インタビュー
病みやすい組織と病みにくい組織、その違いとは? 専門家に聞く
プロスポーツ選手やトップ経営者など、高いパフォーマンスを保っている人たちは自分なりのセルフコントロール術を持っている。そんな、「どんなことがあっても動じないメンタル」があれば…と思っている人は少なくないだろう。
そこで今回は、組織活性化やメンタルヘルス対策のコンサルタントであり、個人のメンタルトレーナーとしても活動している『ビジネスパーソンのための折れないメンタルのつくり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)の著者である相場聖さんに、"折れない"人、"折れない"組織の特徴についてお話をうかがった。
組織の成長には欠かせないメンタル的要素。以前のような「体育会系」ではない、新たな時代のモチベーション・マネジメントとは?
(新刊JP編集部)
メンタルが折れにくい人が持っている3つの「感覚」とは?
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本のタイトルにもなっている「折れないメンタル」。これはどのような状況を指して「折れる」というのでしょうか?
相場:幅広い解釈ができるのですが、私がこの本で定義している「心が折れる」という言葉の意味は、「病気になる」という意味とは違います。シンプルにお伝えすると、「もうダメだ」と諦めた瞬間ですね。
全く事が上手くいかない。そこで「面倒くさいからやめる」のではなく、「もう少し頑張りたかった、違う方法を取りたかったけれど、もうどうにもならない」と思って諦めてしまう。その瞬間が「心が折れた瞬間」といえるのだと思います。
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いろいろ手を尽くしたけれど、もうどうしようもない…というような。
相場:そうですね。もろもろの事情があると思いますし、手を尽くしたけれど精神的な限界がきてしまった。それが「折れた瞬間」なのだと思います。
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相場さんはコンサルタントとして企業の現場を数多く見ていらっしゃいますが、心が折れやすい人とそうではない人の違いはどこにあると思いますか?
相場:特徴はいろいろありますが、大きな傾向を取り上げると3つあります。
まずは「有意味感」ですね。日々自分に起こること、降りかかることに、自分なりに意味付けが出来るかどうかという力です。『つらいけど、、、こんな風にも考えられるか』ですとか、『苦しいけど、、、こんな捉え方もできるよな』などといった、1つの面からだけではなく、様々な面から物事・出来事を捉えることができるのが"有意味感"です。この力が低いと病みやすくなりますし、高い人は降りかかるストレスを自分なりにコントロールしやすくなります。
二つ目は「把握可能感」です。今現在だけではなく、先のことを見据えて仕事ができるかどうか。人は苦しいときや辛いとき、どうしても今現在だけに視点を置きがちです。結局自分の殻に閉じこもってしまうケースが多いのですが、例えば「今は辛いけど2年後こうなる」というような先の見通しが明確にあれば、耐えることができるんです。
三つ目は「処理可能感」です。これはシンプルに言うと「なんとかなるさ」という感覚ですね。乗り越えられるだろうという感覚とも言いますか。
この3つの感覚が強い人は傾向としてメンタルが折れにくいと、経験上言えると思います。
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最初はこの感覚を満たして組織に入るけれど、働く中でそれが薄れていくという光景を見かけます。これは一体なぜ起こるのでしょうか。
相場:もちろん個人の違いはありますが、一つ原因として考えられるものとして「目標を見失ってしまった」ということがありますね。以前、相談されてきた方にいらっしゃったのですが、日々の忙しさの中で自分の軸を見失ってしまったんです。そうなると、この3つの感覚を持つことが難しくなる。
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なるほど。組織や企業において、メンタル面でのケアは近年特に重要視されているなと思いますし、その情報も非常に増えていますよね。
相場:おっしゃる通り、メンタルケアの情報は非常に多くなっています。以前は知りたくてもあまり情報が出回っていませんでしたからね。メンタルのセルフコントロールもそうですし、組織運営の上でもメンタルマネジメントが重要視されてきています。
この背景には「うつ病」が社会に定着したということは大きいかと思います。うつ病患者数の推移を見ると、平成が始まった30年前と比較するとかなり増えていることが分かります。「うつ病」が定着してからとなるここ10年間は微増ではありますが、それでも増えています。近年では、うつ病だけでなく、"適応障害"といったメンタル疾患も、働く現場では増加しているのが現状です。
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社会全体に理解が進んでいったことと、うつ病患者の増加、そして情報量の増加はすべてリンクしていますね。
相場:そうですね。今では「うつ病」について知らない人はほとんどいないと思いますが、そうではない時代が30年前にあったということです。
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すると、企業のメンタルヘルス対策も以前と比べると非常に進んできている。
相場:そうです。企業側の対策は必須といえます。50人以上の労働者がいる企業ではストレスチェックが義務化されていますし、法整備も進んでいますから。
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先ほど「心が折れやすい人」と「心が折れにくい人」の違いについてお話をうかがいましたが、「病む人が出やすい組織」とそうではない組織の違いについて教えて頂けますか?
相場:こちらもさまざまな要因がありますが、コンサルタンティングや教育研修などで支援に入らせていただいている企業を見ると、働いている人たちが自分たちの意見や考えを言えて、なおかつ受け入れてもらえる環境はすごく重要だと感じます。心理学の用語で「心理的安全性」というのですが、それが確保されているかどうかですね。
もう一つは対人関係です。さまざまな組織を見させていただくと、人と人のつながりがしっかりしていたり、サポート体制が整っている職場はいろいろな結果が悪くないんです。例えば、ストレスチェックでもネガティブな結果が出にくかったりします。だから、人と人の関係性をいかに良好にしていくかというところは大事ですね。
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人間関係は大事です。ただ個人の観点から見たときに、相譲れない人って必ずいますよね。そういった時の対処法はありますか?
相場:よく「苦手な人にどう対応すればいいのか」という質問を受けるのですが、理想の対処法は「苦手な相手を好きになるのではなく、まず受容してみる(受け入れてみる)」ということです。
ただ受け入れ方にポイントがあって、なんでもその人を認めようとしてはいけません。つまり、「嫌いな人を好きにならないといけない」と思い込んでいる人が多いんですね。でも、好きになる必要はありません。人間だから相性はあります。
では、どうすれば良いかというと、まずは自分の考えや意見を一旦横に置いておいて、相手の意見を受け入れる。
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一旦受け入れて、自分の中で咀嚼する。
相場:そうです。こう言うと「相手の意見を全部鵜呑みにしないといけないの?」「自分の考えを殺さないといけないの?」と聞かれるのですが、そうではありません。自分の意見を持っていてもいいんです。相手と考えが違うけれど、一旦受け入れる。『あなたはそう思うんですね。あなたはそう考えるんですね。』の世界です。そして相手に意見を受け入れる意思表示をする。これが受容や共感と呼ばれているものです。
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成長する組織は「ワークエンゲージメント」が高い!?
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本書には27の心のセルフコントロール術が掲載されています。視点の見直しやルーティーン、呼吸や姿勢など非常にオーソドックスな方法が多いと感じました。
相場:はい、それは一つの狙いです。この本では一度聞いたことがある、見たことがあるというものも含めて、日常で皆さんが実際に取り入れやすい手法を中心に取り上げました。一つのことを深く掘り下げて書くのではなく、まずはオーソドックスな方法を数多く紹介することで、その中から自分にあったものをチョイスしてほしい、選んでほしいということですね。
いろいろな方からの相談を受けますが、合うメソッドって人によって全く違うんです。もちろんどんぴしゃりで合うものがあればそれに越したことはありませんが、まずはいろいろと試してみていただいて、自分の心が改善に向かうためのきっかけになればと思って書かせていただきました。それとこの書籍で紹介されている内容は、治療や改善といったことではなく、あくまでも"予防"の観点からご紹介しています。
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一気に変えるのではなく、小さなことの積み重ねが大事と。
相場:そうですね。大きいことを一気に取り入れるよりは、小さなことを積み重ねることが大切です。
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今、働き方改革が叫ばれる中でメンタルヘルス面からのアプローチも多いと思います。ただ、「働き方改革」というと「組織を一気に変えよう」という傾向になりがちな気もします。
相場:最近は、働き方改革とメンタルヘルス対策を組み合わせて企業の支援に入らせていただくことが多いのですが、もちろん業務効率化や残業時間削減は必要不可欠なんです。ただ、メンタルヘルス面から言えば、メンタル的に良好な状態で働いていられるかどうかで大切な要素になるのは「ワーク・エンゲイジメント」です。
これは、本の中にも書かせていただきましたが、端的に言えば「やりがい」や「働き方」のことです。この「ワーク・エンゲイジメント」が高まれば本来の働き方改革を成功させやすくなる。効率化にせよ残業代削減にせよ、仕組みだけでは上手くいきません。人が運用するものですから、モチベーションが高い状態なのか、低い状態なのかで全く異なる結果が出てきます。
メンタル面を大切にしていただきながら、仕組みを連動してつくっていく。そうすることで、目指すゴールが単なる「残業代削減」ではなくなり、「こういう働き方にしたい」「こんな組織なりたい」という目標に変わるのだと思います。
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コンサルタントや研修講師として現場からあがってくる質問・相談で最も多いものはなんですか?
相場:それは階層によっても違いますね。若手社員ですと、やはり対人関係です。上司、同僚、お客様。あとは、トラブルが起きたときに気持ちをどうコントロールすればよいか、というものが多いです。
一方で、管理職層から出てくるのは、メンタル的に折れやすいであろう若者たちとどうかかわっていけばよいかということですね。
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個人的に気になるのは、適切な声掛けの方法です。モチベーションを上げる言葉のかけ方といいますか。
相場:これも人によって違いがあるのですが、基本的には、モチベーションを上げるためには「承認」が大事だと言われています。つまり「褒める」「ねぎらう」「感謝を伝える」の3つですね。
その中で何が響くのかは人それぞれということで、関わりの中から見つけていくことが大事になるのですが、「承認」は基本ですね。
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叱咤激励がモチベーションを高めると考えている人も少なくないと思いますが、基本は肯定的な承認が必要になる、と。
相場:そうですね。時代の変化も考えなくてはいけなくて、これまで若手社員が大事に考えているものが、去年から一昨年にかけて「賃金」から「自分の時間」に変わったことが、調査・研究によってわかりました。この変化が良い、悪いという話ではなく、事実として受け止めてその価値観にそぐうマネジメントをすることが必要になるんです。
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では、ハイパフォーマンスを継続して発揮できる組織に見られる特徴を教えてください。
相場:やはり管理職がそういったマネジメントをしているということが大きいのですが、常に成長できる環境面が整理されている組織はパフォーマンスが良いですね。
「常に成長」とはどういうことかと言うと「自己効力感」、「セルフエフィカシー」とも言いますが、簡単に言えば自分の能力に対する自信ですね。今ある課題を乗り越えられると思う自信がある人はメンタル的にも強いですし、組織も強くなる。
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その「セルフエフィカシー」を高めるにはどうすればいいのですか?
相場:成功体験が必要です。ただ、大きな成功体験を得ると言っても難しいでしょう。なので、小さな成功体験を少しずつ積み重ねていく。それが「成長」なんですね。また、結果だけでなく、違う部分にも基準を置いて、少しでもステップアップしていく。そうすればハイパフォーマンスを維持できるはずです。
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「小さな成功体験」というと、どの程度のレベルになるのでしょうか。
相場:ちょっと頑張って達成できる目標が最適ですね。ストレス度としてもそのくらいがベストです。逆にものすごく頑張っても達成できるかどうか…という目標はストレス度が高すぎて、メンタル面にも悪影響です。
また、頑張らなくてもできる仕事も実は成長につながりません。その点は管理職が個々人の負荷をうまく調整できればいいですね。
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では、最後に本書をどのような人に読んでほしいですか?
相場:「ビジネスパーソンのための」と書いていますが、若手からベテラン、老若男女問わず、仕事をされている方すべてに書いています。ぜひ参考にしていただき、メンタルタフネスを高めてほしいと思いますね。