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『光秀の定理』垣根涼介著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

明智光秀と言ったら、「クーデターには成功したのに誰もついて来てくれなくて、たった三日で敗色濃厚になりウロウロしている途中で百姓に殺されちゃった男」という感じであろうか。また、「光秀=本能寺の変=自分を虐めた主の殺人=切れやすい男」というイメージもある。しかし、勝者が敗者に被せたカッコ悪い人間像は無視して、彼のセオリー、つまり行動を導く信条を見つめて描いた本書の光秀は、まったく別の存在感を見せてくれる。

美濃源氏の名家の棟梁として生まれた光秀が負った、斎藤道山亡き後に離散した血族への義務感。落ちぶれはしたが由緒正しい出自に対する誇り、今しかないという適切な時期に織田信長を主君に選んだ明晰な頭脳、妻の前では長々と泣いてしまう情念の濃さ。彼の人間性を形作る様々なピースは、偶然に出会い友となった破戒僧と兵法修行の青年との長い交流の日々を背景に描かれてゆく。

この破戒僧はお金がなくなると都で足軽相手に博打を打つ。4つの椀のうちひとつに石を入れ、どれに入っているか当てるという単純なものだ。しかし、そこにはある法則が存在し、必ず親が勝つ。この「定理」が、光秀の戦の勝利に一役買うことになる。人生だって博打みたいなものだが、勝つ法則を知っていれば有利に生きてゆけそうだ。それでも、わかっていても、自分らしくしか行動できないのも人間の性なのだと思う。

「情念が無くては行動に移れない。行動が無くてはこの時代における男の一生など、なんの価値もない。しかし、情念があり過ぎる者、生い立ちからくる倫理観に囚われ過ぎる者には、真の賢さは訪れない。」このように、光秀だって、ちゃんとわかってはいたのだ。

特筆すべきことに、この小説には「本能寺の変」の場面が描かれていない。それなのに、「本能寺の変」がブチ切れ男のヒステリーではなく、起こるべくして起きた歴史の必然であり、歴史が大転換する可能性を秘めた大きな出来事だったことに、深く納得してしまう。歴史を作るのは人であり、人を動かすのはその人間の行動原理である。そこを掘り下げていったところに、登場人物の価値観が作用と反作用を繰り返し沸騰する戦国の世と、光秀の悲劇が見えてくる。

(レビュー:Wings to fly

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光秀の定理

光秀の定理

厳然たる「定理」が歴史と人生を解き明かす、全く新しい歴史小説。

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