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BOOK REVIEWこの本の書評

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2016年の大統領選挙期間中から一貫して「アメリカ・ファースト」を叫び続けてきたドナルド・トランプ米大統領とその支持者にとって、2018年3月22日に打ち出した中国との貿易赤字解消のための制裁関税の発表は面目躍如といったところだろうか。

今回の通商政策は、貿易赤字の解消という文字通りの意味合いの他に、国内の支持者へのアピールの意味合いもあるのだろう。その視線の先には11月の中間選挙があるのは間違いない。

というのも、アメリカ国内でのトランプの立場は決して安泰ではない。2016年からアメリカを揺るがしている「ロシア疑惑(ロシアゲート)」は、今でもトランプの最大の悩みの種だろう。

トランプの「ロシア疑惑」とは何か

すでに、日本でも広く報じられている「ロシア疑惑」だが、その焦点は三つある。
一つは、ロシアによる米大統領選挙への介入の可能性。
二つ目は、その介入自体がロシア単体による選挙妨害工作ではなく、対立候補だったヒラリー・クリントンの評判を落とすことを目論んだドナルド・トランプ陣営との数年にわたる共謀によって行われていたのではないかとする疑惑。
そして三つ目は、この疑惑を解明するための捜査をトランプが妨害したのではないかという、司法妨害の疑いである。

一連の疑惑の発端となったのは、元イギリス秘密情報部(MI6)の工作員・クリストファー・スティールによるメモで、各国を震撼させた「スティール報告」である。このメモには、プーチンがトランプを数年前から支援していることや、トランプを恐喝できるだけの弱みを握っていること。そればかりではなく、ヒラリー・クリントンの弱みとなる情報も収集していることなど、トランプに関する疑惑の根幹となる情報が綴られていた。

本書では、英『ガーディアン』紙の海外特派員であり、モスクワ支局長も務めた著者が、ロシア関係者への取材やトランプを取り巻く人物の調査を通じて、「スティール報告」がトランプの言うような「与太話」ではないことを裏付けていく。

子飼いのスタッフを政権中枢に送り込んだ「ロシア疑惑」の本当のヤバさ

ところでこの「ロシア疑惑」、実際のところ何が「ヤバい」のだろうか。
一国のトップを決める選挙の結果に影響を与えようと、対抗勢力である別の国家が暗躍したことだろうか?
それとも、一国の大統領が外国に弱みを握られた(とされる)ことだろうか。
または、疑惑の捜査を進めていたFBI長官を当のトランプが解任したことで、アメリカ最強の法執行機関の独立が脅かされていることだろうか。

上のどれもが重要な問題なのは間違いないが、「ロシア疑惑」全体の印象がぼやけてしまうのは、「そもそもロシアはトランプを大統領にすることで何がしたかったのか」が抜け落ちたまま、疑惑だけが独り歩きしているからだろう。

ハーディングによると、ロシア(=プーチン)が米大統領選でトランプを勝たせる第一の目的は、長年続いているアメリカからロシアへの経済制裁を終わらせることにあった。そこで利用されたのが、トランプ政権発足時に国家安全保障担当補佐官に起用されたマイケル・フリンである。

2017年まで駐米ロシア大使だったセルゲイ・キスリャクとの度重なる接触が問題視されているフリンは、2013年以降、度々政府の招きでロシアを訪問し、メディア出演による報酬を受け取っていたこと、アメリカ国内でロシアの利益を代弁する講演を行い、報酬を受け取っていたことがわかっている。

象徴的なのが2013年、モスクワに招かれて行なった「リーダーシップに関する講演」である。少しでも国際情勢を知っている人であれば、アメリカ国防総省の上級軍事情報将校(当時)が「リーダーシップ」について話をするためにロシアに招かれることが通常であれば考えられないことだとわかるはず。どう考えても普通の関係ではないのだ。

そのフリンとキスリャクの接触で何が話されていたか。当然、フリンは制裁についての話題が出たことを否定したが、その直後、ニューヨーク・タイムズ紙が政府当局者らの言葉から、二人の会談で制裁の話題が出ていたことをすっぱ抜いた。

この件からいえるのは、ロシアが何らかの方法で自陣に取り込んだ(とみなすのが自然な)人間を、事実上アメリカの政権中枢に送り込めていたことだ。トランプがなぜフリンを起用したかは謎だが、これこそが「ロシア疑惑」の本当に「ヤバい」点ではないだろうか。

そして本書によると、ロシアが取り込んだアメリカ人は、フリンだけではなかったのだ。



スティール自身が「諜報は白でも黒でもない、ぼんやりとした世界」と語るように、「スティール報告」の信ぴょう性への評価は必ずしも定まったものではない(ヒラリー陣営が作らせた虚偽報告とする意見もある)。この件の報道は、トランプを守ろうとする側と糾弾する側の世論誘導の応酬の様相であり、真相を正しく認識するのはかなり難しい。

しかし、ハーディングの綿密な取材とそこで得た事実の積み上げは、「ロシア疑惑」を様々な側面から照らし出す。一読すれば、世界をざわめかせる21世紀最大のスキャンダルの構図が見えてくるはずだ。

(新刊JP編集部/山田洋介)

INTERVIEW解説者インタビュー

「ロシア疑惑」識者が語る深い闇

前嶋さんの写真画像

前嶋さんはアメリカの現代政治を専門にされています。その立場で見て『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』(集英社刊)をどう読まれましたか?

前嶋:
ひとことで言えば、「闇の深さ」を感じますよね。「ロシア疑惑」のそもそもの発端となったのはイギリスの工作員だったクリストファー・スティール氏による「スティール文書」という諜報記録で、この本もそのメモを土台に書かれています。

諜報文書の性質上、全てが事実とは限りませんが、トランプ政権やトランプ陣営の関係者にロシアと関係のある人が何人もいるというのは確かで、いかにロシアが諜報活動によって意図的にアメリカとの関係を変えようとしているのかが、丹念な取材を重ねた上で書かれたこの本から浮かび上がってくるように感じました。

――今おっしゃったように、2016年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ陣営に参加した人物の中には、ロシアと利害関係によって強く結びついた人物が複数いました。オバマ政権時代に国防情報局長官を務めていたマイケル・フリン氏はともかく、カーター・ペイジやポール・マナフォートといった名前は初耳だったのですが、こうした人物たちは識者の間ではある程度知られていたのでしょうか。

前嶋:
ポール・マナフォート氏は1970年代からワシントンでコンサルタントとして選挙産業の中核にいた人なので有名です。最近では、ウクライナの親ロシア政権のロビイストとして活動していました。

カーター・ペイジ氏は2016年夏にロシア担当としてトランプ陣営の外交アドバイザーとして加わるまで、私もまったく知りませんでした。ロシアと関係がありつつも、大統領候補の陣営に起用されるような実績がある人物ではなかった。「なぜこの人物が起用されたのか」ということで、疑惑を掻き立てているところがあります。

フリン氏については、ロシアで講演をして報酬を得たり、ロシアのプロパガンダ放送に出ている人ですからね。そんな人がアメリカの政権の真ん中で安全保障についてアドバイスをしているのは、やはり異様です。

――いわゆる「ロシア疑惑」は、日本ではことの深刻さがわかっている人は多くないかもしれません。この問題のどこが最も憂慮すべき点だとお考えですか?

前嶋:
大きく分けて二つあります。一つはこの本のタイトル通り、ロシアと共謀すること。二つ目は、その共謀の事実を隠すための司法妨害です。

前者については、言い換えれば「民主主義への挑戦」です。ある国が別の国の世論に入り込んで、国民の意見を変えて選挙に影響を与えようとしていたわけですから。

加えて、相手がロシアだというのも大きいですよね。アメリカ人から見たロシアのイメージは、「大統領が政敵を毒殺したり、選挙で不正をしたりするとんでもない国」というものです。そんな国が自分達の国の選挙の内容を変えようとしているというのは相当インパクトが強い。

――先ほどのお話にもありましたが、この疑惑の発端である、トランプとロシアの水面下の関係を暴露した「スティール文書」の信憑性は気になるところです。

前嶋:
これについては、現段階ではわからないとしか言いようがないんです。ただ、皆さんなんとなく真実味を感じているところはありますよね。

一方で、スティール氏に調査を依頼したのはフュージョンGPSという調査会社で、そこにはクリントンを擁立した民主党陣営からお金が出ていたという点にも注目すべきです。となると、対立候補のスキャンダルを探し、表に出すことで相手の評判を貶める「オポジション・リサーチ」だった可能性もあります。

オポジション・リサーチ自体は、その是非は置いておいて違法すれすれなものです。「フェイクニュース」のように意図的に事実と違う情報を流すこともあります。いずれにしろ、「スティール文書」のどの点が事実で、どの点がそうではなかったのかは、トランプ政権が3年、4年と続くなかで徐々に明らかになっていくと思います。

――「スティール文書」の中でも気になるのが、ロシア側が握っているとされるトランプ氏の「弱み」です。文書にあるような「特殊な性癖」だけでは大した弱みではないような気がします。

前嶋:
微妙なところですよね。ただ、先日トランプ氏と関係を持っていたというポルノ女優についての報道番組がアメリカで放送されて、それが過去にないくらいの高い視聴率を集めました。つまり大前提として、セックスにまつわるテーマというのは世間の関心を集めやすい。

トランプ氏というのはテレビ司会者の経験が長く、不動産王というよりテレビ司会者、それもコメディアンに近い存在でしたから、そういう大衆心理や世間の関心ごとを熟知していますし、世論の読み方もわかっています。政治家としても「世論で動くタイプ」の究極です。それがあって、自分の「性癖」についての話題がいかに人の関心を集めるかについて過敏になるところはあるのかもしれません。

ただ、個人的にはロシアがトランプ氏の弱みを握っているとしたら、何らかのビジネスディールについて、つまりお金絡みではないかと思っています。ロシア疑惑については、今もモラー特別検察官による捜査が続いていますが、ロシアとトランプ陣営の間のお金の動きが明るみに出たら大きな進展になります。ここが一番の山でしょうね。

ロシアの米大統領選介入 その真の目的とは

――ロシアが米大統領選の選挙期間中に行ったとされているのは、「民主党の党中枢にサイバー攻撃を仕掛け、ヒラリー・クリントン氏のものをはじめとするメールデータを盗み出し、その評判を貶めるという一種の世論誘導です。ただ、サイバー攻撃というのは成功確率の高いものではありませんから、失敗した場合ロシアはどうしていたんだろうか、という疑問があります。

前嶋:
まず理解しておくべきは、今回の選挙干渉でのロシアの目的は「トランプ氏を勝たせること」ではなく「ヒラリー氏を負けさせること」にあった点です。

そのうえで、今回急にロシアがサイバー攻撃を思い立ったならイチかバチかの感がありますが、実際にはロシアがアメリカ国内で普段からやっている情報戦略の一環と考えるのが自然だと思います。

ロシアはアメリカで「RTアメリカ」というCATV・衛星のテレビ局でプロパガンダ放送をしていますし、SNSを使った世論誘導にも積極的です。サイバー攻撃もそうした情報戦略上の取り組みの一つだったのではないでしょうか。

特に、今のアメリカは国内の世論が真っ二つに割れていますから、そうした世論誘導に非常に弱い。プロパガンダを飛ばすのも、敵側の悪評を流すのもやりやすかったと思います。

――ロシアはなぜヒラリー氏を当選させたくなかったのでしょうか?

前嶋:
ヒラリー氏はウクライナ問題でロシアを厳しく批判していましたし、夫のビル・クリントン氏は大統領時代にNATO拡大を進めてロシアに脅威を与えていました。ロシアにとってクリントン夫妻は長年の宿敵だというのが一つあります。

――となると、どうやってヒラリー氏を勝たせないようにするかを考えているところに、たまたま以前からロシアとビジネスディールがあって、ロシア側も何かに使えないかと粉をかけていたトランプ氏が出馬したと。

前嶋:
私はそういう偶然の要素は大きかったんじゃないかと思いますね。

だから、選挙戦についてトランプ氏とロシアがどの程度「共謀」していたのかは、現段階では未知数だといえます。ロシアの目的はあくまで「ヒラリー氏を勝たせないこと」にあって、手を組む相手がトランプ氏である必要はなかった。

もちろん、トランプ氏の陣営がロシアと接触していたのは事実で、「共謀」と見なせることもおそらくはやっているのですが、まだ「点」の段階で太い「線」にはなっていないという印象です。

――トランプ大統領の意思決定や行動がどの程度ロシアの影響下にあるのかというのも気になるポイントです。先日、イギリスで起きた元情報機関員の暗殺未遂事件への制裁として、アメリカは国内にいるロシア外交官を追放しましたが、これは欧米諸国と足並みを揃えた形ですね。

前嶋:
確かに、アメリカはロシアに対して制裁的な行動をとったわけですが、「なぜこんなに遅いのか?」という気もします。普通であれば同盟国でロシア側による暗殺未遂事件があれば即時に外交官を追放するはずですから。

どうもトランプ氏のロシア関係での行動はワンテンポ遅いと言いますか、腰が引けている印象があります。それに加えて本人の「プーチンとはうまくやれるかもしれない」といった発言や、大統領選挙で4選を果たしたプーチン氏への祝福コメントなどがあって、アメリカでは「やっぱり何かおかしいよね」ということになっています。

前嶋さんの写真画像

――ロシアとの関係を否定しているトランプですが、モラー特別検察官による捜査が進んでいます。予想しうる今後の展開についてお聞きしたいです。

前嶋:
報じられることが多くはないため日本人の感覚からはゆっくりと感じるかもしれませんが、着実に捜査は進んでいて、ようやくトランプ氏本人を聴取できるかどうかというところまで来ました。

ただ、ロシアとの「共謀」があったかどうかの捜査は容易ではありません。個人的には共謀についての捜査をしていたFBI長官のジェームズ・コミーを解任したことが「司法妨害」にあたるのではないかという線の方が捜査を進めやすいと思っています。

アメリカ国内を見ると、ここ最近はモラー特別検察官をいかにして辞めさせるかをトランプ氏が考えているという報道が目立ちます。トランプ氏が直接モラー氏を解任することはできないのですが、司法長官や司法副長官なら可能なので、まずはそのポストを入れ替えることによって、間接的にモラー氏を解任しようという思惑はあるのかもしれません。さすがにそこまでのことはしないだろうとは思いますが、ロシアと明らかな共謀関係がわかったり、司法妨害が明らかになったりしたら、トランプ氏がどう出るかはわかりません。

もう一つ、今年11月の中間選挙は「トランプ弾劾選挙」の意味合いを帯びてくるはずです。その結果次第によっては政治が動きますし、それまでにモラー氏の捜査も進んでいるはずですから、2019年の頭あたりに大きな動きがあるかもしれません。
(インタビュー・文/山田洋介)

BOOK DATA 書籍情報

プロフィール

ルーク・ハーディング Luke Harding

イギリスのジャーナリスト、作家、『ガーディアン』紙海外特派員。オックスフォード大学卒。2007年から2011年まで、モスクワ支局長を務めたのち、ロシア政府から国外追放処分を受けた。これまで5冊のノンフィクションを執筆、30ヵ国に翻訳されている。邦訳された著書に『ウィキリークス アサンジの戦争』『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』がある。

目次

  1. プロローグ/対面

  2. 第1章/ 歴史の終わり、ではない

  3. 第2章/ やつはちょっとバカなんだと思う

  4. 第3章/ 公開と非難

  5. 第4章/ ハッキング

  6. 第5章/ ミーシャ将軍

  1. 第6章/ うさんくさい連中との付き合い

  2. 第7章/ 火曜の夜の虐殺

  3. 第8章/ 共謀

  4. 第9章/ 隷従

  5. 第10章/ ロシアよりカネをこめて

  6. 第11章/ あるドイツ銀行の奇妙なケース

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