なかなか英語が上達せずに悩んでいる人、そしてこれから英語を勉強しようと思っている人にぜひ読んでみてほしい本がある。
このほど出版された『英語学習2.0』(KADOKAWA刊)だ。
本書は、大学卒業後マッキンゼーでキャリアをスタートするも英語ができず悔しい想いをした株式会社GRIT代表取締役の岡田祥吾氏が、自身のコンサル時代に使った「問題解決アプローチ」と最先端の科学を英語学習に適用、画期的な「英語学習法」を解説している。
「人によって課題は異なります。自分の課題に適した解決法(学習法)を選ばなければ学習の生産性は上がらない」と繰り返し述べる岡田氏。そして「短時間ですぐに英語力が高まる魔法の学習法は存在しません」とも。
いわば新時代の「英語学習法」ともいえる英語コーチング「PROGRIT(プログリット)」。その全貌とは?
新刊JPは岡田氏にインタビューを行った。
(文・新刊JP編集部/撮影・森モーリー鷹博)
マッキンゼーでぶち当たった「英語の壁」を乗り越えて起業へ
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『英語学習2.0』を読ませていただいて、こうした英語学習の根幹を論じる本はあまりなかったように思っていたので新鮮でした。まずはこの本を執筆したきっかけについて教えていただけますか?
岡田:私自身も経験があるのですが、英語力を上げたいけれどなかなか上がらないと悩んでいる日本人って非常に多いんです。その課題を解決するために私はGRITという会社を創業して、「PROGRIT(プログリット)」というビジネス英会話・TOEICに特化した英語コーチングプログラムを運営しています。もっと多くの人にこの課題解決法を届けたい、今まで多くの日本人がやってきた「間違えた考え方」を正し、本当に英語力が伸びる「正しい学習法」を伝えたいと思い、本を書くことに決めました。
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岡田さんは大学卒業後マッキンゼーに入社し、自身の英語力の低さに悔しい思いをされたそうですね。その後、株式会社GRITを立ち上げられて、英語学習のコーチングプログラム始めるまではどのような流れだったのですか?
岡田:マッキンゼーでは、英語が全くできずに困ってばかりでした。ミーティングの議事録作成を頼まれるのですが、そのミーティングで何が話されているのか全く分からないんですよ。これはまずいということで英会話スクールに通い始めたんですけど、まったく事態は変わらなかったんです。
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英会話スクールだけでは英語力は上達しなかったんですね。
岡田:そうなんです。英会話スクールは使い方によっては役に立つけれど、それだけやっていても当然英語力は伸びないだろうと気づいたんです。ちゃんと自分なりに自習をしないと伸びるわけがないっていうことにも気づくことができました。
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そのとき、英会話スクールはすっぱりとやめられて?
岡田:いえ、英会話スクールには通い続けましたが、それとは別に自習の時間を増やして、参考書を買ったり、正しそうな学習方法を頑張って続けた結果、1年ほどで英語力がそこそこついてきたんです。
その後、マッキンゼーを退社して起業をする際に、自分自身の経験も踏まえて「どの自習方法が自分にとって効果的になのか分からない」ことに悩んでいる人は多いのではないかと思ったんですね。
そこで「PROGRIT(プログリット)」というサービスを始めようと。これはその人に最も適した学習方法を作るというものです。ただ、そのためには基準や裏打ちした理論が必要になります。そこで、本書の肝となっている「英会話の5ステップ」という理論を構築しました。
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書籍の54ページから説明されている「英語学習の羅針盤」ですね。
岡田:はい。その5ステップ理論をもとにプログリットでは、個人ごとの学習状況や課題を分析し、最も正しく、効率のいい、生産性の高い学習プログラムを作るお手伝いをしています。
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岡田さんは大学時代に1年間留学されていますよね。今、考えるに留学は英語力向上に役立ったと思いますか?
岡田:もちろん役に立ちました。もっと長期で留学していたかったです。
英語力を上げる方法は大きく分けると2つあって、一つは戦略的に上げていく方法。この本で書かれている方法ですね。もう一つはひたすら数をこなす、圧倒的に量をこなすという方法があります。こちらも英語力が上がるんです。留学は後者ですね。
留学していた1年間は日本語を一切シャットアウトして、とにかく大量に英語を浴び続けるようにしていました。逆に日本にいて家にいる間は英語のテレビ番組を聞き流している、みたいなやり方だとあまり上達は望めません。
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そうして身に付けた英語力をもってしてもマッキンゼーでは通用しなかった。
岡田:そうでしたね。日本人でも英語力の高い人ばかりですし、おそらくTOEIC900点以下の人はいなかったように思います。私自身TOEICのスコアはそこそこあったと思っていたのですが、全く通用しませんでした。非常に高いレベルの議論がなされるので、新卒の私にとっては日本語でも厳しい環境でしたが、それが英語で繰り広げられていました。
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2016年に株式会社GRITを創業されたんですね。本書には英語がまったくできなかった自分だからこそ、「英語教育分野で起業する意義があると思った」と書かれていますが、当時の想いを教えてください。
岡田:私は英語学習については門外漢でした。だからこそイノベーションを起こせるのではないかと思ったんです。英語教育業界のしがらみもありませんし、英会話スクールはこうあるべきという思い込みもありませんでしたし、最も正しいことを自由にやろうと思いました。
もう一つは今おっしゃった通り、英語ができなかったから、悩んでいる人の気持ちが分かるんです。お客様に対するサービスを作り込む上で、お客様の気持ちが理解できるということはすごく大切なことですし、強みでもあると思っていました。
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株式会社GRITが提供している「PROGRIT(プログリット)」とはどんなサービス、英語学習法なのですか?
岡田:非常にシンプルです。その人の状況をヒアリングした上で課題を分解、分析し、個人に適した最も生産性の高い学習プログラムを作る。さらに、勉強する時間も多く取る必要があります。そのための仕組み作りを行い、コンサルタントと二人三脚で英語学習のパフォーマンスを最大化していきます。
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ウェブページを拝見して面白いと思ったのが、プログリットではオリジナルのテキストを作っていないことです。他社のサービスをどんどん紹介するという。
岡田:そうですね。市販のものでいいテキストなら積極的に使いますし、「この英会話サービスを使ってください」と勧めることもあります。プログリットは英語教室ではなく、コンサルティングサービスです。
私達のポリシーは「世の中にある良いものは使う。良いものが本当になかったら自分たちでつくる」という2段構えです。実は弊社オリジナルで作成したテキストもあるのですが、それは良い市販のテキストが見つからなかったからですね。
英会話力を向上させるためのキーワード「英会話の5ステップ」とは?
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この本の肝となる「英会話の5ステップ」という理論について教えてください。
岡田:これは英語で会話をする際に脳で何が起きているかをロジカルに、5段階に分解したものです。分解すると下記の図のようになります。
例えば、「英会話力を上げるにはどうすればいいですか」という問いは、非常に漠然と過ぎていて答えることが難しいんです。だから、そのプロセスを一つ一つ分解していくのですが、英会話の場合は基本5つのステップに分かれます。
リスニングは音声知覚(相手の音を知覚する)と意味理解(言葉の意味を理解する)の2ステップ。そして、スピーキングは概念化(何を言おうかまとめる)、文章化(それを英語の文章にする)、そして音声化(口から発音する)の3ステップです。この5つのステップを通して行っているのが英会話なんですね。
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なるほど。一つ一つを分解すれば課題がどこにあるのかもわかりやすくなりますね。
岡田:そうです。例えばこの5ステップの中で意味理解に課題があり、英会話が上達しないのであれば、ソリューションは決まってきます。それを全力で勉強すればいいんです。
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これは5ステップの中でも「最も苦手な部分」を克服していくという方法なのですか?
岡田:いいえ、必ずしも苦手というわけではなく、英語力が上がるために最も必要な部分を強化していくといったほうが正しいですね。例えば発音が悪くても、相手に伝わらないほど発音が悪い人はほとんどいませんし、「確かに発音は苦手だけどそのままでいいよ」という人は多いんですよ。それよりも「文章化」の能力を鍛えたほうが総合的に英語力は上がるよね、というパターンはよくあります。
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実際ご相談に来られる方を見ていて、課題が多いのはどのステップでしょうか。
岡田:リスニングですね。多くの方はスピーキングに課題を持っていると思っていらっしゃるんですけど、分析していくと「そもそも聞こえていないから話せない」ということが多いです。
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「音声知覚」と「意味理解」ではどちらのステップで躓く人が多いですか?
岡田:この2つについては人それぞれです。どちらかに問題があるという人が多いですね。
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「語学を勉強したいけれど、何からやればいいのかな」という話を友人などとした時に、なんとなく「文法じゃない?」「単語を覚えるのが大事だよ」みたいな返答をしてしまうのですが、この学習法はNGでしょうか?
岡田:ベースの考え方としては、3つのレイヤーにあります。1つは「知識レイヤー」。単語や文法、例文などの基礎知識です。その次が「スキルレイヤー」でリスニングやリーディング、ライティングなどが含まれます。そして最後に「アプリケーションレイヤー」。メールを上手く書く、プレゼンテーションをするといったものです。
これを図にすると下記のようになります。
中心にまず知識レイヤーがあり、その周囲を取り囲む形で「スキルレイヤー」が、そして外周には「アプリケーションレイヤー」があるという考え方です。
これは基本的には真ん中から勉強したほうがいいですね。多くの人はアウトサイドインでいきなりプレゼンの方法から勉強し始めますが、応用がききません。お化粧しただけという感じです。この場合はインサイドアウトの方が長期的には有効です。
本当に英語力が伸びる学習方法の方程式とは?
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岡田さんのご経験でもあったように、週1回の英会話レッスンだけではなかなか英語力は上達しません。それは一体なぜなのでしょうか。
岡田:英語学習が上達するかどうかはシンプルに2つの軸で考えるべきで、それが「学習生産性」と「投下時間」なんです。それが大きいか小さいか。
週1回の英会話レッスンがなぜNGなのかというと、それは学習生産性も小さく、投下時間も少ないからです。これでは英語力が伸びるはずがありません。
巷でよくある「1日●分テキストを解くだけで英語力がすごく伸びる」というのも疑問が残ります。●には15分や30分などが入りますが、仮に本当に生産性が高い方法であったとしても、それでは投下時間が少なすぎる。また、「単語を1日3時間覚えています」という生産性は低いけれど投下時間は大きいという根性型勉強法。これは非常に勿体ない。努力の割に英語力が伸びないというパターンです。
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週に1回のレッスンは時間が少なすぎるというのは理解できるのですが、なぜ生産性も低いと言えるのですか?
岡田:英会話レッスンがそもそも何のための学習法なのかというと、野球に置き換えるところの練習試合なんです。「英会話の5ステップ」で考えたときに、英会話レッスンって、どこにも当てはまらない。つまり、鍛えるものではないんです。5ステップ全部を「試す」場なんですね。まさに、練習試合です。
野球の場合、守備が下手ならノックを受けますし、打撃ができていないなら素振りをします。イシューを解決するために行うのが練習ですよね。そして、成果を実戦の場で出してみましょうということで練習試合がある。
英語も同じです。本質的で効率のいい英語学習をするには、個別のイシューを解決するトレーニングをする必要があるんです。ただ、もちろんトレーニングばかりではいけなくて、練習試合は絶対に必要です。だから英会話レッスンを受ける。
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英会話レッスンはそれまでやってきたことを出す実戦の場というわけですね。
岡田:そうです。英会話レッスンを受けることは悪ではないのですが、それだけをやっているとずっと練習試合をしていることになり、効率が悪いんです。練習にあたるトレーニングをしっかり積んだ上で適度に英会話レッスンをすると生産性は格段に上がります。
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また、投下時間の多さも大事というところで、本書を読むと改めて「楽して英語力を高める方法なし」ということを実感しました。「1日●分で英語力が上がる」CDブックみたいなものですとか、「中学英語で英会話はOK」を謳う本も書店でよく見かけます。ついに楽な学習法に流されていってしまっていたなと。
岡田:そもそも英語学習は枝葉の議論ばかりで、「このメソッドをやればOK」「映画を観るのが効果的」というような本質的ではない話になりがちですよね。人によって抱えている課題も、習熟度も違うのに、「これさえやればOK」というのはありえないんです。この本を通して、枝葉の議論ではなくて本質的な議論を提示したかったというのはありますね。
また、楽に英語を身に付けるって耳障りはいいですけど、政治のマニフェストのようなもので、耳障りがいいことって実際にほとんど現実化しないんですよね。生産性の高い学習と、ちゃんと投下時間を多くすることでしか、英語力は伸びません。
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本書の岡田さんの言葉は読者にとっては厳しく聞こえるかもしれませんね。
岡田:私はできないことをできるとは言いませんし、この本も「こうやったら絶対伸びますよ」みたいなことは言わないというポリシーで書いたので、そうかもしれません。
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ただ、それでも「毎日3時間を3ヶ月続けることがベスト」は「えっ」と思ってしまう読者もいるのではないかと思います。
岡田:これは経験則ですが、まずは1日2、3時間は勉強するのが大事です。そして、それを1ヶ月続けると何が起こるか。これが何も起きないんです。1ヶ月ではほとんど何も変わりません。ただ、1年続けると全然違います。
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なるほど。ただ、1年続けようと思ってスタートするって、最初から厳しくないですか?
岡田:そうです、きついんです。だから続かない。でも3ヶ月ならどうでしょう。1日3時間を3ヶ月続けるとかなり英語力が伸びますし、成長を実感できるんですよね。
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確かに成長実感を持てると次のステップに行きたいと思います。
岡田:どんどんローリングしていく感じになりますよね。
毎日3時間の勉強時間を捻出するスケジュール法
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ただ、毎日3時間となると、その時間を捻出することができない人も多いのではないかと思います。本書では「ゼロベースでスケジュールを考えよう」とアドバイスされていますが。
岡田:そうですね。だから私が提案するのは、まず寝る時間を決めること。何時間寝ると自分のパフォーマンスが最大化するのかを考えて、就寝時間を決めます。3時間勉強をするために、6時に起きて勉強したい。自分は8時間睡眠がちょうどいいからそうなると寝る時間は午後10時に決まりますよね。そこから日中のスケジュールを最適化していくという流れです。
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なるほど。勉強時間3時間と自分の睡眠時間をまず確保してから考える。
岡田:そうです。22時に寝るためにはどう仕事をして、どの飲み会を断って…と、どうすれば勉強生活がサステイナブルにまわるのかを考えます。そうしないとまず睡眠時間が削られてしまうんですよ。
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睡眠時間が削られると勉強しても頭に入ってこなくなります。
岡田:それもあるし、続かないですよね。体がもたない。
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3時間は分けていいんですか?
岡田:これは分けた方がいいですね。それぞれ30分から1時間ほどがちょうどいいと思います。まあ3時間ぶっ通しで集中力が続くという人もいるのでしょうけど、ほとんどの人はだいたいそのくらいで集中力が切れますから。
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本書はある意味で、英語教育業界に殴り込みをかけるような一冊でもあります。
岡田:そうかもしれません。単語は1000語だけ使えればいいとか、難しい単語も覚えた方がいいとか、英語学習にはいろいろな説がありますが、私から見ればそのどの説もすべて正しいし、正しくないんです。その人の課題に合っていれば正しい。だから個別の学習法がどうであるという議論は意味がないんです。
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「これだけ覚えれば」みたいな本もたくさんある中で。
岡田:ありますよね。これって「これで株式投資は成功する」 みたいな言説と近いと思っています。確かにそれで成功をする人もいるかもしれないけれど、 そうじゃない人もいる。 それは人それぞれで、万人に通じる答えというのはないのだと思います。
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本書にどのような方に読んでほしいですか?
岡田:英語学習に少しでも興味のある人は読んでほしいですね。英語学習で少しでも悩んでいる人にとっては、大きく考え方が変わる本だと思っていますし、今勉強していて順調な人や、英語に興味があってこれから英会話とかやろうかなと思っている人にも読んでいただきたいです。
また、本書は30万部を目指しています。この本を通じて、英語学習の幻想を取り除き、世界で活躍する日本人を少しでも増やしたいと思っています。
本書は英語だけでなく他分野の学習に応用できる考え方だと自負しています。今やっている英語以外の学習がなかなか上達しないという人もぜひ参考にしてほしいです。