矢部太郎が絶賛する「コロッケ」から生まれた心温まる物語とは?
あなたには本当に困った時に助けてくれる人がいるだろうか。
親や兄弟、親族、あるいは恋人。おそらく、大抵の人には誰かしらいるはずだ。
では、家族を失い孤独の身になった人はどうか。誰にも頼らずに生きていくしかないのか。
決してそんなことはない。社会は決して甘くはないが、苛烈な運命に立ち向かおうと懸命に生きる者を見捨てるほど冷たくはない。すくなくとも、『ひと』(小野寺史宜著、祥伝社刊)はそう思わせられる物語である。
■矢部太郎が絶賛!一つのコロッケからはじまった心温まる物語
柏木聖輔は高校二年で父を事故で亡くし、大学二年となった二十歳の秋に母を亡くした。
もともと裕福な家ではない。学費も生活費も安くない東京で大学を卒業するのは断念せざるをえなかった。自分が「普通」と思っていた人生は、断ち切られた。
故郷の鳥取には帰らず東京で仕事を探すことにした聖輔だが、心の整理が簡単につくはずもない。そして、学生でなくなり、両親の死によって強制的に社会に放り出された人間に生きていく困難は直撃する。何をして生きていけばいいのか。どうやって食べていくのか。身寄りのない場所で、たった一人で。
聖輔の人生をつなげたのは「やさしさ」だ。それも「他人からのやさしさ」ではなく、「自分のやさしさ」である。母を失った衝撃からぼんやりとした頭のまま、空腹で、ふらふらと立ち寄った惣菜店「おかずの田野倉」で、なけなしの金で買おうとした50円のコロッケをおばあさんに譲ったことで店主との縁ができ、働かせてもらうことになった。
思わぬ働き口を得た聖輔は、亡き父と同じ料理人の道を志すようになる。孤独で先の見えない中にいた聖輔の人生に、「おかずの田野倉」での仕事と、そこで働く人々との交流、思わぬ人との再会によって少しずつ光が射していく。
聖輔の境遇を知った人は、誰も大げさに同情したりはしないし、早く立ち直れと励ますこともしない。両親を亡くした悲しみが消える言葉などないことを、彼らはみな知っている。だから、聖輔の話に耳を傾け、昼食に招いたり外に連れ出したり、自分にできる精いっぱいのことをする。家族でもない人々の厚意に甘えることに抵抗を感じていた聖輔だったが、「苦しい時は頼っていい」と態度で示す人々に、徐々に心を開いていく。
本屋大賞2019にノミネートされ、タレント・作家の矢部太郎さんが絶賛のコメントを寄せるなど注目を集める本書。苦しい時でも優しさを失わず、人への気遣いを持ち続けていれば、周囲の人も決して自分を見捨てたりはしない。この世は捨てたもんじゃない。そう思わせてくれる一冊だ。
(新刊JP編集部)
・祥伝社『ひと』特設ページhttps://www.shodensha.co.jp/hito/