日本代表は、本当に強くなったのか? ラグビー界のレジェンド今泉清が語る南ア戦の収穫とワールドカップの課題
■17-145の大敗という屈辱。そして、そこからの大転換
──そのお話をうかがって、開幕が楽しみになってきました。
ところで、ここまで日本代表が我々をワクワクさせてくれるのは、それだけ強くなってきたという証拠でもあります。今泉さんは、1995年南アフリカ大会の日本代表としての経験もお持ちですが、当時と現在の日本代表の大きな違いはどこにあるのでしょう。
今泉:僕らの時代とは、とにかく代表チーム全体のマインドが全然違います。僕がチームの一員としてワールドカップに行ったとき、スタッフはゴルフの道具を持ってきていましたから。
──ゴルフ道具、ですか?
今泉:そう。ゴルフをするために南アフリカに来ていたんです。で、選手たちは練習が終わったらカジノに行って、酒を飲みながらカジノ三昧。
南アフリカの警備担当の人たちが、嘆いていました。「お前たちはワールドカップに何をしに来たんだ? ゴルフとカジノに来たのか?」と。僕も悲しかったですよ。そのくらいの意識の低さだったんですから。
──南アフリカ大会では、日本はニュージーランドに17-145で大敗を喫した記録が残っています。
今泉:今にしてみれば、あれがディープインパクトとなり、一つの転換期になったと言えます。
ただ、そこですぐに変革できたわけではありません。世界のラグビーが完全プロ化されたのが1996年(1995年に国際ラグビー評議会でラグビーユニオンがプロフェショナルスポーツであることを宣言)。日本はその流れに乗り遅れてしまいました。
周りがどんどん進化しているのに、「日本」という井戸から出ようとしないまま、茹でガエル状態になってしまった。当時、日本ラグビーのビジョンやミッションを明確にできなかったことが問題だったと思います。
──そこから、どのように状況が変わってきたのでしょうか。
今泉:外国人コーチを積極的に招聘したことが大きかったと言えます。徐々に、世界のラグビーに目を向けるようになってきたということです。
■エディー・ジョーンズが日本代表を強くできた理由
──その中からエディー・ジョーンズさんのような指導者も出てきた。日本代表が、前回(2015年)のワールドカップで躍進したとき、ヘッドコーチだったエディーさんの卓越した指導法が大きな話題となりました。
今泉:実はエディーさんは最初から指導者として完成されていたわけではありません。彼のコーチとしてのキャリアのスタートは日本の東海大学でした。コーチングは、そこから手探りで身につけていったと思います。
エディーさんがなぜ成功したかというと、目的、目標、手段が明確だったからです。
目的は日本ラグビーの歴史を変えること。それまでは世界から「日本人にはラグビーは無理だ」「日本は100年たっても、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、イングランドの世界4強には勝てない」というレッテルを貼られていました。
──そのレッテルを覆そう、と。
今泉:エディーさんはこう言いました。「君たち日本代表は、なんのために存在するのか。世界中が日本人はラグビーができない、ラグビーは無理だと思っている。その価値観を変えるために君たちが存在するんだ」。つまり、「日本人にもラグビーができることを証明する」というのを明確な目的にしたわけです。
──それは、強いモチベーションになりますね。
今泉:その目的の下、1日5回のハードな練習を、1年間、通算173日続けてやった。とんでもなくハードだったんですけど、キツいときに誰かが「歴史を変えるのは誰なんだ!」と叫ぶと、みんなが「俺たちだ!」と言いながら自らを奮い立たせた。
──痺れるエピソードです。
今泉:エディーさんは歴史を変えるという目的を達成するために、ワールドカップのベスト8入りという高い目標を設定しました。そのためには、南アフリカを倒さなければならない。
■明確な目的を共有できれば、あとは行動するだけ
──すべてが明確ですね。
今泉:そういうしっかりした設計図に沿ってトレーニングをしていきました。ちなみに「トレーニング」の語源は「トレイン(列車)」でもあり、確実に目的に向かう行為を示しています。無目的にがむしゃらに続ける練習はトレーニングとは呼べません。「これをすると、確かにこの目標に行けますね」と思える練習だけがトレーニングです。
例えば、中学生の頃を振り返って、部活の練習をしているときに「この練習って、試合のどこにつながるんだろう?」と、疑問に思うようなことってありませんでした?
──ありました。
今泉:それはトレーニングじゃなくて「鍛錬」なんです。試合につながらない練習は、練習のための練習でしかない。エディーさんがよく言っていたのは「試合のように練習をし、練習のように試合をしなさい」ということです。そうでなければ試合で使える動きにならないから。まさにその通りだと思います。
――日本代表は、エディー体制から、ジェイミー(ジェイミー・ジョセフ:現日本代表ヘッドコーチ)体制へと移行しましたが、選手間で「目的」はしっかり共有されていると考えて間違いないでしょうか。
今泉:私が見る限り、共有されていると思います。「2019年のワールドカップ日本代表はなんのために存在するのか」その目的が明確になっていて、選手たちが納得して腹落ちしていれば、あとはそれに伴って行動するだけです。
ジェイミーは、「僕ではなくて、われわれのスタッフ全員のことを信じてほしい。信じてやっていけば、勝つことになるから」とよく言っています。そのスタンスで結果を出してきているので、選手とコーチングスタッフの信頼は強固になっていると思いますよ。
■オールブラックス 強者のマインドセット
──お話をうかがっていると、フィジカルや技術はもとより、目的を持ってそれを実践するマインドの要素が非常に重要であると感じます。
今泉さんは御著作『オールブラックス 圧倒的勝利のマインドセット』の中で、世界最強とも言われるニュージーランド代表・オールブラックスの「勝率75%の舞台裏」について書かれています。彼らは「どんな時でも必ず勝つ」というマインドセットを身につけていて、それが驚嘆するようなビッグプレーを生み出すのだとおっしゃっていますね。
今泉:スポーツのチームに限らず、会社にも経営理念があると思いますが、そもそも理念には行動が伴わないと意味がありません。行動は教えてできるものではなく、自分たちが行動しながら問い続けないといけないんです。
オールブラックスがまさにそうで、高い理念と高い技術が車の両輪となって機能しています。他国を凌駕する強さの秘密は、技術すら超越する理念そのものと言っていいと思います。
今自分たちがやっている行動は、自分たちの理念と照らし合わせたとき、本当に正しいのか、間違っているんじゃないか……と、絶えず問いながら自己修正していく。それができるというのが、いいチーム、いい組織の条件です。
──オールブラックスのような強者でも、というか強者だからこそ、常に自問自答しているということですね。
今泉:実は一時期、彼らの意識が驕りに傾いて、ファンサービスを軽視した時期がありました。それはちょうどチームとして低迷期に入った時期とも重なっていました。そしてその時、ヘッドコーチに就任したグラハム・ヘンリーが「Better people makes better All Blacks.(すばらしい人間がすばらしいオールブラックスになる)」という指針を掲げたのです。
彼らは「オールブラックスはニュージーランド人の希望」というプライドを持って、「世界に最高のラグビーを見せる」という使命を果たすために、すばらしい人間であろうと努力しているんです。