【「本が好き!」レビュー】『光』三浦しをん著
提供: 本が好き!実はあまり期待してなかった。その前に読んだ「星間商事株式会社社史編纂室」は期待外れだったし。
この作品で新しい三浦さんを見つけ安心した。
まずメモ代わりのいつものあらすじを。
小さな島、勾玉に似た形の美浜島に住む中学生、信之・美花・輔の半生。
不意に島を襲った大津波で家族も美しい風景も砂に埋もれて、死体袋が累々と並んでいた。
この後、三人は別の道を歩み始めたが、常に過去を振り返らずにはいられない、心の底辺にいつも居座ったものがある。それが滑り落ちてしまった風景もまた真実だった。
美しい美浜島は隣近所が顔見知りという美しいのどかなところだった。信之と美花は机が隣どうしであり中学生になって自然に二人の交わりは性的なものになっていった。神社の浦山に登った時、沖に白い波の線ができそれが大津波になって島を飲み込んだ。いつも信之の後を追い嫌われて邪険にされてきた輔も、こっそりついてきていて命が助かった。だがその山の上で美花は男に襲われていた。信之は男を絞殺し崖から落としてしまう。
津波の後で生き残ったのは6人だった。灯台守の老人、輔親子、信之、美花。殺された山中。
20年後、信之は養護施設で高校を卒業し、川崎の市役所に勤めていた。結婚し妻の南海子と娘の椿がいた。
美花は女優になりしたたかに生きていた、輔は性に合ったプレス工になり、会社を転々とし、川崎に来ていた。
輔は信之の妻と知りながら南海子に近づき関係を持った。
南海子は何ごとにも無関心に見える夫に物足りなさと疑問を感じていた。
輔は島を出てから信之を探していた。連絡がついて尋ねて来た輔に信之は20年たっても相変わらず冷淡で嫌悪感をあらわにし、南海子とのことを告げても態度は変わらなかった。
輔は酒乱になって転がり込んできた父親の暴力にも耐え、子供の頃の習慣か逆らわず殺風景なアパートの一室で同居していた。信之は輔がほのめかす島での殺人が気になり空き室になっている階下から輔をうかがっていた。
彼は娘の椿が襲われて取り乱した南海子に向って無造作に「殺そうか」という。そうすれば気が済むだろうと口にする。彼は「死」の意味するものが、いつの間にか危うい、はかないものに感じられていた。常ならないことが起きることも、起きない意味も自分の心からすっかり抜けてしまっていた。
邪魔なら「殺そうか」と簡単に口にする。「死」は一度切り抜けると、それでも生きていけると感じていた。彼の心はもう島の死の後空洞のままだった。
ただ、憧れて心の支えにしてきた美花だけは、守らなくてはならない。輔がほのめかす、あの時の証拠写真があるのなら取り返さなくてはならない。
彼は輔の話で死んだ灯台守が暴行と殺人現場の証拠写真を父親に預けたと知る。
父親には睡眠薬を飲ませて事故死させようとしたが酒がもとで死んでしまう。つぎに輔殺害の準備をする。
信之は輔を殺して埋めた。
輔からの手紙が届く。彼も生きたいと思う心の底ではいつも死にたかったと書いてきた。
南海子は彼の出身地が歴史的な大津波があった島だということを知る。彼は生き残りだ。
南海子は信之が少し理解できた。
信之は死んだ家族や多くの人々命が一瞬で流れ去り飲み込まれたときに新しく生まれたのか。
信之は輔を殺し、世界の外で生きていくのかと思えたが、家族のもとに帰ってくる。犯した罪も、死も彼の心に残っていなかったのだろうか。
幸せでない終わり方が信之に似合っている。最後に生まれた島を家族で訪ねるが、島は明るい光で満たされ椿の花が満開だった。南海子が振り仰ぐと信之の顔は逆光になって暗く、よく見えなかった。
今まで読んだ作品は明るさがあった。今回はそれを脱ぎ捨てて、多少粘着質に書き込んだ物語で、新しい面での実力を知った。
(レビュー:ことなみ)
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