だれかに話したくなる本の話

常に笑えるホラ話を 円城塔、新作『文字渦』を語る(2)

出版業界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。

第102回となる今回は、新刊『文字渦』(新潮社刊)が話題を読んでいる円城塔さんが登場してくれました。

『文字渦』はその名の通り「文字」への偏愛と奇想が渦巻く作品集。「こんな字あるの?」と驚いてしまう漢字や、所狭しと並ぶルビ、文字でできたインベーダーゲームなど、作品のストーリーだけでなくめくったページのビジュアルにも圧倒されます。

今回は、2007年のデビュー以来「小説」の概念を揺さぶる作品を世に出し続けている円城さんに、『文字渦』のこと、あたためているアイデアのこと、そして仕事や小説のことなど、広くお聞きしました。(インタビュー・記事/山田洋介)

■文字への偏愛と奇想の書『文字渦』を生んだ円城塔の頭の中

――「文字」というテーマは普遍的ですが、身近すぎてかえって強い関心を惹かないものかもしれません。いかに読み手に届けるかというところで考えていたことはありますか?

円城:基本的には笑ってもらえればいいと思っています。アイデアとしてはもっと過激なものもあって、中国がチベット語の文字コード領域を中国語の文字コードで上書きしてしまう話などを考えていたのですが、怖いからやめました。中国に入国できなくなったりしそうなので。

その点、閻連科(えんれんか)などは、昔の話を書いているから捕まりはしないにしても、中国国内で禁書になるような作品を書き続けていてすごいなと思いますね。文学者として国家権力と戦えといわれたらそういうことをするしかないのかもしれませんが、僕は嫌です(笑)。

――もともと研究者をされていたということでお堅い方を想像していたので、笑わせようと思って書いていることには驚きました。

円城:よく「笑うんですか?」と聞かれますけど、普通に笑いますし、「笑えるものを書こうと思っている」といつも言っているのですが、なかなか信じてもらえません。

笑えるホラ話を書いているつもりなので、あまり真面目に捉えられても、と思うことはあります。だって、今回の本にしても明らかに変な話じゃないですか。取材で「作品を理解できているかわからないんですけど」と言われたりするのですが、わかるわけないんですよ。書いている方だってわかっていないところがあるんだから(笑)。

――今回の作品を読んでも、その笑わせ方が独特すぎて……。

円城:失笑に近いかもしれません(笑)。でも、ちゃんと読んでくれる人がいるんですよね。

表紙

――テクノロジーの発達によって、私たちが文字を読むデバイスは変わってきています。文字自体が変わっていく可能性もあるのでしょうか。

円城:可能性はあると思いますが、現状ユニコードが邪魔をしているのは間違いないです。ないと困るのは間違いないですが。ユニコードに則った文字を使っている方が楽だから皆そっちに住み着いている。変わるとしても近々は無理でしょうね。

ただ、歴史を考えると文字自体も変わってきてはいますよね。たとえば書体などはかなり変わっています。現行の日本語用の活字ができてから150年ほどですが、それ以前の文字は普通の人は全然読めないでしょうし、昔の活字も読みにくかった。

それが読みやすく変化してきたわけですが、あくまで「紙」に印刷した時に読みやすいように、という変化です。電子端末にはまた違う形があるのかもしれません。

――電子端末向けの文章についてもお聞きしたいです。「新刊JP」はアクセスの半分以上はスマートフォンからなので、スマホで読みやすいような文章を常々考えています。わかりやすいところでは、3行くらい書いたら行間を1行空けて、文章を詰めないようにしたりといったことをしているのですが、作家の方も電子端末向けの文章について考えることはありますか?

円城:僕は考える方だと思います。小説でいうと「なろう系」は完全にウェブで流し読みするのに特化していますよね。文章は短くて、ほとんどが人間関係に関する文章になる。携帯で読むことを考えると当然だと思います。

ただ、自分がそっち側に乗っていけるかというとたぶん乗っていけないので、どちらかというと「電子書籍化しにくい作品を書こう」とか「紙じゃなきゃいけないものを書こう」という風に考えます。紙の本と電子書籍は紙芝居とテレビみたいなもので、そもそも違うものだと考えた方がいい。

――もし電子書籍のみで作品を発表するとしたらどんなものを書きますか?

円城:色々考えて提案するんですけど、採用してもらえないですね。1文字だけ売るとか。

――1文字ですか?

円城:あるいは、ものすごく長いものを売りましょうとか。たとえば、物語を自動生成して「百物語」ではなく「百万物語」を作る。大体似たような話なんだけど、舞台とか人が少しずつ違う話を百万話自動生成する、ということを考えたことがあります。

百万話あるから誰も最後まで読めないんだけど、よくよく数えてみると九十九万九千九百九十九話しかないというオチで。

――誰も確認できないオチですね。

表紙

円城:そういうアイデアを話すんですけど、誰も聞いてくれない(笑)。

話を戻すと、ウェブや電子書籍向けに小説を書くとするとどんなものを書くかについて、真面目に考えたことはあまりないのですが、短いプログラミングコードを書けないと作れない小説を書きたいということは前から思っています。

それはさっきの「百万物語」でもいいのですが、「百万物語」そのものを見せる必要はなくて、「百万物語」を生成するコードの方が小説になりえます。コードが小説になりえるならば、紙に印刷してもおもしろくないでしょう。「Github」に上げる方がおもしろい。「百万物語」を自動生成するコードを小説にするというコンセプトがおもしろいわけで、「百万物語」自体はそんなにおもしろくないのがミソです。

ただ、それをどうマネタイズするのかという問題がありますよね。エロ漫画の広告を貼りつけるか……。

――エロバナーからの広告でマネタイズする。

円城:エロ漫画とかエロサイトの広告だらけのところに「百万物語」を生成するプログラムのコードが置いてあるって、想像すると意味不明な構図ですよね。ディストピア感がすごい。

――エロは強いですからね。

円城:本当です。先日書店で聞いて驚いたのですが、ライトノベルは高齢者にも結構買われているそうなんです。ライトノベルって「欲望直結型」が多くなっているじゃないですか。高齢者の性欲にも応えていたのかと……。こういう話で大丈夫ですか?

――おもしろいです(笑)

円城:真面目な話をすると、電子書籍でマネタイズできるところを探しています。でも、誰が読むかっていう話なんですよね。さっきの「緑字」も、文芸誌を読む人がおもしろいと思う小説ではないんですよ。エンジニアの人が読んだらちょっとおもしろがってくれるかなという話なので。

理数系の世界って、数学ネタでもプログラミングネタでもいいんですけど、フィクションを作る余地はたくさんあって、読む人もいるんですけど、作品と読者を繋ぐ場がないというのは感じます。

最終回 ■「長編こそ王道」の出版界で短編を書き続ける理由 につづく
第一回 ■やってみたら難しかった「新しい漢字作り」 を読む

文字渦

文字渦

昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい?
秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。
希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。
膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。
フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。
文字の起源から未来までを幻視する全12篇。

この記事のライター

山田写真

山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

このライターの他の記事