だれかに話したくなる本の話

トランプが握られた弱みとは何だったのか 識者が語る「ロシア疑惑の闇」(1)

ドナルド・トランプは本当にロシアと結託して選挙戦が有利になるように仕向けたのか?
ロシアは何を目的に、アメリカの選挙に干渉したのか?

2016年、ドナルド・トランプが勝利した米大統領選の前後から、アメリカ国内でくすぶり続ける「ロシア疑惑」。21世紀最大のスキャンダルとなりうるこの疑惑に、イギリスのジャーナリスト、ルーク・ハーディングは著書『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』(高取芳彦、米津篤八、井上大剛訳、集英社刊)で鋭く切り込んだ。

トランプ陣営で選挙戦を戦った人物、そしてトランプ政権の人事で起用された人物がいかにロシアと深く関わり、利害関係を共有していたかを綿密な取材によって明らかにしたこの本を専門家はどう読んだのか。

本書に解説文を寄稿した上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏にお話をうかがった。
(インタビュー・文/山田洋介)

■ロシアの「ターゲット」は本当にトランプだったのか 識者が語る「ロシア疑惑の闇」(2)を読む

■「ロシア疑惑」識者が語る深い闇

――前嶋さんはアメリカの現代政治を専門にされています。その立場で見て『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』(集英社刊)をどう読まれましたか?

前嶋:ひとことで言えば、「闇の深さ」を感じますよね。「ロシア疑惑」のそもそもの発端となったのはイギリスの工作員だったクリストファー・スティール氏による「スティール文書」という諜報記録で、この本もそのメモを土台に書かれています。

諜報文書の性質上、全てが事実とは限りませんが、トランプ政権やトランプ陣営の関係者にロシアと関係のある人が何人もいるというのは確かで、いかにロシアが諜報活動によって意図的にアメリカとの関係を変えようとしているのかが、丹念な取材を重ねた上で書かれたこの本から浮かび上がってくるように感じました。

――今おっしゃったように、2016年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ陣営に参加した人物の中には、ロシアと利害関係によって強く結びついた人物が複数いました。オバマ政権時代に国防情報局長官を務めていたマイケル・フリン氏はともかく、カーター・ペイジやポール・マナフォートといった名前は初耳だったのですが、こうした人物たちは識者の間ではある程度知られていたのでしょうか。

前嶋:ポール・マナフォート氏は1970年代からワシントンでコンサルタントとして選挙産業の中核にいた人なので有名です。最近では、ウクライナの親ロシア政権のロビイストとして活動していました。

カーター・ペイジ氏は2016年夏にロシア担当としてトランプ陣営の外交アドバイザーとして加わるまで、私もまったく知りませんでした。ロシアと関係がありつつも、大統領候補の陣営に起用されるような実績がある人物ではなかった。「なぜこの人物が起用されたのか」ということで、疑惑を掻き立てているところがあります。

フリン氏については、ロシアで講演をして報酬を得たり、ロシアのプロパガンダ放送に出ている人ですからね。そんな人がアメリカの政権の真ん中で安全保障についてアドバイスをしているのは、やはり異様です。

――いわゆる「ロシア疑惑」は、日本ではことの深刻さがわかっている人は多くないかもしれません。この問題のどこが最も憂慮すべき点だとお考えですか?

前嶋:大きく分けて二つあります。一つはこの本のタイトル通り、ロシアと共謀すること。二つ目は、その共謀の事実を隠すための司法妨害です。

前者については、言い換えれば「民主主義への挑戦」です。ある国が別の国の世論に入り込んで、国民の意見を変えて選挙に影響を与えようとしていたわけですから。

加えて、相手がロシアだというのも大きいですよね。アメリカ人から見たロシアのイメージは、「大統領が政敵を毒殺したり、選挙で不正をしたりするとんでもない国」というものです。そんな国が自分達の国の選挙の内容を変えようとしているというのは相当インパクトが強い。

――先ほどのお話にもありましたが、この疑惑の発端である、トランプとロシアの水面下の関係を暴露した「スティール文書」の信憑性は気になるところです。

前嶋:これについては、現段階ではわからないとしか言いようがないんです。ただ、皆さんなんとなく真実味を感じているところはありますよね。

一方で、スティール氏に調査を依頼したのはフュージョンGPSという調査会社で、そこにはクリントンを擁立した民主党陣営からお金が出ていたという点にも注目すべきです。となると、対立候補のスキャンダルを探し、表に出すことで相手の評判を貶める「オポジション・リサーチ」だった可能性もあります。

オポジション・リサーチ自体は、その是非は置いておいて違法すれすれなものです。「フェイクニュース」のように意図的に事実と違う情報を流すこともあります。いずれにしろ、「スティール文書」のどの点が事実で、どの点がそうではなかったのかは、トランプ政権が3年、4年と続くなかで徐々に明らかになっていくと思います。

――「スティール文書」の中でも気になるのが、ロシア側が握っているとされるトランプ氏の「弱み」です。文書にあるような「特殊な性癖」だけでは大した弱みではないような気がします。

前嶋:微妙なところですよね。ただ、先日トランプ氏と関係を持っていたというポルノ女優についての報道番組がアメリカで放送されて、それが過去にないくらいの高い視聴率を集めました。つまり大前提として、セックスにまつわるテーマというのは世間の関心を集めやすい。

トランプ氏というのはテレビ司会者の経験が長く、不動産王というよりテレビ司会者、それもコメディアンに近い存在でしたから、そういう大衆心理や世間の関心ごとを熟知していますし、世論の読み方もわかっています。政治家としても「世論で動くタイプ」の究極です。それがあって、自分の「性癖」についての話題がいかに人の関心を集めるかについて過敏になるところはあるのかもしれません。

ただ、個人的にはロシアがトランプ氏の弱みを握っているとしたら、何らかのビジネスディールについて、つまりお金絡みではないかと思っています。ロシア疑惑については、今もモラー特別検察官による捜査が続いていますが、ロシアとトランプ陣営の間のお金の動きが明るみに出たら大きな進展になります。ここが一番の山でしょうね。

■ロシアの「ターゲット」は本当にトランプだったのか 識者が語る「ロシア疑惑の闇」(2)を読む

共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ

共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ

トランプとロシアを結ぶ闇のルートを執念で徹底的に追跡した話題の書、緊急出版!

この記事のライター

山田写真

山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

このライターの他の記事