【「本が好き!」レビュー】『武器製造業者【新版】』A・E・ヴァン・ヴォークト著
提供: 本が好き!SFという文学ジャンルの古典を、今現在の視点から眺めると、科学の進歩を驚くほど正確に捉まえて楽観的な夢の世界を描いたものもあれば、ジョージ・オーウェルの『1984年』のように政治的、社会的な戒めとして読めるものもある。創元SF文庫から新版として出されたA・E・ヴァン・ヴォークトの『武器製造業者』(沼沢洽治訳)を読みながら、ちょうど半世紀前の1967年7月に日本初版が発売されている点に注目した。
当時の日本は労働力が慢性的に不足するほどの高度成長のなかにあり、金の卵と呼ばれる中卒者を郡部から都市に運ぶため、集団就職列車が走っていた。市民間の通信手段はもっぱら電話と手紙だったが、固定電話の世帯普及率はまだ低く、公衆電話が大活躍した。一方、冷戦期のアメリカは泥沼のベトナム戦争にあえぎ、連邦最高裁判所判事に初めて黒人の法律家が選出され話題を呼ぶような人権感覚だった。日米両国とも国民の情報生活にテレビの存在感が増していた。
『武器製造業者』は、数千年後の地球を統一して治めているイシャー帝国での物語だが、なんとテレビは不滅で、電話としても使える万能型に変わっているだけだ。恒星間動力や無限動力、破壊線砲といった遠い未来らしい概念に交じって、今日でいえばデジタルサイネージに近い「錯覚型広告」なるものや、D・I・Yでおなじみの電動ドリルも生き残っている。ブドウ糖の錠剤、栄養ドリンク、果ては純然たる気付け薬として覚醒剤まで登場するというゴッタ煮ぶりが、半世紀前に書かれたSF作らしさを醸し出して楽しい。
女帝イネルダが独裁支配するイシャー帝国内には、独自憲法を持ち、独自武装している評議会組織「武器店」が古くから存在する。いわば二重権力状況にあった。ただ、武力の総合力では「武器店」が勝っており、それが許せないイネルダは「武器店」をなきものにすべく敵視しているのに対し、「武器店」の側は帝国のやり過ぎを監視し牽制することに存在理由を見つけている。
主人公の不死人ヘドロックは、わずか数か月前、イシャー帝国の宮廷に召し抱えられた大尉だが、「武器店」とも特別なルートを持つ異能の人物。イネルダの食事の席には必ず侍るほど信頼を得ていたが、ある日、イネルダの気まぐれで死刑を宣告され、逃亡する。死んでも甦るのであれば死刑を恐れる必要はないが、ヘドロックは過去に13回も生まれ変わってイシャー王朝の血統維持のキーを握っており、無駄死にしている暇はない。しかもヘドロックは過去の人生のなかで「武器店」にも加わり、持ち回りながら一度はそのトップである評議会議長を務めた経験もある。
背景となる空間は宇宙の果てまでに延び、タイムマシンほど劇的ではないが時間のワープもあるというトンがったSFでありながら、息子を産んでイシャーの血統を繋ぐ使命に目覚めたイネルダが、恩讐を超えてヘドロックを夫に迎える、といったメロドラマの要素も盛り込まれている。映画でいえば「俺たちに明日はない」や「卒業」が公開された1967年時点での作者のサービス精神、と思えばまた違った感慨が沸く。
(レビュー:ikkey)
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