だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『シリアからの叫び』ジャニーン・ディ・ジョヴァンニ著

提供: 本が好き!

イラクからの米軍帰還兵とその家族を追ったノンフィクション『帰還兵はなぜ自殺するのか』を翻訳した古屋美登里さんが、同じ亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズでシリアをテーマに書かれたルポールタージュの訳本を出すと聞いたとき「これは絶対読まなければ!」と思いはしたが、正直なところ少しばかりの不安もあった。

シリアでは今も戦闘が続いていてたくさんの人の命が危険にさらされているが、日本にもたらされる報道の多くは、政府軍やそれを支援するロシアを非難するものだ。
だがもしアサド政権が倒されたなら、そのあとシリアはどんなことになるのだろう? 「政府軍」と戦っているという「反政府勢力」とはいったいなにもので、どういう思想を持っていて、何を目指しているのか、知っている人はどれぐらいいるのだろう?
アメリカは、ロシアは、イスラエルは、トルコは、ヨーロッパの国々は、そして国連は、いったいどういう思惑で動いているのだろう?

こういう混沌とした状況では、現地で取材したルポルタージュといえど、書き手がどんな立場に立っているかによって内容も大きく変わってこざるを得ないだろう。

著者は、アフガニスタン、イラク、ボスニア、ルワンダ、コソボ等々の戦地に赴き、人権と戦争犯罪をテーマに取材を行っているアメリカ人の女性ジャーナリストだという。
本書で取り上げられている幾度かに渡るシリア入りの中には、国連の協力者としての活動も含まれているそうだ。 その彼女にはたして「公正」な目を期待できるのだろうか。

"このような紛争の世界、犠牲者と加害者の世界では、加害者の側に立たないことが知性ある者の努めなのである。"

冒頭で紹介されているハワード・ジンの言葉が何度も頭を過ぎる。
いったいどうしたら、誰が真の「加害者」なのか、見極めることができるというのだろうか。

そんな風に少々斜に構えながらページをめくった私の目にまず最初に飛び込んできたのは、凄まじいばかりの拷問の数々と性暴力を告発するレポートだった。

“拷問の目的はとてつもない苦痛を与えることだけではなく、他者の人間性を破壊することにあるのだ”“拷問は加害者と被害者双方の魂を破壊するだけでなく、社会そのものを破壊するのだ”という叫びから目をそらし、耳を塞ぐことができずに、ひたすらページをめくりつづける。

この本は主に2012年に、著者自身が数度にわたってシリア各地での取材を元にして書かれている。

2012年のはじめにはすでに、シリア内戦の双方の陣営が集団レイプに関与しているという報告が国連にあがってきていたのだという。
著者自身はジャーナリストとしてレイプ被害者の取材活動してきたが、後に国連難民高等弁務官事務所の仕事ととして公的な聞き取り調査にも携わっている。
そんな事情もあって取材対象は主に政府軍によって被害を受けた女性たちだが、規模は違っていても反政府勢力側にも同様の蛮行があることもきちんと明記されていた。

また別の機会には政府軍の軍務にも同行し取材をしていて、紛争当事者双方からの情報を集め、できるだけ中立の立場であろうという姿勢には好感が持てる。

だがそもそも、いったいどうしてこのような事態になってしまったのだろう。
「“アラブの春”の影響をうけてはじまった民主化運動は当初平和的なデモだった。」と証言者の一人はいう。
その同じ口が「(サウジ、カタール、クウェートなどが)シリアの通りで武器をばらまいている」
「(彼らは)権力を得るためなら何だってやる。アサドが権力の座にとどまるためには何だってやるのと同じだ」とも告発する。

他方アサド支持者の中には「アサドがしていることが全部正しいと思っているわけではない。だが今は変化するのに良い時期ではない。」と話す者もいた。
「シリアは地理的要衝にある。みんながここを欲しがっている。」
「どうしてサウジアラビアに民主主義を教えてもらわなくちゃならないんだ。奴らは反政府軍に武器を売っているだろ。それにサウジアラビアは女性に車の運転をさせないじゃないか。」とも。

ある意味では「この戦争がもたらした多くの悲劇のひとつは、宗教的結束の再出現だ」と著者はいう。
アサド政権は独裁国家であっても、少なくともナショナリストだと思われていた。
それは民族や宗教よりも国家を優先するということだった。
政府の高官が歌う。
「ひとつ、ひとつ、ひとつ、シリア人はひとつ」
それはスンニ派もシーア派もユダヤ人もキリスト教徒も友達だった子どもの頃によく歌っていたものだったという。

アサド政権側についた人びとの中には、他の宗教や宗派を認めない一党支配を恐れた思想的少数派の人たちもいれば、反政府勢力を他国による侵略と見なして立ち上がった人たちがいた。
もちろん反政府勢力側にも純粋な気持ちで、圧政をやめさせ自由を求めて立ち上がった人びとも多くいたにちがいない。
個々の行為においては加害者も被害者もあるが、戦争という大きな衝突の中ではどちらか一方を加害者だと決めつけることよりも、当事者双方に、あるいはその狭間にいる、多くの被害者たちに寄り添って物事を考えることの方がより重要なのではないかと本を読みながら考えはじめる。

日に日に悪化する状況、殺された人たち、消息不明になった人たち、凄まじい戦闘、おびただしい数の負傷者、銃撃や砲弾や拷問の恐怖にさらされながらの暮らし。
食糧の確保もままならない中で子育てをしている人もいれば、寒さで足を紫色にしながら素足で走る子どもがいて、こわくて外にでることを拒む子どももいる。

政府軍に脅迫されながらも、反政府軍に守られて一日も休まずにパンを焼き続けるパン職人もいた。彼はこの仕事を続けなければ命がないのだ。

そしてまた戦闘に巻き込まれて命を落としたり、イスラム国にさらわれ斬首されたジャーナリストたちもいる。

政府軍が投下する銃弾の破片や薬品を詰め込んで作られた極めて殺傷能力の高い樽爆弾のもたらす恐怖。
刻々と変わる戦況にもかかわらず、永遠に続くかと思われる恐ろしい一日。
命がけで取材をしながらも、著者は「後ろめたさ」を感じるのだという。
自分たちは「すぐにでも出ていくことができるし、ここを去れば電気とパンのある家に帰ることができるのだ」と。

それをいうならば、私たち読者も同様いやもちろんそれ以下で、ページをめくっている間はあれこれと思い悩みはしても、本を閉じればまた何事もなかったかのように日々の生活に戻っていくのだ。
私もまた、残り少なくなった本のページをめくりながらうしろめたさを感じずにはいられなかった。

訳者のあとがきによれば、内戦が始まってからの5年間でシリア国民の平均寿命は79.5歳から55.7歳に縮まり、推定死者数は47万人にのぼるという。
その数は難民となった人びとの数と共に今なお増え続けている。

本やTVやネットの中だけのことでは済ますことのできない、直視しなくてはいけない現実がそこにはある。

(レビュー:かもめ通信

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

本が好き!
『シリアからの叫び』

シリアからの叫び

女性ジャーナリストが内戦初期のシリアに生きる人々を取材。砲弾やスナイパーや拷問の恐怖の下で暮らし、子供を育てるとはどういうことか。戦争とは、一体なんなのか。危険のただなかで語り出される、緊迫のルポルタージュ。

この記事のライター

本が好き!

本が好き!

本が好き!は、無料登録で書評を投稿したり、本についてコメントを言い合って盛り上がれるコミュニティです。
本のプレゼントも実施中。あなたも本好き仲間に加わりませんか?

無料登録はこちら→http://www.honzuki.jp/user/user_entry/add.html

このライターの他の記事