だれかに話したくなる本の話

妻の「メンヘラ」に気づけなかった男の悲劇

世の中には幸せな家庭を築いている人もいれば、家庭生活が破たんし、離婚する人もいる。

「幸福の秘訣」や「夫婦円満の秘訣」は様々な場所で語られるが、「なぜ離婚したのか」「どう離婚に至ったのか」について語られることは少ない。多くの人にとって、これらは秘すべきことだ。

『ぼくたちの離婚』(角川新書刊)では、様々な男性たちの、きわめてプライベートでデリケートな離婚エピソードが語られている。そこにあるのは赤裸々なホンネと自己開示。しかし、これらはただの「ネタ」で終わることなく、本質的な問いを提示する。

「結婚とは何なのか?」

今回は著者の稲田豊史さんにインタビュー。この本に掲載されたさまざまなエピソードのウラ話や、取材で感じたちょっとした違和感、そして離婚を通してあぶり出される「結婚」についてお話をうかがった。

■妻の「メンヘラ」に気づけなかった男

――私には離婚歴はないのですが、むしろ現在結婚しているからこそ、この本は刺さりました。

稲田:そうかもしれません。読んでいただくと、離婚されていない人も思い当たるところが多々見つかると思います。

結婚している男性が、この本を買ったはいいけど、ちょっと家には置いておきにくいとか、妻の前で読むのがはばかられるという声はよくいただきますね。

――稲田さんご自身も離婚経験があるとお聞きしました。同じく離婚を経た人の話を聞いてどんな気持ちになりましたか?

稲田:今回の本はもともとウェブで連載していたものなのですが、そもそもの始まりは「バツイチ会」という、離婚経験のある男性が集まる飲み会に僕が誘われて参加したことでした。

行ってみると、それぞれに離婚した状況も時期もバラバラとはいえ、同じ立場の人ばかりだから格好つけなくていいし、多くを語らなくてもわかってくれるし、すごく話しやすいわけです。

特に男性は人前で自分の離婚の話をしにくいんです。女性はどちらかというと親しい友達には愚痴を言えるところがあって、夫婦関係がまずくなりかけた時期から旦那の文句を言えるし、離婚したら元旦那の文句を言えるんですけど、男ってどんなに親しい友達同士でも、そういう話をあまりしないんですよね。

――たしかに、終わった男女関係について話すのは女々しいというのは感覚としてわかります。

稲田:そうなんです。要は親しい友達であっても、自分の評価を下げたくないんですよ。でも、そうすると離婚についての思いの丈を話せる人がいなくなってしまう。

「バツイチ会」の会長がまさにそうでした。離婚した後に「妻ロス」というか「家族ロス」になって、それが辛いのに話せる相手がいないと。だから傷を癒せる場所がほしいということで、会を組織したと言っていました。

連載時の取材も、「二人だけのバツイチ会」みたいでした。相手もこれまで自分の離婚について話せなかったからか、話し始めると止まらないんです。もう、しゃべりたくてしょうがない(笑)。

こちらから「そろそろこのへんで」と切り上げたケースはほぼありませんでしたし、終電がなくなってしまったこともありましたね。僕の方も普通のインタビューよりも相手に入り込めましたし、共感するところが多くありました。

表紙

――「ロス」なんですね。合意して離婚しているのに…

稲田:これは人によりますね。奥さんが本当に苦痛のタネになっていた場合は、離婚によって取り除かれるわけだから、一時的に痛みを伴うとは思いますが、ロスにはなりにくいと言えます。

でも、そうじゃない人もいて、自分にとって大事な存在だった人と苦渋の決断として別れたという場合は、その決断が正しかったのかを後々まで考えることになる。当然寂しさもあって、気持ちが前を向くのに時間がかかったりするんです。取材で会った方のなかにも、両方のケースが見受けられました。

――お話を聞いた人の中で、稲田さんの心が一番痛んだ人は誰ですか?

稲田:実はその方の話は、この本には載っていないんです。期間限定でウェブには一旦掲載されましたが、その方の強い希望で今は読むことができません。

かいつまんで話すと、奥さんが精神的に不安定な人で、たびたび彼にモラハラをしていたのですが、それが半端じゃないレベルで、ひたすら耐え続けたというエピソードです。それは強く印象に残っていますね。

――いわゆる「メンヘラ妻」ですね。度合いにもよりますが、あまりにも精神的に不安定だと結婚生活を続けるのは難しいかもしれません。

稲田:ウェブ掲載時には、「なぜ結婚する前に、そういう奥さんの性質に気がつかなかったのか?」という意見が多く寄せられました。でも、モラハラ妻と結婚・離婚をした人は全員「気づかなかった」と言うんです。そんなバカなと思うでしょうが、「体験したことがないからそんなことが言えるんだ」と彼らは口を揃えて言います。その言葉は真実でしょう。

なぜなら、これから結婚しようとしている相手に重大な問題や欠陥があるなんて、認めたくないのが人間ですから。相手の態度やふるまいが明らかにおかしいと感じても、可能なかぎりポジティブに解釈し、問題を解決していこうと努力する人が多い。相手に何か問題点や懸念点があっても、「これを乗り越えれば夫婦になれるんだ」とがんばってしまうんです。逃げるという発想に至らない。

――わかります。「二人の間の問題は二人で解決していくのが理想」という価値観がありますね。

稲田:問題から逃げずに二人で話し合えば必ず解決できるはずだ、というね。困難から逃げるのは人間としてダメなんじゃないかという、幼い頃から親から受けた教育による刷り込みもあったりします。

人間としてダメになりたくないと願う生真面目な頑張り屋ほど、相手が抱える問題をなんとか努力して解決しようとしてしまう。そういう男性って、大抵はすごく優しい心の持ち主なので、余計にモラハラ妻に付け込まれてしまうんです。妻に悪気はないのでしょうが、無意識のうちに自分の不安定さを預けられる相手を選んでいるところがある。そのカップリングは悲劇としか言いようがありません。

インタビュー第二回 妻が職場の同僚とW不倫 それを知った夫の驚きの反応

インタビュー第三回 結婚後のパートナーの変化は「裏切り」か「当然」か 離婚エピソードがあぶり出す「結婚の本質」

(聞き手・構成:山田洋介/撮影:金井元貴)

ぼくたちの離婚

ぼくたちの離婚

どの夫婦も、だれもが皆「地獄」を抱えている――。すべての離婚者たちへ。

いま、日本は3組に1組が離婚する時代。離婚経験のある“男性”にのみ、その経緯や顛末を聞く、今までになかったルポルタージュ。“人間の全部”が露になる、すべての離婚者に贈る「ぼくたちの物語」。

この記事のライター

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

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