『落花狼藉』朝井まかて著【「本が好き!」レビュー】
提供: 本が好き!何やら不穏なタイトルが印象的だ。儚く舞い散る花びらの「落花」と、暴力的な連想を促す「狼藉」を掛け合わせるとは。
この本の舞台は、江戸初期の遊郭吉原である。そこに店を構える者たちは、買い集めた少女たちに性を売らせる。人身売買、売春の強要。当時の一般人から見ても、店主は強欲な人畜生の狼藉者である。しかし、その場所も、そこに生きた人々も、通り一遍の価値観に当てはめることはできないのだと、本書は語る。
遊郭吉原の遊女たちには序列があって、最上位は太夫という。このトップスターの地位を得るには、美しいだけではダメだ。品格と教養と心根に優れた女性のみが大夫に上る。大夫に相手をしてもらうには様々に複雑な手順が必要で、大金がかかる。けれども、お金はあれど野暮な男は、大夫の方からお断りされてしまうのだ。男性にとっては一種のステータスである。高尚な話題でも相手を務められ、座持ちの上手い大夫が相席すれば、その場が文化人の集う社交の場となることもあった。
男が女を買いに来る遊郭が、なぜに文化的サロンとなり得たのであろうか。それは、吉原という町を造った人々の気概の賜物なのである。本書は、それを描いた小説と言えよう。
江戸幕府が誕生してから間もなく、ひとりの男が「傾城町を造りたい」と御公儀に願い出た。男の名は甚右衛門、吉原の大見世西田屋の主人である。遊郭吉原が、二度の大火を経て浅草に移転するまでを、甚右衛門の年若い妻・花仍の人生と重ね合わせて描かれてゆく。
黎明期、建設ラッシュの江戸の男女比は圧倒的に男が多かった。だから遊郭は必要悪だ。そう、「悪」だが「必要」とされた吉原は、幕府公認遊郭となる。悪所ゆえに浴びる上から目線と、未だ不安定な権力に翻弄される。そこにはどんな人たちがいて、どんな人生があったのか。彼らは、何度も訪れる存亡の危機をどうやって乗り越えたかのか。
ちょっと歩けばうら寂しい光景が残る江戸が、次第に都市らしくなってゆく様子が目に浮かぶ。若衆歌舞伎の役者・勘三郎の猿若座旗揚げなども絡ませて、「我らの町を造らん」という自負心と、買われた人生の哀れさが交差する。まさに、媚びず屈せず咲いた花たちの物語である。
(レビュー:Wings to fly)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」