現役SEが語る「最大の失敗」
テクノロジーの進化によって、かつてない速度で変わり続ける私たちの世界。
ここ数年、AIや5G通信がよく話題にのぼるが、その陰で忘れてはいけないのが、これらのテクノロジーをシステムに落とし込む技術者の存在だ。
『HumanITy ヒューマニティ』(幻冬舎刊)は、システム構築・保守を手がけるIT企業の現役社員たちが、共作して作り上げたプロジェクト型小説。工場へのIT導入によって製造業の現場、日本のものづくりの未来はどう変わるのか。国家的に注目されるITプロジェクトに潜入したスパイとの暗闘と、システム構築の現場で苦悩し成長していく技術者たちの姿を、現場を知る社員たちならではの視点を盛り込みながら描いていく。
この作品はどう生まれたのか?
そもそもなぜIT企業で働く社員たちが小説を書こうと思ったのか?
今回は執筆者の堀江悟史さん、藤田遼太郎さん、鎌田隆寛さん、野村常勝さん、山内靖子さんにお話をうかがった。その後編をお届けする。
■SEが激白「今までで一番焦った瞬間」
――ITやシステム開発について知らない人に向けて書かれたという一方で、「同業者」がどんな感想を持つのか気になります。
山内:「あるある」だって言われますね。プロジェクトの中で発生する問題だとか、社内の様子やちょっとした会話とか、お客様からお叱りを受けるシーンなどは、実際の雰囲気が出ていると思います(笑)。
――構築したシステムのテストが思い通りに運ばずにスケジュールを再設定する場面は胃が痛くなりました。
山内:ああいったシーンもよくあることです。この作業が遅延するから、別の作業と入れ替えて納期を守れるようにしよう、とか、カットオーバー(システムを稼働させること)はお客様がシステムを利用しない3連休に設定しよう……といった調整は普段行っていることなので、そういったリアルな細かい描写を作中にも反映させています。
――実際にシステムを使うクライアント先の現場と、自社のエンジニアたちの間で板挟みになる場面も、いかにもストレスフルで…。
山内:どちらの話も理解できるので、双方が納得できるようにするためには苦労しますね。
――対外折衝は営業の仕事じゃないんですか?
山内:もちろん営業も契約面を中心に交渉をしますが、技術の細かい話になるとエンジニアが入って調整する必要があります。お客様のご要件を具体的にどのようにすれば実現できるかというところは、技術者が詳細を検討してお客様と合意をしていきます。
――みなさんシステム開発の現場で経験を積まれて、かなり「修羅場」をくぐってこられているかと思いますが、これまで体験した「焦ったこと」や「大失敗」などのエピソードを教えていただきたいです。
藤田:私は営業なのですが、これまで焦ったのは、見積もりを間違えた時ですね。社内での確認が不十分なまま見積もりを出してしまったことがありまして…。お客様に謝って許していただいたのですが、焦りました。
鎌田:私も営業で、四六時中焦ってはいるのですが(笑)、やはり契約回りでトラブルがあると焦りますよね。何月何日までに契約しないといけないと決まっているのに、お客様のところで契約の手続きが進んでいなくて、ということがあるんですよ。だけど、契約が済まないことにはSEが作業のための体制を組めないので、急かされる(笑)。この板挟みはつらいですね。
堀江:私も焦ったことは色々あります。ある案件で、システムを構成する数十台の機器すべてに対して更新プログラムを適用させる作業を指揮していたことがあるのですが、特定の条件で発生する不具合に直面したことがあります。どういう不具合かというと、更新プログラムを適用してから50時間くらい経つと、機器が応答しなくなってしまうという不具合でして、対策をうたずにいるとシステム全体が停まってしまうという…。
――それは一大事ですね!
堀江:更新プログラムの適用など、システムの構成を変更する時には、適用対象とは別の環境で事前にテスト行い、問題が起きないことを確認します。この案件でも、もちろんそれは実施していました。
理想的には適用対象のシステム構成と全く同じ環境でテストを行いたいのですが、様々な制約条件から、ほぼ同じだけれど完全に同じではない環境でテストせざるを得ない状況もしばしばあります。そういう場合、最終的な適用対象の「システム構成固有の条件」で発生する不具合をテストで検出できないこともあるのです。
今回の不具合はまさにそのパターンでした。
この案件の場合、丸一日かけて全台に更新プログラムを適用したので、最初の一台で不具合が表れてから一日以内に全ての機器に同じ不具合が発生する可能性が極めて高い状況でした。
復旧方法は、一台ずつ更新プログラム適用前の状態に戻すという比較的シンプルな内容でしたが、24時間という時間の制約がある中での対応だったので、かなり焦りましたね。
――山内さんはいかがですか?
山内:機器で異常が発生したらアラートで知らせる「監視システム」を作っていたときのことです。システムが完成し、いざカットオーバーというとき、エラーを発生させてアラートが上がるかテストをしたのですが、一向にアラートが上がらず…。監視ルームで青ざめました。
カットオーバーは延期になったのですが、監視すべき機器自体は既に本番化されていたので、きちんと機器が動作しているかチェックしないといけません。そこで、監視システムの不具合原因が判明するまで、24時間のシフトが組まれて、人間が「エラーログが書き込まれるファイル」をじっと見つめて異常が発生していないか、監視することになりました。
当時はまだ経験が浅くて、自力では原因がわからず、ベテランの方が解決してくれるのを見ているだけだったんですよね。人手の監視は1日くらいで解除されましたが、いたたまれない気持ちになったことを今でも覚えています。
野村:私は今はマネジメントの仕事が中心で、エンジニアとしての仕事はあまりやっていないのですが、昔はプログラムを書いたり、システムのテストをしたりしていました。今回の小説の前半に、主人公の花が大失敗をする場面があるんですけど、あれは実は若い頃の私がやったことです(笑)。「もしかして、自分がやってしまったのでは?」と思い当たった時の背筋の凍るような感覚は忘れられないですね。
――そういう時、周りの人はフォローしてくれるんですか?
野村:なぐさめてはくれます。だけど、そんな声はほとんど耳に入ってきませんでしたね。お客様に謝りにいかないといけませんし、再発防止策も提出しないといけません。ミスの後処理がとにかく大変でした。作中の花もそうした処理に奔走しますが、あの場面は書きながら嫌な気持ちになりました(笑)。
――『HumanITy』はSEの仕事がわかる以上に、サスペンスとして面白かったです。大規模で注目度が高いプロジェクトの場合、成功を妨害するために、たとえば競合する企業などがスパイを送り込むということが、ひょっとしたら現実にもあるのかなと考えてしまいました。
藤田:スパイがプロジェクトを妨害するようなことはないと思います。ただ、案件を受注できるかどうかのところでは情報戦になるので、フェアなやり方で情報収集に努めることはありますね。
何億円、何十億円と動く案件だと、情報の多寡で受注できるかが左右されます。しかし、お客様からは私たちの技術に対しての評価、競合他社の価格、コンペの選定状況などは、ダイレクトには教えていただけません。ですので、できる限りのことをして断片的な情報を集めて、仮説推論を立てて、こちらの提案をブラッシュアップしていかないといけません。それでうまくいくこともありますし、逆に出し抜かれてしまうこともあります。
――最後に、みなさんから読者の方々にメッセージをお願いいたします。
藤田:サスペンスものですけど、仕事の現場としてのリアリティがあって、親近感を持って、自分のことのように没頭して読んでもらえるような内容になっていると思います。ぜひ楽しんでいただきたいですね。
山内:最近システム開発を舞台にしたドラマや映画も増えてきて、だんだんこの仕事がメジャーになってきたのではと感じています。実は、私自身はあまり小説は読まなくて、映像を見る方が多いので、この小説を書いている時も登場人物を役者さんに置き換えて演技している姿を思い浮かべながら書いていました。「この人は誰が演じたらおもしろいかな」と想像して読んでもらえると楽しいかもしれません。
鎌田:過去に目を向けると、10年前の2010年頃は、新規に販売された携帯電話のうちスマートフォンが占める割合は10%ほどでしたが、2020年の今、膨大な情報がうずまく電子世界の入り口として、あるいは手元のアドバイザーとして、一人一台以上持つようになっています。この10年でかなり世界が変わっていて、また10年経ったらさらに変わっているはずです。10年後の世界ではどんな技術が使われているのか、私たちはその中で幸せでいられるのか、など、この本が未来の社会の姿をとらえるきっかけなってくれたらうれしいです。
堀江:今回あえて小説の形で、私たちの仕事の一部を表現することにしたのは、この業界についての本というのは、就活をしている学生の方々が読むような「業界本」ばかりで、普通の人が手に取るようなものがないから、というのが理由の一つとしてあります。ですので、SEという仕事のいい面も悪い面も含めて知っていただけたらありがたいです。とはいえ、あくまで「エンタメ小説」として世に出しているつもりなので、まずは読んで楽しんでいただきたいですね。
野村:繰り返しになるかもしれませんが、SEの仕事の実態を面白く描けたかなと思っています。この小説を読んでSEを目指す人が増えたらうれしいですよね。この小説みたいにスパイに狙われたり、何かが爆発したりといったことはない、と思うので(笑)、ぜひこの業界に興味を持っていただきたいです。小説としても読みごたえのあるものになっていると思うので、多くの方に手に取っていただきたいですね。
(新刊JP編集部)