伝説のパンクロッカーから芥川賞作家になった男が語る「小説のライブ感」町田康インタビュー(1)
出版業界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。
第99回となる今回は、新刊『湖畔の愛』(新潮社刊)を刊行した町田康さんです。
『湖畔の愛』は、龍神が棲むという湖「九界湖」のほとりにある老舗ホテルを舞台に繰り広げられる、恋あり笑いあり涙ありのドラマを書いた短編集。アクの強すぎる登場人物たちと、どんなにシリアスな場面でもどこかとぼけた会話がクセになります。
今回はこの作品の成り立ちについて、そして町田さんのルーツといえるパンクロックと音楽について、たっぷりと語っていただきました。
(インタビュー・文/山田洋介、写真/金井元貴)
■「事実は小説より奇なり」は本当 物語の方が案外その中の「現実」は整っていたりする。
――新刊『湖畔の愛』は、真面目なタイトルとは対照的に独特のとぼけた味わいが特徴的です。この作品に限らず、町田さんは文学の「王道」とは違ったところで文学をやっているイメージがありますが、町田作品のルーツはどんなところにあるのでしょうか?
町田:影響を受けたということでいうと、筒井康隆さんとか野坂昭如さんの小説が好きでよく読んでいました。そこからさらに辿ると織田作之助。もっとさかのぼっていくと井原西鶴あたりに行きつくと思います。
井原西鶴はもともとは俳諧師ですが、談林、阿蘭陀流と言われ、その後の俳句に繋がる本流からは外れていきます。こういう流れに影響を受けてきたということで、僕の小説も主流から外れた印象を与えるのかもしれません。
――『湖畔の愛』は、ひと癖もふた癖もある登場人物たちが繰り広げる、恋愛あり笑いあり、ほろりとくる場面ありの連作短編集です。展開がスムーズでどんどん先に引っ張られていく感覚を持ったのですが、書いていて「この後どうしよう」と困ったりすることはありましたか?
町田:それぞれの短編はせいぜい50枚程度でしたから、ある程度見取り図や設計図を作って、その中でどれだけライブ感を出せるかということを考えていました。あらかじめ決めておいた部分が大きかったので、困ることはありませんでした。
――ライブ感とはどういうものですか?
町田:ある程度のことをあらかじめ決めてから書く一方で、書いているその時におもしろいことを新しく思いつくこともあります。「前もって用意した器」に「今思いついたこと」をいかに盛り込むかというのが、僕の考えるライブ感です。
――「文学の本流から外れている」というお話がありましたが、意図的に本流から外れたり、本流に逆らおうという気持ちがあるんですか?
町田:そういう気持ちはないです。というのも、一般的なイメージとしての「文学的」というものは、もはや文学ではありません。文学の本質ではないし、本流でもない。それはやっている人であればみんな知っていることです。
だから、一見すると、「イメージとしての文学」「文学の本流」に見えるけど、実は違うことをやっている人もいるし、あからさまに違うことをやっている人もいます。つまり、やっている人にとっては文学の一般的なイメージも本流の文学もどうでもいいことで、そういうものに逆らっても意味がないですよ
――二編目まで出てきていた「スカ爺」という存在感のある愉快なキャラクターが、次の話では唐突に死んでいたり、ダイナミックな展開が痛快でした。こういうことは町田さんしかやらないんじゃないかと。
町田:物語であまりこういうことが起きないのは、読者がついてこれるように作者がある程度の形を作るからです。でも人が突然死ぬというのは、現実世界では結構あることですよね。
現実は納得いかないもので、時にめちゃくちゃです。「事実は小説より奇なり」という言葉は本当で、物語の方が案外その中の「現実」は整っていたりする。極端に言えば「水戸黄門」のように、悪人が弱者をいじめているのを見て、正義の味方が成敗するという話で、見ている人はすっきりするようなストーリーですが、現実はそうじゃないでしょう。
「物語」と「現実」のどちらに寄せて書くかは作者によって様々で、どれが正しくてどれが間違っているということはありませが、僕は自分の小説を自分達が生きている現実の方に近いものにしていきたいと思って書いているので、急に人が死んだりすることも時には起きるんです。
――舞台となっている「九界湖ホテル」に客としてやってきた老人のセリフがまったく意味がわからないことにまず驚かされました。どこかの方言じゃないかと思って読み直してもやっぱりわからない。
町田:「コミュニケーション不全」は今あちこちで起きているのでああいう場面を入れてみました。
日本語の痕跡を残しつつ意味のわからない文を書くのって案外難しくて、ただでたらめに書くのではなく、いろんな言葉をサンプリングして、適宜バランスを取りながら書いています。
――個人的には、大雨でホテルに降り込められた客と従業員が、悲しませれば雨が止む「雨女」に対して残酷な言葉で罵倒する場面の会話が好きです。
町田:物語を作ろうとすると、どうしても登場人物が物語に沿ったキャラクターになって、そのキャラクター同士の整合性を求めてしまうことで会話が不自然になりがちなので、今回の本ではキャラクター同士の整合性を一度外して書きました。だから会話とかセリフの部分は、ある意味で爽快なものになっていると思います。一見不条理だけど、爽やかな不条理といいますか。
次回 ■伝説的バンド「INU」解散の理由 につづく