本書の解説
日本の企業のうち、いわゆる「大企業」と呼ばれるのはごく一部。99%以上が「中小企業」であり、そのうちのほとんどは業種によって定義は異なるが「小規模事業者」である。
多くても従業員20名ほど、ごくごく小規模に会社を営む経営者の悩みは実のところかなり共通している。「いかにして業績を伸ばすか」そして、「いかにして自分の考えを従業員に徹底させるか」である。
従業員が経営者の考えを理解しないワケ
こうした小規模事業者の経営の特徴として、「ワンマン経営者が勘と経験だけで切り盛りしている」というものが挙げられる。当然、会社の理念や長期計画といったことには関心が薄く、それが事業の成長を妨げてしまっていることも多い。
なにより、これでは従業員が経営者の考えや意図を理解しない。「従業員が自分の考えをわかってくれない」という経営者の悩みは、他ならぬ経営者自身の問題なのである。
会社の存在意義を明らかにする「経営理念」を作る5つのステップ
経営者がどんなビジョンを持ち、どんな目的でどんな会社にしていこうとしているのか、従業員にどんな行動を望んでいるのか、といった「経営者の頭の中」は、特に小規模な会社の場合「理念」として落とし込んでおくのが有効だ。
ここでは本書から、全従業員のベクトルを揃えるための「経営理念」の作り方を紹介する。
「経営理念」とは、簡単にいえば「自社の存在意義」である。どんな目的で、社会に対してどんなことを成し遂げる会社なのかを従業員と共有することで、会社の一体感は増すはずだ。
経営理念の作り方について、山元氏は
- ・他社の経営理念から五つ選ぶ
- ・社長の考え方を書き出す
- ・経営理念案を三つ作成する
- ・時間をおいて熟成・昇華させる
- ・10年後も使えるかどうかを検証する
の5つのステップを経るべきだとしている。
「他社の経営理念から五つ選ぶ」は、世の中にはどのような経営理念があるかを知り、同時にそれを自分の頭からひねり出すことにこだわり過ぎないようにするため。
「社長の考え方を書き出す」は、自社の経営理念を作り出すための頭の整理だ。「自社は何のために存在するのか?」「自社はどうやって社会に貢献していくのか?」「世の中に何を広めたいのか?」「10年後はどうなっていたいのか?」「誰からどんな支持を得たいか?」といった問いを自問しながら書き出していく。
「経営理念案を三つ作成する」は他者の経営理念を参考にしながら、書き出した内容を踏まえて自社の経営理念案を作る作業。その案を一枚の紙に書き出して一週間持ち歩き、ことあるごとに見直すのが「時間をおいて熟成・昇華させる」のステップだ。
そして、それらを一つの理念にまとめ、10年後、30年後、100年後も通用するものかどうかを考えぬくのが「10年後も使えるかどうかを検証する」のステップとなる。
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ここでは「経営理念」の作り方を紹介したが、これで終わりではない。従業員のベクトルを定め、全社一枚岩となって事業を進めていくためには他にも決めておくべきことがある。
「基本方針(経営理念を目指す際のルール)」「行動理念(従業員に求める行動と考え方)」「人事理念(人材育成の指針)」がそれで、これらの4つが完成した時、会社のビジョンが全体に共有されるはずだ。
本書では、会社を持続的に発展させるための経営計画について、綿密な解説がされている。ここで紹介した「理念」はその一部。「ワンマン経営」では超えられない壁を超えるために、小規模事業者は参考にすべきところは多いはずだ。
(新刊JP編集部)
インタビュー
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『小さな会社は経営計画で人を育てなさい!』では、主に中小企業の経営者を対象に、経営計画を起点にした会社を成長させる仕組みづくりが解説されています。まずは、こうした層の方々が日々感じている悩みについて教えていただきたいです。
山元:一番に来るのが人材の育成ですよね、特にリーダーの育成で悩んでいる方は多いと感じます。経営者である自分と従業員をつなぐポジションの人材をいかに作るかが、成長を目指すうえで課題になりやすいんです。そして、規模の小さな会社ですと、その人材を経営者が自ら育てないといけません。
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中小企業でリーダーが育ちにくい要因はどんなところにあるのでしょうか。
山元:端的に言えば、教育していないからです。ノウハウもないし、教育できる人がいない会社も多い。
だから、リーダーシップやマネジメント、リーダーの心構えといったことを学ばないまま、仕事ができる人がなんとなくリーダーになっていく傾向があります。これが大企業と中小の決定的な違いで、大企業の多くは、新入社員の頃から教育してリーダーとしてステップアップさせていく仕組みを持っている。
教育を受けたからといっていいリーダーになれるとは限りませんが、少なくとも体験はするわけで、これが企業の生産性の違いになって表れるんです。大企業の生産性は中小の1.9倍ほどだといわれているのですが、これは持続的で計画的な教育があるかないかというところの差が大きいですね。
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そこまで生産性に差が出てしまうと、中小が大手に追いつこうと思っても難しいところがありますね。
山元:すぐには厳しいですよね。私たちが手がけている会社でも、3年から5年かかってようやく成果に結びつくことが多いです。ただ、教育を受けていないぶん、伸びしろを感じることも多くて、やればやっただけ伸びていきます。2倍、3倍と生産性を上げていく余地はあるんです。
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本のタイトルについてですが、「経営計画」と「人を育てること」は一見結びつきません。「経営計画で人を育てる」とはどういったことなのでしょうか。
山元:経営計画も何もない状態からお話をすると、まずはその立案をしたり、会社の理念やビジョンを定めたり、会社が取る戦略を決めたりと、経営計画の「中身」を作るところがスタートになります。そして、その後にそれを実行に移して成果に結びつけるステージになる。
中小企業は、それまでにリーダーの経験をしてこなかった人が少なくないのですが、経営者と一緒にそのプロセスに一から関わって、実行していくことでリーダーとして育っていくということです。最初はうまくいかなくても、試行錯誤していく現場に携わり続けることで、会社の方針や目標を理解し、それに基づいて戦略を実行できるリーダーになっていきます。
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山元さんが本の中で書いている「経営計画」にしても「経営理念」にしても、作ったはいいものの浸透しないことがあるかと思います。浸透するかしないかを分けるものは何なのでしょうか。
山元:そこは100%経営者の決意と実行力です。それしかありません。浸透するまでやりきる決意、途中でやめない意思の強さがないと従業員に伝わっていかないんです。
やったことがないことなのだから最初は浸透しなくて当たり前で、根気強くやっていくことが大切です。
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浸透するまではどれくらい時間がかかるものですか?
山元:従業員30人くらいの会社で、課長クラスのリーダーが5、6人いるような会社だと、みんな前向きに取り組んでくれるという前提であれば2、3年で十分浸透すると思います。
ただ、反発する人がいたり、途中で人が辞めて入れ替わったりすると、もう少し時間がかかることもありますね。
あとは、業種によっても浸透しやすさは変わってきます。たとえば製造業の場合、組織化の度合いが高く、仕事が製品や作業ごとに整備されている環境に慣れていることが多いので、浸透しやすいというのはいえます。
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山元さんの著作は累計10万部超と、ビジネス実務書としてはとても売れています。どういったところが読者層と見込まれる経営者の心をつかんだとお考えですか?
山元:起業してもうすぐ16年になるのですが、一般的なコンサルティングが制度設計やノウハウの提供で終わるところを、私たちは中小企業の現場に入って制度の運用まで一緒にやらせていただいてきました。
たとえば人事評価制度の設計なら、評価を弊社に提出していただいて、それをこちらでまとめて分析したうえですり合わせ会議をファシリテートしたり、面談に同席して目標設定についてアドバイスしたり、といったことですね。人事部の仕事の一部を請け負っているようなところがあります。
こういう経験があって、「あるべき論」ではなく中小企業の実態に基づいた本を書けているのが、多くの方に本を手にとってもらえている一因になっているのかもしれません。
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山元さんはこの本で書かかれているような経営計画策定のスキームをどのように作り上げたのでしょうか。
山元:創業当時は人事評価制度の策定のところだけを扱っていたのですが、それでは結果が出なかったんです。
策定した評価制度を運用していけない企業があることはわかっていましたから、運用まで手伝う前提でやっていたのですが、それでも人材の成長や業績アップといった成果が見えてきませんでした。
なぜ成果が出ないのかを考えてみると、会社としてのビジョンや戦略、計画がないまま評価制度だけを作っても、そこには個々人が成長する指標や目標が抜け落ちているわけで、必然的に経営者がいいと思った人が高い評価になる。これでは人は育たないし、会社も伸びないことに気がついたんです。
そこからは評価制度より先に経営計画書を作って、そこで示されている人材像を評価制度に落とし込むスタイルにしました。そうなると結果も変わってきましたね。
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最近の動向として、働き方が変わり、リモートワークを採り入れる会社が増えています。となると、どうしても社員同士のコミュニケーションや経営者と社員間のコミュニケーションは減りがちになります。こうした中でも組織としての統制であったり、経営計画の下での従業員の団結を維持していくためにどんなことが必要になるのでしょうか。
山元:私たちが関わっている会社でも、一部でリモートワークを採り入れているところはあります。やはり顔を合わせる機会が減るとコミュニケーションの質と量に影響が出ますから、その分部署のMTGを増やしたり、全体会議の場には必ずスカイプで参加してもらうといった取り組みをしています。コミュニケーションが減った分の埋め合わせの場を設けることが大切なのではないかと思います。
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人材育成にかけるリソースが少ない点が中小企業の悩みどころだと思います。必然的にOJTが中心になるかと思いますが、実際の仕事を通して人材を育てていくための秘訣がありましたら教えていただきたいです。
山元:これは、人事評価制度を定めることに尽きます。人事評価制度によって求められる人材像やその人に求められるレベルが明らかになりますので、そこに対してその人の仕事ぶりがどうだったのかをチェックして、前回と比べて成長かどうかというフィードバックを繰り返しやることですね。
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山元さんはそうした人事評価策定についても、企業の中に入る形で携わっています。企業側が作った評価制度に対して「ダメ出し」をすることもあるかと思いますが、どんな点を指摘することが多いですか?
山元:もちろん、それは会社によって様々ですが、評価基準が数字に偏りすぎていたり、結果だけを重視していたりする時は指摘することが多いです。これは営業の会社にありがちなのですが、結果として表れる数字だけで評価して数字を出すためのプロセスに目を向けていない評価制度だと、人が育たないんです。
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会社には、営業部など成績が数字としてあらわれる部署と、経理や総務など成果が数字としては見えにくい部署があります。どの部署の人も納得感がある人事評価制度を作るのはかなり難しそうです。
山元:人事評価は給料に影響するもので、デリケートなところですから、最初から皆が納得するものを作るのは難しいでしょう。だから互いに納得するまで何度も改善していくことが大切になります。
私たちの場合、評価制度を策定に携ったら最低3回は給料に反映しないトライアル評価を行います。そのトライアルを通して、従業員の方々の納得度が高まるように改善していくんです。
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最後になりますが、会社を成長させたいと考える経営者の方々にメッセージをお願いします。
山元:この本で書いた仕組み通りあきらめず実践していただければ、成果はついてきますので、ぜひ経営に採り入れていただきたいですね。それと、セミナーに来ていただいて質問をしていただければ何でもお答えしますし、アドバイスできることもあるかと思います。
従業員10人以上の会社が対象ですが、今は10人に満たなくても今後もっと人を増やしていきたいと考えているなら、この本の方法は効果的なので、ぜひ実践してみていただきたいです。
(新刊JP編集部)