【「本が好き!」レビュー】『ジョーカー・ゲーム』柳広司著
提供: 本が好き!初めての柳広司は、ネットでもお勧めだった本書を読んでみました。
D機関と呼ばれる日本陸軍の秘密諜報機関を舞台にした連作短編集です。
いや、なかなかに格好良いじゃないですか。
軍の組織でありながら、当時の軍の思想にまったく拘泥せず、自分に対する強烈な自尊心のみを支えに極めて困難なミッションをこなしていくD機関の面々。
天皇制の正統性と合法性を堂々と論じ合ってしまうなど、その異端性から陸軍首脳部からは毛嫌いされている存在。
そもそも、スパイなどという存在は帝国陸軍の思想からすれば卑怯極まりない奴ということになるとされているのですから。
そしてまた、軍人の考え方からすれば敵に捕らわれたならば敵を一人でも多く殺して自決することこそ正しいという考え方に対して、スパイが人を殺したり自決するなどというのは最悪の手だと教えるわけですから、これは相容れないのも当然と言うべきでしょう。
しかしながら、D機関の実力は侮ることはできず、そもそも軍首脳部から嫌われていて満足な予算も回してもらえなかったところ、己の武器であるインテリジェンスによって、ほとんど恫喝するかのようにして無制限の予算を引き出してしまうなど、読んでいて小気味よく感じるところもありました。
D機関のメンバーは、そもそもがその素性を秘匿しているため、個々の登場人物の個性を描きにくいという構成上の弱点があるものの、それを補って余りあるのがD機関を率いる結城中佐の強烈なキャラクターでしょう。
『魔王』とも呼ばれる冷静沈着かつ非情なキャラクター・イメージが随所で活かされているように感じました。
私は日本の現代作家を余り読んでいないので知らないだけなのかもしれませんが、日本では海外に比してこれまでなかなかスパイ・ミステリというジャンルが書かれてこなかったように思います。
そんな中で、真っ正面から諜報機関を主役にした作品を書いたわけで、新鮮さを感じました。
それぞれの短編もストーリーとして上手いこと書かれており、読んでいて面白いと感じます。
また、下手をするとマンネリになりがちなところを、舞台設定や登場人物に変化をもたせるなどして飽きさせません。
エンターテイメント作品として十分に楽しめると思いました。
なお、文庫本の表紙に描かれているのはおそらく結城中佐なのではないかと思うのですが、作中ではD機関のメンバーはその素性を秘匿するため、決して軍服を着用しないとされているのに堂々と軍服姿で描かれているのには苦笑してしまいました。
いえ、よく分かるんです。
だって、作中に描かれているとおりに、背広姿の普通の髪型の人物を描いたところでそれが結城中佐だとは感じられませんものね。
目についてはいけないスパイを書かなければならない……ここはイラストを担当された森美夏さんも苦心されたところではないでしょうか。
いや、結城中佐なんだと感じ取れましたので、これはこれでということでしょう。
(レビュー:ef)
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