『わたしの名は赤〔新訳版〕』オルハン・パムク著【「本が好き!」レビュー】
提供: 本が好き!ノーベル賞。舞台はオスマン時代のトルコ・イスタンブール。世情騒然とする中、細密画の絵師たちに絡むミステリー。大作でした。
1571年、地方での任官を終え、12年ぶりにイスタンブールに戻ったカラは、いとこの美しいシェキュレへの想いを再燃させる。シュキュレは結婚し2児の母だったが、軍人の夫はペルシア戦争に行ったまま4年間音信不通となっていた。皇帝の細密画工房の名人「優美」の死体が見つかる。皇帝の命により秘密裡に製作されている装飾写本を完成させるため、殺人の犯人捜しに、カラは否応なく巻き込まれていく。
当時のトルコの風俗や世情、庶民の暮らしを描きながら、細密画の世界、イスラム世界のコーラン、寓話、著名な絵師たちの話をふんだんに盛り込んでいる。仕立てはミステリーで、秘密の装飾写本をめぐり、カラは工房の名人「蝶」、「コウノトリ」「オリーブ」の中から殺人犯を特定するという使命を負う。
さすがに土壌がかけ離れていて、全ては理解できず、時間もかかった。かつて読んだ塩野七生のキリスト教勢力vsオスマン・トルコの三部作はだいぶ助けになったが、それらでも感じた、東西の文化の衝突、混ざり合いもまたテーマとなっている。
壮大なテーマの物語の中で、美しく計算高いシェキュレ、その子供たち、行商女エステルらの現実的、人間的な思いと行動が良いバランスを取っている。神秘的な絵画ミステリー、という感じだ。手法も、カラ、シェキュレ、エステル、3人の名人等々、視点が目まぐるしく変わる小さな章が連続し、構成の妙が際立つ。
トルコ人のオルハン・パムクが1998年に著したこの作品は国際的ベストセラーとなり、パムクは2006年にノーベル賞を受賞する。確かに壮大で、人間臭く、文化的相克が生々しい。変わっていく世界に対し、諦念のようなものが大きく横たわっている。
キリスト教とイスラム教の衝突を歴史に持ち、また宗教を強く意識し、大陸で地続きに暮らしている国の読者と我々の理解はまた別かな、という感覚を抱きつつ、いずれもう1回読もうかな、と思った。パムクは現代ものの「雪」も高評価を得ているらしく、こちらも、読んでみたいかな。
(レビュー:Jun Shino)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」