【「本が好き!」レビュー】『失われた時を求めて〈2〉第1篇・スワン家のほうへ〈2〉』マルセル プルースト著
提供: 本が好き!一昨年の暮れからプルーストの『失われた時を求めて』を読んでいる。
といっても、1年ちょっとかかって読み終えたのはこの大長編のほんの出だし、光文社古典新訳文庫でいえば、1、2巻にあたる第一篇だけである。
着手したきっかけは「はじめての海外文学vol.2」の応援読書会を主催したことだったので、1巻だけはそれなりのスピードで読み終えた。
その後、どうせ続きを読むなら自分に合ったものを選ぼうと、あの訳この訳と読み比べてみた結果、やはりこの先も光文社古典新訳文庫の高遠訳で読み進めようと決め、2巻目となるこの本を買ったのはおよそ1年前のことだった。
以来、常に枕元におき、行きつ戻りつしながらゆっくりと読み進めてきた。
長い時間をかけて読んだのは、なかなか読み進められなかったからとか、面白くなかったからなどという理由ではなく、なんだか急いで読み終えてしまうのがもったいない気がして、少しずつ先を読み、時にはワグナーを聴きながら、時にはボッティチェッリの図画集を開きながら、時にはギリシャ神話を紐解きながら、また時には1巻まで戻ったりもしつつ、物語の中にどっぷり浸っていたからだ。
そんな調子だったので、レビューは書かなくてもいいかと思っていた。
昨年末新たにはじまったはじめての海外文学 vol.3フェアに、この2巻が推薦されていなければ、またタカラ~ムさんが#はじめての海外文学 vol.3応援読書会を始められなければ、もしかしたら今もまだ、「恋とは」「愛とは」などとつぶやきながらこの本の中を彷徨っていたかもしれない。
この第2巻には、第一篇「スワンの家のほうへ」のうち、第二部「スワンの恋」と第三部「土地の名・名」が収録されていて、 580ページほどの本篇のうち475ページほどが「スワンの恋」にさかれている。
「スワンの恋」にはパリ社交界の様子をあれこれと描写しながら、その社交界でも注目を集める人物であったスワンが、高級娼婦オデットに恋をするようになった経緯や、さまざまな駆け引きを経て彼女に対する想いが変化していく様が描かれている。
この恋の行方については既に1巻(第一部「コンプレー」)の中で紹介されているので、展開にハラハラするといったことはないが、丁寧に描かれたスワンの心情や、恋を語るだけならば削ってしまってもいいのではないかと思われるような社交界の場面場面、脇役中の脇役とも思われる人々の描かれかたなど隅々まで面白い。
と同時に、他の人の描き方には余念がないのに、最後の最後までオデットの胸の内については想像の域を出ないことがまた興味深くもある。
スワン同様読者もまたオデットについて想像を膨らませ、彼女に翻弄されてしまうのだ。
続く「土地の名・名」では、スワンの娘ジルベルトに恋をする“私”のおさない恋心が描かれているのだが、スワンの恋と“私”の恋とが織りなすコントラストがまた鮮やかでもある。
ただひたすらに物語の中を漂い、紡がれる言葉の美しさに酔い、時にはうっとりとし、時にはもどかしさを覚え、時にはにやりとしたりする贅沢な時間を過ごす。
恋の病にかかるには、相手のことをその瞬間までほかの人びと以上に、ないしはせいぜい同等なまでに好ましく思っている必要すらない。必要なのは……。
スワンや“私”の恋について考えていたはずなのに、気がつくと自分の思い出に浸ってしまうというのもどうやらこの『失われた時を求めて』を読み進めていく際のお約束であるようだ。
あちこちに寄り道しながらようやく第一篇のラストにたどり着き、これまた楽しみにしていた訳者による「読書ガイド」をじっくり読めば、読み終えたばかりの本篇をまためくりたくなってくるのもお約束。
そんなとき、非常に役立つのが巻末に収録されている第一篇を網羅した「場面索引」。
いやいやこの索引、本当にすぐれもの。
これを頼りに折にふれ第一篇を読み返しながら、またまた今年一年かけてじっくりと味わうつもりで第二篇へと手を伸ばす。
私の失われた時を求める旅はまだはじまったばかりだ。
<関連レビュー>
●『失われた時を求めて〈1〉第一篇「スワン家のほうへ1」』
●「スワン家のほうへI」読み比べ
●失われた時を求めて〈1〉第一篇 スワン家の方へ〈1〉集英社版
●失われた時を求めて フランスコミック版 第1巻 コンブレー
(レビュー:かもめ通信)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」