なぜ語彙力があると「デキる」と思われやすいの?――【言葉の専門家×若者】社会で活躍するための“語彙力”基礎講座<前>
「語彙があるビジネスマンはデキる」「難しい言葉を使える人はかっこいい」。そんな風潮は昔からあるものだが、会話であれ、LINEであれ、普段言葉でコミュニケーションを取っている私たちは、よりたくさんの言葉を知っておいたほうがいい。
でも、そう簡単に語彙力を身に付けることはできない。
一体どうすれば人が「オッ!?」と思うような言葉をスラスラと使えるようになるのだろう?
そこで新刊JPは、昨年の「忖度」ブームで話題を呼び、11月にはオーディオブック化もした『語彙力がないまま社会人になってしまった人へ』(ワニブックス刊)、そして最新刊『語彙力がないまま社会人になってしまった人へ【超「基礎」編】』を出版した大東文化大学文学部准教授の山口謠司さんをお招きして、「言葉」の使い方に普段から悩む若者たち4人と座談会を行った。
**「社会で活躍するための“語彙力”基礎講座」**前編は、語彙力を高める意味について議論を交わした。
(構成・文:金井元貴)
■話が途中で詰まってしまうという悩みには…
――まずは座談会に参加されている皆さんにお聞きしたいのですが、普段の生活の中で語彙力の部分で悩んでしまうことはありますか?
佐伯:佐伯帆乃香です。私は社会人3年目なんですが、言葉遣いが正しいか気になったり、広報業務を担当しているのでできるだけわかりやすく伝えたいのですが言葉選びに悩むことがあります。
秋吉:秋吉圭といいます。大学3年生です。しゃべり方で分かると思うんですけど、結構口が軽い方で、大学入試の面接の練習で怒られたりしたことがあるんですよね。だから、少しずつ直していきたいと思っています。
岩崎:大学1年生の岩崎菜々です。私は話している時に言葉に詰まることが多いのが悩みです。言葉が出てこなくなるというか…。どうすればいいのか悩んでいます。
山口:なるほど。ちょっとフライング気味ですが、言葉が詰まらないようになるには、落語を聴くのがいいですね。落語のリズムを覚えてしまうんです。噺家さんたちのお噺って聴いているとイメージが膨らむでしょ? それは、そういう言葉を使っているからです。さらにリズムも七五調、五七調を取り入れていますから、聴いてそれを真似してみるといいですよ。
岩崎:話を止めて考える癖があるので、落語の噺家さんみたいにずっと話せるようになりたいです。
山口:そうですね。口から洪水のように言葉が出てくるじゃないですか。それを真似してみることが大切です。フライングでしたね、すいません。
テオ:山口テオといいます。18歳です。父はこちらの(笑)山口謠司、母はフランス人で、フランス語と日本語をしゃべることができるんですが、まだまだどちらもマスターしきれていません。マスターできるように頑張ります。
■そもそも「語彙力」ってなんなの?
――皆さん、山口さんありがとうございます(笑)。私も社会人になってから8年くらい経つのですが、語彙力がなかなかつかないといいますか、文章が上手な人は多彩な言葉を扱えるので、もっと勉強しなきゃと思う毎日です。ではさっそくですが、山口さんに「語彙力とは一体何か」ということをお聞きしたいと思います。
山口:はい。では、語彙という熟語の「彙」という文字。これは何かご存知ですか?
秋吉:まず書けないです。
岩崎:なんだろう…。
山口:この字、何かに見えませんか? 下は果実の「果」。果実って丸いですよね。上にはわかんむりのようなものが被さっています。そして、その上には電車のようなものがくっついていますよね。これはそのまま見ればいいんです。
佐伯:出てこない…。
山口:実はこれ、ハリネズミなんです。丸いものから針がワッと出ていますでしょ。「彙」は丸くなっていることを表す言葉なんですね。だから、「語彙」というのは、一つの核になる言葉があり、ハリネズミの針のように広がって別の言葉が出てくるということを意味します。
一同:へぇー!
山口:例えば「赤」という言葉は、そこから「明るい(あかるい)」などの言葉が派生して出てきます。基礎語と呼ばれる言葉がハリネズミの部分で、そこから言葉が広がっていく、広げていくというのが「語彙」なんですね。
■なぜ「語彙力」が高いと「デキる人」と思われるの?
――語彙力のある人は、世間的にも「デキる人」と見なされやすいですよね。これは一体何故なんですか?
山口:これはキャラクターの名前付けのときによく使われるのですが、相手に印象付けたいときには、まず難しい漢字を使います。あまり知らないなという漢字を一字でいいから使うこと。そうすると、人は「自分の読めない漢字を持っている人だわ」と驚くのです。
佐伯:確かに、難しい漢字だったり、読み方が変わっている名前のほうが覚えやすいです。
山口:そうでしょ? そこに難しい漢字を入れると、少しランクの高い人だと見てしまう傾向がある。つまり、相手が怖じるんです。そういうことを頭に入れながら、手紙を書くときに少し難しい言葉を使うと…?
――怯みますよね。メールの中にちょっと難しい言葉や上品な言葉が入っていたりすると、こっちも丁寧にしなきゃ!と思ってしまいますし。
山口:そうなんです。お祝いの言葉で「おめでとうございます」って誰もが使う言葉を使わずに、「祝着にございます」と書いてみる。
秋吉:どのように書くかも分からないです(笑)
山口:「祝う」に「着く」で「祝着」です。ほとんどの人が使わない言葉ですから、「えっ」と印象付けられるはずです。
秋吉:英語でも、一つの文章の中で同じ言い回しを使わないほうがカッコイイというのがありますけれど、それと似ていますね。
山口:そうですね。使う言葉を変えるだけで急にかっこよくなるわけです。また、印象付けとしては、ラテン語なんかを使うと良いですよね。英語圏やフランス語圏の人たちがラテン語を使って印象付けをするということもよくありますよ。
例えば印刷の「両面刷り」をラテン語で「レクト・ベルソ(Recto Verso)」とわざと言ったり。私も大学生のころに、「レクト・ベルソ」という言葉を知ってからすぐに使いましたよね(笑)。海外から来ている先生に「(印刷を)レクト・ベルソでしますか?」と聞いたら、ものすごく驚かれましたね。
岩崎:わざと使うんですか?
山口:そう、わざと使うんです。
秋吉:でも、そうすることで一目置かれますよね。
■語彙を増やすことは「人生の策略」である!
山口:まさにその通り、「こいつはなんなんだ?」と思われる。
秋吉:話が脱線するかもしれませんが、僕は目上の人と話すときは、できるだけ若者らしさを出そうと思って、砕けた感じで接するんです。相手の文化の中にないような言葉を使ったりして。
岩崎:それ、大丈夫なんですか? 怒る人とかいません?
秋吉:たまにガチで怒られたりします(笑)
一同:(笑)
秋吉:でも、そのくらいで怒る人ってつまらないじゃないですか。そう思って接しています。
山口:すごい! 実は私も同じことをしています。偉い人にはタメ口ですね。そして私もマジで怒られます(笑)。
一同:(笑)
秋吉:ただ、若者言葉を使うことで、相手に興味を持ってもらえるということも多いんです。そこから話が広がったり、相手が僕をいじってくるようになったり。
山口:うん、それは一つの策略ですよね。興味を持ってもらえれば「今度ご飯行こうぜ」となるかもしれない。みんなと同じ普通の言葉を使っていれば、その場限りで終わってしまうはずです。相手が「おっ」と思う言葉を使う。そして周囲の目を引く。それは人生の策略といってもいいんじゃないですか。
佐伯:私は自分で意識してやろうと思ってできないかも…。
山口:語彙力をつけるということは、策略の一つと思っていいでしょう。自分のやりたいことをして生きていくためには、誰かに注目され、誰かに気に入られ、誰かを説得しないといけません。もしくは、誰かの優位に立つ必要が出てくることもあるでしょう。そのときに武器になるのが言葉です。相手が使えない言葉、みんなが使えない言葉を巧みに織り交ぜて、興味や関心を引きつつ、言葉のキャッチボールをしていくんです。自分が投げた言葉に相手がどう反応するか、そこで関係が深まっていくわけですから。
■「ヤバい」を広めたのは川端康成!? ら抜き言葉も…
――私は今、30代も半ばに差し掛かっていて、自分たちの世代でも「ヤバい」って言葉をよく使っていましたが、今の若い子と話すとさらに「ヤバい」の浸食を感じますね。
佐伯:あー、確かに何かあると「ヤバい」で済ませちゃってるかもしれません…。
岩崎:「ヤバい」だけで会話が成り立つみたいなこともありますよね。
佐伯:それある! しかもポジティブな意味で使うし。
岩崎:どんどん語彙力がなくなっている感じがします(笑)。
秋吉:「ヤバい」って昔は良い意味ではない言葉だったらしいですけど、今はどのタイミングでも「ヤバい」って言っちゃいますよね。ただ、言葉って生き物で常に変化するし、新しいものが定着することもあります。「ヤバい」って多分ずっと残ると思うんですけど、その残る言葉と残らない言葉の境目ってなんだと思いますか?
山口:難しいところですね。1980年代の終わり、国鉄の民営化に合わせて電車のことを「E電」と呼ぼうっていうキャンペーンが打たれたんです。
秋吉:ダサい名前っすね…。
山口:でも全然ダメでした。定着しませんでした。どれだけお金をかけても定着しないものはしませんし、お金をかけなくても定着するものはするんです。
テオ:じゃあ、「ヤバい」はどういう風に定着したんですか?
山口:実は「ヤバい」という言葉は、さきほど秋吉君が言ったように良い意味ではないものでした。江戸時代は隠語して使われていて、「危ない」という意味なんですね。
――泥棒が使う言葉だったそうですね。
山口:そうです。だから人前で使うことはできないような言葉でした。
テオ:それがどうしてこんなに広がったんですか?
山口:主に大阪で使われていた言葉だったのですが、ある有名な作家がこの言葉を小説に使ってからぶわーっと広がっていきます。その作家の名は川端康成です。彼は『浅草紅団』という小説の中で「ヤバイ」を使ったんです。
――「川端の日本語は美しい」ってよく言いますけど、私たちが使う日本語をガラっと変えてしまった人なんですね。
山口:そうです。もう一つ、彼が使って今でも大きな影響を残している言葉があります。これは問題になることもありますね。**「ら抜き言葉」**です。
一同:えぇー!?
山口:『伊豆の踊子』も『雪国』も使っています。彼の著作はラジオドラマ化され、ラジオ放送もされていますが、やはり「ら抜き」が使われています。
岩崎:すごい…。でもなんで川端康成はそういう言葉を使ったんですか?
山口:どちらも大阪の言葉ですね。実は新しい言葉ではなく、昔の大阪の言葉です。それは彼が祖父祖母から言葉を学んだという背景があるでしょう。そしてその言葉をもって小説を書いていったところ、世界的に評価を受け、「これがノーベル賞を受賞した作家の文体だ」といって流行したのです。
――ただ、「ら抜き言葉」を使うと、今でも指摘を受けますよね。
山口:そういう時はぜひ言って下さい。これは川端のせいです、と(笑)。今はコンピューターで言葉の分析ができるのですが、実際に分析したところ間違いありません。皆さんが今、「ヤバい」と使っているのも川端のせいなんです(笑)。