“インドネシアで超有名な日本人”JKT48・仲川遥香の「勇気づけられる」4年間
約124万。
これは2016年内でのJKT48の卒業を控えた仲川遥香さんのツイッターのフォロワー数だ(12月26日現在)。今年11月には「Twitterで影響力がある世界の女性15人」のうち日本人として唯一、7位にランクイン。Twitterでは日本語とインドネシア語でメッセージを発信している。
2006年AKB48に加入し、2007年に旧チームBの一員としてデビュー。2009年の「リクエストアワー セットリストベスト100」で1位にもなった「初日」の歌詞の中にある「一人だけ踊れずに 帰り道 泣いた日もある」というフレーズは仲川さんのことを歌っているという。
泣かず飛ばず状態だった仲川さんに転機が訪れたのは2012年のこと。インドネシア・ジャカルタで活動する姉妹グループJKT48への移籍で、活動の拠点をインドネシアへと移したところから、彼女の快進撃が始まった。
「今はインドネシアが第二の故郷。自分らしくいられる場所がインドネシアかなと思っています」(『ガパパ!』刊行記念イベント囲み会見にて)
12月20日に発売された『ガパパ! AKB48でパッとしなかった私が海を渡りインドネシアでもっとも有名な日本人になるまで』(ミライカナイ刊)は、JKT48としてインドネシアで過ごした4年間を振り返った自叙伝であり、奮闘の記録でもある。
「『ガパパ』は『大丈夫』という意味で、私がインドネシアで最初に覚えた言葉です。何かあったときにも笑顔で『ガパパ』って答えるのが私らしいし、JKT48での活動の中でもよく使っていた大切な言葉だったので、タイトルに使わせていただきました」(『ガパパ!』刊行記念イベント囲み会見にて)
アメーバ赤痢、デング熱、チフスといった病気との戦い、文化との違いに戸惑いながらJKT48のメンバーとして受け入れられていく過程、初めてのセンターの経験、12日にわたる過酷なチャレンジなど、インドネシアで起きたことそのものが、仲川さんの言葉で語られている。
新刊JPの取材に応じてくれた仲川さんは、結成して間もないJKT48に加入してから、自身の立場の変化やグループの人気の広がりについて話をしてくれた。
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――AKB48からJKT48に移籍してから、アイドルとしての仲川さんに変化はありましたか?
仲川:うーん、アイドルとして変わったというよりは、JKT48に移籍してからは自分がついていくというよりも自分が引っ張る立場になったのが大きかったと思います。そういう面では自分としてすごく成長できました。
あとは、海外で人に何かを伝えることがすごく大変だと実感しましたね。でも、それでもみんな応援してくれて。
――JKT48の人気が広がっていく中で、その広がりを実感した瞬間はありましたか?
仲川:(JKT48の)アニバーサリーコンサートを毎年しているのですが、どんどん会場が大きくなっていて、そういう中で、私の名前をコールしてもらえると、「すごくファンが増えている」と実感しますね。
――『ガパパ!』では仲川さんのインドネシアでの4年間がつづられています。この本を読んだ人が影響を受けて、自分も海外で頑張りたいと思うかもしれません。そんな人に向けて、海外で活動する上で気を付けるべきことを1つ教えてください。
仲川:やっぱり考え過ぎないことだと思います。いろんなことがストレスになると思うんですよ。文化の違いもそうだし、ご飯や生活習慣も違います。
インドネシア人は結構時間がゆるくて、普通に遅刻もするし、遅刻をしても怒られない。でも、初めて会った人とも友達みたいな関係でいられるから、私はすごくリラックスできるんです。
でも、そういう違いがストレスになるかもしれない。それで、一度ストレスになっちゃうと踏み出せなくなってしまうので、考え過ぎずに楽しくやってほしいです。
――『ガパパ!』をどんな人に読んでほしいですか?
仲川:すごく読みやすい本だと思うので小学生や中学生、あとは将来を考える年ごろ、特に高校生や大学生くらいの年齢の人には、自分の将来を考えるときの手助けになったらいいなと思います。
海外に行こうか悩んでいる人はたくさんいると思うんです。私は行って良かったと思っているし、そんな人を勇気づける本になればいいなと思っています。
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仲川さんがジャカルタで過ごしてきた4年間を読んで、勇気づけられる人も多いだろう。
囲み取材ではJKT48について「率直に見て(AKB48よりも)未来はあるなと思います(笑)」と冗談めかして語っていたが、インドネシアでのグループの成長をその真っただ中で感じてきた彼女だからこそ、何か感じるものがあるのだろう。
そして、2017年、仲川さん自身はAKB48グループからも卒業し、インドネシアで新たな一歩を踏み出す。今はバラエティがメインだが、演技などにも挑戦したいと意気込む彼女は、日本やインドネシアだけにとどまらず、世界をとらえようとしている。
(金井元貴/新刊JP編集部)