INTERVIEW インタビュー
現代のビジネスにおいて、必要不可欠なものとなった「マーケティングリサーチ」と「データ分析」。
価値観の多様化や変化のスピードの高速化に企業側が振り回されないよう、市場を客観的に捉え、課題の解決策を見出し、適切に手を打っていくことがビジネスの成功につながることは、誰もが理解できるところだろう。
しかし、これに失敗してしまう企業も多い。リサーチで膨大なコストをかけてしまった、データを取ったのにビジネスに全く使えなかった等である。
そうした企業の課題に解をもたらすのが、株式会社マクロミル上席執行役員・中野崇氏の著書『マーケティングリサーチとデータ分析の基本』(すばる舎刊)だ。本書はインターネットリサーチやインタビューといったリサーチの方法だけでなく、失敗しないデータ分析をするための考え方を教えてくれる一冊。
マクロミルはまさにリサーチとデータ分析を提供する企業だが、なぜ中野氏はそのノウハウを本にまとめようとしたのか? そして、ビジネスで成功を収めるためのリサーチとデータ分析の方法とは? 中野氏にお話をうかがった。
(新刊JP編集部/写真=森モーリー鷹博)
リサーチとデータ分析が失敗するのはなぜ?
――本書を執筆した経緯からお聞かせ下さい。
中野
5年ほど前、私が韓国子会社から日本に帰任しまして、事業戦略本部長としてマクロミルの中期戦略を考えることになったんですね。
その際に、日本でマーケティングの仕事をされている方々が何を課題と思っているのか、正確に把握したいと思いまして、大手の企業のマーケティング担当者、部長クラスの方々にお話をうかがいました。その結果、聞かれた声は、「ビッグデータの時代と言われるし、扱えるデータも増えたけれど、上手く活用できている手ごたえがない」というものだったんです。
つまり、リサーチやデータ分析の重要性は認識しているけれど、それを学ぶ機会がない。どのように分析すればいいのか分からないまま、データだけが蓄積されていくということで、「リサーチやデータ分析の基本を学ぶ機会を設けてほしい」というニーズがあったんです。
そのニーズを満たす本が必要だろうと思っていたところに、本書の出版元であるすばる舎さんから、そのテーマで本を書きませんか? とお話をいただいたという形です。
――マクロミルはリサーチとデータの分析を行う調査会社です。その意味では、ノウハウの一部をこの本で明かすということにもなります。
中野そういうことになりますね(笑)。確かにマーケティング担当者や商品開発担当者が、リサーチとデータ分析を調査会社にアウトソースすることは大きなメリットがありました。それは考える材料となるリサーチやデータ分析といった業務を外に出すことで、“考えてアイデアを生み出す”という本業に集中できるということです。またインターネットリサーチの普及によって低コストでリサーチができるようになった事も、調査やデータ分析のアウトソーシングを加速させました。
ただこれは過去の話です。近年では企業が独自に大量のデータを保有していますから、調査会社にアウトソースする前に、まずは自分たちでデータを分析してビジネスプランを考えようというシーンが増えてきているんです。
ただ、リサーチやデータ分析を完全にアウトソースしていたり、これまでやっていなかった方は、リサーチやデータ分析で最も重要な部分が抜け落ちがちです。それは、何を知りたくて、知ったあとに何をアクションしたくてデータ分析をするのか、という目的設定です。
目的が無かったり曖昧な調査は、結果を眺めてもアクションに繋がらず、調査に費やした時間が無駄になってしまいます。こうした事が頻発するのは、リサーチそのものの価値を逓減させてしまうという危機感を持ったので、リサーチの基本中の基本を世の中に発信するのは必要だろうと考えました。
――時間を費やしたのに無意味に終わってしまう。ここ数年、データサイエンティストの重要性が高まっていますし、データ・ドリブンという言葉も広まっていますが、データ分析を組織の中で行えるメリットはどこにあるのでしょうか。
中野
マーケティング担当者や意思決定者がそのときに自分のほしいデータや分析結果を得られますから、必然的に意思決定が速くなりますよね。ビジネスのPDCAが高速化する。とにかく現代は変化が速いですし、生活者の価値観の変化も速いですから、そのスピードについていけるようになるという点は大きいと思います。また経験や勘ではなく、数字やファクトベースで議論することで客観的な視点を持てるようになるので、意思決定の精度が高まるという利点もあります。
――先ほど中野さんがおっしゃられていましたが、本書でも「目的設定が最重要」とあります。これが抜け落ちていることが多い、と。
中野
順序立てて説明しましょう。例えば、「費用高騰の原因を調べてほしい」「商品AとBの売上不調要因を調べてほしい」といういくつかの課題があったとします。その課題解決のためにデータ分析が必要になりますが、課題に取りかかる優先順位はビジネスインパクトの大きいものから。これが鉄則です。
続いてすべきことが「目的設定」になります。「課題を解決するためにリサーチをしましょう」となったときに、「じゃあデータを集めてきます!」とすぐ動いてしまうことが多いのですが、これはNGです。
どのような意思決定をいつしたくてこのデータ分析がしたいのか、データ分析した結果どんな事を明らかにしたいのか、そして明らかにした結果をもとにどんなアクションを想定しているのか、こういった部分をリサーチ開始の前に詰めないといけないということです。
――目的を設定しなければ、なんとなく関連するデータを出して「どうでしょう」「ふーんそうなんだ」でやりとりが終わってしまいがちになる。
中野
まさにそうです。私は意思決定をする立場にいますが、目的設定が上手くいっていないと、意思決定者がより速く解決すべき課題だと思っているものに対して、ずれたデータ分析やファクトの説明があがってきてしまう。
――それはどのようなズレでしょうか。
中野
身近な例で言えば、従業員満足度の調査を行ったとします。従業員からはさまざまな意見が出ますが、だいたい賃金や労働時間に不満が集中するんですね。でも、それはリサーチせずとも分かっていることでもありますから、そこにフォーカスして報告されても発見が無い新しいアクションや意思決定に繋がりません。
たとえば意思決定者が、より収益を上げるためにエース人材たちがベストな環境で働けることを大事だと考えているとします。すると、そういう人材の悩みや不満が深く分析されていて欲しいわけです。
リサーチやデータ分析は必ず何らかのビジネス解決を目的としており、その解決には必ず意志決定者がいます。その意思決定者の「知りたいこと・解決したいこと」を目的に設定できないと、「賃金や労働時間に不満があります」という浅い報告になってしまうのです。
データ分析をビジネスの成功につなげるための考え方とは
――意思決定者とデータ分析者の出すデータにズレが生まれる。つまり、意思決定に結び付かないアウトプットが起こらないようにするにはどうすればいいのでしょうか。
中野
どういうアウトプットを出したいかということを、意思決定者と実務担当者が話すことです。お互い確認をしてからリサーチに取りかかる。ただ、多くの企業のお話をうかがっていると、そういう場を設けられていないことが多い印象です。
大手企業の場合、意思決定をするのは経営陣や部長などの上級管理職ですが、リサーチ実務を担当するのは非管理職です。だから現場と距離がある。そして課題や優先度の認識にズレが生まれる。中間管理職がしっかりつなげられればいいのですが、階層が多ければ多いほど意思決定者の意図は正しく伝わらないものです。
また当初目的があったリサーチも、いつしか目的が理解されないまま、そのまま運用だけが残っているということもあります。事業環境が変われば、意思決定者が知りたいこと、意思決定したいことは日々変わるものですが、調査内容は毎回同じ。ずっと無意味なアウトプットが続けられているということになります。
こうしたことを防ぐためには、調査目的の確認に時間を割くことが大事です。どんな意思決定をしたいのか、このリサーチで何が分かりたいのか。リサーチ担当者が意思決定者を大胆に巻き込んで目的の確認をすることが大切ですね。
――リサーチの失敗を招く目的の設定・確認が疎かになりがちな場合、トップダウンで「このデータがほしい」と指示したほうが良いのではないですか?
中野
確かにデータの価値を理解されていいる企業は、リサーチやデータ分析を専門的に行う部署が役員直轄であることも多いです。一方で、本当に若手の仕事になっている企業もあって、リサーチ手法がきちんと身に付いていないままデータだけが出てきて、その数字が独り歩きミスリードしてしまうこともあります。だから、意思決定者や上級管理職が管理することは必要かもしれません。
また新入社員に対して、リサーチからアウトプットまでを行う研修を必須化することも大事だと思います。配属先が決まって、まずは自分の配属先の部署の課題を解決するというワークを通して、リサーチとデータ分析を学ぶ。
実際にデータを触ってみないとわからないことも多いですし、何より調査企画という「何を目的にしてリサーチを行うのか」という企画書を作る経験は大切だと思います。
本来、こうしたトレーニングの機会は調査会社が意志をもって提供しなければならないサービスなのかもしれません。
――データ分析というと統計学の知識が必要だと考えてしまうのですが、その点についてはいかがですか?
中野
もちろん、あった方が望ましいのは間違いありません。分析手法の選択やデータ解釈の際に、統計学の基礎知識が役に立つシーンは多々あります。現代のマーケティングを深めていくためには必須の知識だと思います。
ただ非常に専門性の高い領域でもあるので、ビジネスパーソンの教養として全ての人が統計の詳細知識を習得する必要はありません。統計学の観点からの分析が必要かどうかという判断、そして必要になった場合に専門家と会話できるレベルの知識があれば充分です。本書に記載している内容で基本としては充分だと思います。
データ分析においてそれよりも必要なのは「好奇心」ですね。データというのは結局私たちのなんらかの行動や気持ちを表すエビデンスですから、そのエビデンスの裏側にある生活者を気持ちや行動の本質は何か? どのような行動パターンが見出だせそうか? という好奇心もってデータを眺められるか、は非常に重要だと思います。
――本書では仮説思考の重要性を強く訴えており、「仮説なき調査は失敗すると言っても過言ではない」とも書かれています。良質な仮説を考えるためのコツはありますか?
中野
まず仮説について説明します。仮説は、調査課題、つまり知りたいことに対する仮の答えのことです。詳しくは本書、そして今執筆している本にまとめているのですが、「こういうことなのではなかろうか」「これが要因になって売り上げが下がっているのではないか」といったことはじめ、かなり具体的な部分まで仮の答えを考え、リサーチに反映することが、アクションにつながる良質な仮説構築をするためのコツといえます。
ただ仮説構築が苦手だという人も少なくないでしょう。その多くは知識不足に起因するんですね。例えば、最近のマーケティング業界の課題はなんでしょうという話になったときに、マーケティング業界の現状だけではなく、それを取り巻く世の中や経済の状況を知らないと仮説は立てられない。また、マーケティング業界の過去にどのようなことが起きて、どんな課題があったのか、という変遷を理解することなども仮説構築のために必要です。
――リサーチ対象の前提知識が必要になるわけですね。
中野
そうです。業界、顧客、世の中の理解です。それを構造的、体系的に整理するためにはスキルが必要ですが、シンプルに言えば、本書の中でも書かせていただきましたが同じテーマの本を3冊読めば、何らかの仮説構築ができるようになると思います。1冊だと偏った視点になってしまうので、3冊ですね。
――最後に、リサーチとデータ分析のスキルを身に付けるべき人はどんな人だとお考えですか?
中野
マーケティング担当者は当然ですが、営業の方にはぜひ身に付けてほしいです。顧客と向き合う機会が多く、プレゼンや提案をすることも多いと思うんですね。そうしたときにデータの力は非常に役立ちます。説得力が高いパワフルなプレゼンができる。
顧客に何か提案をしたいときに、自分の伝えたいストーリーに沿ったエビデンスがあれば、説得力も増します。ただ、自分のストーリーに合わせたいがあまり、恣意的なデータになってしまうリスクもありますから、そこは客観性を担保しながら進めていくことが重要だと思います。
あとは研究開発部門の方です。日本のモノづくりは技術力が高いですし、品質も高い。ですが、顧客のニーズが反映されていない商品が多くあります。実はシンプルなものが望まれているのに、多機能にし過ぎてしまうとか。そういったニーズをキャッチするために、リサーチとデータ分析は必須ですから、ぜひこの本を手にとってもらって一読していただきたいですね。
(了)