BOOK REVIEWこの本の書評

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2020年にオリンピック・パラリンピックを控え、訪日外国人は増加の一途。日本のインバウンドビジネスが活況だ。

「インバウンド」というと単純に外国人観光客のことだと考えられがちだが、実際には商用で来日するビジネスマンや短期の留学生。そしてネットを介した商取引(越境EC)や不動産投資、事業投資といった日本に直接お金が入ってくる取引など、その概念は広きを包含する。その意味ではインバウンドビジネスでの商機は、観光業界だけでなくあらゆる業種、業界に開かれているといっていい。

しかし、今の状況はインバウンドビジネス自体が一過性の「ブーム」で終わってしまう危険性も孕んでいる。『儲かるインバウンドビジネス10の鉄則 未来を読む「世界の国・地域分析」と「47都道府県別の稼ぎ方」』(中村好明著、日経BP刊)はそのことに警鐘を鳴らす一冊だ。

■インバウンドで不可欠なリーダーの資質とは

著者の中村好明氏は、インバウンドを五輪までの一過的ブームで終わらせず持続可能なビジネスとして日本に定着させていくためには、単純な儲けのノウハウや戦術ではなく「哲学」や「ビジョン」、そして「リーダー」の育成が必要だと説く。

では、なぜ「哲学」や「ビジョン」なのか。それは本書で中村氏が明かしているインバウンドにおいてリーダーとなる人の資質を読むとわかってくる。

  1. (1) 考える力
  2. (2) 示す力
  3. (3) 巻き込む力
  4. (4) 醸す力
  5. (5) 貫く力
  6. (6) 走る力
  7. (7) 育てる力

(2)の「示す力」も(3)の「巻き込む力」も(7)の「育てる力」も、日本にありがちな「誰かの得は自分の損」という考え方では身につかない。もちろん自分(自社)が稼ぐことも大切だが、それ以上に周囲の利害関係者(ステイクホルダー)にはたらきかけ、自分も周囲も一緒に稼ぐという姿勢がインバウンドという分野全体を成長させていくのだ。

狭い視野に立った過剰な競争意識からは何も生まれない。これが冒頭で触れた「インバウンドが一過性のブームで終わる危険性」の本質だ。そして、人を巻き込み、育てていくために必要なものこそが、インバウンドを単なる「今だけの食い扶持」ではなく「未来に向けて育てるべきもの」だと捉える哲学とビジョンなのである。



本書では、インバウンドを成功に導く「7・5・3フィロソフィー」という「哲学」にまつわることのみにとどまることなく、具体的にどう稼ぐか、どんな戦略さらに戦術を取るべきかという実践的なノウハウも地域別に示されているが、そのすべても揺るぎない哲学が土台にあってのもの。

冒頭に述べた通り、誰にでもビジネスチャンスがあるインバウンドだが、同時に短期的な私利私欲に走り過ぎず、誰もがこの分野の将来を見据えて育成の意識を持つことも求められる。その意味で、上記の「リーダー」とは特定の誰かではなく私たち一人ひとり。自分ならどうするか、と自分事として読めば学べるものは多いはずだ。

(新刊JP編集部)

INTERVIEW著者インタビュー

――『儲かるインバウンドビジネス10の鉄則 未来を読む「世界の国・地域分析」と「47都道府県別の稼ぎ方」』について。まずは中村さんがインバウンドに関わるようになったきっかけについて教えていただきたいです。

著者写真

中村:
私が今代表を務めている(株)ジャパンインバウンドソリューションズの業務の源流は、2008年7月に始動したドン・キホーテグループのインバウンド・プロジェクトです。そのプロジェクトリーダーに任命されたことが、私がインバウンドに関わるきっかけとなったのです。

その当時は「インバウンド・プロジェクトのリーダーをやってくれ」とオファーをもらっても「一体なんでしょう、インバウンドって?」という状態で、私はまったくの素人でした。それゆえプロジェクトを始めるにあたっては、何もかもが一からの勉強でしたね。当時はまだ情報も少なかったのです。すべてを独学で学び、調べあげるような感じでした。

――そのプロジェクトを始動してみて、何を感じましたか?

中村:
そうですね。もっというとそのインバウンド・プロジェクトは、当時任命されてうれしいような仕事ではありませんでした。マーケットは未知数でしたし、ドン・キホーテの未来に役立つかどうかもわからない。他の業務で手が回らないという状況でもありましたから、正直内心では断りたいなと思ったくらいです。

しかし、そうやってミッションを受けて、自分なりに調べて動き出してみて、インバウンドは"ドン・キホーテの未来、そして日本の金の鉱脈"になりうると気づきました。未開拓ではあるけれど、アジアの将来の人口動態やアジア諸国の一人当たりのGDPの今後の伸びしろというようなデータを見ていくと、10年後、20年後には巨大なマーケットになる可能性が見えていた。これはドン・キホーテの未来であり日本の未来だと確信したのです。

――本書ではインバウンドを通常よりかなり広い意味に定義されています。このことの狙いはどんな点にあったのでしょうか。

中村:
狙いというよりも、それがまさに現実そのものなのです。"インバウンド"という言葉は日本では「レジャー目的で訪日する外国人観光客」というふうに狭義にしか捉えられていないのですが、世界的にはもっと広い意味で使われる大きな概念です。

たとえば、今日本では「日本版DMO」(注:Destination Management/Marketing Organization)という従来の観光協会をバージョンアップさせた新組織への移行を政府は促しつつあります。ところが、たとえばイギリスのロンドンのDMOである「ロンドン&パートナーズ」という組織では、すでに観光客の誘致(ツーリズム)に加えて、海外からの留学生の誘致やロンドンへの投資の誘引(シティセールス)まで一手に引き受けているのです。

このロンドンの先進事例において、インベストメント(投資)もシティセールスもエデュケーションもツーリズムも一つの組織がマネジメントしていることからもわかるように、これらをすべて含めて広義の「インバウンド」なのです。

本来のインバウンドとは、観光業界やレジャー産業だけのものではありません。この本では、より広い意味でのインバウンドを扱っていますので、観光業界の方々だけでなく、様々な業種・業界の方々に手に取っていただきたいと願っています。

――インバウンドビジネスを持続可能なものにしていくために、本書では「哲学」と「ビジョン」を持つことの重要性を説いていらっしゃいますが、現場で働く人はどうしても目先の利益に目がいきがちです。リーダーは哲学やビジョンをどのように浸透させていけばいいのでしょうか。

中村:
ノウハウもテクニックも、それで稼げるのはごく一時期であって、それらは時代の変化の中ですぐに更新されて古いものになっていく。ましてや世界の新興国の成長スピードを考えると、小手先のハウツーなど瞬時に陳腐化してしまいます。

この本で述べている哲学やビジョンとはまさに読者の皆さんご自身が時代の変化にジャストミートできる新たなノウハウやテクニックを生み出す力を授けるものなのです。

読んでいただいて、いいと思ったら同僚や部下、上司など周りの人に広めて共有していただければ嬉しいですね。

――中村さんはこの本で書かれているようなインバウンドビジネスのビジョンや哲学を伝える活動をされています。この活動を始めた頃と今とで、受け取り手の反応が変わってきたと感じますか?

中村:
今回の本以外にもインバウンド関連の本をすでに5冊書いているのですが、読者層が広がってきた実感はありますね。以前は自分の本を手に取ってくれる方はどうしても観光関係の方々に限られていたのです。

今回の本については、すでに思いもかけない業種の方々から、読みましたよと声をかけていただいたりしています。インバウンドや観光に携っていない業種のビジネスリーダーの方々にも読んでいただけているようです。

また、講演に来てくださる方も増えてきています。私は国内外で年間約200回講演をするのですが、今は合わせて年間のべ約5万人もの方々に聞いていただけています。「中村さんの今回の本、もう読みましたよ!」と嬉しい声もかけていただいています。まだ読んでいないという方はぜひご一読いただきたいですね。

――本の中に「花仕事」と「米仕事」という印象的な言葉が出てきます。この二つの仕事の両立が今後のインバウンドビジネスの成功のカギだと指摘され、そしてまた同時に、中村さんは「花仕事から入れ」と提唱していらっしゃいます。この理由はどんな点にあるのですか?

中村:
まず言葉の定義からお話しますと、「米仕事」とは、「自分が食べていくための仕事」で、「花仕事」は「地域社会のためになる仕事」です。

「花仕事」がいよいよ重要になってくる理由についてですが、訪日ツーリズムを例に説明すると、今後観光バス等で「点から点を移動する」というような団体旅行の形態はどんどん縮小して、個人旅行(FIT)がマジョリティになっていくのはまちがいありません。そうなると、旅の形態もB2Bであらかじめ決められた特定の観光施設を巡るのではなく、自分たちで探し選んでその街やその地域にやってくるようになる。加えて言うなら、気に入った街や地域を何回も何回も訪れるリピーター化も進みます。

こうした訪日客の思考として、その地の観光の「ゴールデンルート」を巡るのではなく、「自分だけのオリジナルな旅」を求める方向にますますシフトしていくのです。こうなってくると、どんなに大きな企業でも、単独のプレーヤーだけで個人の訪日客のニーズを全て満たすのは不可能です。それゆえ、街や地域全体で訪日客をおもてなしする考え方や仕組みが必要となってくるのです。

それを実現しようとしたら、自分の店や自分の施設の都合と利益だけを考えているわけにはいきません。地域全体がより多くの観光客を呼び込めるようになるために、自分に何ができるかという思考と取り組みが必要になってきます。これこそがまさに「花仕事」なのです。

この「花仕事」をやらない限り、持続的な「米仕事」も実現できませんし、逆に言えば地域全体のことを考えた「花仕事」を続けていれば、それはやがて「米仕事」の大きな収益となって自分に自社に返ってきます。これが「花仕事から入れ」の真意なのです。

――都道府県別「稼ぎ方マニュアル」が興味深かったです。中村さんから見て、もっともポテンシャルが高いと思える都道府県はどこですか?

中村:
それはもう「47のすべての都道府県」ですよ。どの都道府県にもどの市町村、どの地域にも等しく大きなポテンシャルがあります。ただし問題なのは、当事者が自分たちのポテンシャルに気づいていないという現状なのです。

どの都道府県のどの地域にどのようなポテンシャルがあるかを、今回の本では狭義の観光統計にとどまることなく、広義のインバウンドの視点から見た各種データを使って明らかにしたつもりです。自らの地域だけでなく他の都道府県と比較しながら活用していただきたいですね。

――今後日本がインバウンドを振興させていくうえでお手本にすべき国はありますか?

中村:
どんな国にでもお手本にするところはあると思います。少なくとも国際観光統計上でベスト20に入るような国についてはしらみつぶしに研究すべきでしょうね。

たとえばシンガポールは560万人ほどの人口のうち、シンガポールのパスポートを持っている自国民はわずか約350万人。残りの約200万人は、留学生や高度な知識を持ったハイエンドな外国人就労者など、世界中から集まってくる様々な種類の人々です。彼らがいるから国が繁栄している。もちろんシンガポールは古くからヒト・モノ・カネ・情報を海外から呼び込む取り組みをしてきたわけで、まさに広義の"インバウンド"国家なのです。

グローバル経済は、いかに世界のヒト・モノ・カネ・情報を自国に集めるかという戦いです。これらを集めるための戦略は、すべて"インバウンド"なのです。

――最後に、読者の方々にメッセージをお願いいたします。

著者写真

中村:
すでにインバウンド領域に関わっているビジネスパーソンの方々、またこれからインバウンド市場に参入して自社の、そして自地域の生き残り、そして更なる成長を願っている方々にぜひ手に取っていただきたいと思っています。

ここには世界の現実や日本の現実、そして世界に向けて自地域のマーケティングをしていくための具体的な各種戦術に加え、それらの根底を貫く考え方や哲学がまるごと網羅されています。納得のいくまで何度も何度も読んでいただきたいですね。

(新刊JP編集部)

BOOK DATA書籍情報

プロフィール

中村 好明(なかむらよしあき)

一般社団法人日本インバウンド連合会 理事長
一般社団法人国際22世紀みらい会議 議長
株式会社ジャパン インバウンド ソリューションズ 代表取締役社長

1963年、佐賀県生まれ。上智大学出身。2000年、ドン・キホーテ入社。広報・IR・マーケティング・新規事業の責任者を経て、08年、社長室ゼネラルマネージャー兼インバウンドプロジェクトの責任者に就任。13年、ジャパン インバウンド ソリューションズを設立、その代表に就任。ドン・キホーテ グループに加え、国・自治体・民間企業のインバウンド分野におけるコンサル業務、教育研修事業、プロモーション連携事業に従事。欧州、アジアなどの海外及び国内の自治体、企業などで年間約200本の講演・講義を行う。一般社団法人日本インバウンド連合会理事長。一般社団法人国際22世紀みらい会議議長。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学および神戸山手大学客員教授。日本ホスピタリティ推進協会理事・グローバル戦略委員長。全国免税店協会副会長。みんなの外国語検定協会理事。観光政策研究会会長。著書は『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所)、『インバウンド戦略』(時事通信社)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社)、『観光立国革命』(カナリアコミュニケーション)、『地方創生を可能にする まちづくり×インバウンド 「成功する7つの力」』(朝日出版社)など多数。

目次

  1. 第1章 世界の観光立国と日本
  2. 第2章 インバウンドマーケティング10の鉄則
  3. 第3章 海外主要市場の国・地域別分析
  4. 第4章 47都道府県稼ぎ方マニュアル
  5. 第5章 成果を生み出す7・5・3フィロソフィ
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