"厳しくても部下がついてくる経営者"は、"ただ厳しいだけの経営者"と何が違うのか?
上司の大きな仕事の一つは部下育成だ。部下を一人前に育て、さらには幹部に引き上げる。その使命がある。
しかし、多くの上司にとって育成は悩みの種だ。「どんなコミュニケーションを取っていいのか分からない」という人は少なくないだろう。
そんな人たちにとって、ヒントとなる本がある。
これまでリーダーシップや「叱り方」「話し方」についての本を執筆してきた嶋田有孝氏の新著『苦労して成功した中小企業のオヤジが新人のボクに教えてくれた 「上に立つ人」の仕事のルール』(日本実業出版社刊)だ。
本書は、嶋田氏が新卒から勤め、現在は社長を務める株式会社日経サービスでの経験を元に、「上に立つ人」の振る舞い方や仕事の進め方、そして周囲とのコミュニケーションの取り方を、物語仕立てで教えるビジネス書である。
本書の主人公は若い頃の嶋田氏をモデルにした「ボク」と、株式会社日経サービスの現名誉会長である近藤勲氏をモデルにした「オヤジ」。
今回は嶋田氏にインタビューを行い、「オヤジ」とのエピソードに触れながら、部下育成術について語ってもらった。
(新刊JP編集部)
「上に立つ人」は「自分」「私心」を捨てなければいけない
――本書はもともと株式会社日経サービスの近藤勲名誉会長の教えを伝える研修資料だったそうですが、それをなぜ書籍化しようとしたのですか?
嶋田:
平成29年4月、私の会社は50周年を迎えました。
グローバル化が進み、人工知能やIoT技術が進化する今、世の中はすごいスピードで変化しています。私たちは、その変化に合わせた経営を行わねばなりません。
しかし、その一方で、時代を超えて引き継いでいくべきものもあります。それは、会社の経営理念であり、創業の思いです。
ところが、その理念や思いを説明によって伝えることには限界があります。そこで、50周年を機に、創業者のエピソードをストーリーとして後輩たちに伝え、理解を深めてもらおうと考えました。それが、今回の文章です。
「創業者の人物像や仕事観を伝えたい」。
その一心で書いたもので、社外に発表する予定はありませんでした。しかし、文章を読んだ社員から「本にして発表してはどうか」という声が上がりました。
文章の舞台は大阪です。そこで大阪に本社がある日本実業出版社さんに原稿を持ち込み、ご相談したところ、出版を快諾していただきました。これが、原稿作成から書籍化に至る経緯です。
――近藤名誉会長、本書では「オヤジ」となっていますが、そのオヤジとの「出会い」に触れた章で、「オヤジの叱り方が表面上は厳しかったが、中身はとても温かった」と書かれています。それはどんな温かさだったのでしょうか?
嶋田:
オヤジの叱り方は、表面だけをとらえると相手を否定しているように聞こえます。
しかし、オヤジは、心から部下の能力を信じていました。部下が成長することに確信を持っていました。
オヤジは、部下の成長を祈り、心を鬼にして叱ってくれていたのです。
叱ることを通じて、オヤジが私たちに激しくぶつけてきたのは、怒りではありません。励ましです。だから、いくら厳しい言葉で叱られても、温かさを感じたのだろうと思います。
――「オヤジ」が叱る時の言葉は厳しさがありますが、嶋田さんは「オヤジ」から言われた言葉で最も印象に残っているものはなんですか?
嶋田:
オヤジには、いくつかの決め台詞がありました。「すべての対策は現場にある」「自分の頭で考えるな」など、私たちは同じ言葉を何回も聞かされました。
私は、自分が管理職になり、部下を指導する際、同じ言葉を繰り返すことにためらいがありました。「また同じことを言っている」と思われることを恐れていたのです。だから、指導の都度、言葉を変え、表現を変えるように心がけていました。
しかし、今回、若い頃を振り返ると自分の頭に残っているのは、何回も聞かされ続けた言葉でした。そう思うとリーダーは、オヤジのように決め台詞を持つべきなのかもしれません。
オヤジの言葉の中で、もっとも印象に残っているものを一つ選ぶとしたら「お前ならきっとできる。思う存分やってみろ」です。
それこそ何百回も聞かされ、いつも励まされた言葉でした。
――それはとても印象深い言葉です。「オヤジ」はなぜその言葉を何度も嶋田さんにかけたのでしょうか。
嶋田:
オヤジは、長い目で物事を見る人でした。自分は正解が分かっていても、あえて教えず、部下に考えさせるのです。その結果、部下が失敗して短期的に会社の業績が下がったとしても、その失敗によって部下が学べば、未来に取り返すことができるという考えを持っていました。だから、繰り返しこの言葉をかけてくれたのだと思います。
私自身、何度も何度も失敗しました。社運をかけた新規事業を任され、大失敗したこともあります。しかし、私が失敗を重ねても、オヤジは、我慢強く成長を待ってくれました。仕事をしていて、時には、心が折れそうになったこともあります。自信を失いそうになったこともあります。そんなときは、いつもきまって「お前ならきっとできる」と励まされました。
――嶋田さんが考える、「上に立つ人」の条件について教えて下さい。
嶋田:
一般に「上に立つ」と遠くを見渡すことができます。その一方で、高いところにいるので目立ち、低い位置にいる人からしっかり見られるようになります。「見えるけど、見られる」のです。
昔から「子は親の背中を見て育つ」と言われますが、企業においても、部下は、「上に立つ人」を見て育ちます。
リーダーが整理整頓のできない人なら、部下はだらしなくなります。
リーダーが遅刻ばかりすれば、部下は時間にルーズになります。
口先でどれほど立派なことを言っても、ほとんど意味はありません。行動で示すことができなければ、誰も言うことを聞いてくれません。リーダーは、部下の模範となることが求められるのです。
また、「上に立つ人」は、「自分」「私心」を捨てなければなりません。
スポーツの世界で、コーチは、選手を伸ばし、チームを勝利に導くために存在します。選手よりも前に出て、脚光を浴びようとするコーチなどいません。立ち位置が選手とは違うのです。
これは企業においても同じ。リーダーが「部下に好かれよう」「自分の評価を高めよう」などと思うと、その役割を果たすことはできないのです。
「見られている」と自覚すると同時に、私心を捨て、自分自身のことよりも、チームのことを優先すること。これが、「上に立つ人」に求められる第一条件だろうと思います。
社長になって初めて分かる「社長にしか見えないもの」
――本書を読む中で、良くも悪くも「オヤジ」のカリスマ性がとても目立つように感じました。当時の社風としてはやはり「ワンマン企業」だったのですか?
嶋田:
今回の文章は、社内の人達にオヤジの人物像を伝えるために書いたものです。
当時、オヤジの周囲には、個性豊かな幹部がいましたが、彼らについては、言及していません。だから、今回の文章だけを読むと、ワンマンに映ると思います。
実は私も、入社当時、「オヤジはワンマンだ」と思っていました。オヤジが、強烈な個性とリーダーシップで会社を引っ張っていたからです。しかし、今振り返って考えると単なるワンマンではなかったと思います。
オヤジは、役職や社歴に関わらず、「お前はどう思う?」と常に皆の意見を求めていました。「偉い奴と話してもおもろない」と言い、お昼はいつも一般社員と食事に行き、若手の意見を積極的に聞いていました。
だからといって人の意見に流される訳ではありません。重要な意思決定をするときは、たとえ周囲の反対があっても、自分ひとりで決断する強さを持っていました。
「衆議独裁」という言葉があります。これは、「意見を出し合い、最後はトップが決める」という意味ですが、ワンマンというよりも、この言葉のイメージですね。
――「会社全体を見ろ」の章で「オヤジ」が「上に昇って社長にならんと見えへん景色がある」と言っています。嶋田さんも会社のトップに昇り、今や上から見ている立場ですが、その景色はどのようなものですか?
嶋田:
私は、社長に就任する前に8年間、副社長を務め、会社の政策立案や意思決定に関わりました。
その際、ある大学の理事長から「トップの責任は重い。社長と副社長の距離は、副社長と一般社員の距離よりも大きい。それぐらい違うんだ」と言われたことがあります。
当時は「そんなはずはない」と思っていましたが、社長に就任して、この言葉の重みを実感することになりました。
社長の決断は、会社の意思決定そのものです。それを誤ると、やがて会社を衰退させ、倒産させてしまう可能性もあります。そうなると社員を路頭に迷わせてしまうのです。責任の重さは計り知れません。
今、わが社の業績はとても順調です。しかし、将来衰退するなら意味がありません。
例えば、今期の業績を高める政策でも、長期的に見れば不正解というケースもあります。したがって、短期・長期の両方の視点でしっかり考えた上で意思決定をしなければなりません。
「社長になると全体が見える」というのは、オヤジの言う通りだと思います。
しかし、見えるのは、会社全体だけではありません。同時に、会社の直面している危機、乗り越えるべき課題もよく見えるようになりました。それも、一個や二個ではありません。何十個、何百個です。見たくなくても見えてしまうのです。
ところが、見えている課題を一気に解決することはできません。自分たちの力量を高めながら、優先順位をつけて、一つずつ乗り越えていく必要があります。
オヤジは、一日中会社のことを考えていましたが、私も同じです。何をしていても、何を見ても会社のことを考えてしまいます。
それが社長の定めであり、社長の見る景色なのだろうと思います。
――改めて、嶋田さんにとって「オヤジ」はどんな存在ですか?
嶋田:
今振り返ると、時期によってオヤジは、変わったような気がします。
入社した当初は、スポーツ指導者のような存在でした。日々課題を課され、不出来な部分を指摘され、厳しく鍛えてもらいました。
幹部になってからは、様々なことについて親身に相談にのってもらいました。経験豊かな良きアドバイザーでした。
社長になった今は、継承者としてオヤジの考えを受け継ぎつつ、そこに新たなものを加えていかねばなりません。
私は、3歳で父親を亡くしています。そのせいかもしれませんが、オヤジを父のように慕う気持ちがあります。
また、オヤジは、私にとって上司であるだけでなく、師でもありました。仕事について、生き方について、その言動から学び、背中で教えられたことが山ほどあります。
一言では、その存在を表現しづらいところですね。
――「オヤジ」は厳しさの中に愛情を込めて嶋田さんに接しました。ただ、今の世の中、「パワハラになってしまうのでは」ということでなかなか叱れない、叱り方が分からないという上司も少なくないと思います。それを乗り越えるヒントがオヤジの叱り方にありそうですが、嶋田さんはどのようにアドバイスしますか?
嶋田:
最近は、叱られることに免疫を持っていない人が増えています。
そういう人は、厳しく叱ると、反発したり落ち込んだりして、正しい内容でも受け入れません。これでは、いくら叱っても意味がありません。
本来、叱るという行為は、相手を否定することでも、罰を与えることでもありません。
「できていない部分を指摘して、そこに気づかせ、改善のきっかけを与える」。
これが叱ることの本質です。言葉を換えれば、叱ることは、「部下に対する改善提案」なのです。
営業活動で改善提案を行う時に「あれもできていない」「これもできていない」とお客様を非難する営業マンはいないと思います。
なぜなら、そういう姿勢では、相手がこちらの提案を受け入れてくれないからです。だから「こういうことをしませんか? こうすればきっと良くなりますよ」と伝えるのです。
部下を叱るときも同じです。ミスをした部下を叱るときは「君はここがダメなんだ」と伝えず、「君はここを直せばよくなるんだ」と伝えましょう。プレゼンテーションの意識を持ち、相手を否定せず、肯定的に改善すべき点を伝えるのです。
「君はここを直せばよくなるんだ」という言葉なら、部下に向かってどれだけ激しく、大声で叫んでも、相手は傷つきません。同じことを叱るのでも、ほんの少し伝え方を工夫すれば、部下はすっと受け入れることができます。
ハラスメントに敏感な人が増えて、部下指導が難しい時代です。叱ることの本質を正しく理解し、伝え方を工夫して、こちらの思いをうまく届けましょう。
――最後に、本書をどのような人に読んでほしいとお考えですか?
嶋田:
仕事で悩みを抱えている方々です。
時代の変化のスピードはますます速まっています。また、雇用形態や働く人達の価値観も多様化が進んでいます。
そういう中で、リーダーは、二つのことを成し遂げねばなりません。
一つは、業務遂行です。チームの目標を決め、それを部下一人ひとりにまでブレイクダウンし、仕事をやりとげなければいけません。
もう一つは、人材育成です。部下のエネルギーとパワーを引き出し、成長させること。同時に後継者を育てることも必要です。
これらは文字で書くのは簡単ですが、実際に実行するのは、とても大変です。
仕事の上では、思い通りにならないことがたくさんあります。部下指導も、営業活動も、会社の業績も、何一つとして事前に考えた通りにはいきません。
悩みを抱えている方もたくさんいらっしゃるはずです。
オヤジは、常に仕事に全力で取り組み、私たちを励まし、導いてくれました。きっとオヤジの言動の中には、悩みを克服するヒントがあるはずです。
仕事に悩みを抱えた人が、オヤジの言葉に励まされ、明日に向かって力強く歩んでいただけるなら、これほど嬉しいことはありません。
(了)