忙しければ忙しくなるほど、目の前のことしか見えなくなる。とりあえず作業をこなし続ける。そんな日々を送っている人はもしかしたら「思考停止」状態になっているかもしれない。
「そんな話、知ってるよ」「このやり方じゃないとダメなんだ」…こんな言葉を口にしたことがある人ならぜひ読んでおきたい一冊が、『新版“思考停止人生”から卒業するための個人授業』(ごま書房新社)だ。
本書を執筆した研修講師一筋約30年の潮田、滋彦氏は何度も「まずは自分自身で考えることが大事。情報を鵜呑みにせず、正解だけを求めないことが大切」と述べる。
新刊JPは「思考停止の人は成長できない」と警鐘を鳴らす潮田氏に話をうかがい、そこから抜け出すための方法を語っていただいた。
■新たな習慣は「増やす」ではなく「置き換える」ことが大事
――『新版“思考停止人生”から卒業するための個人授業』は、3年前に出版した著書のアップグレード版となります。最後にQ&Aが付け加えられているなどパワーアップしていますが、新版を発行するきっかけを教えて下さい。
潮田:
これは2つありまして、一つはもともと出版社の方とこの本を作る時に、ロングセラーとして長く読まれるような普遍性のある本を目指そうと話していたんです。ただ、時代に合わせてマイナーチェンジは必要だろうということで、少し手を加えました。
もう一つは読んで下さった方々から高い評価をいただいたのと同時に、「この場合どうすればいいですか?」という声もたくさんいただいたんですね。そうした声を反映した新しい版を作りませんかということを出版社の方からいただき、新版という形に収めました。
――では、3年前に本を出された際の状況から変化があったということですか?
潮田:
変化というよりは、こうした思考法の必要性が強化されているという感覚ですね。フェイクニュースの問題や、SNSの広がりで、情報を鵜呑みにせず自分で考えないといけない事例がたくさん出てきました。デマが広がってしまったりと世の中全体が思考停止してしまっている印象です。
――研修講師として約30年ご活動されてきて、思考が停止してしまっている人は多くなってきていると思いますか?
潮田:
停止している人が多くなっているというよりは、二極化していますね。自分で考えて「3年後、こうしたいな」と思いながら仕事をしている人と、目の前のことだけで目一杯になってしまっている人の差が大きくなっている感じがします。
私の研修ではグループでディスカッションをしたり、ワークをしたりしてもらうのですが、マネージャークラスの研修でも「これは難しいよね」「そう言ってもできないよ」という言葉が平気で飛び交いますし、「この年齢になると変われないよ」という声もあがります。
――マネージャークラスとなると、年齢がまあまあ高い人たちですよね。
潮田:
そうですね。20代は柔軟に考えることができる人が多いのですが、30代あたりから道が分かれますね。40代、50代くらいになると二極化が目立ちます。
――確かに50代になると考え方はそう変えられません。
潮田:
なので、研修ではいつも長年身に付けた思考習慣を新しいものに置き換えてみてはいかがですかと提案しています。最初は難しく感じるかもしれませんが、一度身に付ければ習慣化できるのです。
――とはいえ、年齢が上に行けば行くほど、「変わってほしくない心理」というのが大きくなるのではないですか?
潮田:
それはありますよね。それに、今まで以上に負担が増えてしまい、とても無理だと思う人もいるでしょう。
――習慣を「置き換える」というよりは、「増やす」という感覚になりがちですよね。
潮田:
そうです。そして、増やすというのは大きな負担でエネルギーが必要ですから、「今のままで充分だよ」となります。ただ、現状維持は後退だと思いますし、何かを変えていかなければ、成長にはつながらないでしょう。
――「変えることはできない」と思い込んでいる人たちを変える、魔法の言葉を教えてください。
潮田:
魔法の言葉ではないですけど(笑)、「大きく変わることを意識せず、少しでもいいから変えてみよう」ということですね。小さな一歩でもいいので少し変える。それだと抵抗感はないはずです。
――なるほど。大きな変化を想像するから難しく感じるんですね。
潮田:
普通なら「いきなりこうなるのは無理だ」と思いますよね。だから、まずは一つ何かを変えてみる。それが大きなステップにつながります。
また、年齢や役職が高くなればなるほど社内的な影響力も強くなりますよね。だから実は若い人よりも思考を動かす必要があるんですよね。
――確かに上司の影響力は強いですよね。ただ、上司が思考停止になっていて困っている部下の立場の人もいると思います。そのときは部下が上司に発破をかけるというか、ちゃんと意見することも大事ではないかと感じるのですが。
潮田:
それは必要ですね。成長は自分と違う価値観を受け入れることから始まります。新たな価値を提供してくれる人は、若手であれベテランであれ、貴重な存在です。
特に今の時代は価値観が多様化している反面、自分と同じ価値観を持った人たちのコミュニティに閉じこもってしまいがちなんです。もちろんそういう居場所も必要だと思いますが、異なる価値観に触れる環境も重要なので、意識的にコミュニケーションを取ることが大事だと思いますね。
部下が上司に意見や提案をするときのポイントは、今回加筆した内容に入っています。上司が納得できるように「視座」を高めて提案することが大切なのです。
■チームの「思考停止」を改善するために上司がすべきこととは?
――改めて「思考停止」とはどのような状態なのか教えていただけますか?
潮田:
考えることをやめてしまった状態、深く考えずに動いている状態です。人の話を鵜呑みにしたり、物事の表面だけしか見ていなかったりする特徴がありますね。また、いつも同じ毎日の繰り返しという人も「思考停止状態」です。
――そのほうが楽なんですよね。
潮田:
その通りです(笑)。効率的ですし、一概に悪いことばかりではないとも思うのですが、これが習慣として根づいてしまうと、その先に行くことができなくなるのです。そこから抜け出すために、どんなに小さなことでも新しい習慣を何か一つでも身に付ける姿勢を持つことが大切です。
――今年は「働き方改革」が流行語になるなど、組織としての働き方が問われました。本書では職場全体が思考停止になっているケースも取り上げていますが、働き方が変えられない組織は「忙しさがすべてに優先している」という特徴が一つあると思います。
潮田:
(笑)よくありますよね。私もとにかく忙しい毎日を送っていますが、その中でいつも意識していることは、「時間は作るもの」だということです。
それはまとまった長い時間ではなく、短い時間でもいいわけです。自分なりに今の状況を整理して、今日できる一歩を踏み出すことが大切です。これを続けていけば、おのずと時間が捻出できるようになります。忙しいからこそ踏み出す。それを同時にやってみることが、マンネリ感から抜け出すうえで重要です。
――その一歩を踏み出すときに、潮田さんはどのくらい先の未来まで考えますか?
潮田:
私は3年くらい先に自分がこうなっていればいいなということを意識しています。ただ、あまり先ばかり考えるとやらないといけないことばかりになるので、まずは半年で何ができるのかを考えますね。
私のスケジュールは薄型A4サイズで、年間スケジュール表があるほかに、見開きのA3サイズで1ヶ月のスケジュールが見渡せるようになっています。年間、月間のスケール感で物事を考えることができるので、おすすめです。見開きで1週間ごとの手帳を使っていらっしゃる方も多いと思いますが、そうなると目の前のことでいっぱいになりますよね。
パソコン、タブレット端末、紙などさまざまなツールがありますが、どのようなものであっても、短期と長期の両面で考えられるものがおすすめだと思います。
――個人の場合は「時間を捻出する」という方法で思考停止から脱却できると思いますが、チーム自体が忙しいとなると難易度が上がりそうです。
潮田:
コスト削減を求められたり、失敗が許されなくなって追い込まれている職場は多いですよね。こうした職場は確かに思考停止に陥りやすいのですが、上司のマネジメントでそこから脱却することができるはずです。
それは現状維持をOKとせず、チャレンジを推奨する風土を作り上げることです。追い込まれている職場の多くは「チャレンジする暇がない」という状況に陥っていると思うのですが、上司の立場にある人は「小さなことから変えてごらん」と呼びかけてあげましょう。
また、上司は部下の失敗に対して寛容であることが大切です。本書でも「失敗は成功に向かう途中のフィードバックである」と書いていますが、失敗には必ず学びがあるんですね。一番良くないのは何もやらない状態を放置し続けること。上司はもし部下から「こんなことやりたい」という提案がきたら一度受け止めてあげましょう。「何言ってるんだ、無理だろ」という言葉は禁句です。どんなにピントが外れていても考えるということに価値がありますから、チャレンジさせてあげるといいと思います。
――チャレンジさせたけれど、結局失敗してしまった。そのときのフォローはどうすればいいのでしょうか。
潮田:
「だから言っただろう」と責めないでほしいのです。本人に何がいけなかったのか気付かせることが大事です。自分の頭で考える習慣は、一朝一夕で身に付くものではありません。「どんな工夫をした?」「どう思う?」「次はどうすれば良くなる?」と常に質問をしながら、部下の言葉を引き出してあげながら考える習慣を身に付けさせることが大事ですね。
――お聞きしたかったのですが、思考停止の特徴にある「資料やデータをそのままコピペ」する人って今とても多いですよね。その資料やデータが間違えたときに「このデータが間違えていたから(自分は悪くない)」と責任から逃れてしまう姿勢が見え隠れすることがあるのですが、潮田さんはどう思いますか?
潮田:
おっしゃる通りです。特に研修で感じるのは、思考の過程よりも正解を求めるようになったということです。でも仕事って正解が一つではないじゃないですか。もちろんその時に最適な解答はあるのかもしれないけど、絶対的な正解ではないですよね。だから、私の研修では正解はどうであれ、自分で考えることに価値を置くようにしています。
――ただ、私たちはどうしても誰かの解答に寄りかかることで自分を防衛しがちですよね。
潮田:
それはありますよね。失敗はリスクだと感じている人が多いのだと思います。ただ、そこは先輩や上司が、失敗は悪いことではないし、リスクを引き受けることも悪いことではないということを常に言い続けることが大切です。
――最後に、本書をどのような人に読んでほしいとお考えですか?
潮田:
前回は「すべての大人の人に」と答えたんですよね(笑)。それは変わっていませんが、3つあげましょう。まずは企業や自治体のマネージャーや経営者です。その人たちの職場の風土を作るので、自分たちがまず思考停止になっていないか考えてほしいですね。
2つ目は若手の人たちです。インタビューの中でも若い子たちの話が出てきましたが、頭が柔軟なうちに考える習慣を身に付けてほしいです。また、失敗に対して過敏にならないでほしいとも思います。失敗は自分の成長を促す大切なものですから。
最後は親の世代です。人間の基本的なものの見方や取り組み方、スタンスは子どもの頃に身に付くものですから、まずは親の世代が思考停止にならないということが大事です。
(了)