テニスの国際大会で分かった、ハイパフォーマンスを維持できる人の特徴とは?
ハイペースな現代において、パフォーマンスを保つために最も必要なものはなんだろうか。「やる気」「体力」「効率」…いずれも大事だが、業務と業務の間でこまめに「回復」する力を無視することはできない。
アメリカで出版され、このほど邦訳された『心を休ませるために今日できること』(ボニー・セント・ジョン、アレン・P・ヘインズ著、三浦和子翻訳、集英社刊)は、回復(マイクロ・レジリエンス)の重要性とその方法を教える一冊だ。
今回、来日した著者の一人ボニー・セント・ジョン氏に話をうかがうことができた。ボニー氏は5歳で片足を失ったものの、1984年の冬季パラリンピックのスキー競技に出場し、アフリカ系アメリカ人としての初めてのメダル(銀メダル)を獲得した。
現在はリーダーシップの専門家として多くの企業の人材を指導しているボニー氏は、「マイクロ・レジリエンス」を「速すぎる社会の変化に対応するために必要なもの」と述べる。
そのヒントとなったのは、やはり「スポーツ」だった。
(取材・文/金井元貴)
■頑張り過ぎではこの先やっていけない 今、身に付けるべき回復法とは?
――この『心を休ませるために今日できる5つのこと』はどのような人に向けて書かれたのですか?
ボニー:一生懸命働いていて、成功をしたいと思っている起業家や若い重役たち、医者や弁護士といったプロフェッショナルたち。ホワイトハウスの中にいる人たち、会社でさまざまなタスクをこなしているビジネスパーソンたち。皆さん、頑張りすぎです!
――私もスタートアップにいた経験がありますが、当時は若さもあり、メンバーみんなとにかく働きまくっていたんですね。ただ、年数を重ねれば重ねるほど無理ができなくなる。回復が遅くなるんです。
ボニー:そうでしょう。私にもそういう時期がありました。でも、「頑張る」だけでは何も解決しません。「継続して頑張れる」環境を作らないといけません。
この課題はある特定の業界の話ではなく、様々な業界において共通しています。しかもみんなが言うのは、「頑張りたいのにあまりにも変化が速すぎてとてもじゃないけど対応できない。どんなに働いても変化についていけない」ということです。
――同じ状況は日本でも見られます。特に「過労死」という言葉が生まれたように、日本人はオーバーワークになりがちです。その意味では、この本は日本人の救いになりそうです。
ボニー:日本人は世界でも一番働くのではないかと思うくらい、真面目に働きますよね。また、自分に対するハードルを高く持ち、これだけのことを成し遂げなければ十分ではないと思い込んでいる。実はそれが問題だと思います。
私自身がそういう人間であったから、足手まといになりたくないし、みんなが頑張っているから自分も頑張ろうとする。でも、それって幸せな生活ではないですよね。幸せな生活を送りたいし、満足感も得たいと思う人もいるでしょう。
この本はそういう人たちに向けて書いた本なんです。
――この本は個人に変革を促すために書いたということですか?
ボニー:いえ、「あなたは変わらないとダメ」と言うつもりはありません。色んな調査・研究の結果から得た知見を私たちは利用して、そのメソッドを開発した、その事実を提示しているということです。
働き過ぎて疲れていると最高の実力は出せませんよね。アイデアも閃かない。そこでマイクロ・レジリエンスという方法で回復を促し、その人がもともと持っている能力を常にベストな状態で発揮できるようにする。ゆっくりでいいから具体的で現実的な方法を取っていくことで、脳の動きも判断力も少しずつ良くなっていくのだと思います。
――少しずつ良くなっていく。なるほど、「こういう働き方以外にない」からの脱却ですね。
ボニー:そうですね。本当に立ち止まってしまったら終わりですよ(笑)。“Don’t Stop!”です。
――「マイクロ・レジリエンス」はボニーさんたちが作った言葉と書かれていました。この発見に至った経緯を教えて下さい。
ボニー:すでにリサーチから、食生活を正すとか、睡眠をとるとか、運動をすれば、パフォーマンスは良くなるというのは分かっていましたが、それは誰でも知っていますし、その日に実感しにくいものです。だから、「今日少しでも実践すれば結果が出る」という回復法を私たちは探しました。
ヒントになったのはテニスのウィンブルドンです。世界的なプロテニスプレーヤーたちが集まっているのに、頂点に行く人は限られています。では、なぜトッププレーヤーたちは安定して勝てるのか。その部分を一生懸命リサーチしたジム・レーヤー博士という研究者がいるのですが、彼はトッププレーヤーたちがプレーとプレーの間にやっていることに共通点があるということに気付きます。
大事なことはプレーとプレーの間に何をするかということ。もちろん食生活や睡眠、食事も大事であり、プロのテニスプレーヤーたちはみな実践しています。ただ、もっと小さな単位で差が出るわけです。
トッププレーヤーたちは、得点が入ってからベースラインまで下がったり、ゲームやセットの合間にコートサイドで出たりするマイクロな瞬間に、エネルギーの回復や集中力の維持を図っていました。つまり、その瞬間すばやく効率的に理想的な心拍数に戻していたんです。一方でランクの低い選手たちは回復のための動作を活用できていませんでした。
これは今やテニスの指導には欠かせない要素となっています。
――それをビジネスの場面でも応用したのが、ボニーさんたちの「マイクロ・レジリエンス」というわけですね。
ボニー:そうです。ちょっとした回復。それが大きな差を生み出し、高い競争力を維持する原動力になっていたんですね。
――ボニーさんはパラリンピックのメダリストでもあります。アスリート的な視点も非常に活かされているのでは?
ボニー:私は「勝ちたい!」という想いがとても強いですからね(笑)。メンタル面も肉体面も、そして感情面でも、一つ一つ、少しずつ動いていかないと勝てませんよ。
(後編に続く)