人間くさい、魅力的な主人公はいかにして生まれたのか?
―― まずは作家生活40年、おめでとうございます。
大沢: まあ、おめでたいかどうかは俺には分からないけど(笑)、よく生き残ってこれたね、という意味ではめでたいのかもね。
―― 以前のエッセイにも書かれていましたが、持続することはプロとして大切なことだと思います。
大沢: そうだね。作家は持続したいと思っても、(原稿の)依頼が来なければできない仕事だからね。
―― そんな40年の節目に出版された『漂砂の塔』についてお話をうかがいます。書店ランキングで本書が上位に並んでいるのを見ましたが、650ページの本が売れるということは出版業界としても希望だと思います。
大沢: まあ、ランキングで上位に入るのは嬉しいけど、どこまで続くのだろうという不安もないわけじゃないんだよ(笑)。でも、今年出す本の中でも『漂砂の塔』は自分の中でも手ごたえがあるから、そういう点で、売れているという声を聞くとありがたいですね。
―― 『漂砂の塔』は北方領土にある離島という隔絶された環境下で、捜査権も武器も持てない日本人の警官が様々な人間との交流を通して事件の真相に迫るという作品です。その着想から教えてください。
大沢:
もともとは20年近く前に週刊誌のグラビアを読んでいたら、ロシアのシベリアの油田で外国人労働者が働いているっていう記事を見つけて、面白いなと思ったのがきっかけだね。
世界中からお金儲けにために労働者が油田に集まっているって何かのネタになるなと頭の片隅に入れていたんだけど、『小説すばる』で連載を持つことになったときに、そのイメージを取り出してきて、どこかの離島で何かを採掘していて、そこには各国の採掘者いる、と。そこで事件が起きて主人公が解決するという話にできないかと揉み始めていったという流れかな。まあでも今は油田という時代ではないから、北方領土でレアアースというね。
―― ちょうど今、ロシア、中国、日本が大きくクローズアップされていますよね。この物語も日本人、ロシア人、中国人がそれぞれの事情を持って登場します。
大沢: 結果としてはそうなっているけれど(笑)、もちろん当時はそこまでは考えていなかったよね。でも主人公の手を縛る条件としては、まず日本ではない。石上は警察官だけど警察官としての仕事が難しいという設定にしたくて、政治的な部分も関わってくる北方領土に舞台を置いて、一癖も二癖もある人間が集まっているということにしたんです。
―― 亡くなられた『小説すばる』元編集長の高橋秀明さんへの謝辞が最後にありましたが、高橋さんがこの作品の成り立ちに深く関わっていらっしゃるんですね。
大沢:
そう、確か彼がちょうど編集長になりたての頃だったと思うんだけど、『小説すばる』で連載してくれってガンガン言ってきて。走り出したら止まらないタイプの編集者だから「分かった、やるよ」って言ったら、連載始まる前に亡くなっちゃってね。もう4、5年前のことなんだけど。
でも、彼のがぶり寄りがなければこの小説はなかったし、この単行本にサインを入れて彼の仏壇に供えてもらいたいと思っています。
―― 『漂砂の塔』の主人公である日本人警官の石上は親しみが持てる人物といいますか、ものすごく人間くさいキャラクターです。仕事の愚痴をよく言うし、恐怖にも怯える。
大沢: そこが石上の魅力なんだろうね。愚痴を言ったりもするし、騙されたりもするけれど、決して諦めない。あとはなぜか周囲から超高評価を受けるというのも面白いよね。「お前はサムライだ」と言われて、「そんなわけないだろう」ってさ。でも、「かっこよさ」は計算して演出しているし、石上の熱さは狙って作ったところがあります。
―― 連載がスタートする時点で、石上に対してはどんなキャラクターになることを期待していましたか?
大沢: 最初はロシア語と中国が話せるくらいしか考えていなくて、上司の稲葉とのやりとりの中で「あ、石上はこういうやつなんだ」という感覚が自分の中に生まれた感じだったね。あの時点でマフィアのボスであるボリスがその後どのように物語に関わるか決めていたから、石上のヘタレっぷりもちょうど活かせるなと(笑)。
―― 石上が恐怖に怯えるシーンは印象的でした。
大沢: いろんなことを妄想して、アイツとアイツは仲良しで実は自分を消す相談をしているんじゃないかと考えて狼狽したりね。ネガティブなことばかり考えるからね。
―― 日本人らしい日本人といいますか。
大沢: 石上が日本人らしい日本人であることが、ロシア人や中国人ばかりの島で捜査を続けるための必要な部分だったのかもしれないというのはあるね。
本音で格好つける人物を書き続けてきた40年
―― この物語は「オロボ島」という非常に狭い空間の中で繰り広げられますよね。でも全くその狭さを感じませんでした。
大沢: そう感じてもらえたらこの物語は成功かな。例えば同じように島を舞台にした小説でいうと、『海と月の迷路』では昭和30年代の軍艦島を舞台にしていて、閉鎖されているような息詰まる感じとか、スポイルされている孤独感を感じさせる書き方をしているんだけど、この『漂砂の塔』はまた少し違った書き方をしているから。
―― ほんのりと生活感がありますよね。「フジ・リスタラーン」というレストランは行ってみたいと思いました。
大沢: 俺はこんなところに行くのは嫌だよ(笑)。食い物もまずいし。でも、フジ・リスタラーンのシーンは書いていて楽しかった。石上に何食わそうかって考えながらね。
場所や食べ物は物語世界にリアリティをもたらすものだから、ちゃんと考えないといけないものでさ。ステージが固まらないと物語がスムーズに動いてくれないんだよ。だから、読者にまず「こういう場所だよ」「こういう土地柄なんだよ」ということを植え付けてからキャラクターを動かすことで、物語が一気に浮かび上がってくるんだよね。
―― まずは読者に大まかな景色を植え付けると。
大沢: そうだね。それも変に説明せず、自然に覚えてしまうように。この小説は石上の一人称だから、主人公の目を通して順番に区画を見て行き印象付けていくという書き方をしないといけない。しかもいっぺんに説明せず、ゆっくり説明していくことで染み込ませていく感じだね。
―― おそらくこういう作品って普通、地図が載っていると思うんです。
大沢: そう、実は地図を載せるかどうかという議論はあったんだよ(笑)。担当編集者は載せたいと言っていたんだけど、あまり細かく描き過ぎるとネタバレになるし、読者の声を聞くと「文章だけでも全部入ってきて、地図が思い浮かぶ」というのが多かった。まあ、自分に都合よく作ったからね(笑)
―― 誰が味方か分からないというか、石上と他の人物の関係がかなり二転三転しますよね。その関係の回収は物語が始まったところである程度考えているのですか?
大沢: それは考えてないよ(笑)。物語の必然性でそうなっていくのであって。ただ、キャラクターはきっちり作るから、この人物はこのときにこういう行動をするだろうという取捨選択は自然にできていると思うし、最後に落ち着くべきところに落ち着けば、自分としては手応えのある作品が書けたとなるよね。
―― マドンナ的な存在としては、タチアナという美貌のロシア人女性医師が出てきます。このタチアナに石上はほだされるわけですが…。
大沢: とんでもない美女で、狡賢く、悪女。それでいて変なこだわりも持っている。面白いキャラクターだけど、まあタチアナがいたら俺も騙されると思うよ。むしろ喜んで騙されにいっちゃうかもしれない(笑)。そういう意味ではパキージンっていうエクスペールト(施設長)くらいじゃないかな、いつでも冷静でいるのは。
―― パキージンの「寝た女にすべての男がやさしくすると思っているならまちがいだ」というセリフは痺れました。
大沢: 『小説すばる』で連載していたときに、担当編集の若い男の子が「僕もいつかこんなセリフを言ってみたいです」って言ってたんだけど、それ言った瞬間に女の子から張り倒されるよって(笑)
―― この言葉は大沢さんの実体験ではないですよね?
大沢: 全くないし、言ってみたいとも思わない(笑)。そんなこと言ったら「なんで抱いたのよ」って女性は思うだろうし、女性には優しくしようぜっていうのが俺の本質だからね。言い訳しているように聞こえるかもしれないけど。
―― この40年、大沢さんは男性の本音と建前をずっと書き続けていらっしゃった。
大沢: 俺は本音しか書かないし、本音で格好つけているの。ハードボイルドっていうのはそういうものだから。本音で格好つけて、恥をかいたり痛い目に遭ったりして格好悪い姿を晒すことは人生の中にもあるでしょう。でもそれでもう本音を言いませんっていうのはもっと格好悪いと思うけどね。
小説の主人公が格好つけでスケベというのもずっと変わっていない。それは俺が変わっていないということなんだろうけど、20代の頃に佐久間公という人物を書き始めた頃と同じような感覚で今でも書けるって、「アホやなあ」と思うこともあるけど、作家として幸せなことだとも思うんだよね。
編集者たちに支えられた40年と、「編集者の塾」と化した別荘
―― 色々な編集者に支えられた40年だったのではないですか?
大沢: そうだね、編集者がいたから自分はここまで来られたと思っているし、40年も作家をしていれば、担当編集だけで100人くらいはいるわけだからね。もう定年になった人もいるし、合わなかった人もいる。格好良く去った人もいれば、ずるずる去らない腐れ縁的な人もいる(笑)。
でも、長年やってきて、良い編集者に恵まれない作家は花開かないってことは確かだね。一方で言えば、良い作家だと思う人には良い編集者がついているもので、俺も担当を見て満更じゃないなと思うことはある。
―― 今までに特に印象に残っている編集者をあげるとすると?
大沢: これはものすごくたくさんいるから難しいな(笑)。ただ、言えることは編集者として優秀なやつは、だいたい会社員としてはダメなことが多いね。社会性には欠けているけれど、「小説を読ませたらこいつはすごい」っていうのは何人かいたよ。
今、新宿鮫シリーズの最新作『暗約領域 新宿鮫XI』を『小説宝石』で連載しているんだけど、それは『新宿鮫』シリーズの初代担当だった編集者の定年が近いということで、彼に渡したものなんだよね。
編集者は勤め人だから、定年でお別れというのは避けられないけれど、やっぱり長く担当してきた人がいなくなるのは寂しい。でも、そうでないと新しい編集者も育ってこないからね。
―― 長く続けていると、途中で自分につく編集者が自分よりも年下になりますよね。
大沢: そうなんだよ。実は今いった『新宿鮫』シリーズの初代担当が、自分についた初めての年下の編集者でさ、それからどんどん増えていった、当たり前だけど今はもう年下しかいないし、我が子よりも若い年齢の担当者がつくこともあるから、それはしびれるよね(笑)。
―― 若い編集者を育てようという意識はあるんですか?
大沢: そんな偉そうな意識はないけれど、俺の場合は別荘があって、みんなそこに泊まりにくるんだよ。それで先輩編集者が後輩をそこに送りこむの。編集者の塾と勘違いしているんじゃないかと言いたくなるときもあるんだけど(笑)。でも俺は何もしてなくて、要はその場所で他社の先輩編集者たちにいろいろ教えてもらうんだよね。
夜な夜な飲みながら、「こういうときってどうすればいいですか?」「こうすればいいんだよ」みたいな会話があって、そういうやりとりを聞いていると「ここがあることは無駄じゃないんだな」と思うね。
―― 面白いですよね。自社の先輩ではなく、他社の先輩が教えてくれるという。
大沢: 不思議だよね。例えばトヨタと日産の人間同士が仲良く飲んで技術を教え合うなんて考えられないじゃない。でも出版業界って、各社関係なく知り合いで、自分の知識や技術を教えている。もちろんライバルや嫌いな人もいるんだろうけど、小さな業界だし斜陽と言われている中で、助け合わないといけないという気持ちになるのかもしれない。
大沢在昌が「コイツはすごい」と思った新人作家とは?
―― ここからは「作家」についてお話を伺いたいと思います。SNS等で情報発信をする作家もかなり増えて、作家が自分の姿をどんどん晒していく時代になっているように思うのですが、その点はいかがですか?
大沢: そうかな? 俺は以前より作家が隠れたがっているように思う。本名や職業を隠すという作家も増えているし、覆面作家も話題になったりするじゃない。でも、俺は作家も商売なんだから、ある程度自分を売り物だと考えて腹を据えようよって思うんだよね。
もちろんプライバシーを切り売りする必要はないけれど、ある程度顔を出して自分のことを語ったりすることは必要じゃないかな。そこにファンがお金を払ってくれている部分もあるんじゃないの?って。
―― 大沢さんは「大沢オフィス」(現在はラクーンエージェンシー)というエージェントを立ち上げられて、ホームページでの情報発信も率先してやってきました。ウェブでの情報配信は2001年からですから、かなり早い段階だったと思います。
大沢: 遅いか早いかは分からないけれど、当時、出版業界に陰りが見えてきた頃で、優秀な編集者に仕事が集中していろんな作家の面倒を見ないといけなくなっていたんだよね。かつては作家の愛人にお手当を届けるのが編集者の仕事、なんていう時代もあったくらいなんだけど、そういったことも全くできる余裕がなくなっちゃったの。
だから、それまで情報発信も編集者の仕事だったんだけど、とてもじゃないけどできない。でも、それを俺がやるのも大変だから、エージェントを自分たちで作ってやっていこうと考えたんだね。でも、今の問題は、昔はエージェントのスタッフにしっかり給料を払えて、面白い企画ができるほどの売上があったものが、どんどん本が売れなくなってエージェントを維持することが大変になっていることだね。
―― まさにそうですよね。エージェントもちゃんと経営を考えないと維持できない。
大沢: ただ作家にとってみれば、小説以外のことに目を向けて小説がおろそかになるのはまずいことだからね。俺は、小説を書く以外の雑用をやってもらっているし、それは、俺だけじゃなく(ラクーンエージェンシーに所属している)京極夏彦君や宮部みゆきさんにも効果があるわけだから、無駄ではないよね。
―― 『陽のあたるオヤジ』というエッセイを読んでいてプロの小説家を目指そうとした経緯を知ったのですが、学生時代に同じ専門学校の文学青年から「君に文学を語る資格はない!」と指摘されたエピソードは印象的でした。
大沢: 「俺の目標は『銀座にベンツに軽井沢』これよ」だね(笑)。「銀座にベンツに軽井沢」って斜に構えたセリフだけれど、書いて稼ぐのがプロだろって。だから面白い小説を書く。君たちは文学者になりたいのかもしれないけれど、俺はそうじゃない。小説を書いてお金をもらう存在になりたかった。
―― その後、小説家になることを信じ込んで、『新宿鮫』で大ブレイクされました。まさに有言実行です。
大沢: まあ、結果としてブレイクできたけれど、狙ってできたわけではないから、相当運が良かったのだと思うね。この業界は才能だけでは難しくて、運を持っていないとベストセラーにも恵まれないし、賞もなかなか取れない。ただ、その運の手繰り寄せ方は誰も知らなくて、しいていうなら努力し続けるしかないんじゃないかな。
―― 作家であり続けるための努力とはどんな努力ですか?
大沢: 一つは書くことに飽きないことだよね。自分の書くものに飽きないし、書くという行為にも飽きない。そのためには手を抜かない。いっぽうで無理をしない。この両方は必要だね。
無理をして書きたくないものを書き続けると、無理が高じて仕事がつらくなる。小説を書くって楽じゃないことだから、それでつらくなったら最悪じゃない。
―― 大沢さんは「書けない」というスランプになった経験はありますか?
大沢: 俺は40年間一度もないんだよ。前に京極君に「大沢さんがスランプになることはありません!」と断言されたことがあって、「こいつは俺の一体何を知っているんだ」と思ったんだけど(笑)、でも心の中で「京極夏彦がそう言うんだから、その通りなんだろう」と信じているところはある。
ただ、直木賞を取った直後は作家として生きていくことに不安を覚えたことはあるね。
―― 大沢さんは様々な文学賞の選考委員もしてこられましたが、特に「この男はすごい」と思った作家はいましたか?
大沢: そうだなあ。新人賞の選考で「才能あるなあ」と思ったのは福井晴敏と石田衣良だね。
石田衣良はオール讀物推理小説新人賞で『池袋ウエストゲートパーク』の1作目を読んだときに器用な作家だと思ったんだけど、これを本気で狙って書いているのか、たまたまこういう作品ができてしまったのか分からなくて、「これをシリーズで書かせてみてほしい」と言ったの。さすがにあそこまでの人気シリーズになるとは予想していなかったけど、すごくセンスを感じた。
福井晴敏は怪物。今は小説から離れてガンダムに行ってるけれど、才能は凄まじい。ずっと小説を書いていれば、すごい傑作を生んでいたと思う。おそらく彼はマスを相手に商売をしたいと思っていて、小説はマス相手の商売ではないから、ガンダムに行ったんだろうね。小説家としてはすごくもったいない。でも彼は好きでガンダムの仕事をしているから、それは仕方のないことかなと思うよ。
―― ちなみに、福井さんと江戸川乱歩賞を同時受賞したのが池井戸潤さんでした。
大沢: そうなんだよ。最初は福井ばかりが注目されていたけれど、池井戸も努力はずっと続けていて、『空飛ぶタイヤ』で注目されて、その後のブレイクでしょ。『下町ロケット』は完全にサラリーマン小説のコツをつかんでいる作品で、売れるのは当然だと思った。コツコツ頑張ってサラリーマン小説を書いてきて、努力をやめなかった。それが無駄にならなかった。
―― この連載では毎回3冊影響を受けた本を聞いているのですが、あげていただけますか?
大沢: まずはレイモンド・チャンドラーの『待っている』、それからディック・フランシスの『血統』、ギャビン・ライアルの『もっとも危険なゲーム』。マスターピースって感じだね。俺を作った3冊と言えると思う。
―― では、大沢さんのファンの皆さんにメッセージをお願いできればと思います。
大沢: 今年から来年にかけてバンバン新刊が出ます。1月に女性警察官が主人公のパラレルワールド物で『帰去来』という作品が朝日新聞出版から、それに『新宿鮫』の新作も出る予定です。ぜひ、お見捨てなきよう(笑)
取材後記
実は大沢さんに取材をするのはこれで2回目。以前、大沢さんが京極夏彦さん、宮部みゆきさん、そして大沢オフィス(当時)のスタッフの皆さんたちと開催されていた「Reading Company」という朗読会についてお話をうかがったことがあります。
それ以来となった今回の取材でしたが、作品から今の出版業界までざっくばらんに幅広くお話をしていただきました。第一線で長く活躍されているだけあり、考え方はとても合理的。一本の筋がちゃんと通っていて、あっという間のインタビュー時間でした。
個人的な希望を言うと、また「Reading Company」で大沢さんのダンディな朗読を聞きたいなと思っています。