だれかに話したくなる本の話

経営者が「一度は会っておけ」と言う社長が語る、ビジネスに必要な「正直さ」の本質

仕事をしていれば、建前や社交辞令、「嘘ではないけれど100%本当のことではない」といったことを口にしたことは一度や二度はあるはずだ。しかし、そんなとき「正直」になれていない自分を嫌になったり、そんな仕事を辛いと思ったりすることはないだろうか?

「正直者はバカを見る」という言葉もあるが、「バカ正直」を貫いて、アパレルのトップ営業になり、オーダースーツの会社を立ち上げて多くの顧客に愛され、会社を成長させているのが株式会社muse(ミューズ)代表取締役であり、『営業は「バカ正直」になればすべてうまくいく!』(SBクリエイティブ刊)を上梓した勝友美氏だ。

勝氏は営業時代には一年間で500着のスーツを売り、現在、muse(ミューズ)の一着20万円のオーダースーツも飛ぶように売れている。その秘訣は小手先の営業テクニックなどではなく、シンプルに「正直になること」だという。

インタビュー前編では、株式会社muse(ミューズ)が体現する正直さや多くの人が正直に慣れない理由についてお聞きしたが、続くインタビュー後編では、エピソードを交えた「正直」であることの在り方や組織内で正直でいることの考え方についてお届けする。

インタビュー前編はこちら

(取材・文:大村佑介、写真:森モーリー鷹博)

――仕事の上で正直なことがマイナスに働いてしまったことはありますか?

勝友美さん(以下、勝):物事は表裏一体だと考えると、正直なことでマイナスになったことは無いですよね。
正直であってもなくても、人に何かを思われるし、何かは言われます。だとするならば、自分が信じていることを発信した方がよほど良くないですか?

ただ、好きなことを好きなように言いたい放題言うことが正直さではありません。そこに愛情があるかどうか。自分の独りよがりじゃなくて、ちゃんと目の前の人のことを思って話しているかどうかが大事だと思います。

以前、ある経営者の方から「新入社員にスーツをつくってほしい」と言われたのですが、話していたらその新入社員の男性は、「実は俳優になりたいっていう夢があったんです」って打ち明けてくれて、結局、会社を辞めちゃったんですよ。

これはまずいですよね(笑)。スーツも作って、そのお金も社長が払っているんですよ。なのに、私と会って話したためにその人は会社を辞めてしまったんです。
でも、これを「まずいよね」と思う人もいれば、「そういう人が働いていてもお互いハッピーじゃないよね」と思う人もいました。

お互いの幸せがゴールだと考えたときに、「良い事をした」と思うのか「やっちゃった」と思うのか。どっちもあると思うけど、結果、その経営者からは何も言われなかったんです。本人がやりたいことをやる道に進んだわけですから。
それに、その経営者の方は、いまだに新しい社員が入ると、muse(ミューズ)にオーダースーツを頼んでくださっています。

――その社長さんも、勝さんに共感しているということなんでしょうね。

勝:その行動が誰かを陥れようとしたのではなくて、誠実に人と向き合った結果ですし、そう思われているのかもしれません。私は「俳優にはなれないと思うからあきらめて今の会社で働いたほうがいいよ」とは言えなかったから。

――背中を押したという感じですか。

勝:背中を押したというよりは、辻褄の合っていない話をされて、違和感を抱いたんです(笑)。言い訳だらけで優柔不断だったので、「そんな自分が好きなの?」って言ったら「好きじゃないです」と。「じゃあ、変わろうよ」と言って。

ただ、自分がすごく素直で正直だったら傷つくこともやっぱりあります。それだけ全力で人に向き合うということですから。そこで、「相手も全力とは限らない」ということを心しておかないと、寂しいし空しくて、「何なの、人って?」となっちゃう人もいると思います。

こっちが100%だったとしても相手は10%かもしれない。それはやっぱりガッカリしてしまいますよね。でも、そうでもあっても100%で向き合うことが大事だと私は思っています。

――そういう向き合い方をされていると、その社長さんのようにお客様からのご紹介も多くなりますよね。

勝:だから、お客様同士のご紹介の仕方が面白いんですよ。「すっごい面白い社長がいるよ」とか「スーツ作らないでもいいけど会ってみたほうがいいよ」とか「とりあえず、逆らわずに言うこと聞いてみたら何かが変わるから」と言われて、いらっしゃるお客様もいます(笑)。

――前職のテーラーではシステマチックな売り方をせず怒られていた、という話がありました。「正直な営業」が会社や組織内で疎まれたとき、どう対処するのがよいと思われますか?

勝:それは非常に難しいと思いますね。会社を辞めるしかないかもしれません。会社には会社のカラーがあるので、それを一個人のために変えることなんて出来ないですから。

この会社にいたら何を大事にできない、ということを明確にして、それを大事にできる場所はどこなのかっていうのを再度考える必要があるのかなと思いますね。

もし、そこまで舵を切ることができないのであれば、ここまでだったらやらせてもらえるけれど、ここから先は会社の範疇だからその範疇でやれることをやろう、という考え方は必要でしょうね。

環境を整えられる立場にはいないのであれば、その環境の中で何ができるかを考える。考え方として、ここはこれを学ぶ場所として、それが終わったら次と思うのもありでしょうし、色んな考え方が持てると思います。
自分の人生のオーナーは自分なんですから、自分で考えてやっていくことが重要です。

――上司やリーダー、経営者のように上の立場にいる人が、「正直にやりたい」と思ったときに、下の人たちが共感してくれないケースもあると思うのですが、それを伝えたり影響を与えたりするには、どうすればいいと思いますか?

勝:まず何を成すかを決めることです。夢と目標を指し示すことですよね。

「こんな森つくろうよ」って言ったら、みんな目の前の木をちゃんと切れるんですよ。
でも、どんな森をつくればいいかわからないのに、みんな目の前の木だけ切らされている。そうなったら、木の切り方は間違えるし、色んな方向に木を切り出すし、どの高さに切ったらいいかわからないから、変な森ができあがります。

でも、「私たちがつくりたい森は、こういうものだよね」って見せてあげたら、目の前の木の切り方が決まっていくじゃないですか。
それを成すために、「どういうことを大事にしよう」というルールをちゃんと決めて、それを一人一人に理解してもらって、あとは背中を見せていくことが必要です。

――勝さんは営業として正直さを貫くことと、経営者として社員の方々と接するときの正直さで、違う部分はありますか?

勝:これは、ありません(笑)。私は365日360度、誰に見られても「勝友美」でしかないと思います。

一度、大学で講演をしたときに学生の子に質問されたんですよ。「勝さんが思う、自分でなければできないことって何ですか?」って。そのとき初めてそのことについて考えたんですけど「株式会社muse(ミューズ)の代表取締役です」って答えたんです。

それって私自身がそうであるってことなんですよ。
お店で一人のスタッフとして新聞配達の人から新聞を受け取っている時も、社員の前で経営者をやっているときも、お客さんと会っているときも、私は私でしかない。

どこかのシーンであったら「勝友美」が「勝友美」ではなく見える生き方ってすごくしんどいじゃないですか。だから、違いはまったくないですよね。

――最後にお聞きします。勝さんにとってスーツとはどういうものですか?

勝:色んな表現があるんですけど、「ダイヤモンドみたいなもの」かなと思っています。

ダイヤモンドって若い子が着けても、ちょっと大人っぽくて似合わない。でも、着けていけば似合っていくじゃないですか。
スーツも同じで、目標に到達したい自分がいて、でもまだ到達できていなくて。最初はフルオーダーのスーツって違和感があるかもしれないけれど、それを身につけることで、なりたい自分に追いつかせてくれるんです。

身の丈に合わないことをしていると、それが身の丈に合っていくってあるじゃないですか。muse(ミューズ)のスーツでもそれが良く起こっているのかなと思いますし、スーツは自分を何者にでもしてくれるものだと思いますね。

その日の気分に合わせて、しっかりとその時のなりたい自分にさせてくれる。ビシッと決まった光沢のあるネイビーのスーツを着たり、ピンクのスーツを着たりして、なりたい自分になれて心をちゃんと整えてくれる。それを総称すると「ダイヤモンドみたいなもの」かなって。

宝石はすごく人の心に影響を与えるし、着けた人をものすごく成長させてくれます。そういうふうに人に力と影響を与えてくれるものかなと思いますね。

(了)

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この記事のライター

大村佑介

大村佑介

1979年生まれ。未年・牡羊座のライター。演劇脚本、映像シナリオを学んだ後、ビジネス書籍のライターとして活動。好きなジャンルは行動経済学、心理学、雑学。無類の猫好きだが、犬によく懐かれる。

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