスキルを用いながら人を動かす「叱り方」を伝授してくれる一冊。
「叱ること」のイメージを一変させ、信頼関係を結ぶために必要なコミュニケーションの方法を教えてくれます。
業務の効率化や生産性アップが急務となっているなかでは、「叱る」という行為そのものをポジティブなものに変えることが、チームや組織の成長の切り札となるはずです。自分も部下も含めて気持ちよく仕事をするためにも、参考にしたい一冊です。
(新刊JP編集部)
インタビュー
ただ叱って反省を促すのではない、21世紀型の「叱り方」とは?
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『嫌われずに人を動かす すごい叱り方』は、「叱る」という行為のイメージを塗り替える一冊です。まず、田辺さんが本書のような「叱り方」に行き着いた経緯を教えていただけますか?
田辺:私自身、今ではセミナーでコーチングについてお話させていただいたりもしていますが、会社員時代はコミュニケーションが苦手で、部下との関わり方も自分本位でした。
その中で、あるきっかけでコーチングやNLP心理学を勉強するようになり、また縁あって当時勤務していたTOTOの人材育成部門に異動になりました。そこで自分のコミュニケーションがいかにダメだかを痛感しまして(苦笑)、学んだことを実際に研修や面談などで実践して行ったたんです。
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本書の「叱り方」はTOTO人事時代に原点があるとお聞きしましたが。
田辺:そうです。初級管理者向けの講習で、「部下の望ましくない行動を是正する対話」というロールプレイがあるのですが、それがこの本の叱り方の出発点です。
その後独立し、とある大阪の大手研修会社さんから「ほめ方、叱り方の研修をしてほしい」と頼まれまして、その研修を担当させて頂く中で、研究をしていた「叱り方」を4年間、お伝えさせて頂きました。
そのノウハウをまとめたのが前著の『叱らないで叱る技術!』だったのですが、少し内容が硬めだったため、今回はもっと分かりやすい「叱り方」の入門編を書いたということです。
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叱る立場にある人たちの共通の悩みの一つとして、「どう叱ればいいのか分からない」というものがあります。最近は、叱ったことでSNSを通して復讐され、炎上するというようなリスクまで考えないといけないように思うのですが、その点についてはいかがですか?
田辺:SNSでの炎上については、「SNSに投稿されるかもしれない」と心配しなければいけないような状況にしないということが必要でしょうね。
上司の役割の一つは基本的なルールや動き方を教えることです。新入社員に対しては特にそうですね。彼らは何も知らないと思った方がよくて、「これくらい常識でしょう」と考えて教えないのはNGです。
職場や会社についての情報はSNSにアップしてはいけないことは、社会人にとっては常識だと思いますが、それもしっかり伝えないといけません。ただ、「これは絶対に禁止だ!」と型に押し込めるのではなく、最低限のマナーとして伝えることが大切です。
私は型に押し込める指導の仕方はあまり良くないと考えています。そうではなく、部下の多様性や個性を尊重しつつ、ルールは守ってもらうという部分を普段から徹底する。そうすればSNSでの炎上を恐れるような事態にはならないと思います。
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本書では、これまでの「叱る」のイメージとは一線を画す「叱り方」を提唱されています。
田辺:私がこの本で伝えたいと思っている「叱り方」は、信頼関係を築き上げることを目的としたコミュニケーションです。世の中の「叱る」ということに対するイメージは「怒鳴って屈服させる」「説教をして言い聞かせる」というものだと思いますが、実際そうしてもあまり意味はありません。
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田辺さんのメソッドには「認める」「ほめる」ことも「叱る」の中に入っていますね。
田辺:そうです。その2つは必要不可欠ですね。あともう一つポイントがあって、部下に言い訳させることも重要です。
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言い訳させるのはなぜですか?
田辺:私の管理職向け研修のロールプレイの中でも、問題を起こした部下に対して「今回はこういうことがあったけれど、これは良くないよね。次からはこうしてほしい」と自分の考えだけ伝えて終わりというケースを見かけるんですね。
でも、こうすると、叱られる立場は納得している、していないに関わらず「はい、わかりました」としか言えません。つまり、一方的に伝える「説教」にしかならないんです。
部下には、部下自身の言い分や考えがあるはずです。それは言い訳に聞こえるかもしれません。しかしそれは、コップの中を満杯に満たした水のようなものです。その状態で、新しい水を注いでも、新しい水はコップには入りません。溜まっていた水をまずは吐き出させ、コップを空にして、そこに新しい水を注ぐ必要があるんです。これが相手に話させる、言い訳させるということです。
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なるほど。
田辺:部下の問題を是正するためには、相手の言い分もしっかり聞いて、状況を整理して分かってもらうことが大事です。ミスのほとんどのケースは意図せずに起きてしまうものですし、当事者にとってやむを得ない判断をしているものもあるでしょう。そこは汲み取らないといけません。
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ただ、「ほめる」「言い訳を聞く」というフローを噛ませると、部下は反省しないのではないかと考えてしまいそうです。
田辺:いや、そうならないと思いますよ。本書にも書いていますが、ミスをしたことや起きていることの客観的事実についてはちゃんと指摘します。
普段の業務をちゃんと頑張っているならば、それはどんどんほめるべきです。仮にそれで部下が調子に乗って周囲に迷惑をかけたりすることがあれば、「君がいてくれてとても助かっているけれど、こんな問題が起きているよね。僕には君がちょっと調子に乗ってしまっているように見えるのだけど、どうだい?」と指摘すればいいんです。ちゃんと伝えれば自分で考えてくれるはずですよ。
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今おっしゃられたように、客観的事実を抜き出してそれを指摘することは大事です。「叱る」と人格攻撃を混同している人も少なくないですよね。
田辺:そうですよね。「ダメな上司の叱り方」の章にも書いていますが、屈服させて従わせることを「叱る」と勘違いしている人も多いんです。ただ、それでは効果がないんです。
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働き方改革は生産性を上げることが一つの目的です。この叱り方のマネジメントは、部下のモチベーションを上げてチームの生産性を高める手法ですよね。相手を委縮させるとその目的とは真逆にいってしまう。
田辺:おっしゃる通り、何のための叱るのかという目的を定めて叱っている人は少ないですね。
思わず部下に逆上してしまった… その晩回の方法はあるのか?
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本書を読んでいる上司の立場の人は、新入社員や若手社員とのコミュニケーションに悩んでいる人も少なくないと思います。若い人たちを叱る際に気をつけるべきことを教えて下さい。
田辺:多くの上司の方々は、叱る際に今の自分と部下を比較して「なんでこんなこともできないんだ!」と怒ってしまうことが多いんですね。
でも、自分が新入社員の頃を思い出してほしいんです。当時、どれだけ社会のルールや仕事の手順が分かっていましたか、と。今だからこそ痛感するのですが、私は自分がまだ入社して間もない頃は何も分かっていなくて、今なら怒鳴られるような対応を普通にしていました。
新入社員の方々は、「何でそんなことをするんだ」と言われても、なぜ叱られているのか分からないと思います。それは物事をとらえる基盤となる常識が違うからです。打ち合わせ後のお礼メールの送信一つとっても、手順があることを知らないと抜けるのは当然です。
だから、一つ一つ説明することが大切で、教えては確認して、相手の意見を聞くということをしないと、ルールや仕事を覚えてはくれませんよ。
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自分の常識は相手の常識ではないですからね。
田辺:その意味では、上司は謙虚な姿勢が必要です。部下のおかげで自分は仕事をできていると内心思っておかないといけないですよね。
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また、自分ができていないことを部下に「そこは直せ」とは言えないというケースがあります。この場合はどうすればいいですか?
田辺:本の中では、私と妻の事例で説明しています。私が妻に「これやってないよね」と言うと、「あなたもやってないでしょ」と言い返されるというね(笑)。
部下に指摘しないといけないときもありますが、「上司の方こそ出来ていませんよね」と言われる覚悟をすることがまず大事。もう一つは「一緒に頑張って改善しよう」というスタンスで指摘をすることですね。誰しも完璧ではないですから。
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叱る立場は完璧でないといけないと考えてしまいがちです。
田辺:そうなんですよね。でも現実はそうではありません。だから謙虚な姿勢で、自分も変わっていくという姿勢を見せるスタイルを取るべきでしょうね。
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また、怒りやすい性格だという人もいます。そういう人向けに怒りのコントロールのポイントを教えて下さい。
田辺:これはアンガーマネジメントで「怒りを感じたら6秒待て」という方法があります。激しい怒りは6秒で静まるということですね。ただ、思わず逆上して怒鳴ってしまったというときは、もう一度リターンマッチをしてください。
その日の夜や次の日に、もう一度部下と話をするんです。「昨日のことで、ちょっともう一度話そう」と言って、怒ったことを素直に謝る。そして、叱る前に本書の54ページと55ページにある「叱り対話準備シート」を使って、自分を客観視してください。
怒りの中には私的な感情が含まれていますから、何が客観的事実(出来事)で何が自分の解釈・評価で、何が感情なのかを把握することがまず大事です。ここで主観的事実は、自分の見方であり実は自分の価値観や信念、思い込みからやってきています。
また自分の期待、つまり「部下はこうしてくれるだろう」という自分が抱いた思いを、部下に裏切られて腹が立つ、これが感情です。
このスキームをしっかり俯瞰できれば、叱り対話の準備としてはばっちりです
こうした、一度怒ったものの冷静に俯瞰して見て、改めて「こうしてほしい」という要望を客観的事実とともに伝えることを私は「2段階叱り」と呼んでいます。
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なるほど。では、普段から怒らないようにする方法はありますか?
田辺:日々、今日感謝できる出来事を寝る前に10個書き出すという方法があります。これを続けると、人の良いところを見ようとするようになってきて、謙虚さが身についてきます。
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もう一つ、何度も指摘をして改善を促しても同じミスを繰り返してしまう部下に対してはどのくらい根気強く指導すべきなのでしょうか。
田辺:2、3回くらいまでですね。同じミスを繰り返さないためにはどうすればいいかというスタンスで考えていくのが良いと思います。客観的事実を指摘して、「次は改善します」と言ったけどやはり繰り返されている。その原因追及は必要でしょうけど、「何で直らないんだ!」という相手を責めるようなことはしないで下さい。
また、何度も繰り返しているということは相手も分かっていて、反省をしているはずなので、威圧的にならないように正面で向き合うのでなく、90度の方向で座ったり自分と相手の間に紙を置いて、そこに何かを書きながら叱るというような演出も必要です。
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相手への伝え方で気をつけるべきポイントはありますか?
田辺:基本的には、どうすれば出来るようになるかという方法を探しつつ、その中で原因も考えてみようかというスタンスが良いと思います。原因追及は相手を責めるニュアンスが入るので、相手が委縮する可能性があります。
そして、「何度も同じミスを改善しようとしないのは、私は社会人として信頼できないと思う」というように、私を主語にした「Iメッセージ」で評価を伝えつつ、「頑張ろう」と言ってあげましょう。
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では、『嫌われずに人を動かす すごい叱り方』をどのような人に読んでほしいとお考えですか?
田辺:まずは40歳の頃の自分ですね(笑)。当時課長になったばかりでしたが、本当に自分本位な関わり方をしていました。そこから広げて、35歳から45歳くらいの部下を持つ管理職の方々にぜひ読んでほしいです。
実際、そこまで仕事一本でマネジメントを考えずにきたと思うんですね。マネジメント育成でよく使われる「カッツモデル」でいうところの「業務遂行能力」と「概念化能力」ばかりを伸ばしてきた人が多いと思います。
でも、マネジメントにとって劣らず大事なのは、対人関係能力なんですよ。そこに気づいてほしいです。私はそれを50歳を過ぎて気づいたので、10年早く知っていれば…と思っています。
この本のテーマは「叱り方」ですが、他者の見方やコミュニケーションの取り方についても触れていますので、そうした部分も含めてぜひ参考にしてほしいですね。