地方経済の再生に「カリスマ経営者」は必要か?
景気は回復し、日本経済は良くなり始めている。そんな言葉を聞くことが増えたが、給料は上がらず生活は苦しいまま。特に地方の経済状況は芳しくない。本当に景気は良くなっているのかと思う人も少なくないだろう。
そんな、情報と現実のギャップを感じている人が、日本経済の実情を把握するのに役立つのが『なぜローカル経済から日本は甦るのか』(冨山和彦著、PHP研究所刊)という一冊だ。本書は2014年に発刊されたが、現在の日本経済の状況を俯瞰するうえで参考になる。
本書の要諦は、今や製造業やIT産業を中心とした「グローバル経済」と、非製造業である「ローカル経済」の連関性が希薄であり、それぞれの経済圏でとるべき戦略は分けて考えるべきだという主張にある。
その中で、グローバル経済圏とローカル経済圏の特性の違い、現在も続く経済政策の綻びも著者は指摘している。
ここでは、特に私たち庶民の生活に関わるローカル経済圏の話を取り挙げて紹介してみよう。
■なぜ、「トリクルダウン」は起こらないのか?
十年一日のごとく「大企業が儲ければ下流の企業も儲ける」「富裕層が豊かになれば、やがてその富が貧困層にまで行き渡る」という理屈、いわゆる「トリクルダウン理論」が主張されることがある。
しかし、トリクルダウンは加工貿易立国だった時代をモデルとした幻想に過ぎないと著者は批判する。
かつては、頂点に組み立てを担う製造系の大企業があり、その工場の周辺地域に中堅・中小企業がぶら下がって庶民の生活も潤っていた。つまり下請け、孫請けが大企業の恩恵により、生活が豊かになるという図式だった。
しかし、グローバル化に伴い、その構造はすでになくなっている。今や多くの工場はコストの安さや地産地消戦略のために海外に移転。国内に残るのは一部の高度な知識や技術を持つ人材が求められる工場だけだ。これではトリクルダウンなど起こりようがない。
ところが、いまだに日本経済は加工貿易立国時代の経済モデルで物事を考えようとしている節がある。
たとえば、政府の委員会で経済政策を議論するときも、招聘されるのはグローバル産業の代表者ばかりだという。もちろん、そうした代表者の意見も大事だが、自分たちと産業構造の違うローカル経済圏――GDP的にはより大きな比重をしめる労働集約的なサービス産業の問題は置き去りにされてしまうのである。
■ローカル経済では「オリンピック金メダル」より「県大会1位」を目指す
グローバル経済圏とローカル経済圏では、それぞれに特性が異なる。
たとえば、グローバル経済は完全競争の世界なので、比較優位のないものは瞬く間に淘汰される。その競争を勝ち抜く決め手になるのは規模やマーケットシェアだ。
一方、ローカル経済は不完全な競争の世界だ。これは、岩手県のバス会社と宮城県のバス会社はまったく競争関係にないことを想像すればわかりやすいだろう。そこで重要になってくるのはグローバルな競争力ではなく、地域やそこで生活する顧客との密着度合いだ。
世の中の人は、グローバル企業に代表される規模の経済性を過大評価する傾向があるが、日本にあるほとんどの企業や会社はローカル経済圏で生きている。したがって、現実のビジネスでは密度の経済性のほうが有効に働くという。
つまり、ローカル経済で生き残っていく秘訣は、グローバル経済圏で戦えるオリンピックの金メダリストをめざすことではなく、県大会で優勝を狙えるレベルに引き上げていくことだ。出店密度、ユーザーとの密着度をいかにあげるかということが課題だと言える。
■地方再生に「カリスマ経営者」は必要ない
著者は、ローカル経済圏の中核にあるサービス産業においては、別の企業や事業体が行っている似たようなパフォーマンスを自社に取り入れ、労働生産性を上げる「ベストプラクティス・アプローチ」をとることが望ましいと語っている。
製造業の場合、ベストプラクティスを開示することは競争優位性を失うことにつながるが、ローカル経済の場合、同一地域にいなければ競合関係にはならない。そのため、他の地域で行われているベストプラクティスなら開示しやすい。
こうした取り組みは、それなりに知識と経験がある経営者であれば問題なく実行できるという。
ローカル経済圏の中堅・中小企業にとって経営者は最大の希少資源だが、求められている人材は、スティーブ・ジョブズのようなカリスマ経営者ではない。東大卒で、ハーバードでMBAを取得したようなスーパーエリートである必要もないのだ。
日本経済の在り様を正しく掴むことは、会社や個人の先行きを正しく選ぶ知恵になる。誤解されがちな経済構造の本質を本書から学んでみてはいかがだろうか?
(ライター/大村 佑介)